「40代はパーカーを着るな」論争で何が見えたか?
2024年の冬、日本では「40代以上の男性はパーカーを着ない方がいい」という話題が議論になりました。速水健朗さんは約3週間前のこの話題を蒸し返し、自分自身はパーカーやフーディーの類を着ないので「着るべきではない」に同意だと話します。
ただし速水さんの立場は、人に押し付けるものではありません。首まわりを包まれる感じが「甘やかされている」ようで、自分が嫌だから着ないという個人的な好みとして語られています。
なんか包まれてる感じとかが甘やかされてる感。あったかいんだろうけど、なんかその感じが嫌だ。だから俺は着ない。
速水さんはこの論争で面白かった意見として、女性2人の声を紹介します。1人目はたぬかな ── 元プロゲーマーで、歯に衣着せぬ発言で知られる配信者。SNSでの過激な物言いがたびたび話題になっていますさんです。たぬかなさんは、代理店の打ち合わせでクリエイターぶってキャップにパーカーを合わせるおじさんと、弱いおじさんたちが着ているパーカーは違うのだから、後者は許してやれと発言していたそうです。
速水さんは、たぬかなさんのこの発言を「弱者男性に優しい」たぬかなさんらしい動きだと受け止めています。
女性はとっくに年齢相応の圧力を受けてきた
パーカー論争で速水さんが一番腑に落ちたというのが、仕事先で出会った30代くらいの女性カメラマンの意見です。このカメラマンによれば、年齢相応でない服を着るなという圧力を、女性ははるか昔から受けているといいます。
(女性は)20歳ぐらいからもうミニスカートを履く年齢じゃないでしょとか、赤とかピンクとかを着る年齢じゃないでしょとか、そういう年齢相応、同調圧力みたいなものとか、陰口とかっていうのが始まる。
女性カメラマンの話では、女性はそうした圧力に慣れていて、ようやく男性も同じことを言われるようになった程度のことにすぎません。速水さんはここに大きな男女の非対称性を見て、40代でいきなりパーカーを否定されて怒る男性は「前準備がなさすぎる」と納得しています。
20歳ごろからミニスカートや赤・ピンクについて「その年齢じゃない」と言われ、圧力に慣れている
40代になって初めて「パーカーを着るな」と言われ、準備のないまま反発している
速水さんはさらに、「時代が変わったのだからそういうことは言わない」と諭すほど逆効果になるとも指摘します。何でも言っていい「無敵の人」を生んでしまうので、アップデートを説くやり方がうまくいかなかったことに、そろそろ気づくべきではないかという見立てです。
同じころ、アメリカで起きていたもう一つのパーカーブーム
速水さんは、日本のパーカー論争そのものは「本当はどうでもいい」と言います。気になったのは、ほぼ同時期のアメリカでパーカーが大ブームになっていて、日本と正反対の状況が起きているのに、誰も指摘していないように見えたことでした。
いや、誰も言ってないから、じゃあここで言おうっていうことでポッドキャストを録っています。
番組の告知として、速水さんは12月27日にメディア研究者の久保友香 ── メディア研究者。工学的な背景を持ち、プリクラやギャル文化など若者の視覚文化を研究していますさんとのイベントを開くことにも触れています。オンライン配信が基本で、十数名は会場にも入れる予定だと話されています。
ルイジ・マンジョーネはなぜ崇拝の対象になったのか?
この回の本題は、アメリカの医療保険大手ユナイテッドヘルスケア ── アメリカ最大級の医療保険会社。保険金支払いの拒否などをめぐり、利用者から不満の声が上がってきましたのCEO殺害事件です。2024年12月の頭に起きたこの事件で、5日ほど逃亡したのちに捕まった26歳のルイジ・マンジョーネ容疑者が、いまアメリカで熱狂的な崇拝の対象になっていると速水さんは話します。
速水さんによれば、BBCでも連日取り上げられ、CNNは12月がほぼこのニュース一色だったといいます。注目のきっかけになったのが、監視カメラに映った手配写真の服装でした。
手配写真のマンジョーネ容疑者は、ミリタリージャケットにパーカーという姿でした。この服装はすぐに特定され、オンラインで即完売し、48時間で700枚の注文が入ったそうです。
事件発生
ユナイテッドヘルスケアCEOが殺害され、監視カメラの写真で全米に手配
服装の特定
ミリタリージャケットにパーカーという容疑者の服装がすぐ特定される
即完売
オンラインで48時間に700枚の注文が入る
可視化
社会に不満を持つ多くの人々の存在が目に見える形になる
速水さんは、ありふれた格好だからこそ匿名性があり、犯人と同じ服を着ることで社会への反発心を気軽に表せると分析しています。
だから「おじさんパーカー着るな」とかじゃなくて、アメリカは今みんなパーカーを着て、医療保険制度にみんな不満がある、基本的に社会に不満がある人たちがたくさんいるんだな、っていうのが可視化された。
大手メディアの啓蒙はなぜ逆効果なのか?
マンジョーネ容疑者の主張をそのまま医療保険制度改革の議論にすると、テロリズムに乗ることになるので良くないと、専門家やジャーナリストは論じています。ところが速水さんによれば、そうした記事のコメント欄はマンジョーネ支持一色だといいます。
速水さんは、極端な人ほどコメントするという前提を置きつつ、大手メディアにはもう大衆を啓蒙する力がないと述べます。言えば言うほど逆効果になる構図は、セレブがカマラ・ハリス ── 2024年アメリカ大統領選の民主党候補。多くの著名人から支持を受けましたが、共和党のトランプ氏に敗れましたを応援するほど逆効果だった状況と同じだという見方です。
これは1つ目のセクションの、アップデートを説くほど「無敵の人」を生むという話とも重なっています。
オズワルドからマンジョーネへ、テロリスト崇拝は何が変わったか
マンジョーネ容疑者への熱狂には保険会社への不満というアメリカの社会背景がありますが、速水さんは、目立つテロリストを崇拝する現象自体は昔からあると話します。例として挙がるのが、JFKを暗殺したオズワルド ── 1963年にケネディ大統領を暗殺したとされるリー・ハーヴェイ・オズワルド。事件直後に射殺され、多くの陰謀論の起点になりましたや、ジョン・ヒンクリーです。
ただ、これまでの崇拝はせいぜいアンダーグラウンドカルチャーの中のアイコン程度でした。マンジョーネ容疑者の絶賛が一般層で起きている点が今までとの違いだという専門家の論説を、速水さんはニューヨーク・タイムズで読んだといいます。
オズワルドやヒンクリーなどは、アンダーグラウンドカルチャーの中のアイコン程度
マンジョーネ容疑者への絶賛は一般層にまで広がっている
ユナボマーとはどんな人物だったのか?
マンジョーネ容疑者をめぐる報道では、容疑者がユナボマー ── 1970年代から90年代にかけて全米で連続爆弾事件を起こした犯人の呼び名。本名はセオドア・カジンスキーの論文についてレビューを書いていたことが話題になっていると速水さんは話します。ユナボマーの模倣犯とまでは報じられていませんが、速水さんにとって気になる点だといいます。
速水さんの説明では、ユナボマーは70年代から90年代にかけて連続爆弾魔として指名手配され、1995年に逮捕されました。モンタナとみられる山奥の山小屋で、十数年も誰とも触れずに一人暮らしをしていたことがわかり、衝撃を与えたそうです。
ユナボマー逮捕のきっかけは、反テクノロジー主義者だった本人が、自分の長い論文を新聞に掲載するよう要求し、実際に掲載されたことでした。
論文を読んで気づいたのは、セオドア・カジンスキーの弟の妻だったといいます。昔の兄の主張に似ていたこと、さらにタイプライターでの単語途中の改行のハイフンや、二重括弧の使い方といった癖が決め手になったと速水さんは話しています。
ユナボマー事件については近年いくつかドキュメンタリーが作られ、Netflixで見られるものもあるそうです。速水さんは、ユナボマーが神格化されミーム化されて現代まで続いてきた、オズワルド級の有名テロリストだと位置づけています。
手配イラストのパーカー姿が残したもの
ユナボマーは逮捕前に一度だけ目撃されており、その証言をもとにした手配イラストが出回っていました。ティアドロップのサングラスに口ひげ、金髪のカーリーヘアがのぞく70年代のタフガイ風の姿で、しかもパーカーを被っていたと速水さんは話します。
で、このパーカー被ってるのが一番大きい特徴で、これはおそらくいろんなカルチャーに影響を与えている。
速水さんは、80〜90年代からパーカーを着ているラッパーたちも、もしかするとユナボマーの影響ではないかと推測しています。本人も「わかんないけど」と前置きしており、確かめられた話ではありません。
ユナボマーは2023年に獄中で亡くなっています。マンジョーネ容疑者は同じ年に失踪して連絡が取れなくなり、犯行の準備期間に入っていたといいます。速水さんは、もしユナボマーとの関係があるなら、獄中死が何かのきっかけになった可能性もあるのではと話しています。
マンジョーネはユナボマーの模倣なのか?
速水さんは、マンジョーネ容疑者の犯行スタイルを単純にユナボマーの模倣と呼べるかはわからないと言います。銃と爆弾では思想がまったく違うからで、その違いはスピルバーグ監督の映画『ミュンヘン』を見るとわかるそうです。
マンジョーネ容疑者をジョーカーになぞらえる見方についても、速水さんは慎重です。高学歴同士という点では、むしろブルース・ウェインだという反論もあり、安易にジョーカーに重ねるのはかなり違うのではと言われていると紹介しています。
パーカーはいつストリートの服になったのか?
ユナボマーがパーカーを着ていた理由を速水さんは調べましたが、姿を隠すためという以上の答えにはたどり着かなかったといいます。そこで、パーカーそのものの歴史を軽く調べたそうです。
速水さんによれば、パーカーは1930年代からあり、もともとはチャンピオンのスポーツ用製品でした。ストリートでカジュアルに着られるきっかけになったのが、1976年の映画『ロッキー』で、主人公が階段を駆け上がるトレーニングシーンでグレーのスウェット上下にパーカーを着ていたといいます。
『ロッキー』以前ならパーカーはスポーツ用の服でしたが、以降はファッションになっていた可能性があると速水さんは見ています。ユナボマーの犯行開始と時期が近いことについては、本人も「本当憶測の域を出ない」と断っています。
ユナボマーは左翼が大嫌いだった
速水さんは、ユナボマーことセオドア・カジンスキーの反テクノロジー主義は取ってつけたものではなく、かなり本気だったと話します。イリイチ ── オーストリア出身の思想家イヴァン・イリイチ。学校や医療など産業社会の制度を批判した『脱学校の社会』などで知られますなどを引用して論文を書き、逮捕後も獄中で研究を続けて本を2冊書いたそうです。そのうち1冊は翻訳がウェブ上で読めるといいます。
速水さんが面白いと話すのは、反テクノロジーや自然環境保護に関心がある人は普通は左翼なのに、ユナボマーが左翼を大嫌いだったという点です。
ユナボマーの主張は、左翼の単純な反対運動では技術中心の社会は変わらないというものでした。かつて共産主義を目指す大きな運動だった左翼が、80〜90年代にマイノリティを守る個別の問題へと小さくなっていく流れを、ユナボマーは90年代の時点で批判していたと速水さんは説明します。
共産主義を目指す大きな運動から、マイノリティやアイデンティティなど個別の問題へ小さくなっていく
単純な反対運動では技術中心の社会は変わらないとして、その流れを90年代の時点で批判
3Dプリンター銃と爆弾、真逆のテクノロジー観
速水さんは、マンジョーネ容疑者がユナボマーの反テクノロジー主義に影響を受けた様子はなさそうだと話します。犯行の中心は保険医療への不満で、ユナボマーはテロリストとして有名になるうえで参考にした一人かもしれない、という位置づけです。
マンジョーネ容疑者はテクノロジーに非常に肯定的に見えるといいます。犯行に使った拳銃も、3Dプリンターでグロック ── オーストリアの銃器メーカーおよびその拳銃。樹脂フレームを多用した設計で、世界中の警察や軍で広く使われていますのコピーを作ったものでした。
日本では3Dプリンター銃が設計図さえあれば簡単に作れるように報じられがちですが、速水さんは単純ではないと指摘します。市販の銃の部品など、簡単には作れないものを手に入れる必要があり、そうした部品を提供している業者が批判されてもいるそうです。
反テクノロジー主義を掲げ、あえて爆弾を使った
インターネットの情報と3Dプリンターというテクノロジーを使い、銃で犯行に及んだ
手法は真逆でも、パーカーという見た目やルックスの面では影響があったかもしれない、と速水さんは話しています。
通報したマクドナルドの店員はなぜ英雄になれなかったか
マンジョーネ容疑者が最後に捕まったのは、ペンシルベニア州のマクドナルドでした。店から手配写真に似た男がいると通報があり、逮捕に至ったといいます。
ところが、通報したマクドナルドの店員は英雄にはなれませんでした。「マンジョーネを守れ、こいつが密告したんだ」と炎上し、Googleマップのコメント欄などでも大炎上したと速水さんは紹介しています。
マンジョーネ熱はJFK事件のように根深くなるのか?
マンジョーネ容疑者をめぐるフィーバーについて、速水さんは事件から1か月以内のピークかもしれないとしつつ、結構根が深いと見ています。JFK暗殺事件が10年後、20年後にさらに盛り上がり、陰謀論の源になったことを例に挙げています。
速水さんは、容疑者の育ちの良さやルックス、パーカーに代表される服装がファッションアイコンとなり、テロリズムのヒーローになっていく流れがあると指摘します。
これから始まるトランプ政権とは基本的に関係ないとしながらも、速水さんは裁判の行方に注目が集まると予想します。恩赦はさすがにないと考えられ、終身刑は免れないとみています。
模倣犯が出てくることも十分考えられる、と速水さんは付け加えています。
クリスマスイブはパーカーおじさん対談へ
速水さんは、日本の「パーカーを着ちゃいけないブーム」とは桁が違うパーカーブームがアメリカで起きている、と話を締めくくります。
収録は12月24日の昼過ぎで、速水さんはこのあと友人の宇野さんのポッドキャストにゲストとして出演するそうです。せっかくなのでユニクロの1900円のパーカーを着て行き、「パーカーおじさん対談」にしようかと話しています。
まとめ
日本で「40代はパーカーを着るな」が議論されていた同じ時期、アメリカではCEO殺害容疑者ルイジ・マンジョーネのパーカー姿が社会への不満の象徴になっていました。速水健朗さんは、ユナボマーの手配イラストや映画『ロッキー』までさかのぼり、パーカーとテロリストの系譜を描き出しています。
- 女性は20歳ごろから年齢相応の服装圧力を受けており、40代男性のパーカー論争はその非対称性を映している
- マンジョーネ容疑者の服装は48時間で700枚売れ、社会に不満を持つ人々の多さを可視化した
- テロリスト崇拝はかつてアンダーグラウンドのものだったが、今回は一般層にまで広がっている
- ユナボマーとマンジョーネ容疑者は爆弾と3Dプリンター銃で手法が真逆だが、パーカーという見た目に影響があった可能性がある
- 速水さんは、マンジョーネ容疑者の動向がユナボマー以上の社会現象になり、模倣犯も出うるとみている




