収録まで2時間、呪われた貸会議室で何が起きた?
この回は、速水健朗さんが宇野維正さんをゲストに迎え、来たる合同イベントの趣旨を語る収録回です。ただ、2人が吉祥寺の貸会議室に集合したのは14時15分で、実際に収録を始められたのは16時半でした。
2時間の遅れの原因は、速水さんのMacが立ち上がらなくなったことです。パスワードを正しく入れても通らず、速水さんはひたすら同じ症例を調べ続けました。
一方の宇野さんは「霊感が強い」と言い、マンションの一室の貸会議室は事故物件だからこそ貸し出されているに決まっている、と冗談めかして語ります。隣の部屋では配信者らしき人たちも撮影をしていたそうです。
なんかそういう人たちが今日本全国のこういうさ、怪しいマンションでさ、何かしらのコンテンツを撮ってるわけですよ。
結局、2人は空腹のままハンバーガー店へ向かいました。宇野さんは自分が頼んでいないポテトのためにケチャップをもらい、ナゲットとポテトをシェアし合います。食べ終えて機嫌が直ったところでパソコンを開くと、無事に起動したそうです。
3回目の出演は、2番組の「対バン」イベントの告知
宇野さんが「これはニュースではない」にゲスト出演するのは、これで3回目です。1回目はXのサブスクリプションに会員が多く集まったことを報告した回、2回目は大動脈解離で倒れて退院した後、初めて公の場に出た回でした。
2回目の出演時、宇野さんは呼吸のための管で声帯を傷つけ、声がうまく出ない状態でした。それでも途中からハーバード大学の補助金の話で怒り始め、速水さんはその様子を振り返ります。現在は声も体重もすっかり戻ったと話されています。
今回の出演の目的は、1月25日に阿佐ヶ谷ロフトAで開催するリアルイベントの告知です。宇野さんの企画で、「これはニュースではない」とポッドキャスト番組「コンテンツ過剰接続」の2番組による、いわば対バンやタッグ戦のような構成になっています。
イベントの特徴は、各番組が前編をポッドキャストで配信し、続きはイベントで聞いてもらうという仕組みです。全体は次の3部構成で進みます。
宇野さんは第2部を「極悪関ジャム」と表現します。万単位のリスナーのうち何割が有料の後半まで聞きに来るのかを確かめる、社会実験でもあるといいます。お互いの番組のリスナーが行き来し、両方の客が増えるのが理想だと話されています。
なぜ組む相手が「コンテンツ過剰接続」なのか?
宇野さんがイベントを主催する理由の一つは、本人いわく「セルフボースト」で、自分には有料イベントに千単位の客がいるからだといいます。そのうえで、組む相手に「コンテンツ過剰接続」を選んだ理由を語ります。
宇野さんの感覚では、今まともに機能しているカルチャー系ポッドキャストは「これはニュースではない」と「コンテンツ過剰接続」の2つです。2番組の出演者は、アラフィフ以上とアラサーで20歳ほど年が離れています。
宇野さんの言う「機能している」とは、参政党のような大きな政治の動きから逃げずに話していることです。否定的な文脈を含めて是々非々で扱い、イデオロギーに絡め取られずに果敢に話す場だと評価しています。
宇野さんは、今は正直なところ政治のほうが面白いとも話します。速水さんも、年明けからベネズエラ、イラン、グリーンランドの状況がどうつながっているのかさえわからないと応じます。
一方で、宇野さんは、政治的な表明やネタが袋だたきにされる状況を挙げます。ミュージシャンがわずかに支持を示しただけで批判されたり、パロディのキャップが炎上してグッズのリストから消えたりした例です。左派は政治を語れと言うのに、語れなくしているのは誰なのか、と宇野さんは問いかけます。
宇野さんは、どちらかに断じること自体がおかしいと続けます。そうした中で、ようやく現れた新しい世代の語り手が「コンテンツ過剰接続」の私はこーへさんとキムラさんであり、去年始まった二人組のカルチャー系ポッドキャストでは抜きんでて聞かれていると話します。
速水さんが驚いているのは、この番組の制作量です。編集を担当するこーへさんは、10分のコンテンツを作るのに2時間をかけます。毎回、何かと何かを結びつける企画をまったく違う内容で用意しているそうです。
俺このペースで絶対年内持たないわと思ってたのよ。コンテンツ過剰接続の過剰性が過剰すぎて。
宇野さんは、参政党と紅白歌合戦について語らなければ、今はカルチャーを語ったことにならないと話します。それを「残念な話」だとしつつも、引き受けて進むしかないという考えです。
一人語りはなぜ孤独になる?ラジオのスランプから
宇野さんは、速水さんとの共通点として「一人語り」を挙げます。速水さんは「これはニュースではない」もシラス ── 思想家の東浩紀さんらが立ち上げた動画配信プラットフォーム。有料チャンネル形式で、長時間の配信や講義が多いのが特徴ですの配信も、一人で語っています。
速水さんは、東京FMで月曜から木曜の帯番組を一人で担当していた時期を振り返ります。本業は文章を書くことで、もともと喋る仕事は楽しんでいました。しかし、生放送で失敗したときの補助がない状態が毎日続き、途中でスランプに陥ったといいます。
時期はコロナ禍で、会議もなく、スタッフも皆マスクをして誰とも会話しないまま、何万人に向けて喋る状況でした。速水さんにとって、ありえないほどの孤独だったそうです。
一人が寂しすぎて二人にしたのよ。
速水さんの喋る仕事の形は、一人と二人の間を行き来してきました。
ラジオの帯番組
一人喋りの生放送でスランプに
ポッドキャスト開始
寂しさから二人で始める
現在
ポッドキャストもシラスも一人語り
速水さんは、今の配信者はまずライブかそうでないかに分かれると整理します。ライブ配信はコメント欄とのやりとりが中心で、宇野さんのXのサブスクリプション向けスペースもそれにあたります。宇野さんのスペースは有料で、毎回2000人以上が聞いているそうです。
日本にジョー・ローガンが生まれない理由は?
宇野さんのスペースは、最初の1時間を一人で喋り、後半にコメントとやりとりする形式です。速水さんは、この形式が冒頭や後半に客いじりを入れるスタンドアップコメディ ── マイク1本で観客に向けて一人で語る話芸。英語圏で盛んで、社会や自身の属性をネタにすることも多いですに近いと見ています。
宇野さんは、Netflixの登場でスタンドアップコメディが格段に見やすくなったと話します。Netflixは人気コメディアンの主要なプラットフォームになっており、海外では配信数1位も珍しくない一方、日本ではあまり話題になっていないそうです。
けどね、日本の漫才師よりもアメリカのスタンドアップコメディのやってるプレイヤーの方が多いですよ、これ。
速水さんによれば、シカゴだけでも東京より多くのお笑いの箱があり、人口比では10倍以上だといいます。日本では、お笑いを始める人はまず相方を探します。スタンドアップコメディは一人でやる芸で、アメリカのコメディアンは皆ポッドキャストもやっているため、アメリカのポッドキャストは一人語りの文化になっていると速水さんは見ています。
漫才文化で、まず相方を探す。政治的なポッドキャストはそもそも人気がなく、やる人も少ない
一人で語るスタンドアップコメディが生活に根付き、コメディアンの多くがポッドキャストもやる。属性やアイデンティティを表明していじるのが基本
宇野さんは、アメリカの人気コメディアンがアジア系やヒスパニック系などの属性を代表する存在だと指摘します。もともとアイデンティティを軸に仕事をしてきたからこそ、アイデンティティ・ポリティクスの時代にも、DEI的なものに対して独自の立場を取り続けられたといいます。
速水さんは、トランプの大統領選でポッドキャストが鍵になったと言われたことに触れます。
じゃあ日本版のね、ジョー・ローガンがいつ生まれるのかって、みんなジョー・ローガンの話をしがちなんだけど、かけらも近くないもんね。
宇野さんは、カルチャーの土台がそもそも違うと応じます。アメリカの真似をすればよいわけではありません。それでも、時代が変わった今、ポッドキャストや文章で新しい語り方を提案したいと話しています。
速水さんは、一人で喋っていた頃にスタンドアップコメディを参考にしようとして見てみたそうです。ただ、思ったほど議論に踏み込まず、1分に3つ4つのネタを詰め込むスタイルだったため、真似はできなかったといいます。
伏線を作らずに回収する、明石家さんまの話芸
宇野さんは、Netflixで見られる1時間もののスタンドアップコメディには、前半のネタを最後の長いネタで回収して落とす構成が多いと話します。この構成は「これはニュースではない」にも、図らずも「コンテンツ過剰接続」にも近いと見ています。宇野さんは、語りのコンテンツの雛形の多くがスタンドアップコメディにあると考えています。
速水さんは、よく原稿を用意していると思われるものの、実際には用意していないと明かします。その代わりに、同じ話を4、5回撮り直したり、翌日に話を足したりして編集で仕上げているそうです。
スタンドアップコメディアンってちゃんと伏線を用意して回収していくの。で、俺は自分で伏線を作らないものを回収していくっていうのを自分のスタイルにしてる、実は。
速水さんが今回の収録で唯一リクエストした話題は、明石家サンタ ── 明石家さんまさんがクリスマスの深夜に生放送していたフジテレビの特番。視聴者と電話をつなぎ、不幸な話を聞いていじる企画で知られますが終わったことでした。宇野さんには、その意図が謎だったといいます。
速水さんの見立てでは、明石家さんまさんは素人いじりでも「さんまのまんま」でも、偶然生まれた伏線を回収するのが大好きです。どんな相手でも、伏線を回収すれば面白くなるという考えのもとに、ずっといじり続けるのがさんまさんの芸だといいます。
速水さんは、長く続いた番組があれほど静かに終わったことに、テレビの終わりを感じたと話します。宇野さんも、フジテレビの番組はどれもひどい終わり方をしていると応じています。
四人で起こす「カルチャーの革命」とは
宇野さんは、明石家サンタが女性アシスタントを置く昔ながらのラジオ形式だったことを挙げます。今回のイベントには、コメントを読みながら一人で語る速水さん・宇野さんと、二人組ポッドキャストの新星である「コンテンツ過剰接続」という、一人語りと二人語りの対比もあると話します。
宇野さんの見るところ、「コンテンツ過剰接続」は2人のキャラクターがまったく違い、対等に話しています。二人で語る意味がある番組だという評価です。速水さんも、2人とも攻め続け、しかも矢継ぎ早に話す点が特殊だと応じます。
宇野さんが特に好きなのは、キムラさんがnoteで書いたBRUTUSのアイドル特集への批判です。そこから宇野さんは、自分たちがやりたいのは「革命」、つまり今ある権威をひっくり返すことだと宣言します。マガジンハウスもロッキング・オンも太田出版も、もう機能していないと宇野さんは語ります。
今ちょっと宇野さん、なんか乗り移ってる感じがする。
宇野さんは、4人でやるのはカルチャーシーンにおける革命であり、その現場にオルグされに来てほしいと呼びかけます。死にかけたばかりの宇野さんにとって、このカルチャー状況を誰に託すかという世代継承の意味もあるといいます。
宇野さんは、語り手が世に広がるにはアーティストの力が重要だとも話します。レッド・ツェッペリンがいたから渋谷陽一 ── 音楽評論家で、雑誌「ロッキング・オン」の創刊者。洋楽ロックの紹介や評論で長く影響力を持ちましたがいた、というたとえです。宇野さんは、私はこーへさんとキムラさんが今、FRUITS ZIPPERやKAWAII LABで時代とクロスする瞬間にいると見ています。
宇野さん自身も、Hanakoに書いたNewJeansの記事が最初の炎上のきっかけだったといいます。だからこそマガジンハウスを乗り越えなきゃいけないと話し、続きはイベント当日の現場で、と収録を締めくくりました。
まとめ
この回は、ポッドキャスト合同イベントの告知を入り口に、政治を避けないカルチャー語りの必要性、一人語りと二人語りの違い、スタンドアップコメディや明石家さんまさんの話芸から学べる構成まで、速水さんと宇野さんが縦横に語り合いました。
- イベントは2番組の前編を配信し、後編を有料の現場で聞かせる「社会実験」として企画された
- 宇野さんは、参政党などの政治から逃げずに語る番組として「コンテンツ過剰接続」を評価している
- 日本は漫才文化、アメリカは一人語りのスタンドアップコメディ文化で、ポッドキャストの土台も違う
- 速水さんは、伏線を作らずに回収する明石家さんまさん的な手法を、自分の一人喋りのスタイルにしている
- 宇野さんは、4人のイベントを既存のカルチャー権威をひっくり返す「革命」と位置づけた



