タバコもサウナもカレーもない世界に価値はあるか
退院した宇野維正さんは、いまの生活から3つの楽しみが消えたと話します。タバコは吸えず、アディクトのように通っていたスーパー銭湯のサウナも血圧に負担がかかるため入れず、一時的な味覚障害でカレーの味がまったくしないのだといいます。
あのスパイスの複雑な組み合わせみたいなものを全く舌がね、認識しないんですよ。
宇野さんは、タバコもサウナもカレーもない人生に何の価値があるのかと退院後に考えていたそうです。ところが、目の前の速水健朗さんこそ、その3つとまったく縁のない人だと気づきます。
速水さんは暑がりでサウナに行ったことがなく、カレーはもともと食べられず、タバコもやめて20年以上が経っています。速水さんは「普通じゃん」と返し、宇野さんは、そういう人が目の前にいることが救いであり希望だと笑います。
宇野さんは、自分の不摂生を認めます。若い頃に無茶をしても元気なキース・リチャーズやイギー・ポップのようなタイプだと自分を思い込んでいたといいます。
だからそういうね、タイプだと思ってたらとんでもなかったということで、冷や水をかけられた気分ですよ。本当に。
健康に気を使うつもりかと聞かれた宇野さんは、使わざるを得ないと答えます。スーパー銭湯に行ってもサウナには入らないだろうとして、ライフスタイルはガラッと変わると話しました。
「DON'T DIE」Tシャツの元ネタ、ブライアン・ジョンソンとは何者か
速水さんは退院祝いとして、宇野さんに「DON'T DIE」と書かれたTシャツをプレゼントしました。元ネタは、Netflixで公開されているドキュメンタリー『DON'T DIE “永遠に生きる”を極めし男』です。
速水さんの説明によると、主人公のブライアン・ジョンソンはテック系で成功した人物で、働きすぎで倒れ、このままでは持たないと考えたといいます。会社をピーター・ティール ── PayPal共同創業者として知られる投資家。シリコンバレーの有力者で、リバタリアン的な思想や長寿研究への関心でも知られていますに売って財を成し、ティールに憧れているそうです。
宇野さんは、血を全部入れ替えたというティールの都市伝説を聞いて「キース・リチャーズと一緒じゃん」と返し、名前もローリング・ストーンズのブライアン・ジョーンズに近いと茶化します。さらにジョンソンの会社名「ブループリント」から、話は寄り道に入っていきます。
ジェイ・Zとビヨンセを包む陰謀論のナラティブ
宇野さんは、「ブループリント」の名はジェイ・Zのアルバムに由来する、とリアルサウンドの神谷さんの話を交えて触れます。そのうえで、ジェイ・Zの会社ロック・ネイション ── ジェイ・Zが設立したエンターテインメント企業。アーティストのマネジメントやスーパーボウルのハーフタイムショーの制作にも関わっていますがいま問題を抱えていると話を広げました。
宇野さんによれば、アメリカでディープステートを語る人たちの間では、ジェイ・Zやビヨンセを巡る陰謀論が広く浸透しています。速水さんは、宇野さんが倒れている間にパフ・ダディの裁判がほぼ無罪で終わったことにも驚いたと話します。
マジでJGとかビヨンセとか、あれそのいわゆるだから陰謀論に完全に絡め取られちゃってて。
少なくともアメリカ人の半分の人たちのJG感とかビヨンセ感とかってめちゃくちゃ変わってるんだよね。
宇野さんの見立てでは、パフ・ダディやエプスタインの一味ではないかというナラティブが、根拠がほとんどないまま戻らないところまで広がっています。そしてこの対立は、ドレイクとケンドリック・ラマーのビーフにもつながっているといいます。
スーパーボウルの起用
ケンドリックをブッキングしたのはロック・ネイション、つまりジェイ・Z側
ドレイク派の反発
ドレイク派はジェイ・Zを目の敵にし、リル・ウェインやニッキー・ミナージュも同じ側に立つ
代理戦争の継続
ニッキー・ミナージュとSZAの対立も代理戦争として続いている
ナラティブの優劣
何が正しいかではなく、どのナラティブが強いかで旗色が決まる
まあだからもう何が正しいかとかじゃなくて、どのナラティブが強いかだから。
健康に全財産を注ぐ男は何を目指しているのか
話はブライアン・ジョンソンに戻ります。速水さんによると、ジョンソンは倒れたあと、健康にすべての資産をつぎ込むようになりました。
30人の医師団に自分のすべてのデータを取らせて変動を常にチェックし、ビーガン食と最適化された運動を続けているといいます。アンチエイジングの薬をマウスに投与し、効けば自分にも投与するという、薬事法的にはありえないことまでしているそうです。
ジョンソンはその様子をYouTubeで配信し、熱狂的な信者を生んでいると速水さんは説明します。宇野さんはこれを、映画『サブスタンス』のような世界だと表現しました。
速水さんの見方では、ジョンソンは自由至上主義者で、政府が病院や薬を規制することをくだらないと考え、自分を実験台にしています。速水さんはそれを、カリフォルニア・イデオロギー ── シリコンバレーに広がる、技術による自由と個人主義を重んじる思想を指す言葉。1990年代に批評的な文脈で名付けられましたとニューエイジ的なカルトの両方を踏み抜いた存在だと評しました。
テクノロジーの最後の牙城っていうのが健康だ。で、不老不死を手に入れる。で、これが最高の富だっていう。
「最近油っぽいものが…」はかっこつけか
宇野さんは、不老不死までは極端だとしつつ、今回痛感したのは反省だと話します。コーラやレッドブルを飲みまくり、タバコを吸いまくっていたことなど、心当たりはあらゆるところにあったそうです。
宇野さんは、トランプ大統領があの年齢で本当にマクドナルドとコーラを毎日口にしていることに触れ、自分もそうしたかったけれど難しいかもしれないと語ります。速水さんも、自分は毎日マックを食べるタイプで、気をつけているのは酒の飲みすぎくらいだと打ち明けます。
45歳や50歳になると油を摂取しにくくなるらしい、という速水さんの話に、宇野さんは30歳くらいの若者の発言に苛立つと返します。
30くらいのやつがさ、「いや最近ちょっと油っぽいものあんま受け付けなくて」みたいなさ。嘘でしょ?みたいな。
いつもステーキを食べる速水さんと、毎日ハンバーグを食べる宇野さん。2人は顔を見合わせ、健康に気を使っていなさすぎると苦笑しました。
健康に気使ってなさすぎるよ、俺たち。ダメじゃん、これ。
長生きしたいのか、それとも70歳前に死ぬ覚悟か
宇野さんは「だから長生きしたいの?」と速水さんに問いかけます。速水さんは、みんな長生きしたいのではなく、健康なまま、ある時急に意識を失うような生き方を望んでいると答えました。
ただ速水さんは、そんな都合のいい話はなく、結局は老人になっていくものだと話します。普通は50歳くらいから、それに備えることに気づくらしいといいます。
宇野さんは、フリーランスには定年がなく、仕事がある限り働き続けるため、会社員以上に健康管理が重要だと指摘します。そのうえで、医者に言われたわけではないとしつつ、今回の病気で死の可能性を突きつけられたと話しました。
速水さんは、アンチエイジングと長生きはイコールではないと整理し直します。先ほど「不老不死」と言ったのはキャッチコピーに囚われすぎで、ジョンソンが実践しているのは、今の体を維持するために金をかけることだといいます。
不老不死を手に入れる、死そのものを拒否する試み
今の体を維持すれば死なないのではという仮説に、金をかけて実践すること
富豪の不老不死と宇宙への欲望は矛盾しないか
宇野さんは、イーロン・マスクや前澤友作さんのような富豪が宇宙に強く惹かれる点を挙げます。宇宙飛行や火星ほどの距離になると骨がボロボロになり、健康に大きな負担がかかることは証明されていると話しました。
ある種の富豪の願望として、不老不死と宇宙への欲求って一番矛盾してるなって思うけどね。
速水さんは、何かを超越したいという意味で、死と宇宙は同じ距離にあるのだと思うと応じました。
バズも再生数も「心の底からどうでもいい」
超越の話を受けて、宇野さんは今回いちばん変わった意識を明かします。人生が70歳前に終わるかもしれないと考えたとき、YouTubeやXでのバズや再生数といった価値観が、心の底からどうでもよくなったといいます。
リポストとか、なんていうのを狙うみたいなことって一番やんなくてもいいことだよなっていう風に意識は変わったから。
一方で宇野さんは、それは困ることでもあると話します。YouTube番組「ムービードライバー」はどこかで再開しなければならないからです。
宇野さんは、倒れた後に公開された「ムービードライバー」の最新回やキネマ旬報の連載を、自分でチェックしないまま出したといいます。そこで、最終チェックをしていないものは自分の作品と思えないほど、クオリティを自分でコントロールしたい完全主義者だと気づいたそうです。
さらに、宇野さんが倒れたのは新しい車の納車日でした。V8・5000ccのエンジン音が響き、内装は真っ赤で、宇野さんは内臓みたいで「呪われた車」だと冗談めかしつつ、運転は控えていると話します。
トランプとイーロンの決裂は合理的だったのか
宇野さんは、前回の年末の出演時、トランプの就任前に速水さんが早々に「トランプとイーロンは決裂する」と言っていたことを振り返ります。当時、そんなことを言う人は他にいなかったと感じたそうです。
速水さんは、自分が思った理由とは違う形で決裂したと受け止めています。イーロンは民主党でも共和党でもない第3極のほうが法案を通す方法としてリアルだと語っており、それは日本の国民民主党やヨーロッパの小党連立のようにキャスティングボート ── 議会で勢力が拮抗するとき、少数派が賛否を握って結果を左右できる立場のことが重要になった状況を踏まえたものだと速水さんは見ます。
選挙戦の1年間をね、トランプのそばでね、全部その人脈とやり方を見たんだとしたら、今思うと合理的な判断しかしてない気がするんだよね。
宇野さんは、イーロンがいた頃はUSAIDを筆頭に次々と政策を打ち出す勢いがあったが、それが明確に落ちたと指摘します。特にウクライナやイスラエルなど国外の問題が思うように進まず、就任半年足らずで停滞したという見方です。
これに対し速水さんは、関税をかけてもインフレは起きておらず、アメリカの景気はまだ非常に良いと話します。影響は半年後くらいに出るとしても、今は経済的にフリーハンドが担保されているらしいといいます。
2人はトランプに甘いのか
宇野さんは、前回の出演回をいろいろな人に聞いたと言われ、自分でも聞き返したそうです。そのうえで、一般的に見ると自分も速水さんもトランプに少し甘いと感じたといいます。
速水さんは、経済番組のWBSを見ていればこういう感覚になると返しつつ、人権や歴史改変の問題ではひどい状況だと認めます。宇野さんも、カルチャー周りではアンチトランプの言説ばかりが目立つと話しました。
客観的にはトランプに甘いと思われているかもしれないけども、まあちょっとあまりにもアンチトランプ的な言説がタイムラインとかアルゴリズムを埋めてる。
その中でまあ最低限このくらいの中立性は保った方がいいんじゃない。
柴那典さん乱入、渋谷陽一さんの訃報にどう向き合うか
収録終盤、音楽ジャーナリストの柴那典さんが「乱入」します。宇野さんは、意識がなく集中治療室にいた3週間を含む約1か月の間に、世界で何が起きていたかを速水さんから聞いていたと説明しました。
柴さんは、この日の7月22日に伝えられたニュースを切り出します。音楽評論家の渋谷陽一 ── ロッキング・オンの創刊者で、長く同社の社長を務めた音楽評論家。ラジオDJとしても知られ、ロックフェスの主催などにも関わりましたさんが74歳で8日前に亡くなったという知らせです。宇野さんは、渋谷さんが倒れたのは一昨年の11月で、そこから2年弱だったと振り返ります。
ロッキング・オン出身の宇野さんと柴さんにとって、渋谷さんは元社長であり元ボスです。宇野さんは「間違いなく恩人」と言い、柴さんは「人生を変えてくれた人」と語りました。
宇野さんは、本物の音楽やロックといった言葉が飛び交うたびに、渋谷さんの姿勢を思い出すといいます。宇野さんが継承したいと語るのは、売れたものが正しいという乱暴なテーゼを音楽批評に持ち込んだ渋谷さんの姿勢です。
柴さんは、社長と新入社員としての関係は5年ほどと短かったものの、音楽を軸に社会を語る今の仕事は渋谷さんの影響を強く受けていると話します。自らメディアを作るという意味では、リアルサウンドの神谷さんが第一人者だとも語りました。
宇野さんは、渋谷さんは自分の年齢の頃より健康に気を使っていたと付け加えます。柴さんは、まだ整理がつかないなかで、宇野さんが無事でよかったと思っていると伝えました。
復活の場は8月のLOFT9イベント
最後に宇野さんは、毎年サマーソニックの翌週に柴さんと開いているイベントを告知します。音声メディアとしての復活はこのポッドキャスト、人前に立つ復活は8月のイベントになるといいます。
イベント「宇野維正×柴那典 ポップカルチャー事件簿 復活の2025年夏編」は、2025年8月24日(日)にLOFT9 Shibuyaで開催され、開場17時30分、開演18時です。宇野さんは15キロ痩せた今の体重を、それまで維持できているかと笑いました。
死の淵から舞い戻ったウノコレマサです。
まとめ
大病から戻った宇野維正さんは、失った楽しみや『DON'T DIE』の話を入り口に、健康観、ネット上の価値観、トランプ評を語り直しました。終盤では渋谷陽一さんの訃報に触れ、その批評の姿勢を継承していく思いを示しています。
- タバコ・サウナ・カレーを失った宇野さんは、それらと無縁の速水さんに「希望」を見た
- ブライアン・ジョンソンの試みは不老不死というより、今の体を金で維持する仮説の実践だと速水さんは整理した
- 70歳前に死ぬ可能性を突きつけられ、宇野さんはバズや再生数を心の底からどうでもいいと感じるようになった
- トランプとイーロンの決裂を、速水さんは第3極を見据えた合理的判断と読み解いた
- 宇野さんと柴さんは、売れたものが正しいと音楽批評に持ち込んだ渋谷陽一さんの仕事を受け継ぐ思いを語った


