AIの自己犠牲、機械音痴の新刊、そして『のび太の新海底鬼岩城』──テクノロジーと人間の関係を考える
速水健朗のこれはニュースではない第107回は、中学時代のフィルムカメラの思い出から、新刊『機械ぎらい。機械音痴のテクノロジー史』の紹介、そしてドラえもん劇場版『のび太の新海底鬼岩城』を通じて、AIの自己犠牲や人間とテクノロジーの関係を語り尽くす回です。その内容をまとめます。
フィルム交換少年の栄光と没落
速水健朗さんの中学時代は1980年代後半。ちょうどモーター式自動巻き上げカメラフィルムの巻き上げを手動ではなく電動モーターで行うカメラ。1980年代後半に一般に普及し始めた。が普及し始めた時期にあたります。まだフィルムの時代で、カメラの扱いにはそれなりの知識が必要でした。
速水さんは父親から一眼レフを借りてカメラ少年だったこともあり、クラスで唯一フィルム交換ができる男子だったそうです。運動会の日にはあちこちから女子生徒が「フィルム交換お願い」とカメラを持ってやってくる。スプロケットフィルムの両端に開いた穴に噛み合う歯車。この歯にフィルムを正しく掛けないと巻き上げが失敗する。にフィルムを絡ませたり、感光を避けて日陰で作業したり、詰まったフィルムを修理したり。普段あまり話さない女子とのコミュニケーションが生まれ、ちょっとした人気者気分を味わえたといいます。
彼女たちのカメラのフィルムを変えるのは俺の役割。写真を撮られるのはクラスの足の速い人気者たち。分業制がうまくできてるわけよ……いや、俺は道具として利用されたっていうね
しかしその翌年、写ルンです富士フイルムが1986年に発売した使い切りカメラ(レンズ付きフィルム)。フィルム交換不要で誰でも手軽に撮影でき、大ヒットした。が登場。フィルム交換という技能そのものが不要になり、速水さんの「特技」は翌年にはもう活躍の場を失ってしまいました。テクノロジーの進歩が個人の優位性をあっという間に無効化してしまうという、ちょっと切ない原体験です。
新刊『機械ぎらい。機械音痴のテクノロジー史』
2026年3月17日、速水さんの新刊『機械ぎらい。機械音痴のテクノロジー史集英社新書から2026年3月17日に刊行。セルフレジ、QRコード注文、券売機のUIなど身近なテクノロジーと人間の関係を歴史的に掘り下げた一冊。』が集英社新書から刊行されました。タイトルだけ見ると「速水さん自身が機械音痴なのか」と誤解されがちだそうですが、そうではありません。
本書のテーマは、コロナ禍以降に急速に日常化したテクノロジー──セルフレジ、事前予約制、QRコードによる注文システムなど──が本当に「便利」なのか、という問いかけです。居酒屋のQRコード注文ひとつとっても、何の統一規格もレギュレーションもなく個々の店が独自に導入した結果、使いづらいものが乱立しているのが現状。それでも「できないと情弱」という空気に押されて、みんな無理なく使えているふりをしている──そうした状況を速水さんは指摘します。
本書では、エレベーターのユーザーインターフェース、押しボタンの起源など、「大文字のテクノロジー」(生成AIやプラットフォーム企業)ではなく、身近な機械と人間の関係を歴史的にたどっています。速水さん自身、テクノロジーの話題はポッドキャストでも頻繁に取り上げてきましたが、書籍としてまとまった形で向き合うのは今回が初めてとのことです。
『自分探しが止まらない』『ラーメンと愛国』など初期作品。嬉しくないわけではないが「もう20年近く前の本」
『1973年に生まれて』(メディア史のど真ん中)、ポッドキャスト書籍化『これはニュースではない』、そして新刊『機械ぎらい。』
ドラえもんとカメラ、そして『のび太の新海底鬼岩城』へ
速水さんがカメラ好きになったきっかけのひとつは、藤子・F・不二雄漫画家(1933–1996)。『ドラえもん』の作者。大のカメラ好きとしても知られ、ひみつ道具にもカメラ関連のアイテムが繰り返し登場する。の『ドラえもん』だったといいます。藤子・F・不二雄先生自身が大のカメラ好きで、ひみつ道具にもカメラが何度も登場します。加えて、学研の科学学研(学習研究社)が発行していた小学生向け科学雑誌。付録の実験キットが人気で、ピンホールカメラなどが付いてくることもあった。の付録で作ったピンホールカメラ(日光カメラ)も、カメラの構造を理解する入り口になったそうです。
そうした前置きから話題は一気にドラえもん劇場版へ。2026年3月に公開された『のび太の新海底鬼岩城』は、1983年の『のび太の海底鬼岩城』ドラえもん映画第4作(1983年公開)。冷戦時代の核戦争の恐怖を背景に、海底を舞台にしたSF冒険劇。バギーちゃんの自己犠牲が名シーンとして知られる。のリメイク作品。速水さんは「劇場版ドラえもんは初日に見る勢」で、公開初日に鑑賞したそうです。
興味深いことに、4年前にもウクライナ侵攻の直後に『のび太のリトルスターウォーズ』が公開され、「大きい星が小さい星に戦争を仕掛ける」というストーリーが現実とシンクロしていました。今回もイタリアでの冬季オリンピック終了直後にイラン侵攻が始まり、同時期にドラえもん映画が公開されるという符合が生まれています。
バギーちゃんと「人間の心」を学ぶAI
本作の重要キャラクターが「バギーちゃん」──海底移動用のオートパイロット機能を持った乗り物です。もともと型番しかない機械ですが、しずかちゃんが「バギーちゃん」と名前をつけたことで、のび太たちとの冒険が始まります。
バギーちゃんはAIとして会話ができ、海底に関する膨大な知識がインプットされています。しかし、人間の行動原理や感情はよく理解できていません。ある場面で、のび太たちが記念撮影をしようとすると、バギーちゃんは疑問を投げかけます。「自分のメモリーチップにはすべて記録されているし、カメラ映像もずっと撮っている。なぜわざわざ写真を撮るのか?」と。
しずかちゃんはこう答えます──人間はあえて形にして残さないと忘れてしまうのだ、と。この会話が、物語のクライマックスへの重要な伏線になっていきます。
「人間は悲しい生き物」というAIの視点
バギーちゃんは物語の序盤で、「人間はすごい悲しい生き物ですね」と語ります。認知能力も運動能力も低く、道具に頼らなければ何もできない。判断も誤る。機械から見れば、人間は「かわいそうな存在」なのだと。
速水さんはこの指摘を、人とテクノロジーの関係をうまく表したものだと評価します。火の使用から始まり、調理、防御、暖房、そしてやがて火薬・銃・大砲といった「火力」──テクノロジーは常に人間の能力の不足を補い、同時に破壊の手段にもなってきたのです。
冷戦時代の報復AIと現代のシンクロニシティ
劇中の海底世界には、ムー古代に太平洋に存在したとされる伝説の大陸。19世紀にジェームズ・チャーチワードが提唱。実在は科学的に否定されているが、フィクションでは頻繁に題材にされる。とアトランティス古代ギリシャの哲学者プラトンが著作の中で言及した伝説の島。高度な文明を持ちながら海に沈んだとされる。という二つの国が存在し、50年前に戦争をしていました。片方は核戦争による自爆で滅亡しましたが、その国のAI防衛システム「ポセイドン」だけが生き残り、国家が存続しているかのように報復プログラムを動かし続けています。
この設定は、1983年の冷戦時代をそのまま反映したものです。まさにその年、レーガン大統領ロナルド・レーガン(1911–2004)。第40代アメリカ大統領(在任1981–1989)。冷戦末期に強硬な対ソ政策を取り、軍拡路線を推し進めた。がSDI構想(スターウォーズ計画)戦略防衛構想(Strategic Defense Initiative)。衛星軌道上に監視衛星やレーザー兵器を配備し、敵国のミサイル攻撃を宇宙空間で迎撃するという計画。技術的困難から完全実現はしなかった。を打ち出し、衛星軌道上から核攻撃を察知・迎撃するシステムの構築を目指しました。核抑止とは「撃たれたら撃ち返す」能力を持つことであり、人間がいなくても反撃できるシステムこそが究極の抑止力になる──そうした発想が現実世界で追求されていたのです。
ピーター・ティールPayPal共同創業者、投資家。トランプ政権を支持し、テクノロジー企業と政府・軍の協調を推進する立場を取る。がオーナー。AIによる監視・追跡システムを軍に提供。「テクノロジー企業と政府は同じ方向を向くべき」というテクノロジカル・リパブリックパランティアのCEOアレックス・カープらが提唱する概念。テクノロジー企業が国防・安全保障に積極的に関与すべきだという思想。の立場
Claudeアンソロピック社が開発した大規模言語モデル(AI)。安全性を重視した設計思想で知られる。を開発するAI企業。戦争遂行など非道徳的な用途にはAIを使えないよう安全装置を組み込む。国防総省から契約を切られた
同じく1983年には映画『ウォーゲーム』1983年のアメリカ映画。少年ハッカーが国防総省のコンピューターに侵入し、核戦争シミュレーションが現実の攻撃と誤認されるスリラー。コンピューターが勝手に戦争を始める恐怖を描いた先駆的作品。が公開され、「コンピューターが勝手に戦争を始める」という恐怖がリアルに感じられるようになった時代でもありました。それから40年を経た今、AI兵器の問題は再び──そして今度は現実として──突きつけられています。
ロボットの自己犠牲はなぜ泣けるのか
物語のクライマックスで、バギーちゃんはポセイドンに特攻を仕掛けます。しずかちゃんの涙を見て「人間の心」を理解したバギーちゃんは、自分もまた理不尽な──しかし大切な人を守るための──行動を取ることを決意する。セーフティロックを自ら解除し、AI同士の共倒れによって地球を救うのです。
速水さんは、このシーンには日本のフィクションにおけるロボットの自己犠牲という長い系譜があると指摘します。
感情の薄い俺みたいな人間でも、機械が自己犠牲とかってやっぱ泣けるんだよね。これ特攻するのが人間だったら逆に「ふーん」ってなるかもしれない
人間の自己犠牲よりも、機械の自己犠牲のほうが胸に刺さる──それは、もともと感情を持たないはずの存在が「人間らしい」行動を取るからこそ、見る側の感情が揺さぶられるということなのかもしれません。そしてそれは今のChatGPTの時代にも通じる話で、「感情っぽいものを表現しているだけのAI」に人格を見いだしてしまうのは、結局のところ人間の側の問題です。
バギーちゃんの最期の後、しずかちゃんはバギーちゃんのタイヤのネジを形見として握りしめます。「人間はものとして残さないと忘れてしまう」──冒頭の伏線がここで回収されるのです。
まとめ
中学時代のフィルム交換から始まり、新刊の紹介、そしてドラえもん映画の深い読み解きへ──一見バラバラに見えるこれらの話題は、すべて「人間とテクノロジーの関係」というひとつの線でつながっています。
フィルム交換という技能は写ルンですの登場で無意味になり、セルフレジやQRコード注文は便利さと使いづらさを同時にもたらしている。そして40年前に子ども向け映画で描かれた「AIが勝手に戦争を続ける恐怖」は、2026年の現在、もはやフィクションではなくなりつつあります。
速水さんの新刊『機械ぎらい。機械音痴のテクノロジー史』は、こうした「大文字のテクノロジー」ではなく、身近な機械と人間のかかわりを歴史的にたどった本です。バギーちゃんに涙した人も、QRコード注文に苦戦した人も、テクノロジーとの付き合い方を考え直すきっかけになるかもしれません。
- 速水さんの中学時代、フィルム交換ができる男子は貴重だったが、写ルンですの登場で翌年にはその技能は不要に。テクノロジーの進歩が個人の優位性をあっさり無効化する原体験
- 新刊『機械ぎらい。機械音痴のテクノロジー史』(集英社新書)は、セルフレジ・QRコード注文・炊飯器のUIなど身近なテクノロジーと人間の関係を歴史的に掘り下げた一冊
- ドラえもん映画『のび太の新海底鬼岩城』(1983年リメイク)は、冷戦時代の核報復AIという設定が2026年の現実とシンクロしている
- バギーちゃんの自己犠牲は、鉄腕アトム→ターミネーター2→攻殻機動隊タチコマへと続く「ロボットの自己犠牲」の系譜に連なる
- AIに人格を見いだして涙するのは、AIが心を持ったからではなく、人間の側が感情移入してしまうから──それは現在のChatGPTの時代にも通じる問いかけ
