十代にまで届いた「夏休みビーフ講座」とは?
速水健朗さんがこの1か月ほど頭の中で鳴り響いていたというフレーズは2つあります。1つはSKY-HIのアンサー曲の「これ俺もやった方がいいやつ」、もう1つは「トヨタしか勝たん」です。
1つ目のきっかけは、女の子たちのラップグループHANAをめぐる騒動です。HANAはちゃんみなとSKY-HIがプロデューサーを務めたオーディションの出身で、その新曲に対し、ラッパーのNENEが「これは私のパクリである」と批判するラップ曲を発表しました。
ヒップホップでは、こうした曲による批判の応酬をビーフ ── ラッパー同士が楽曲を通じて相手を批判し合う対立のこと。相手がアンサー曲で応じることで成立し、ヒップホップ文化の一部とされていますと呼びます。速水さんによれば、HANAのファンは知人の娘さんなど十代が中心で、このビーフは「夏休みビーフ講座」のように、これまでと違う層にまで届いているといいます。
速水さんは、以前のBAD HOPと舐達麻のビーフは背景を説明しづらく、ミドルティーンには本気に受け止めすぎないでほしいものだったと振り返ります。それに比べて今回のビーフは、十代にそのまま届いてしまっている点が違うと見ています。
(性的な隠喩を含むMVなどは)いいんですよ、むしろ。「大人ってこんくらいの感じで喧嘩すんのね」っていうのがむしろ伝わる。
速水さんは、ビーフにはときに越えてはいけない線を越える場面もあるとしつつ、喧嘩を完全に線の内側だけでやれというのも無理な話だと話します。そのうえで、ラップバトルやビーフを、勝ち負けをはっきりつける「疑似戦争」として捉えています。
今回のビーフには、小さなインディペンデントのヒップホップ勢が大手ポップスに対し「アイデアやスタイルだけを持っていくな」と異議を申し立てる側面があります。「売れ線なんて本物じゃない」という商業主義批判も含まれていると速水さんは整理します。
一方、SKY-HI(日高光啓さん)のアンサーには「お前が郷ひろみとスプリットしたら喜んでくれてやるよミリオン」というフレーズがあります。スプリットは一緒にビジネスをすることを指し、郷ひろみのような芸能人とも仕事ができ、多くの人に届けられるという反論になっています。
速水さんは、NENE側とSKY-HI側の主張を次のように受け止めています。
インディペンデントの立場から、大手ポップスがアイデアやスタイルだけを持っていくことへの異議と、商業主義への批判
音楽の価値は小さな村に閉じこもることではなく、芸能界とも組んで多くの人に届けることにもあるという反論
速水さんは、売れることと表現の間にははっきり線が引かれているわけではなく、みんなその中間でやっているというSKY-HIの主張にとても共感すると話します。この論争は、ケンドリック・ラマーとドレイクのように、ヒップホップで繰り返されてきたテーマでもあるといいます。
エリートには見えない「残クレアルファード」層
話は変わり、速水さんは先週、音楽ライターの柴那典さんと麹町でお茶をした際の雑談を紹介します。選挙で参政党がどうしたか、イーロン・マスクの動向が気になる、といった話をしたそうです。
速水さんと柴さんは、思想や権利の話よりも、テクノロジーと政治の話のほうが断然面白いと感じるタイプだといいます。その流れで、ピーター・ティールやイーロン・マスクとは違い、台湾のオードリー・タンに近いアプローチで政治とテクノロジーを語る安野貴博さんのチームみらいが話題になりました。
チームみらいが参院選で国政に初めて挑むにあたり、候補者のプロフィールが出てくると、外資コンサル出身が多いことや、開成・灘・麻布といった中高からの筋金入りの学歴エリート集団であることが批判されたといいます。「チーム未来というよりチーム高学歴」という声には、やっかみの部分もあると速水さんは見ています。
それでも速水さんは、同質性の強い集団は危機対応に弱いと指摘します。イギリスでは10年ほど前から言われてきたことで、アメリカでもピーター・ティールは自分がエリートだと悟られるのを嫌い、労働者階級出身のJ・D・バンスを表に出したのだろうと語ります。
そこで柴さんが口にしたのが、「残クレアルファードこそ日本のサイレントマジョリティだ」という見方でした。エリートからは見えない一種の階級であり、日本のポップミュージックでも無視できない人たちだという指摘です。
やっぱ音楽ってどうしてもね、やんちゃな部分っていうのがないと魅力に欠けるんですよね。
速水さんは、Number_iのように音楽としてはやんちゃでも、日本ではキャラクターとして品行方正さを求められてしまうと話します。BAD HOPや舐達麻のような乗り越え方は、テレビに出る日本のポップスの世界では許されない領域だとして、「難しいところです」と締めくくります。
残クレアルファード動画はなぜ「本家のヒップホップ」に近いのか?
残クレアルファードの流行が、HANAをめぐるビーフと同時期に進んでいたこと自体に特に意味はないと速水さんは言います。両方に夢中になっていたヒップホップファンもそう多くないはずですが、2つが同じ2025年の夏に起きたことは面白いと感じているそうです。
残クレとは残価設定型ローン ── 車を買う時に数年後の下取り価格をあらかじめ決めておき、その分を差し引いた金額でローンを組む仕組み。月々の支払いを抑えられる一方、契約終了時の条件などに注意が必要ですのことです。速水さんはまず、アルファードと残クレの関係を説明します。
5年前、アルファードの中古価格が上がり、新車で買って転売したほうが儲かると言っていたのは主に富裕層でした。転売を止めるために販売店が残価設定型ローンの利用者にしか売らないルールを設け、のちにそれが問題視されたといいます。
それでもアルファードの中古価格が高いのは、基本的には人気のある車だからだと速水さんは話します。そのアルファードを愛するあまり残クレで買ってしまったお父さんの悲劇をパロディにした動画が、ひと月ほど前に大ブレイクしました。
正直ね、音楽的レベルは結構高いと思います。いわゆるトラップ系のラップで、これいろんなバージョンの残クレアルファードがあって面白くて。
残クレアルファード動画には、ウエストコースト風やラテン調など、いろいろな人によるさまざまなアレンジがあります。速水さんはこれを、1つのテーマで今のヒップホップの多様性を図鑑のように見せるプラットフォームだと捉えています。
ただし、こうした動画は生成AIで作られています。速水さんはその点を「ちょっと皮肉なことにね」と付け加えています。
イキリベンツとNボックスのギャルが描く車と階級
速水さんが調べた限り、残クレアルファードを最初に作ったのはイロハスというYouTubeチャンネルです。ネットの一時的な流行かもしれないとしつつ、続編が次々に出ていて、速水さん自身もハマっているといいます。
特に面白いと挙げたのが、イロハスチャンネルの「イキリベンツ」です。「金はあるが品ないベンツ乗り」「A・B・Cベンツはどうでもいい、SかGに乗るやつだけがベンツ乗り」といった歌詞で、メルセデス乗りを描いています。
歌詞に出てくるメルセデス・ベンツのクラスについて、速水さんは次のように説明しています。
| クラス | 特徴 | 速水さんの見立て |
|---|---|---|
| Aクラス | ハッチバックの小型車 | 「どうでもいい」側 |
| Cクラス | ベンツの中の普及タイプ | 「どうでもいい」側 |
| Sクラス | いちばん高級なライン | メルセデス乗りでも堅気ではない感じ |
| Gクラス | ゲレンデと呼ばれる四輪駆動のごつい車 | 港区のアルファードのような車 |
Gクラスは車好きのトップクラスの芸能人の間で普及していて、浜ちゃんや紗栄子さんも乗っていると速水さんは話します。新車だと出だしでも2000万円ほどし、中古でも高い車です。
「イキリベンツ」は、Gクラスに乗る人はこうだよね、何の仕事をしているんだろう、という見る側の疑問をうまく歌にしていると速水さんは評価します。
バージョン違いとして、Nボックスに乗るギャルの動画もあり、34万回再生されています。速水さんはこの数字から、ブームはまだそこそこ続いていると見ています。
Nボックスの動画の背景には、イオン、ドンキ、ラウンドワンといったマイルドヤンキー的な場所が出てきます。そこにスタバが含まれているのが「ちゃんとわかってんな」と速水さんは感心します。
スタバって未だに小洒落た場所だと思ってる人が一定数いるけど、いやこっちですよ、スタバって。
アメリカのMVにはピックアップトラック、HANAのMVにはトヨタのミニバン
速水さんによれば、アメリカで流行っている音楽はこのところラテンとカントリーが中心です。ブラックミュージックは減り、ロックはかけらも見ないといいます。
カントリーのMVでは、ピックアップトラックが出てきます。ポスト・マローンとモーガン・ウォーレンの曲は1年ほどヒットチャートにいて、2人がピックアップトラックでキャッキャしている映像だったと速水さんは振り返ります。
本当に今のビルボードの9割5分ぐらいはおそらく自動車が出てきますよね。
ビーフを仕掛けたNENEも、MVの中で車の上に乗って歌う場面があり、その車は自分仕様にラッピングしたシボレーのカマロです。速水さんはInstagramで、NENEがかなりの車好きであることを確認したそうです。
一方、HANAの「Burning Flower」のMVには、ポップミュージックの定番であるコインランドリーの場面とともに、トヨタのミニバンのノアが出てきます。速水さんはここで「トヨタしか勝たんな」と感じたといいます。
ミニバンというジャンル自体が、非常に日本的でガラパゴスな存在だと速水さんは話します。アルファードは中国や東南アジアでも売れていますが、北米やヨーロッパでは売られていません。
アルファードは北米で「トヨタしか勝たん」になれるか?
速水さんは、アルファードを今後北米やヨーロッパで売ればいいと提案します。関税が上がっても日本車のシェアが下がるとは思わず、アメ車のほうがもっと高くなる可能性があるうえ、EVシフトの失敗のあおりで、もう一度ガソリン車に戻ると見ているからです。
そのときトヨタは、意識の高いプリウスや、今誰に売ろうとしているのかわからないクラウンの路線ではなく、アルファードを量産して北米・ヨーロッパで一花咲かせるべきだと速水さんは話します。
速水さんが重視するのは、下手にローカライズしないことです。北米仕様のフルサイズにしたり、ゴージャスさを抑えたりせず、今のドメスティックなまま出ていくほうがいいと考えています。
速水さんはこの考え方を、J-POPの動きと重ねています。英語で対応するのではなく、さすがに売れないだろうと思われていたドメスティックな日本のものが、海外から注目されているからです。
速水さんは、ピックアップトラックとミニバンの関係を次のような流れで捉えています。
ピックアップトラック
実用というよりマッチョイズムの車で、ファミリーカーより1人で乗る車に近い
空白のニーズ
アメリカには、ちゃんといかついファミリーカーがない
アルファード
ゴージャスでいかつい車として、そのニーズを埋める
こうした見立てから、速水さんは5年後ぐらいのアメリカのMVの車がすべてアルファードに置き換わっていることも、ありえなくはないと話します。
話はトヨタのオウンドメディア「トヨタイムズ」にも及びます。現在はマツコ・デラックスを起用してトヨタ批判のようなこともできるとアピールしていますが、この先どう続けるのかが不思議だと速水さんは言います。
速水さんによれば、マツコ・デラックスはヤンキー車や走り屋、改造車が好きだと何度か発言しています。マツコさんが残クレアルファードの人たちを取材する方向へ向かうなら、かなり応援できるそうです。
トヨタイムズには相当お金がかかっているものの、主に何をしているのかは伝わってこないと速水さんは話します。企業が文化として取り上げる領域はスポーツやラリーに限られがちで、不健全な領域も含む音楽、とくに車で音楽を聴く感覚に鈍いのではないかと見ています。
一方で速水さんは、トヨタにはかつてbBという車があったことも思い出します。ユーロビートを意識したと思われるコンセプトだったものの、実際にはレゲエ好きがサウンドシステムのように改造して乗っていたといいます。
アルファードだって別にマイルドヤンキーに受けると思って開発したわけではないんだよな。
bBで始まった路線が、思わぬところでアルファードに結びついているのかもしれない、と速水さんは想像します。最後は「今日はアルファードについて喋りすぎた」と振り返り、「先月までは日産ユーザー」と名乗って番組を締めました。
まとめ
この回では、HANAとNENE、SKY-HIをめぐるビーフと、生成AIで作られた残クレアルファード動画という同じ夏の2つの出来事が、車種と階級という視点でつながっていきます。速水さんは、売れることと表現の中間でやっていく姿勢に共感しつつ、エリートからは見えない層の感覚をそのまま世界へ持ち出すアルファードの可能性を語っています。
- HANAをめぐるビーフは十代にまで届き、商業主義批判と「多くの人に届ける」という反論がぶつかっている
- 柴さんとの雑談では、同質的なエリート集団の弱さと、見えない多数派としての残クレアルファード層が話題になった
- 残クレアルファード動画は生成AI製ながら、ヒップホップの多様性を図鑑のように見せている
- アメリカのMVのピックアップトラックに対し、日本のMVにはトヨタのミニバンが映る
- 速水さんは、アルファードをローカライズせずに北米へ出せば、いかついファミリーカーの空白を埋められると見ている


