「つまらない」と言えない映画はあるのか?
速水健朗さんは、レンタルビデオを題材にしたドキュメンタリー映画『キムズ・ビデオ』を、ネットでの評判の良さに惹かれて見に行きました。題材自体も面白そうだと期待していたものの、感想は「本当につまらなかった」というものでした。
速水さんは、映画の感想は個人の自由で、自分がつまらなくても他の人が面白いと感じるのは当然だと前置きしています。そのうえで引っかかったのは、映画好きなら褒めて当然という空気でした。
つまらないと言えない映画っていうジャンルってなくないですか?映画好きだったらこの映画褒めるでしょっていう文脈で、キムズビデオはすごい褒められていて。
けどちょっと待ってよ。(キムズビデオは)一箇所たりとも面白くなかった。
エピソード説明でも、『キムズ・ビデオ』の評価は星1つです。速水さん自身、自分の評価軸があやしくなってきたと書き添えています。
ロッテントマト3%の宇宙戦争、どんな映画?
『キムズ・ビデオ』とは逆に、評判が極端に悪いのがAmazonプライムで見られる『ウォー・オブ・ザ・ワールド』です。海外では主演アイス・キューブのリアクション画像を貼るネットミームになっていて、ロッテントマト ── 映画やドラマの批評家レビューを集計し、好意的な評価の割合を数値で示すアメリカのレビューサイトの批評家スコアは3パーセントほどだといいます。
『ウォー・オブ・ザ・ワールド』の原作はH・G・ウェルズ ── イギリスの作家。『宇宙戦争』『タイムマシン』などで知られるSFの先駆者の一人の『宇宙戦争』です。トム・クルーズ主演でも映画化されていて、そちらは20年ほど前の作品です。
速水さんが調べたところ、ウェルズは1946年に亡くなっているため、死後70年で数えても版権はすでに切れて10年ほど経っています。トライポッドやウイルスでエイリアンが倒れるといった設定は原作どおりですが、それ以外は新解釈や翻案と言えるほぼオリジナルの内容です。
『ウォー・オブ・ザ・ワールド』の最大の特徴は、物語のほとんどがコンピューターの画面の中、監視カメラの映像の切り替えで進むことです。世界同時の異常気象から隕石の落下、トライポッドの出現まで、エイリアンとの戦争がすべて監視カメラ越しに伝えられます。
速水さんは、ホームビデオの映像で怪獣の出現を描いた『クローバーフィールド』と同じ発想だと説明しています。
録画したホームビデオに映る、逃げ惑う人たちを通して怪獣の出現を描く
監視カメラの映像をスイッチングしながら、エイリアンとの戦争をほぼ画面の中だけで描く
監視カメラの中で、だけではないんだけど、ほぼその中で完結するエイリアンとの戦争っていう話。面白そうでしょ。
アイス・キューブは家族しか見ていない
速水さんも、『ウォー・オブ・ザ・ワールド』に突っ込みどころが多いことは認めています。結局GoogleとAmazonとMicrosoftで戦うのか、宇宙人と戦うのに家族しか描かれないのか、といった点です。
主人公は、監視カメラで国民を監視する行政の当事者という設定です。国家による監視をスノーデン ── アメリカ国家安全保障局(NSA)の元契約職員。2013年に政府による大規模な通信監視を内部告発したが告発した現実を踏まえ、息子が「この国は国民を監視している」と父に言う場面では、監視しているのはまさに父本人だという皮肉が効いています。
主人公はエイリアンの攻撃を素早く記録して上司に報告するほど有能です。ところが監視カメラの主な使い道は、娘のダメな彼氏の監視や、息子のゲーム課金への説教で、ほぼ公私混同です。
速水さんは、この家族しか関心がない姿をとてもアメリカっぽいと見ています。そして、スピルバーグ監督とトム・クルーズの『宇宙戦争』も同じ構造だったと指摘します。
もうひたすら命懸けで娘だけを守るっていう話。で、娘を守ってるうちに勝手にエイリアンは滅びているっていう、ある種なんか他力本願っていうかね。
凄腕で宇宙人を倒すのではなく、命懸けで娘を守るうちにエイリアンが自滅する
画面の前でひたすらリアクションし、宇宙人より息子の課金や娘の彼氏に大きく反応する
速水さんの読みでは、宇宙人が攻めてきても大事なのは家族であり、戦っても勝てず相手は自滅していく、というのが宇宙戦争という物語の本質です。そう考えると、何もしないと叩かれるアイス・キューブも原作の型に沿っていることになります。
これはこれで叩かれているけど、面白いのよ。「ほぼ一緒じゃん」って。
速水さんは、アイス・キューブの姿を、ミュージックビデオに反応するモハブログのようなリアクションYouTuberにたとえています。予算をかけた映画でリアクションだけ見せられても困るという意見に理解を示しつつも、「全然面白かった」と評価しています。
満員の『近畿地方のある場所について』はどんな話?
速水さんがもう1本見に行ったのが、日本のホラー映画『近畿地方のある場所について』です。公開初期の休日に行ったこともあり、劇場は満員だったそうです。
『近畿地方のある場所について』の主人公は、菅野美穂さん演じる40代のベテランフリーライターです。オカルト雑誌の特集を担当していた編集者が失踪し、ページの穴を埋めるために急遽呼ばれます。
主人公は若手編集者と2人で、失踪した編集者が残した資料を一つずつ検証しながら記事を作り始めます。資料には、80〜90年代ごろのテレビレポーターが「お化けを見た」という証言を集める映像、高校の林間教室で生徒が失神するホームビデオ、生配信中に恐ろしい目に遭って連絡が取れなくなるニコ生配信者の映像などがあります。
2人はそうした素材を集めるうちに、すべてが近畿地方のある場所に関係していると気づき、取材を進めていきます。
団地はなぜホラーと相性がいいのか?
『近畿地方のある場所について』は団地ホラーでもあります。残された映像の中に、団地に越してきた家族が飛び降り自殺を目撃する話や、団地の子どもたちの遊びをテレビレポーターが取材する映像があるからです。
速水さんは8月8日に新刊『世界は団地でできている』(集英社新書)を出しています。新刊で描いた団地のイメージの変化を、この回でも振り返っています。
速水さんは、団地とお化けの相性の良さを、隣に誰が住んでいるかわからないという想像の余地に見ています。古びた同じ形の建物がいくつも並ぶ団地は、幻覚を見てしまう場所でもあるといいます。
速水さんは「団地団」というグループで団地が出てくる作品を取り上げてきましたが、すべてを押さえるのは無理だと話します。『近畿地方のある場所について』は新刊に間に合わなかった一本です。
ジャンルの違う3作をつなぐ「劇中の映像」
速水さんは、この回で取り上げた3作に共通点があると話します。いずれも、映画の中に別の映像が組み込まれた「劇中内ムービー」の作品だという点です。
| 作品 | 劇中の映像 | 速水さんの評価 |
|---|---|---|
| キムズ・ビデオ | 過去の映画を引用して構成する | 星1つ |
| 近畿地方のある場所について | テレビ映像から動画配信者の映像まで、劇中の映像の出来が良い | 星4つ |
| ウォー・オブ・ザ・ワールド | 監視カメラの映像を切り替え、いろいろな場所を同時に把握する | 星4つ |
『近畿地方のある場所について』の原作も、フリーライターが過去の記事を当たる設定です。原作では小説内の架空の記事が次々に展開されますが、映画ではそれを全部映像に置き換えています。
『室井慎次』は『北の国から』のオマージュだったのか?
速水さんは、3作の共通点から何かを論じたいわけではないと話します。いま一番の関心事は、8月に始まったドラマ『北の国から』の再放送です。
速水さんは、『踊る大捜査線』のスピンオフである室井慎次のシリーズに、『北の国から』で母親役だったいしだあゆみさんが出ていたことに触れます。秋田に引きこもった室井が警察を辞め、引き取った子どもたちを育てる筋立てについて、速水さんは『北の国から』をやろうとしていたのは明らかだと見ています。
(室井慎次は)「北の国から」をやろうとしてたことは明らかなパロディーレベルなのか、その本当にフジテレビのオマージュだったのか。
速水さんは、この作品をフジテレビの走馬灯のような映画と表現しています。いしだあゆみさんにとってこれが遺作になったこと、与えられた役や演技にも満足できなかったことについては、悲しいところがあると語っています。
テレビシリーズ版『北の国から』が特別な理由
速水さんは、『北の国から』を最初のテレビシリーズとその後のスペシャルに分けると、テレビシリーズには特別な存在があると話します。冒頭で浮気の現場を娘に見られてしまう母親です。
『北の国から』は、田中邦衛さん演じる父親と純、蛍の兄妹が東京から北海道へ移り、電気すらない場所で暮らす話です。純は東京に惹かれ続け、一刻も早く戻りたいと考えています。蛍は母の不貞を見て反発しながらも、まだ母に甘えたい年齢で、2つの気持ちに引き裂かれています。
父親も、一度は東京に出て東京の女性と結婚したものの、自分には向いていないと諦めて北海道に帰ってきた人物です。
いしだあゆみさん演じる母親はテレビシリーズの中で亡くなり、スペシャル版では回想以外に登場しません。国民的シリーズの中で最も早く亡くなった登場人物であり、その後の物語のほうが長いため、重要なキャラクターとして再び描かれることはありませんでした。
それでも速水さんは、テレビシリーズの母親と蛍の有名な場面にたどり着くために、平日毎日1時間の再放送は見逃せないと話します。
原田美枝子が演じた不穏な先生の役
速水さんは、最初のテレビシリーズを長く見ていないので、再放送で確かめたいことが多いといいます。そのひとつが、純と蛍の学校の先生役で出ている原田美枝子さんです。
速水さんによると、原田美枝子さんは『トラック野郎』シリーズでも、道の真ん中に幽霊のように現れる不思議な登場の仕方をし、宇宙人ではないかという設定だったそうです。『北の国から』でも純と一緒にUFOを見に行き、そのまま消えてしまうといいます。
(原田美枝子は)「北の国から」の中でもとりわけ不思議なキャラクターなんですよ。そしておそらくこの世のものではないっていうニュアンスで出てきて、不穏なんですよね。
速水さんは、これが自分のうろ覚えの記憶かもしれないとしたうえで、再放送で原田美枝子さんの役の最後を確かめるつもりだと話しています。『北の国から』については、動画配信サイトシラス ── クリエイターが有料の番組を配信するプラットフォーム。速水さんは本を紹介する番組を持っているで8月21日ごろに配信した回でも、たっぷり語っています。
思い入れを語らない物書きが『北の国から』を語るわけ
速水さんは、自分は思い入れのあるものをあまり語らない物書きだと話します。「これが大好きだ」とアピールするのが苦手な速水さんにとって、『北の国から』は思い入れを持って語れる数少ない作品です。
速水さんは最初のシリーズをリアルタイムでは見ておらず、少し後の再放送を母と1歳下の妹と一緒に見ていたそうです。
純が中学を卒業し、高校に行かずに東京で就職するころ、速水さんも10代半ばでした。成績の悪い田舎の子だった自分と純が重なり、家族と一緒には見られなかったといいます。
なんか自分の進路とかどうするんだろうとか、痛々しくて、純君のことが。だからその当時はね、家族で一緒に見れなかったですよ、本当に。
まとめ
速水健朗さんは、評判とは逆の感想を抱いた2本の映画を入り口に、自分の評価軸を正直に語りました。3作に共通する劇中の映像という仕掛けを整理しつつ、最後は『北の国から』への個人的な思い入れに着地しています。
- 絶賛の『キムズ・ビデオ』は「一箇所たりとも面白くなかった」とし、褒めるしかない空気に疑問を投げかけた
- 批評家スコア3%の『ウォー・オブ・ザ・ワールド』は、家族しか見ない主人公という点でスピルバーグ版と同じ宇宙戦争の型だと評価した
- 『近畿地方のある場所について』は劇中の映像の出来が良く、団地ホラーとしても読める作品だった
- 『北の国から』の再放送では、いしだあゆみさんの母親と原田美枝子さんの不思議な先生役を確かめたいと話している



