中学生の食卓に宅配ピザが届いた日
速水健朗さんには、人生で最初に宅配ピザを頼んだ記憶がはっきり残っています。1986年か87年ごろ、中学1年で秋田から新潟へ引っ越した前後のことで、時期の記憶は曖昧だといいます。
速水さんの家は父親の帰りが遅く、平日の夕食は専業主婦の母親と妹との3人でした。平日に出前を取ることも外食することもなかったため、宅配ピザは特別な出来事として記憶に刻まれています。
当時85年にね、日本で最初のピザ宅配ビジネスが始まっているから、そこから1年か2年でね、たかだか秋田か新潟の田舎の地方都市まで行き届いてたってことなんですよ。
速水さんは、宅配ピザが当時の日本で成功した要因をいくつか挙げます。1つ目は、アメリカに比べて日本は家と家の距離が近いことです。宅配の範囲はせいぜい2〜3キロで、その中に家が密集しているほうがビジネスとしてやりやすいと考えられます。
2つ目は、1980年代後半が大学生の数が増える時期で、安い労働力を確保しやすかったことです。3つ目はライバルの不在で、当時の出前の代表だった蕎麦屋は、丼にサランラップを巻いて届けるスタイルでした。
なんか冷めちゃうし、伸びちゃうし、美味しいものではなかった。
焼きたてのピザが30分以内で来るってすごい大発明だったんですよね。
さらに、当時はコンビニもまだ身近ではありませんでした。自転車で7〜8分かかる店まで往復し、買い物をすると20分以上かかるため、宅配を頼んだほうが早かったといいます。
| 要因 | 中身 |
|---|---|
| 住宅の密集 | 宅配範囲2〜3キロ内に家が多い |
| 労働力 | 大学生が増え、安い労働力を確保できた |
| ライバル不在 | 蕎麦屋の出前は冷めて伸びる。コンビニも遠い |
速水さんは、アメリカで先行していたビジネスを空白地帯の日本に持ち込んだ点で「成功するべく成功した」とみています。一方で、当時の日本人はそもそもピザがそれほど好きではなかったはずで、その中でよく持ち込んだものだと感心しています。
「30分で届かなければ無料」はベストエフォート型だった?
1985年は、映画『ET ── 1982年公開のスティーヴン・スピルバーグ監督のSF映画。少年と地球外生命体の交流を描き、世界的な大ヒットとなりました』公開の3年後にあたります。この映画の冒頭では、母親が仕事で留守の家で、子どもたちが宅配ピザを頼む場面があります。
この映画を見た人が宅配ピザのビジネスを日本に持ち込んだ、と言われているそうです。そして当時の宅配ピザは「30分で届かなければ無料」を打ち出していました。
ギリギリ30分で届くかどうかみたいな、ちょっとゲーム性がね、このピザのビジネスの普及のきっかけだった気がするんですよ。
後から聞いた話として、初期には実際に30分をオーバーすることもあったらしい、と速水さんは話します。ただ、その出費も広告のうちという覚悟だったようです。
チェーン店ビジネスは規模の経済で、店舗を早く増やすほど有利になります。エリアの拡大もノウハウの蓄積もスピード勝負で、「30分超えたら無料らしいよ」という口コミとの相性がよかったといいます。
速水さんは、宅配ピザのビジネスが後のシリコンバレーのやり方を先取りしていたのではないかと考えます。その1つ目が「ベストエフォート型 ── 最善を尽くした場合の性能を示すだけで、常にその品質を保証するわけではないサービス提供の考え方。インターネット回線の最大速度表示が代表例です」です。
通信プロバイダーが「最大1ギガ」とうたっても、空いているときにしかその速度は出ない、というのがベストエフォート型の例です。品質保証型ではなく、最善の努力をした場合の数字を示すビジネスモデルを指します。
速水さんによれば、ベストエフォート型は日本のそれまでの製造業には向かない考え方でした。一方でテスラなどは、安全性能の基準を満たす前に市場に投入してしまうことがあり、これはシリコンバレー全般でよくあるやり方だといいます。
ピザのね、30分で届くっていうのはまさにこれだったんだと思うんですよ。
速水さんは、30分の内訳を次のように見積もっています。
この計算では7分ほどの余裕しかなく、信号待ちのようなちょっとしたトラブルや、ピザを焼き損ねただけで間に合わなくなります。
速水さんは、こうしたギリギリのモデルは事故が起こりやすく、コンプライアンス的にもクリアできないため、今では「30分超えたら無料」は打ち出せなくなっていると話します。現在は割引券程度の対応になっているそうです。
それでも、ギリギリ性を打ち出したことでピザが広まったという意味で、宅配ピザには実験的なベストエフォート型の側面があった、と速水さんはみています。
先出しじゃんけんとAmazon、ピザチェーンのデータ
速水さんが挙げるシリコンバレー型の2つ目は、自ら名付けた「先出しじゃんけん型」です。じゃんけんで必ず勝つ方法は2つあるといいます。
相手の手を見てから出せば必ず勝てる
先にグーを出し、パーを出そうとする者を全員買収して降ろさせる
先にね、これからの時代はグーなんですって言って、投資家にまず説得をしてね、そのお金を集めて、それでパーを出すやつを全員買収するっていう。
先出しじゃんけん型の代表として速水さんが挙げるのが、ジェフ・ベゾス ── Amazonの創業者。オンライン書店から始めて、Amazonを世界最大級のEコマース・クラウド企業に育てましたのAmazonです。1994〜95年ごろの創業時、Eコマースは誰でも思いつくもので、モデル自体は大したものではなかったといいます。
Amazonが最初に本を売ったことが重要だった、と速水さんは考えます。アメリカの本の市場規模などの初期条件がEコマースに向いていて、そこを独占したAmazonが他のジャンルへ広がっていきました。
速水さんはこの初期条件を、ゲーム『信長の野望 ── 光栄(現コーエーテクモゲームス)の歴史シミュレーションゲーム。戦国大名を選び、領土を広げて天下統一を目指します』にたとえます。織田家を選ぶと、接する国の数や生産力、近くに強敵がいないことから序盤が進めやすい一方、越後の上杉家は武田家に阻まれて序盤の拡大期を逃してしまいます。
初期条件と国のレベルみたいなことで難易度が変わってくる。まあベンチャー全体にあるっていう感じ。
話は日本の宅配ピザに戻ります。日本でピザがどう広がったかについては資料が少ないものの、速水さんは「絶対面白い話」だと考えています。
速水さんが最も重要だったとみるのは、初期のデータの取り方です。どの距離ならどれくらいの確率で30分以内に届くか、都市部とそうでない場所の違い、配達範囲を2キロにするか3キロにするかといった情報です。
スタッフについても、どのくらいの経験があれば何分で焼いて箱詰めできるかといったデータが取れます。1つのノウハウを持てば、それを他のエリアに転用してどんどん広げられます。
チェーンが拡大すれば、同じ広告量でも効率よく宣伝でき、1店舗あたりの広告費が安くなります。調達の規模の経済に加えてデータの蓄積が参入障壁になったため、他社が後からピザチェーンを始めても追い越すのは難しかったのではないか、と速水さんは考えています。
イーロン・マスクの政府効率化省という無謀な実験
速水さんは、ベストエフォート型や先出しじゃんけん型といったシリコンバレーのビジネスモデルを行政の運営に当てはめたのが、トランプ政権初期のイーロン・マスクによる実験だったとみています。
政府効率化省 ── 第2次トランプ政権で設けられた、連邦政府の歳出削減や組織の効率化を掲げる組織。通称DOGEで、イーロン・マスク氏が主導しましたは、立ち上げ時にまず「1兆ドルの削減」というプランを打ち出し、ベストエフォートで進めたといいます。
当初はUSAID ── アメリカ合衆国国際開発庁。途上国への開発援助や人道支援を担う政府機関ですの閉鎖など、ターゲットを見つけて突入するような華々しい動きを見せましたが、それはあまり続かなかったと速水さんは話します。
速水さんによれば、チップのコストが1年で半分になるような新技術が次々に出るテック業界なら、成長率を見込んで先にじゃんけんを出しておけばよいことになります。しかし行政の削減は、進めるほど先細りし、頭打ちになって難しくなっていきます。
ちょっとあまりにも無謀な実験、みんなわかってたことですけどね。
40年たっても頭打ちしない宅配ピザの栄枯盛衰
「頭打ち」という言葉から、速水さんは日本の宅配ピザの40年に話を戻します。さすがにもう伸びていないだろうと思って店舗数を調べると、コロナ禍以後にかなり増えていたといいます。
最近はドミノ・ピザが170店舗を撤退するというニュースが話題になりました。ただ速水さんは、これはコロナ禍以降の急成長に対する調整局面にすぎず、ピザ全体で見ると衰退していないとみています。
ウーバーイーツとか出てきても割と負けてなかったってことなんですよね。頭打ちしてなかった。
宅配ピザのビッグスリーは、ドミノ・ピザ、ピザーラ、ピザハットです。ドミノ・ピザが圧倒的なトップで、時代によって順位が入れ替わることはあっても、寡占市場 ── 少数の企業が市場の大部分を占めている状態の市場。新規参入が難しく、上位企業の顔ぶれが固定されやすい傾向がありますとしての大きな変化はないといいます。
それでも振り返ると、宅配ピザには栄枯盛衰がありました。速水さんの記憶をたどると、次のような流れになります。
ピザーラの急成長を支えたのは「ピザーラお届け」というCMのキャッチコピーでした。速水さんは、このフレーズの言葉づかいがずっと気になっていたといいます。
おをつけている丁寧な言葉遣いなのに、お届けって体言止めでおかしいよね。ちゃんとピザーラお届けしますって言えよって思ってたのは僕だけでしょうか。
モンゴル帝国はなぜ不利な初期配置から拡大できたか
最後に速水さんは、自分の『信長の野望』の知識はかなり初期の「全国版」程度のレベルだと明かします。そして宅配ピザが始まった1985年ごろ、実はモンゴル帝国を扱うゲームにはまっていたことを思い出します。
そのゲームは『青き狼と白き牝鹿 ── 光栄の歴史シミュレーションゲーム。チンギス・カンとなってモンゴル統一を果たし、その後ユーラシア征服を目指す内容です』で、前半でモンゴルを統一し、後半は世界に打って出る内容でした。
速水さんは、モンゴル帝国はアジア全般からヨーロッパまで支配した最大級の帝国でありながら、初期条件はかなり不利だったと指摘します。内陸国なので海に出る選択肢がなく、歴史的に強大な中国とロシアの間に位置していたからです。
その強大な2つの国に挟まれている小国っていうね、初期配置がすごい微妙な国が、よくあそこまでのね、領土拡大に成功したなっていうね。
モンゴル帝国が強かった理由として、速水さんは騎馬部隊の強さに加え、ネットワークを築けていたことを挙げます。馬は疲れるので、宿場町で休ませる拠点を適切に作り、何年かかっても前線に送り届けられる仕組みがあったそうです。
拠点を配置し、届ける仕組みを広げていく点で、モンゴル帝国と宅配ピザチェーンは重なります。速水さんは、思いつきで話していた割には話が1つの結節点に向かっていたと締めくくっています。
まとめ
速水健朗さんは、宅配ピザ初体験の記憶を出発点に、「30分で届かなければ無料」というギリギリのモデルが、ベストエフォート型や規模の経済、データの蓄積を通じて広がったと考えます。その視点はシリコンバレー、政府効率化省、モンゴル帝国のネットワークにまでつながっていきました。
- 1980年代の日本では、住宅の密集、大学生の労働力、ライバル不在が宅配ピザの追い風になった
- 「30分で届かなければ無料」はゲーム性と口コミで普及を促した、ベストエフォート型の実験だった
- 初期のデータとノウハウを転用して早く広げることが、後発に追い越されにくい強みになった
- 先出しじゃんけん型のモデルを行政に持ち込んだ政府効率化省は、先細りする削減の性質と合わなかった
- 不利な初期配置のモンゴル帝国を支えた拠点ネットワークは、ピザチェーンの構造と重なる


