恐竜ではなくサメになる、とはどういうことか?
カズさんは冒頭で、AIの競争に正面から入っても勝てないだろうという見立てを語ります。そのうえで、AIは使いつつも、仕事の方向性としては「全力逆張り」をしようとしていると話しています。
じゃあもう全力逆張り。もちろんAI使ったりとかするんですけど、
カズさんがその逆張りを説明するために持ち出したのが、恐竜とサメのたとえです。古い伝統にしがみつく人はよく「恐竜だ」と言われますが、恐竜は恐竜のまま滅びました。一方でサメは3億年ほど進化していないのに、今も生き残っているといいます。
でもサメとかって3億年ぐらい進化してないんですよ。でも生きてるじゃないですか。その後哺乳類とかいろんなもの出てきて。ワニとか、あとゴキブリとか。
カズさんの見立てでは、AIは新たに現れて地球上を制覇していく哺乳類のような存在です。それでもサメは生き残っているように、無理に哺乳類へ進化しなくても、天敵のいない「最終形態」にたどり着けば生きていける道があると考えています。
恐竜のままで滅びた存在。AI時代に取り残される人のたとえ
3億年ほど進化していないが、天敵のいない最終形態として今も生き残る存在
そこになればいいんだと思って。その次の哺乳類になろうって進化無理にしなくても、サメのままでサメとしてやっていける道もあるじゃんみたいな。
いそさんは、哺乳類と断ち切られたガラパゴスなポジションを取れれば強いと応じます。ただしカズさんも、サメなり鳥なりの最終形態までやりきらないといけない、と条件を付けています。
人が撮ったことに価値を出す「ボールドブランド」
けんすうさんから「カズさんの仕事では、そのサメにあたるものは何か」と問われたカズさんは、アートやクリエイティブの世界の「ボールドブランド」を挙げます。カズさんによると、ハイブランドを指す最近の言葉だといいます。
カズさんが説明するボールドブランドとは、積極的にリスクを取ってゲームチェンジする会社のことです。例として、かつてのAppleやNIKE、LVMH ── ルイ・ヴィトン、ディオールなどを傘下に持つフランスの高級ブランド複合企業。モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトンの略です、NETFLIXが挙がりました。
カズさんによれば、ビジネスでは後発のほうが伸ばしやすいとも言われる中で、ボールドブランドは先行者リスクを取ってでも自分たちの世界を構築しようとします。そうしたブランドは、AIに行ききっていないといいます。
Appleって今ちょっと(評価が)下がってきてますけど、いまだにロゴとか実写で撮ってるんですよ。
それは人が撮ってるってことに意味を出すってことなんですよ。
カズさんはルイ・ヴィトンやシャネルも同じ考え方だと話します。生成AIのモデルに服を着せることは全ブランドができるからこそ、何十倍もお金をかけてでも自分たちが選んだモデルと場所で撮る。カズさんは、そうした上層部の一握りの企業と仕事ができる会社になろうとしています。
カズさんによると、最近はハイブランドに写真を納品する際、AIで作っていない証明としてRAWデータ ── カメラのセンサーが記録した未加工の撮影データ。撮影時の情報が残るため、実際に撮影したことの裏付けになりますの提出を求められることがあるそうです。いそさんは「そこまで問われるの」と驚いていました。
AppleTVの新しいロゴも実写で撮影され、ロゴの発表と同時にメイキング動画が公開されたといいます。わざわざ人間が面倒なことをやると示すこと自体が、Appleの評価につながるというのがカズさんの見方です。
けんすうさんはこれを、CGアニメとクレイアニメ ── 粘土で作った人形を少しずつ動かし、1コマずつ撮影してつなげるアニメーション。ストップモーションの一種ですの価値の違いにたとえて受け止めています。
文化はそもそも無駄である
いそさんは、ここまでの話を受けて「無駄」がキーワードになるのではないかと投げかけます。めんどくさいことをやりきることに意味がある、という感覚です。
そもそも文化なんて無駄なので。
その無駄を省いていくことがそもそも論理矛盾なんですよ、実は。
けんすうさんは、パラパラアニメをAIで作っても意味がない、1枚1枚描いているから面白いのだと例を挙げます。いそさんも、効率や効能を求めた時点で別のものになってしまうと続けました。
話はさらにライブへ進みます。けんすうさんが「再現性がない」とライブの価値を一言で表すと、いそさんはけんすうさんが毎朝ライブ配信を続けていることを挙げ、AI時代のコンテンツ発信として最も的確な動きだと評価しました。
理屈上、(けんすうさんの)やり方がすごい一番いいんだけど、それをやりきるっていうのはなかなかやっぱできない。
けんすうさんは、ライブでやっていると「嘘がない、AIじゃない」と伝わり、その価値はどんどん上がっていきそうだと応じます。そして例として、寿司屋が目の前で握っているかどうかが重要になっていくと話しました。
カズさんの側は、寿司や天ぷらのカウンターはライブ会場と同じで、客はパフォーマンスも含めてお金を払っていると見ています。いそさんは、ホワイトカラーから寿司職人に転身する人も増えれば、エンタメ性の競争が激しくなるのではと問いかけました。
味より「情報」がおいしい時代?
けんすうさんは、寿司屋のエンタメ化とは別の方向として、箕輪厚介さんのラーメン屋「箕輪屋」を紹介します。箕輪屋は鍋でスープを毎日炊くため、セントラルキッチンと違って味にブレが出るそうです。
けんすうさんによると、箕輪屋はうまくいかないときに1週間店を閉めて修行に行くこともあるといいます。そうした文脈を知っていると、客は「あの鍋からこのスープができている」と思いながら食べられます。
まずい日があった方がむしろいいみたいなカルチャー。
いそさんはここで、予約が取れない店に付き合いで行く経験から、点数の差は本当にわかるのかという疑問を口にします。環境や体調、同席するメンバーで条件は毎回違うからです。
あそこが90点、こっち95点。いや、その5点の差ってわかる?と思って。
けんすうさんが「M1みたいになってきている」と返すと、カズさんは、M1は公平に評価しようとしているが、フーディーの評価は同じ条件で食べていないと指摘します。カズさんは、予約の取れない店に行ける自分への気持ちよさなど、文脈の部分が大きく乗っていると見ています。
カズさんは、当たり外れのあるラーメン屋も、何年先まで予約が取れない寿司屋も、要は「語れる話があるかどうか」という点で同じだとまとめました。
飲食とスモールビジネスは本当に強いのか
いそさんは、AI時代に飲食店は強いとよく言われるものの、すでに大競争の世界なのにそんなに簡単なわけがないと疑問を呈します。カズさんも、飲食は決して儲けやすいビジネスではなく、みんながやりたがるぶん過当競争が激しいと同意しました。
結果的になんかちょっと街の中心から外れたところで自宅改造してやってるカフェみたいなのが普通に儲かっちゃったりする。
カズさんは、そうした店は大きな夢を見ないからうまくいくと話します。逆に、わざわざ物件を借りて人を雇って始めるのはリスクしかないという見方です。
いそさんは、インターネットのサービスでもバイブコーディング ── AIに自然な言葉で指示を出しながら、雰囲気(vibe)に任せてプログラムを作っていく開発スタイルでAIを使って作ったものは、Googleが本気を出せば終わると話します。けんすうさんも、目の前のコミュニティを持っている人のほうがやりやすいと応じました。
AI時代が世知辛いなと思うのは、やっぱりSNS時代に勝った人が圧倒的に強いから、
これに対しカズさんは、SNSと関係ないところにいたからこそ勝つ人たちも出てくるはずだと返しています。
ブランドとは機能ではなく「ストーリー」
いそさんは、SNSのフォロワーも含めた話を抽象化すると「ブランド論」になると整理します。長い時間を積み重ねたブランドは強く、AIもその時間を尊重するため、AIで買い物をする時代にはブランド力がさらにブーストされるという見立てです。
カズさんは、ファッションの世界でそうしたブランド力を作れているのはほぼフランスだけだと話します。ルイ・ヴィトン、シャネル、エルメスはいずれもフランスで、イタリアではプラダがぎりぎりできているくらいだといいます。
カマンベールチーズとかシャンパンとかって村の名前やんみたいな。
カズさんによれば、フランスは村の名前を世界中に結びつけ、価値を込めるのがうまいのです。歴史の長さでいえば日本の西陣織のほうが長いため、カズさんはこれを歴史ではなくブランディングのうまさだと見ています。
カズさんはアメリカについて、ファッションでは入り込めない一方、AppleやNetflix、Facebookのように新しいテクノロジーからブランドを確立したと話します。日本でもソニー、トヨタ、ホンダがそうだと挙げ、特にソニーやトヨタは今でも挑戦的な会社だと評価しています。
ブランド力の例としてカズさんが挙げたのは、シャネルのTシャツです。1000円で買えるTシャツと暖かさは変わらないのに、人はシャネルという名前に10万円を払います。カズさんは、日本人は機能性の話をしすぎると指摘し、これもまた「無駄」だと話を戻しました。
けんすうさんは、1億円ほどする時計リシャール・ミル ── スイスの高級時計ブランド。最先端素材を使った軽量で頑丈な時計で知られ、非常に高価なモデルが多いことでも有名ですを例に挙げます。機能ではApple Watchに負けているのに、全部人の手で作られ、無駄なことをしているからこそ世界中に欲しい人がいて、人気すぎて買えないそうです。
けんすうさんも、マッハで走っても大丈夫といった機能は「絶対走らない」けれど、それでもときめく点にこそ価値があると笑いながら同意していました。
拍手より握手、フォロワーより深い関係
けんすうさんは、キングコングの西野亮廣さんが語っていた「握手と拍手の違い」を紹介します。SNS時代は拍手を集めやすいが拍手の価値は下がっていき、直接握手できる関係の数が多いほうが勝つ、という考え方です。
SNS時代に集めやすいが、価値はなくなっていくもの
直接つながれる関係性。その数が多いほうが強くなる
けんすうさんは、地域コミュニティに知り合いがいる人のほうが強くなる可能性もありそうだと付け加えます。カズさんは、ポッドキャストを勧めた理由も同じだと話しました。何万人に聞いてもらうより、すでにつながりのある人がもっと深く知れる場のほうが今は強いのではないか、という考えです。
いそさんは、カズさんこそ毎日目の前の100人と握手しているような人で、サメやワニのように生き残るタイプだと評します。2時間半ワンピースの話をしただけの相手を番組に呼んでくれる人はなかなかいない、とも話しました。
確かにカズさんが10万フォロワーいますとかだったら多分来てないんですよね。
フォロワー数10万人の人に呼んでもらったら、なんかそこで自分の知名度上がるかもみたいな話が、もうなんかあんま価値がもうなくて、
けんすうさんは、仕事に直結しそうな話やバズりそうな話ではなく「無駄な話をしましょう」という番組のコンセプトは、とても芯を食っていると評価しています。
仕事の話より、その人の「余白」が面白い
カズさんは、ゲストの仕事の話や今後の展望は本人がもう話し尽くして飽きているのではないかと考えています。PRで来ているのでなければ、その外側にある余白の部分を知りたい人もいるはずだ、というのが番組の狙いです。
カズさんは、西野さんと飲むときも熱い話だけでなく、どうでもいい話をすると明かします。けんすうさんも、外向けには次の映画やミュージカルの話になるが、無駄話では「本当はバンドで売れたい」という一面が出てくると応じました。
その結晶体が多分外側に出てる、その仕事だったり、発信したいことだったり、SNSに書きたいことだったりなんだけど、
(いっぱいある外側のいろんなことに)意外と面白みが、その人の人間性が出てくるような気がしてて。
卵焼きにも髭剃りにも哲学がある
いそさんは、その余白をどうすれば魅力的に作っていけるのかと問い、「最近、無駄なことをしていますか」と2人に尋ねます。無駄は意識しないとなかなか生まれない、という問題意識です。
けんすうさんは、卵焼きを極めようと毎日焼いていた時期があると明かします。専用のアルミの卵焼き器では、火加減や時間が数秒ずれるだけで仕上がりが汚くなるため、続けるのは面白かったそうです。本人は「何にも得るものなかったです」と笑っていました。
カズさんは、そうした話は必ずどこかで役に立つと返します。卵焼きにこだわる職人に会ったとき、深く卵焼きの話ができるからです。
カズさんが好きな言葉として紹介したのが「髭剃りにも哲学がある」です。レイモンド・チャンドラーの言葉を村上春樹が転用したもので、どちらから剃るかにもそれぞれ理由がある、という意味だといいます。
毎日やってることは絶対哲学になる。
カズさんは、決めた手順を人から「本当は逆からやるべき」と言われると一瞬イラッとするのは、そこに哲学があるからだと説明します。けんすうさんも、単なるルーチンなら受け入れるはずなのに、と面白がっていました。
カズさんによれば、哲学の数が多いほど話せることが増えます。そして、人の哲学に気づいて褒めてあげると人は喜ぶ、と話をまとめました。
まとめ
この回では、AIと同じ土俵で効率を競うのではなく、人の手による面倒な工程、ライブの再現性のなさ、ストーリーとしてのブランド、直接の関係性、そして仕事の外側にある余白にこそ価値が残る、という見方が語られました。どれも一見「無駄」に見える部分です。
- カズさんは、哺乳類に進化しようとせず「サメ」として最終形態をやりきる逆張りを掲げています
- Appleやハイブランドは、AIで同じことができても、あえて人が撮ったことを価値として打ち出しています
- ライブや目の前で握る寿司のように、再現性のなさや語れる文脈が価値になっていきます
- SNSの拍手より、直接握手できる深い関係のほうが強くなるという見方が共有されました
- 毎日の小さなこだわりには哲学が宿り、その余白が人間性の魅力になります



