イギリスだけが滅びた世界とは?
速水健朗さんは、ダニー・ボイル監督、アレックス・ガーランド脚本の映画『28年後…』を公開初日に観ています。収録は公開から2週間ほど経ったタイミングです。
速水さんはもともと、ガーランドが小説家時代に書いた原作をボイルが監督した『ザ・ビーチ』が大好きだといいます。このコンビの新作を初日に観ないわけがない、という組み合わせだったと話しています。
『ザ・ビーチ』好きってなかなかないと思うんだけど。
公開前、速水さんは評論家の宇野常寛さんと飲んだ席で、『28年後…』は同じガーランド作品の『シビル・ウォー』と比べざるを得ない映画だ、と聞いていました。観たあとで、ようやくその意味がわかったそうです。
なるほど、見てからやっと言ってる意味がわかりました。
『28年後…』の舞台は、ゾンビ化で滅びたイギリスです。滅びたのはイギリスだけで、ほかの国は普通に文明を維持しています。
イギリス本土では電気もなく、生き残った人々は200年前ぐらいの生活レベルに戻っています。主人公は本土から少し離れた島で生まれ育った少年で、iPhoneも見たことがありません。
島の外では、ウイルスが外へ漏れないよう、つまり誰もイギリスから抜け出さないよう、艦隊が常に見張っています。速水さんは、厳重に包囲された国の「その後の28年」という設定こそが、この映画のアイデアの核だと見ています。
『シビル・ウォー』と重なる「奥地の狂った男」
『28年後…』は、少年が父親と一緒に、生まれ育った島の外にある本土を見に行く物語です。速水さんは、成長物語であることは間違いないとしつつ、『シビル・ウォー』との共通点に注目します。
『シビル・ウォー』は、アメリカの内戦後に荒れ果てた土地を主人公たちが見て回る話でした。速水さんによれば、2作品はどちらも地獄の黙示録 ── 1979年公開のフランシス・フォード・コッポラ監督の戦争映画。ベトナム戦争下、ジャングルの奥地で独自の王国を築いた元大佐を暗殺しに向かう兵士の旅を描きますの構造を引用しています。
戦場の最も奥地に狂った男がいる。それに会いに行く設定っていうね。
速水さんは、この構造をさらに遡るとグレアム・グリーンの原作小説などに行き着くとも話します。宇野さんが「似ている」と言ったのも、基本的にはこのモチーフの使い方のことだろうと推測しています。
アメリカの内戦後、荒れ果てた土地を主人公たちが見て回る
ゾンビで滅びたイギリス本土を、島育ちの少年が父親と見に行く
2作品が狙っているのは、奥地にいる狂った男こそが一番正常なのではないか、という世界の狂い方の描き方です。速水さんは、それがうまくいっているかどうかはともかく、両作品の意図はそこにあると見ています。
速水さんは『28年後…』に『ミッドサマー』のように面食らう場面があることにも触れます。ただ、この回の本題はそちらではありません。
「49年後」の映画『桐島です』とは
速水さんがこの回で本当に話したかったのは、間もなく公開される「49年後」の映画です。正式タイトルは『桐島です』で、高橋伴明監督の作品です。
『桐島です』は、連続爆破テロ事件の逃亡犯・桐島が、49年間逃亡生活を続け、死の間際に「自分が桐島だ」と名乗り出た実話を題材にしています。桐島は名乗り出た直後に亡くなっています。
速水さんは、桐島が亡くなった直後にこのポッドキャストで「これは映画化されるよね」と話していたといいます。そのときは、桐島が音楽バーを好み、サンタナのような音楽を聴いていたという話をもとに、「今夜日本中のバーで」というタイトルを付けて語ったそうです。
そのエピソードを覚えていた雑誌『Pen』の編集者が、試写会に誘ってくれました。速水さんにとっては久々の試写で、観たのは公開の3ヶ月ほど前です。
(この映画の話は)なんか1円ももらってない映画の話です。
いや、金もらわなきゃ喋んないのかって。今まで映画の話は全部そうですけどね。
1975年、東アジア反日武装戦線は何をしたのか?
『桐島です』の発端は、1975年の東アジア反日武装戦線による連続爆破テロです。三菱重工などが標的になりました。映画の前半は当時のニュース映像から始まり、事件が起きた状況も描かれます。
速水さんは、70年代までの左翼テロリズムについて本を読み込んできた自負があるといいます。ただ同世代でもこの事件の記憶は薄く、連合赤軍ほど語り継がれてもいないため、前半のあらましは知っておいたほうがいい作品だと話します。基本的には映画の中できちんと紹介されるそうです。
1975年は、浅間山荘の事件 ── 1972年、連合赤軍のメンバーが長野県軽井沢町の山荘に人質を取って立てこもった事件。テレビ中継され、左翼運動への世論が大きく変わるきっかけになりましたから3年後です。速水さんによれば、まだ戦う気のある人たちの多くは、すでにレバノンなど中東で闘争をしていました。
浅間山荘事件
連合赤軍事件以降、国内では左翼への風当たりが強まる
海外への移行
戦う気のある人たちは、レバノンなど中東で闘争を続ける
国内に残った小グループ
東アジア反日武装戦線が、ごく限られた人数で連続爆破テロを起こす
東アジア反日武装戦線は「狼」「さそり」「大地の牙」という小さなグループから成り、それぞれが声明を出して競い合うようにテロを起こしていきます。速水さんはそのネーミングを「ちょっと中二みたいなセンス」と評しています。桐島もそのメンバーの一人でした。
喫茶店の別れが映す「時代遅れ」
『桐島です』には、桐島がガールフレンドと別れる場面があります。ロケ地はとてもレトロな喫茶店で、内装からは70年代の雰囲気が伝わってきます。
ところが速水さんによると、喫茶店の窓の外には、当時あるはずのない鳥メロかミライザカのような現代の居酒屋が映っていたそうです。
今時これってなんかトリメロがあるね、別の世界線なのかなみたいな、ちょっと考えすぎちゃうところが、見る側としてはね。
今の映画はどれも完璧に作られているため、速水さんはうっかり別の読み方をしかけたといいます。ただ実際は、単に消す予算がなかっただけだろうと話しています。
喫茶店の場面で、桐島は学生運動の延長として、社会人になっても運動を続けると語ります。ガールフレンドはそれを「時代遅れ」と切り捨てます。
速水さんは、このガールフレンドの意見こそが当時の一般的な人たちの感覚だったと考えています。仲間たちが次々と捕まり、手配ポスターが街中に貼られるなかで、桐島は1975年から逃亡生活を始めます。
逃亡生活のリアルはオーディオ機器に宿る
『桐島です』の舞台は湘南で、実際にこのあたりだったようです。桐島は住み込みの仕事を見つけ、アパートの一室で暮らし始めます。
逃亡生活の一番のネックは、不動産契約ができないことと、携帯電話を持てないことです。みんなが携帯を持ち始めた90年代半ばから後半を含め、映画は同じアパートの一室での生活を描き続けます。
速水さんは、この映画が逃亡生活のインフラにきちんと目を行き届かせている点を評価します。観客が一番見たいのは逃亡生活のリアルであり、そこを押さえた映画だと話しています。
桐島の日常の舞台は、アパートの部屋、工務店らしき仕事場、行きつけのバーです。仕事場では仕事のできる人として社長や社員に信頼されていますが、近所づきあいはほとんどありません。通っている銭湯には自分の手配ポスターが貼られていて、ヒヤヒヤする場面もあります。
時代は80年代、90年代、2000年代と移っていきます。速水さんが映画の一番素晴らしいところとして挙げるのは、この時代の移り変わりを、部屋の中のオーディオ機器の変化で描いている点です。
映画で昔の風景を再現するには相当お金がかかります。速水さんは、細部ではあるものの、部屋の中のモノで時代を見せたところがこの映画の面白さだったと振り返っています。
バーで知り合った女性との話などはフィクションの部分も多いものの、好きになった相手がいたことなどは、実際の話をかなり念入りに取材して描いているそうです。
誰も気づかない時間と、絶妙な歌謡曲
『桐島です』の中で、桐島の周りの人は誰も彼が桐島だと知らずに暮らしています。テロから5年、10年ならまだ記憶に残っていても、20年、30年経つと事件そのものが風化していきます。
なんか気づくきっかけがあったとしても、「手配写真に似てますね」って「あんちゃん」みたいな感じしかやっぱありえないっていうね。
速水さんは、この淡々とした日常系の部分に、ある世代と時間の変化がもたらす切なさがきちんと描かれていると話します。『桐島です』を「アパート映画」とも呼んでいます。
桐島が反発した資本主義社会とどう折り合いをつけたのかは、記録が残っていません。詳細な日記などは証拠になってしまうため、存在しないからです。
そのため、桐島が反体制運動に加わった経緯や、その後に気持ちを変えたのかどうかは、フィクションとして想像で描くしかありません。速水さんは、その部分の説得力と映画としての落としどころをうまく描いた作品だと評価しています。
『桐島です』では、ある歌謡曲が繰り返し重要なモチーフとして使われます。速水さんは曲名を伏せていますが、「時代遅れ」というテーマと関係する歌だといいます。
僕正直この歌自体は知っているか知らないかっていう絶妙なラインだったの。
その曲は、いまカラオケで誰もが歌う昭和歌謡ではなく、学生運動の時代を生きた世代のアンセムでもありません。速水さんは、そういう歌謡曲をあえて持ち込んだセンスを「素晴らしい」と絶賛しています。
文明が止まった国と、更新されない男
速水さんは、『桐島です』には物議を醸す場面があるといいます。『28年後…』にも同じような部分がありますが、ネタバレになるため詳しくは語りません。
一緒に観た『Pen』の編集者は速水さんより一回りほど下の世代で、その場面ではポカーンとしていたそうです。速水さんがギリギリ言えるのは、監督が『ジョーカー』を意識したのかもしれない、という程度です。
いや、してないのかも。どっちとも言えない。
速水さんは、2本の映画を「止まった時間」の物語として並べます。イギリスだけ文明がリセットされた『28年後…』と、49年間自分だけが更新されない『桐島です』です。
イギリスだけ文明がリセットされ、国全体の時間が止まっている
社会は進むなか、携帯も持てない桐島ひとりだけが49年間更新されない
速水さんは、もしいま何かを起こして逃亡したとしたら、スマホがなければ何もできないだろうと想像します。その実感の元になったのが、2ヶ月ほど前の出来事です。
速水さんのクレジットカードが不正利用で一時停止し、新しいカードが届くまで10日ほどカードのない生活になりました。そのあいだに、引き落としが止まったサービスから順に使えなくなっていったといいます。
Netflixや、Podcastの膨大な編集ファイルを保管しているDropbox、Google、Appleのクラウドなどが1つずつ止まり、Adobeはギリギリ無事だったそうです。
これクレジットカードがなかったらこんな人生不便なんだっていうね、ちょっとしたプチ桐島体験ができたっていうかね。
速水さんはさらに、『28年後…』の主人公は28年間クレジットカードもスマホも車もない世界で生きている、と付け加えます。テレホンカードを見ても何なのかわからないだろう、と笑っています。
指名手配犯という「アイドル」の記憶
話の最後に、速水さんは東アジア反日武装戦線の主要メンバーの一人、大道寺あや子に触れます。大道寺はいまも指名手配され、海外逃亡中です。
速水さんにとって大道寺は、子どもの頃から指名手配犯のポスターでずっと名前を見てきた人物です。重信房子 ── 日本赤軍の元最高幹部。中東を拠点に活動し、2000年に国内で逮捕されました。2022年に刑期を終えて出所していますとはまったく別の事件ですが、海外逃亡した、いわば「二大アイドル」だったといいます。
大道寺の手配写真はくるくるパーマでした。天然パーマの速水さんは、子どもの頃に「大道寺」とあだ名を付けられたことがあるそうです。
ねえねえ、それ大丈夫そう?みたいな。
まとめ
速水健朗さんは、文明がリセットされたイギリスを描く『28年後…』と、49年間ひとりだけ時代に取り残された逃亡者を描く『桐島です』を、「止まった時間」の映画として並べました。とくに『桐島です』については、部屋のモノで時代の移り変わりを見せる演出や、絶妙な歌謡曲の選び方を高く評価しています。
- 『28年後…』と『シビル・ウォー』は、どちらも『地獄の黙示録』の「奥地の狂った男に会いに行く」構造を使っている
- 『桐島です』は、1975年の東アジア反日武装戦線のテロから49年に及ぶ逃亡生活を、湘南のアパートでの日常として描く
- 本、レコード、CD、液晶テレビと、部屋のオーディオ機器の変化で時代を見せる演出が、この映画の一番の見どころとされている
- クレジットカードが止まった10日間の「プチ桐島体験」から、スマホやカードなしでは暮らせない現代の生活が浮かび上がる



