『セプテンバー5』は「衛星生中継のアナログ機材映画」
映画『セプテンバー5』は、1972年のミュンヘンオリンピックを舞台に、テレビクルーがテロ事件を生中継する姿を描いた作品です。速水健朗さんは公開直後に観たものの、収録が遅れて公開から1週間以上たってからの紹介になったと話します。
けどね、これ(『セプテンバー5』)は俺のための映画なので、これ絶対喋っとかなきゃなっていうことで今やってます。
速水さんは『セプテンバー5』をひと言で「衛星生中継のアナログ機材映画」と説明します。当時のテレビの放送技術がリアルに描かれていること自体が、速水さんにとっては興奮の対象でした。
被せているロゴとかキャプションとかの入れ方とかが、あ、めっちゃアナログじゃんみたいなね。
差し込み映像の入れ方や担当者の配置など、機材マニア的な視点で画面を追っていたため、筋書きは理解が追いついていない部分もあるかもしれない、と速水さんは笑い交じりに打ち明けています。
副調整室「サブ」に集まるテレビマンたち
『セプテンバー5』の主人公は、アメリカの三大ネットワーク時代のABCでスポーツ中継を担当するディレクターです。舞台はスタジオではなく、テレビ収録を裏で操るサブ ── 副調整室の通称。スタジオの映像や音声を切り替え、放送に送り出すための部屋で、スイッチャーやディレクターが詰めていますのスタッフたちです。
サブにはスイッチャーがいて、各カメラの担当がいて、ディレクターが「今3カメアップ」のように指示を出します。速水さんは、その中に「テレビ局あるある」を見つけたといいます。
テレビってよくあるんだけど、あの人って偉そうだけど何の担当?っていうね、人がいます。
ABCのチームはオリンピック中継のために派遣され、選手村近くの放送センターが舞台になります。主人公がBMWに乗っていたことから、普段からアメリカにいるとは限らないのかもしれない、と速水さんはあやふやさも認めています。
ミュンヘン事件と、史実への距離の取り方
ミュンヘンオリンピックの選手村では、パレスチナのテロリストが侵入し、立てこもり事件が起きます。速水さんは、スピルバーグ監督の映画『ミュンヘン ── 2005年公開のスティーヴン・スピルバーグ監督作品。1972年のミュンヘン五輪事件と、その後のイスラエルによる報復作戦を描いています』の冒頭で描かれていた事件だと紹介します。
事件に出くわしたテレビクルーは、本来の仕事ではない生中継を始めます。速水さんは『ミュンヘン』を何度も観ていて、1970年前後のテロリズム史には人より詳しいだろうと話します。
どこまでが史実で、どこからがフィクションかみたいなことはちょっとあやふやで喋りますね。
一方で『セプテンバー5』のどこまでが史実かについては調べていないため、速水さんは「パンフレット買えばよかったな」と言いつつ、そこは留保したうえで話を進めています。
「コントロールルーム映画」というジャンル
『セプテンバー5』のサブには巨大なミキサー卓があり、音楽スタジオに似た雰囲気があります。ただ音楽スタジオと違い、テレビのサブにはモニターが十数台並び、各カメラや差し込み素材の画面が映っていたと速水さんは振り返ります。
速水さんは、情報が集まる部屋にこもった人たちが、届く情報をもとに対処を考える映画を「コントロールルーム映画」と呼び、好きなジャンルとして挙げます。例として『アポロ13』や、リメイクされる『新幹線大爆破』が挙がりました。
まあこれは僕だけが提唱しているね、あのジャンルなんですけど。
『セプテンバー5』も基本的にはコントロールルーム映画で、主人公たちはずっと室内にいます。事件が選手村で起きたと知り、地図を見ると目と鼻の先だったことがわかります。
外に出ると、数十メートル先のバルコニーに犯人が現れ、野次馬やジャーナリストが取り囲んでいました。クルーは2〜3人がかりでスタジオの大型カメラを引きずり出し、外に構えます。速水さんは、ここまでが映画の序章だと説明しています。
使命感と高揚、そして背景を知らないままの中継
『セプテンバー5』のテレビクルーは、衛星中継できる機材を持っているのは自分たちだけだと気づき、熱くなっていきます。速水さんは、その熱は使命感だけではなく「自分たちが伝えられる」という高揚でもあったと見ています。
これをね、衛星中継で伝えられる、今機材を持ってるのは自分たちだけだ。
ただ、クルーはスポーツ担当で報道の知識がなく、イスラエルとパレスチナの事件の背景をあやふやにしたまま中継を始めます。速水さんは、そこがこの映画の核だと位置づけています。
事件の発生
選手村で立てこもり事件が起きたと知る
距離に気づく
地図を見ると放送センターの目と鼻の先だった
カメラを外へ
大型カメラを2〜3人で引きずり出して構える
生中継の開始
背景を知らないまま、使命感と高揚で中継を始める
バラード『クラッシュ』とテクノロジーへのフェティシズム
速水さんは、自分が生まれる少し前の1972年のテレビの存在感は後付けでしかわからないとしつつ、手がかりとしてJ.G.バラードの小説『クラッシュ』を挙げます。1973年刊行で、クローネンバーグ監督が映画化した作品です。
速水さんによると、『クラッシュ』は「テクノロジー三部作」と呼ばれる作品群の一つで、自動車事故に性的に惹かれる男の物語です。作中には、1955年のジェームス・ディーンの事故をスタントマンが再現するショーが登場します。
そのショーを企画したのがボーン博士という重要人物で、主人公とボーンは意気投合します。機械へのフェティシズムを描く作品ですが、速水さんは実は映像テクノロジーの話でもあると読みます。
主人公はテレビ番組の制作者、ボーン博士はメディア研究者です。2人は警察無線を盗聴し、パトカーより早く事故現場に駆けつけて、壊れた車や傷ついた人を撮影します。
ボーン博士は最後に妄想に取り憑かれ、エリザベス・テーラーを巻き込んだ大事故を自ら演出して撮影しようとします。速水さんはこの2人を「やばい人たちの話」と表現しています。
『ファイトクラブ』の下敷きは『クラッシュ』か
速水さんは、ほかに誰も指摘していない自説だと断ったうえで、『クラッシュ』は『ファイトクラブ』の下敷きになっていると話します。『ファイトクラブ』はチャック・パラニューク ── アメリカの小説家。1996年の小説『ファイト・クラブ』で知られ、消費社会や暴力をテーマにした作品を多く書いていますの小説で、デヴィッド・フィンチャー監督が1999年に映画化しました。
映画でブラッド・ピットが演じたタイラー・ダーデンと、『クラッシュ』のボーン博士は、ほぼ同じキャラクター像だと速水さんは見ています。『ファイトクラブ』では、主人公とタイラーが実は同一人物という仕掛けがあります。
『クラッシュ』はそういう話ではないものの、主人公とボーン博士が同一人物、もう1つのアイデンティティではないかと疑わせる小説でもあると速水さんは説明します。
主人公とボーン博士の関係、ダーデンの関係みたいなことと、最後にね、とんでもないテロリズムを起こそうとする話とかが、おそらく下敷きになってると思います。
主人公とボーン博士。同一人物ではと疑わせ、最後に大事故の演出を企てる
主人公とタイラー・ダーデンは実は同一人物。最後にテロリズムを起こそうとする
ケネディ暗殺映像と衛星中継が結びつくとき
速水さんによると、バラードは『クラッシュ』の元ネタが1963年のケネディ暗殺だという話を、『残虐行為展覧会』と思われる作品の中で書いています。
ケネディ暗殺の瞬間は、たまたま素人が撮ったフィルムに残っていました。そしてこの事件は日米間の衛星中継で最初に伝えられたニュースでもありました。
ただし、速水さんは衛星中継で伝わったのは映像ではなかったと補足します。それでも、衛星中継とVTRやフィルムが結びつけば何が起こるかは時間の問題で、バラードはその想像から『クラッシュ』を書いたという見立てです。
人の死を直接記録する。そして世界中に伝える。
テレビの脅威に人々が気づくまで
テレビ放送は1930年前後から世界的に始まり、日本は遅れて1950年代に始まりました。速水さんは、生中継や放送技術の影響力、その恐ろしさに人々が気づいたのは30年ほどたってからだと話し、それがまさに『セプテンバー5』の話でもあると述べます。
当時のテレビは、スタジオのカメラ映像をサブでスイッチングして電波に乗せる生放送が基本でした。録画用のVTRは後から発展し、最初は白黒で、1960年代後半ごろにようやくカラーになったと速水さんは説明します。
『セプテンバー5』のアメリカのクルーはすでにカラーで、放送用衛星が上がって中継の単価が安くなっていた時代です。ヨーロッパではまだ白黒が中心で、アメリカだけが圧倒的にテレビ技術で進んでいた状況も描かれています。
日本では1972年ごろ白黒とカラーが半々ぐらいでした。同じ年の浅間山荘事件 ── 1972年に連合赤軍のメンバーが長野県軽井沢の山荘に立てこもった事件。テレビで長時間生中継され、高い視聴率を記録しましたは有名な中継ですが、衛星ではなく尾根沿いの中継車を経由して電波を届けていたため、技術がちょっと違うと速水さんは指摘します。
ビートルズ、プレスリー、そして9億人が見たテロ
速水さんは、テレビ生放送の歴史をたどります。ケネディ暗殺報道の日米衛星中継に続き、1967年にはBBCが制作した番組『アワー・ワールド』で、ビートルズの「愛こそはすべて」のスタジオライブが世界に中継されました。
1973年にはプレスリーの『アロハ・フロム・ハワイ』があり、評価が落ちていたプレスリーの復活のきっかけにもなったと速水さんは紹介します。ミュンヘン事件の3か月ほど後の出来事です。
数字の厳密さはともかく、『セプテンバー5』のキャッチコピーは「9億人が目の当たりにしたテロ事件」です。スポーツやライブではなく、テロ事件をみんながリアルタイムで視聴したという点に速水さんは注目します。
犯人も中継を見ていた、リアルタイムメディアの恐ろしさ
速水さんは、ここからはネタバレだと断って話します。アメリカ向けの放送は選手村の中でも流れていて、立てこもる犯人たちは自分たちが中継される映像を見ていたのです。
そのため、警察の突入のタイミングなども犯人に筒抜けになってしまいます。中継スタッフは使命感で放送していましたが、犯人まで映像を共有するという事態はまったく想定していませんでした。
テロリストの狙いは、脅威を与えて社会を変えることです。9億人が見ているテレビでそのメッセージをそのまま流すことは、犯人にとって「しめしめ」という状態がずっと続くことでもあります。
速水さんによると、同じことは浅間山荘事件のときにも起きており、そこから報道協定の話が出てきたといいます。
報道は「素人の情熱とうっかり」でつくられてきた
速水さんが読んだ英語圏のレビューでは、イスラエルとパレスチナの問題の背景にもっと触れるべきだという指摘が多かったそうです。また、スマホで誰もが実況できる時代に報道は何を意味するのか、という論点も語りどころとして挙げられています。
ただ速水さんは、それらはありふれた語り方だとし、もっと読み解くべきは1972年のメディア状況の細部だと話します。リアルタイムで伝える側が、出来事に直面しながらどう感情を変化させていったのか、という点です。
報道って常にね、素人がやるもの、報道って結構そういうところがあって。
新しいテクノロジーが出てくるたびに、報道に慣れていない人たちが担い手になってきました。『セプテンバー5』は、情熱とうっかりで報道が進んできた歴史も描いているのではないか、と速水さんは見ています。
「今日エアコン壊れてます」と、メタな視点の映画たち
速水さんが『セプテンバー5』を面白い映画だと確信したのは序盤のある場面です。放送センターに着いた主人公が「ちなみに今日エアコン壊れてます」と報告を受けるのです。
大変な一日の始まりですよっていうフラグが立ったわけですよね。
汗ばみ、シャツを腕まくりし、喧々囂々と議論する展開まで想像できるこのセリフには、映画のワクワクが全部詰まっていると速水さんは話します。
最後に速水さんは、コントロールルーム映画の例として『ジュラシック・パーク』や『シン・ゴジラ』も挙げます。監視カメラの映像が集まる部屋で対処する人たちは、劇場で映像を見ている観客と重なるメタな存在だといいます。
なんかコントロールルーム映画って、そういうメタに映画館と映像というものの環境を示したりするところも含めて好きなジャンルだなっていう感じです。
まとめ
速水さんは『セプテンバー5』を、アナログ機材の魅力が詰まったコントロールルーム映画として楽しみつつ、1972年に人々がテレビ生中継の脅威に気づき始めた瞬間を描く作品として読み解きました。
- 『セプテンバー5』は、1972年ミュンヘン五輪のテロを中継したABCクルーを描く「衛星生中継のアナログ機材映画」
- バラード『クラッシュ』はケネディ暗殺と衛星中継から着想され、『ファイトクラブ』の下敷きにもなったというのが速水さんの自説
- 中継は立てこもる犯人にも見られており、使命感の裏にあるリアルタイムメディアの恐ろしさが描かれる
- 報道は新しい技術のたびに、素人の情熱とうっかりで進んできたという見方が示された



