ひどい服、ひどい髪型、それでも70年代が好きな理由
速水健朗さんは、1960年代や80年代ではなく1970年代が好きだと話します。ただ、アメリカ人の多くは70年代を「ひどい服装、ひどい髪型、ひどい音楽、ひどいダンスの時代」と評価しているそうです。
速水さんが挙げる70年代らしさは、タイトなのに裾だけ広がったズボン、頭が大きく見えるカーリーヘア、ディスコブーム、ピタピタの服で演奏するハードロックなどです。日本でも西城秀樹のようなスタイルが、そのイメージに近いといいます。
僕が70年代が好きっていうのは昔からなんだけど、この10年ぐらいで、映画とかドラマの中でね、70年代を再現する作品ってすごい多いじゃないですか。
速水さんが例に挙げる70年代を描いた作品は、『バトル・オブ・ザ・セクシーズ』『セプテンバー5』、バズ・ラーマン監督の『エルヴィス』、スピルバーグ監督の『ミュンヘン』や『ペンタゴン・ペーパーズ』などです。
速水さんがいま見ているのは、HBOのドラマ『ホワイトハウス・プラマーズ ── ウォーターゲート事件の実行犯となった工作員たちを描いたHBOのコメディドラマ。2023年に放送されました』です。盗聴侵入事件の首謀者たちを主人公にしたブラックコメディで、事件全体の印象が大きく変わる作品だったと話しています。
また速水さんは、日本橋高島屋の資料館で、映画トーク集団「団地団」が監修する「団地と映画、世界は団地でできている展」を開催中だと告知しています。8月後半まで開かれているそうです。
嫌われ者のニクソンは、なぜ大統領選で大勝できたのか
ニクソン ── 第37代アメリカ大統領リチャード・ニクソン。共和党。1969年に就任し、ウォーターゲート事件をめぐって1974年に辞任しましたは、速水さんいわく「史上最も人気のない大統領」という評価でよい人物です。一方で、72年の電撃的な訪中による米中国交正常化が評価され、73年にはノーベル平和賞にノミネートされていたともいいます。
ニクソンはウォーターゲート事件が発覚した後の大統領選でも大勝しています。速水さんは、嫌われ者といわれながらアメリカ国民はニクソンを2度当選させている、と指摘します。
民主党が対抗できなかった背景として、速水さんはベトナム戦争を挙げます。民主党政権が始めた戦争に莫大な経費を使い、国民に情報を隠していたことがペンタゴン・ペーパーズ ── ベトナム戦争に関する米国防総省の機密報告書。1971年に新聞が報道し、政府が戦況を国民に偽っていたことが明らかになりましたの報道で発覚し、民主党は評判を落としました。
ニクソンの選挙戦術は、ここが投票すれば勝てるというターゲットを極めて具体的に設定するものでした。そのターゲットは「機械工の夫を持つオハイオ州デートンの47歳のカトリック主婦」です。
ベトナム戦争
民主党政権が始め、莫大な経費を使う
情報隠しの発覚
ペンタゴン・ペーパーズで国民への隠蔽が明るみに出る
民主党離れ
民主党政権が評判を落とす
ターゲット戦略
郊外の生活者層に狙いを定めたニクソンが大勝する
オハイオ州は今もラストベルトの一角として大統領選の鍵を握る州です。速水さんによれば、ラストベルト ── ペンシルベニアやミシガンなど、五大湖周辺の旧工業地帯を指す呼び名。「さびついた工業地帯」の意味ですとサンベルトのスイングステートを取った側が勝つという構図は、いまでは定着したルールのようになっています。
速水さんは、この構図の起点をニクソンに見ています。60年代後半ごろからラストベルトとサンベルトの郊外住宅地に人口が急増し、それを意識した最初の選挙がニクソンだったといいます。さらに47歳の主婦というターゲットは、もともと民主党への提言として書かれたベストセラーの内容を、ニクソンがパクったものだったそうです。
トランプはニクソンの選挙戦術をなぞっているのか
ここまでの話の出典は、ブルース・J・シェルマンの『アメリカ70年代』です。速水さんはこの本を読みながら、ニクソンの選挙戦術はトランプのものと同じではないかと感じたといいます。トランプ自身もニクソンへの憧れを明言しているそうです。
速水さんは、トランプ支持者を白人至上主義と結びつける見方には距離を置きます。「アメリカ優先」に熱狂するのはごく一部で、一般の投票者の多くはもともと政治に関心が薄く、アメリカへのこだわりも強くない層だといいます。
それでもトランプに投票する理由として、速水さんは若者の風紀の乱れ、セックスやポルノ、ドラッグの蔓延、治安悪化は移民のせいではないかという不安などを挙げます。都市部の良からぬことが社会全体を悪くしているという感覚です。
これ一言で言うと、保守主義者っていうよりも生活保守っていう感じの人たち。
速水さんによれば、トランプは「サイレントマジョリティ ── 声高に意見を言わない多数派の国民のこと。ニクソンが1969年の演説で使い、広く知られるようになりましたを狙う」選挙戦を明らかに真似ているといいます。
毛沢東、金正恩、プーチンへ続くサプライズ外交
ニクソン訪中は、世界中を驚かせた出来事でした。前年にキッシンジャーが根回しをしていたものの、ニクソンがいきなり毛沢東に会いに行ったという「まさか」の衝撃が外交として重要だったと速水さんは話します。ホワイトハウスは衛星中継で世界に広めたかったものの、中国側が嫌がったという話もあるそうです。
速水さんは、トランプの1期目の金正恩との会談を、ニクソン訪中の二番煎じだと見ています。独裁者とアメリカのトップが会うというサプライズを、2期目ではプーチン相手にやろうとしている、つまり三番煎じだといいます。
ニクソン
毛沢東に会いに行き世界を驚かせる
トランプ1期目
金正恩に会いに行く(二番煎じ)
トランプ2期目
プーチンとの会談をめざす(三番煎じ)
ポップスターとの関係では、もともとJFKと親しかったフランク・シナトラが、いつの間にかニクソンの支持者になっていたといいます。そして、意外にもエルヴィス・プレスリーもニクソンの支持者でした。
プレスリーはなぜニクソンに会いに行ったのか
プレスリーはミシシッピ、南部サンベルトの出身で、都会より田舎の生活を好みました。速水さんは、乱れた若者文化の代表にされながら、本人はそれが嫌いだったという点がプレスリーの面白いところだと話します。
プレスリーは自らホワイトハウスを訪ね、自分を麻薬取締局の捜査官に任命してほしいとニクソンに頼みました。この史実は映画『エルヴィスとニクソン』の題材にもなっています。
ちょっとカニエとトランプみたいなイメージが僕にはちょっとね、これはこのエピソードからは伝わってくるんですけど。
速水さんによると、ニクソンはプレスリー自身には全く興味がなかったものの、田舎町で熱心なキリスト教徒の親のもとから成り上がった生い立ちが似ていると共感したそうです。ただ政治的な価値は見出さず、プレスリーは捜査官にはなれませんでした。70年、ニクソン政権1期目の出来事です。
デューク・エリントンとスティービー・ワンダーが映すニクソン
ニクソン政権は、ジャズの巨匠デューク・エリントンの70歳の誕生日を祝う催しをホワイトハウスで開き、エリントンと錚々たるバンドメンバーを招待しました。この話は、ヒップホップミュージシャンのクエストラブ ── ヒップホップバンド「ザ・ルーツ」のドラマー。音楽史に関する著作や映画監督としても知られますが著書で書いているそうです。
クエストラブによれば、エリントンは1934年にルーズベルトのための序曲を作り、ホワイトハウスで演奏していました。一方でケネディ暗殺後、追悼曲の演奏をワシントンに打診して無視されたことがあり、民主党と距離を取ったと考えられるといいます。
黒人コミュニティと民主党はずっと親しいと思われてきましたが、クエストラブ自身もそう思っていたからこそ、エリントンは違ったという点を掘り下げたのだと速水さんは説明します。
話はスティービー・ワンダーにもつながります。エリントンに影響を受けたスティービーは、1974年のアルバム『First Finale』からのシングル「You Haven't Done Nothin'」でニクソン批判を歌いました。バックコーラスにはジャクソン5が参加しています。
トランプはニクソンの失脚から何を学んだのか
速水さんがこの回で本当に話したかったのは、トランプとニクソンの関係だといいます。トランプはレーガンに憧れていると思っていたものの、実際にはニクソンへの思いや模倣のほうが強く、ニクソンの家族など関係者とも親しかったそうです。
ニクソンが嫌われた理由はウォーターゲート事件だけではなく、人と関係を結ぶのが下手だったことにもあったといいます。トランプはその点を自分とは違うと理解しているそうです。
自分はニクソンと違って周囲の人間に嫌われていないので、彼のような失脚の仕方はしないだろうって(トランプは)言っているんですよね。
速水さんは、ポップカルチャーとニクソンという組み合わせはキャッチーで面白いテーマだと振り返り、番組を締めくくっています。
まとめ
ニクソンは嫌われ者でありながら、郊外の生活者を狙った選挙戦術で2度の大統領選に勝ちました。その手法やサプライズ外交は、速水さんの見立てでは現在のトランプに色濃く受け継がれています。
- ニクソンは「オハイオ州の47歳のカトリック主婦」という具体的なターゲットで民主党離れの層をつかんだ
- サイレントマジョリティを意識的に使った最初の大統領はニクソンで、トランプはその戦術を真似ている
- 毛沢東との会談は、トランプの金正恩・プーチンとのサプライズ外交の原型と見られる
- プレスリー、エリントン、スティービー・ワンダーなど、ポップカルチャーとニクソンの関わりは意外に深い
- トランプは人に嫌われたニクソンとの違いを自覚し、同じ失脚はしないと語っているという


