初日の絶賛から翌朝一で見に行った映画
8月14日に公開された映画『オークストリートの異変』。公開前はさほど話題になっていなかったといいます。
ただ、初日にXの感想で絶賛が多く、速水さんは「早く行った方がいい」という勘が働いたそうです。
翌日朝一で見に行って大正解でした。これは面白い映画。
舞台は典型的なアメリカの郊外住宅。そこに恐竜が現れるパニック映画です。
映画が始まってすぐわかるのは、現代の話ではないということ。家の形、服装、車から、70年代か80年代前半あたりだと推測できると話されています。
ただ、具体的な年代は明言されません。「これは何年か」と考えながら見るのも一つの見方だからです。
ホラーではなくパニック映画として見た理由
ネット上では、この作品をホラー映画として怖がって見ている人もいるといいます。もちろんそういう要素もあります。
ただ速水さんは、これをパニック映画として見て面白かったと話します。
パニック映画とホラー映画の違いは、これまであまり意識してこなかったといいます。
危機的な状況の中で、人や集団がどう対処するのかを描く
起きたもの自体を怖がることに焦点を当てる
本来のパニック映画なら、恐竜が現れれば警察や軍隊が出動するはずです。
ただこの映画では、舞台が典型的なアメリカの郊外住宅で、近くに警察も軍隊もいません。立ち向かうのは家族です。
面白いのは、近所同士の連帯があまりないこと。いがみ合う隣人はいて、子供同士には少し連帯感があるものの、大人にはありません。
速水さんは、この郊外化された住宅の在り方と一致するからこそ、パニック映画として見たと語ります。
突出した主人公がいない「家族が主人公」の構造
この映画の主人公は、父親、母親、長女、息子の家族4人です。息子は10歳から12歳ぐらい、長女は16、7歳ぐらいと推定されています。
誰か1人が中心視点になるのではなく、視点が分散されていて、突出した主人公がいない構造だといいます。
見る人の年代とか性別によって、フレキシブルに誰視点で見るかっていうのが自由選択与えられている映画。
速水さんの年代なら、普通は父親目線で見るはずだといいます。
一方で、アン・ハサウェイ演じる妻は、何かと夫を責め立てる「ちょっとうざい奥さん」。すぐに結論を導き出して相手を追及するタイプで、ネガティブケイパビリティが足りていないと感じたそうです。
とはいえ、妻視点で見る要素もあると話されています。妻は、夫が失業を隠していることや、不安があるとガレージで隠れてウイスキーを飲む癖に気づいているからです。
その妻にも家族への秘密があります。地下でタイプライターを打ち、家族を捨てて自由に生きたいという願望がダダ漏れの小説を書いているのです。
その事実は家族には秘密ですが、観客には示されているという構造になっています。
長女がカーステで音楽を聴く場面に感じたこと
舞台が80年代なので、当時子供だった世代である長女・長男の目線も、速水さんの中にはあるといいます。
中でも一番グッときたのは、長女がこっそり車のカーステレオでスティーヴ・ウィンウッドを聴いている場面だそうです。
ティーンネイジャーにとってポップミュージックってこういうもんだよな、っていう実感があった。
家族しか味方がいない状況で助け合って生き抜かなければならない。それでも家族から少し距離を取り、車の中で一人、たわいないポップミュージックを聴いて紛らわす。
単独行動だから危険で、恐竜に襲われてもおかしくない場面です。それでも一人の時間を持ちたいという気持ちに、人はこの時期にポップミュージックと出会うのだと語られます。
一般的なパニック映画やホラー映画なら、個人が勝手な行動を取る場面は襲われるパターンになりがちです。しかしここは、そうではなく息抜きの場面になっています。
見る側も、ああ、この子にだけは何か悪いことが起きませんように、っていう風に思うようになるんだよね。
これがいわゆる感情移入だと速水さんは指摘します。うまい映画の作りだと感じたそうです。
一方で、息子については、犬が好きということや、恐竜より近所のいじめっ子に出くわすのが嫌だという程度で、さほど感情移入する部分はなかったといいます。
80年代が舞台であることの意味
映画の舞台が80年代であることには、過去作品へのオマージュや監督の自伝的な要素などの理由が考えられます。
ただ、もう少し客観的な説得力がないと、単なるノスタルジーにされてしまうと速水さんは言います。
その説得力として挙げられるのが、アメリカの郊外住宅がまだユートピアとして思えたギリギリ最後の時代だったという点です。
この映画では子供だけで遊びに行く場面がいくつもあります。しかしこの時代以降、そうした情景はセキュリティ上の問題で失われ、リアリティが持てなくなっていきます。
家族はリッチではないものの、それなりの家に住んでいます。失業前はそこそこ裕福だったのかもしれません。
アメリカの中流家庭っていうものがまだまだ没落する前っていう、その最後のユートピアっていう感じが、この80年代前半の時代に込められている。
なぜティラノサウルスを出さなかったのか
ここまで恐竜そのものの話は出てきません。今作にはティラノサウルスが出てこないのが特徴です。
それっぽく見える肉食恐竜はいますが、速水さんが後で確認したところ、それはアロサウルスだったといいます。
アロサウルスはTレックスより一回り二回り小さい肉食恐竜で、生きていた時代もTレックスよりかなり古い、オールドスクールな恐竜です。
速水さんは、ジュラシックパークに出てきた恐竜は使わないという批評性でアロサウルスを起用したのかもしれないと推測します。
また、住宅というヒューマンスケールに対して、恐竜が大きすぎると逆に怖くないため、小ぶりなアロサウルスを起用したという理由も考えられると話します。
恐竜が「生まれた」のは200年前という視点
ここから話は恐竜のメディア史へ移ります。速水さんは恐竜好きですが、少し偏った恐竜好きだといいます。
子供は恐竜に詳しく、知識をどんどん話してくれます。ただ、速水さんの知識をぶつけると「方向性が違う」という顔をされがちだそうです。
俺が興味がある恐竜の歴史っていうのは、2億年とか6600万年前とか、そういう昔のことじゃなくて、もっと全然最近の話なんですよ。
どのくらい前かというと、200年ほど前。人間が恐竜を見つけたのが200年前ぐらいだという意味です。
恐竜の知識には「発掘史」という視点があります。劇中のアロサウルスはアメリカで発掘され、分類・命名されたのが1877年、西部開拓時代のことでした。
ゴールドラッシュをきっかけに西側に注目が集まり、大陸横断鉄道ができ、開拓する人が増えた時期です。
そうした中、化石ハンターも入っていき、金を探すより効率が良かったのではないかと思われるほど、多くの恐竜化石が発掘されました。
1870年代には、アロサウルスと同時期にステゴサウルスやアパトサウルスなど、有名な恐竜が次々発見されています。
イギリスで始まった恐竜研究と教会
発掘史で見ると、初期の恐竜は概ねイギリスで見つかっています。恐竜はイギリスで研究が始まった分野だからです。
19世紀初頭ごろ、地質学が自然科学の中で一歩抜けてリードしていました。そして、この地質学に当時の教会が力を入れたといいます。
地質学が発展した背景には、ノアの大洪水が実際にあったかどうかを検証するという大きな意味がありました。
洪水の時期などを調べるうちに、現代にはいない巨大生物の化石が見つかってしまいます。それが1824年ごろのことでした。
メガロサウルスやイグアノドンは、当初「ゾウぐらいのサイズのトカゲ」として研究されていました。恐竜=ダイナソーと命名されたのは1842年です。
当初掘り当てた人たちは、それを恐竜ではなくトカゲの一種だと思って探していました。探していたのは科学者だけでなく、化石コレクターたちも含まれていたといいます。
クリスタルパレスとイラスト新聞が生んだ大衆人気
学術的に見つかり始めたとはいえ、19世紀半ばの人々が「恐竜恐竜」と熱狂していたかというと、そうでもなかったと速水さんは見ています。
まだマスメディアの時代ではなく、恐竜もせいぜいゾウぐらいの生物だと思われ、頭がいいとも思われていなかったからです。
空気が変わったのは、イギリスのクリスタルパレスで恐竜の模型を作って展示するイベントでした。一般公開される恐竜博の走りといえるものです。
この時代の主流メディアはイラスト付きの新聞、イラストレイテッドペーパーでした。
後の1880年代、切り裂きジャック事件をイラスト新聞が毎日伝え、メディア事件的なフィーバーが起きています。字があまり読めなくても読める点で普及したのです。
1855年ごろにはイラスト新聞が出ており、大衆的な恐竜人気は、この展示とイラスト付き新聞によって広まった側面があると語られます。
マスメディア台頭期に起きた「最強の生き物」報道
メディア史と恐竜の発掘史は、実は結びついているのではないかという話です。
発掘史の最大のエピックは1900年前後に起きました。日本でいえば日清・日露戦争の時代、新聞や雑誌が急速に大衆化した時期です。
日露戦争は、新聞が写真を使って戦争を伝えた最初の戦争でした。新聞の部数が伸び、戦争がメディアと国民が一体化して進めるものになっていった時代です。
そんな1904年、これまでにない大型の肉食恐竜が発掘されて話題を呼びます。当時のニューヨーク・タイムズは「生物史上最強の生き物が発見された」という見出しで報じたといいます。
さらに1915年には、ティラノサウルスの巨大な骨格が博物館で公開されます。
「ティラノサウルス、王座に就く。」っていう新聞記事が作られていて、いわゆる会いに行ける恐竜の時代がこのぐらいに始まっている。
戦争と交互にやってくる恐竜ブーム
1915年といえば第一次世界大戦の時期です。恐竜研究は、この1910年代に停滞期間に入ってしまいます。
戦争が始まると研究どころではなくなり、その停滞は50年ほど続きます。
その間も恐竜への関心自体が消えたわけではありません。コナン・ドイルの『ロストワールド』が映画化され、キングコングにティラノサウルスが登場して序盤で戦うなど、ポップカルチャーの中では盛り上がっていきます。
ただ、恐竜の研究自体は、二つの大戦の期間には盛り下がっていました。総力戦の時代になると、研究者も戦争と関係ない研究がしにくくなるからです。
恐竜研究っていうのは戦争と裏腹というか、平和をそのまま象徴するところがあるなっていう。
速水さんは、戦争が流行る時期と恐竜が流行る時期が交互にやってくると指摘します。そして、その戦争も恐竜もどちらもスピルバーグの得意分野である点が面白いといいます。
予算も人気次第。復元図がつくる恐竜人気
サイエンスの世界は研究成果だけで評価されると考えがちですが、恐竜研究を通じて、実は違うと論じられていると速水さんは話します。
研究予算が取れるかどうかは人気次第で、自然科学の中で最も人気があるのが恐竜研究だといいます。
これは、トップガンを見て戦闘機パイロットを目指した世代と同じ構造です。速水さんが行く新宿のバーで会う元航空自衛隊パイロットも、同世代はほぼ全員トップガンに憧れて戦闘機乗りになったと話していたそうです。
恐竜の研究者もほぼ全員ジュラシックパークの影響で恐竜研究やってますよ。それだけ映画に力があるっていう。
これは恐竜の本質とも関わっています。復元図というジャンルは、自然科学の一領域でありながら、描くのはイラストレーターだからです。
出土した骨を組み合わせて骨格を復元するところまではサイエンスの領域です。
ただ、そこから先はフィクションの領域。質感とか顔つきとか、皮膚の色とか、どういう動きをしてたのかとか。
質感や色や動きは「こうだったかも」という仮説でしかなく、復元図は大衆人気を得られるかどうかと結びついています。魅力的に描かれないと予算が獲得できないのです。
恐竜のルックスは時代ごとに変わり、その時代に人気のイラストレーターが描くとこうなる、というルッキズム的な傾向によって変化していくといいます。
夏の自由研究に「恐竜発見史」という切り口を
夏休みの自由研究で恐竜博に行く子供は多いはずです。速水さんは、そこに人文側の見方を持ち込むことを勧めます。
恐竜がいつ発見され、その時代のメディア環境によってどう広まり、人が恐竜に驚くようになったか。あるいは、恐竜が登場する物語がどう変化してきたか。
そうした視点は、まだあまりやられていないジャンルなのではないかと語られます。
速水さんのポッドキャストのリスナーは40代・50代が中心とみられます。恐竜好きの子供がいれば、こうした研究を勧めてみてはどうかと呼びかけています。
刊行されている書籍でも、恐竜発見史をテーマにしたものは多くありません。図鑑タイプの『世界恐竜発見史』が、今回の話のきっかけになった部分もあるといいます。
まとめ
映画『オークストリートの異変』は、郊外の家族が恐竜に立ち向かうパニック映画として語られ、そこから恐竜人気がメディアと戦争の歴史の中でつくられてきた過程へと話が広がりました。恐竜人気は「つくられたもの」であり、映画とよく似ているという視点が示されています。
- 『オークストリートの異変』は、突出した主人公を置かず「家族が主人公」の郊外パニック映画として作られている
- ジュラシックパークの恐竜を避けてアロサウルスを起用した点に、批評性やスケールの計算がうかがえる
- 人間が恐竜を「見つけた」のは約200年前で、恐竜には生物史とは別に「発掘史・メディア史」という視点がある
- 大衆的な恐竜人気は、模型展示やイラスト新聞、マスメディアの台頭とともにつくられてきた
- 恐竜研究の予算は人気次第であり、魅力的な復元図で人気を得る点で自然科学と映画は似ている
