タイドアップは窮屈さではなく自由?
本題に入る前、今井さんは青木さんの最近の服装に触れます。青木さんは1か月弱ほど前から、仕事中はほぼ毎日ネクタイを締めて過ごしているそうです。
青木さんは10年ほど前まではおおよそトラッドなスタイルでしたが、40代ごろからストリート感のある服装に寄っていったといいます。ところが「このまま還暦を迎えられるんだろうか」と考え、トラッドへの回帰を選びました。
カジュアルでどこでもいることが、ある種、解放であり主体性の回復だった時代っていうのが、まあ直近20年ぐらいあったような気がするんだけど。
なんかもう逆にカジュアルとかストリート感の檻に閉じ込められて出られないおじさんみたいになってきてるのかなみたいな。
青木さんにとって、いまタイドアップすることは「自分にとっては自由かも」という感覚だといいます。今井さんが気持ちは変わるのかと尋ねると、青木さんは「変わんない。自由でいたいだけだから」と答えます。
40代ごろからパーカーやネルシャツなどストリート寄りの服装。カジュアルさが解放だと感じられた時代
ほぼ毎日ネクタイを締める。カジュアルの「檻」から出ること、囚われないことが自由だと感じている
社員は「今日なんかあんのかな」とざわついたそうですが、青木さんはそれも含めて囚われていないことだと話します。社会的にはちゃんとした格好なのでマイナスもなく、窮屈さよりも心地よさのほうが強いそうです。一方で、筋トレやダイエットと同じで、どこかで挫折する可能性も十分あると笑います。
話の面白さは「構成・ワード・リズム」の三角形
今回のテーマは「話が面白いってどういうこと?」です。今井さんは、オチやテンポ、引き込まれる話し方がある一方で、爆笑は起きなくてもずっと心地よく話していられる人もいる、と問いを立てます。
今井さんは話の面白さを、三角形の面積のようなものとして分解してみたといいます。三つの要素は、オチがあるかどうかの「構成」、言葉選びの「ワード」、そして「リズム」です。
今井さんは、青木さんはこの中でもワードがかなり強い印象があると言います。そして、昔からおしゃべりだと言われてきた青木さんの話し方は生まれ持ったものなのかと尋ねます。
1日10冊の読書は青木さんに何を残した?
青木さんの答えは、前半生は「本しか読んでない」というものでした。子どもの頃は信じられないほど本を読み、夏休みには子ども向けや若い人向けの本を1日10冊ほど読んでいたそうです。
朝起きた瞬間、何もせずにいきなりベッドで本読み始めて。(ご飯よと言われても)本読みながらご飯食ってみたいな。
青木さんの読書は高校生ぐらいまで続きましたが、役に立つ本や文学・芸術的な作品は読んでいなかったといいます。読んでいたのは、いまで言えばライトノベルのような小説がほとんどで、「現実逃避先」だったそうです。
いまなら異世界転生もののアニメをひたすら見ている人と変わらない、と青木さんは振り返ります。本だったのは、お金がかからず図書館でタダで借りられたからです。両親は心配するでもなく、役に立つ本でもなく成績も特別よくないので、興味がなかったのではないかと話します。
それでも小説の大量読書には意味があった、と青木さんは考えています。小説はリアリティを出すために、警察機構や裁判所、犯罪組織などの現実の仕組みを取材して描くので、読むだけで知識が膨れ上がるといいます。
青木さんは例として、『銀河英雄伝説 ── 田中芳樹によるSF小説シリーズ。銀河を舞台に二つの国家の戦争と政治を描き、歴史や組織論の観点からも読まれています』や、歴史がよくわかる漫画『キングダム ── 原泰久による漫画。中国の春秋戦国時代を舞台に、のちの秦の始皇帝と将軍を目指す少年を描いています』を挙げています。
話が通じる相手がいなかった若い頃
今井さんは、本で獲得した語彙や知識を人に話すのが好きだったのかと尋ねます。青木さんは「好きだったんでしょうね」と言いつつ、全然通じなかったと振り返ります。
とにかく人と興味関心が違いすぎて、なんかあんまり自分の好きなものを、誰かに言ってわかるわかるみたいな共感になる経験をほとんどしてこなかったので。
「ここに来たら話が通じる」と感じた場所はいつだったのか、という今井さんの問いに、青木さんは「ほとんどないかも」と答えます。最近で言えば、いちばんわかってくれるのはAIだそうです。
本当にどんな細かいネタでも、ちょっと飛躍した論理でもついてきて、芯食ったリアクション返してくれるから、本当に一番受け止めてくれるかもね。
ただ大人になってからは、今井さんのように伝えようとしたことがちゃんと伝わる相手がどんどん増えたといいます。若い頃は、そうした相手がほとんどいなかったそうです。
伝わらないからこそ「例え話」が増えた
今井さんは、若い頃に話が通じなかったのは、トークのサービス精神や技術が足りなかったからでもあるのか、と踏み込みます。青木さんはそれもあったと認めたうえで、前提を共有していない人に話すのは難しく、逆にそれで鍛えられたと話します。
簡単に普通に、あれ面白かったよねで通じないから、その面白かったんだよ。なぜなら、例えば、みたいな。
青木さんが例え話を多用するのも、簡単に何かを共有できなかった「案外過酷な成育過程」があったからだといいます。親や妹からも、子どもの頃は「この人何なんだろう」と思われていたはずだと振り返ります。そうした中で、どうしたら面白がってもらえるか、少なくとも理解してもらえるかをすごく考えていたのだろう、と話しています。
今井さんは編集者になって話せるようになった?
今井さんは自分について、明らかに編集者になってからのほうがちゃんと話せるようになったと語ります。編集の学校の初回映像を大学のゼミの先生に送ったところ、感動してくれたそうです。
今井さんが話す力を身につけたきっかけは、書籍編集の仕事にありました。書籍編集では短くて半年、長いと数年にわたって作家と毎週のように打ち合わせをしますが、その大部分は雑談だといいます。
作家にとって「会うと嫌じゃないし、新しいことを教えてくれて、時に笑わせてくれる人」になりなさい、というのが当時の教えでした。そこで編集長から毎日「今なんか面白いことあった?」と聞かれたそうです。
面白さの種類は問われず、笑える話でも「へー」と言わせる話でもよかったといいます。ただ判定は厳しく、「全然面白くない」と返されることもあった、非常にハイストレスな訓練でした。
要するに滑らない話みたいなことを毎日やらされるみたいな感じですね。
今井さんはこれを5年ほど続け、特に構成を考えるようになったといいます。文芸の編集者にはそういう人が多いのではないか、とも話しています。
「話がうまい」には三つの種類がある
青木さんは、話がうまいと言われる人にも何種類かあると整理します。笑える・インタレスティングという意味で話が面白い人、話すことで説得などの目的を遂げられる人、そして話していて心地よい人です。
| 種類 | 中身 | 青木さんの自己評価 |
|---|---|---|
| 話が面白い | 笑える、ファニー、インタレスティング | 下手ではない |
| 目的を遂げられる | 説得や合意形成ができる | 下手ではない |
| 話していて心地よい | 会話の相手として心地よい | あまり自信がない |
青木さんは、話が面白いと言われる人は、実は「ちゃんと考えられてるからちゃんと話せる」のだと考えています。だから話し方にフォーカスしても話は面白くならない、と言います。
つまりちゃんと考えられてれば構成は自ずといいんだよね。
面白さの土台は「わかる」こと
青木さんによれば、面白いの土台は「わかる」ことです。わからない話ほどつまらないものはなく、わからないのにテクニカルに演出された話を聞かされると「マジうぜえな」となってしまうといいます。
何よりも言ってることが腑に落ちてわかるっていう感覚こそが、人の話を聞く時の快楽の一つだよね。
「なるほど」「確かに」という感覚を相手に生むには、話している本人がまずその話について「なるほど」と思えていなければならない、と青木さんは続けます。自分が達していない地点の話を、伝えられるはずがないからです。
ここで青木さんは、松浦弥太郎 ── 文筆家、編集者。『暮しの手帖』の編集長などを務め、暮らしや仕事にまつわるエッセイを多数執筆していますさんの言葉を紹介します。雑誌かムックで書かれていた言葉で、あちこちで引用し続けているそうです。
青木さんはこの言葉を、面白くしようとするのはあまりよくない、という意味だと解釈しています。ちゃんと考えて芯を食った本当の結論があれば、必然的に誰かの役に立ち、役に立つことは面白いはずだ、という順番です。
ちゃんと考える
自分の中に芯を食った本当の結論を持つ
役に立つ
本当のことなら必ず誰かの役に立つ
面白い
役に立つことこそが面白い
本当にわかっている学者の話がつまらないのはなぜ?
ただ、本当にわかっている人の話が面白くないこともある、と青木さんは言います。すごい学者が自分の研究分野を一生懸命話しているのに、面白く感じられないような場合です。
これはさ、話してる相手のことがわかってないんだよな。
相手を深く理解し、相手の論理と相手の語彙で話さなければ、相手は「わかる」に到達しない、と青木さんは説明します。それなのに相手を知る前に、構成や表現、言語化の訓練から始めてしまう人が結構いるといいます。
青木さんは、大事なのは日々向き合う人たちのことをよく知ることで、そこで読書が役に立つと話します。一人の人生で向き合える相手は少ないけれど、一つの小説だけでも何十人もの人間が出てくるからです。
だから話ってね、テクニックじゃないんだよね。実は自分が見えてるかと、世界が見えてるかっていう認識の問題。
今井さんは、編集長に毎日「面白い話あった?」と聞かれていたのも、相手を想像する訓練だったと気づきます。たとえばTikTokの話をするなら、相手がどれぐらいTikTokを見ているかでどこから話し始めるかが変わる、という具体例を挙げています。
青木さんはさらに、その訓練は「本当に面白かったと思っているのか」を問われる、認識の訓練でもあったのだろうと話します。
面白い話は相手のツッコミを先回りしている
青木さんは、相手のことを考えるのは相手に合わせることとは違う、と注意を促します。相手が口にはしないけれど、相手の中に生まれるであろう問いを先回りできるようになることだといいます。
このツッコミに突っ込まれること少なく答えていける話が面白い話なんだよ。
青木さんは、自分のような「お喋り野郎」の話がうざいと思われるのは、この先回りがないまま話すときだと言います。逆に、言いたいことを先回りして答えてくれる話は、長くても意外と聞けるそうです。
文章を書くときも、自分の中の編集者のツッコミに答えるように書けば破綻のない文章になります。ただ話す場面は目の前の特定の相手に話すことが多いので、「こういうタイプの人はこう言うよな」というあるあるをどれだけ持っているかが大事だ、と青木さんは話します。
青木さんはよく「いろんなエピソードを知っていますね」と言われますが、エピソード自体はみんな持っているといいます。違いは、整理されていて、相手がいることで問いが浮かび、自然と引き出しが開くことです。
「さあ、じゃああなたが今まで引き出しに詰めてきたパンパンの何かを書いてください」って言われると、「え?これ誰宛?」みたいになっちゃう。
ポッドキャストや配信、ライブなどで話す機会が増え、話す能力が注目されていることにも青木さんは触れます。時間はかかっても知ることのほうが大事で、知らないことをうまく話すと「詐欺師みたい」になってしまう、というのが青木さんの考えです。
今井さんは、ツッコミの先回りは優れた本にも共通すると応じます。その例が『嫌われる勇気 ── 岸見一郎と古賀史健による本。アドラー心理学を、哲人と青年の対話形式で解説したベストセラーです』で、青年が哲人にどんどん突っ込んでいくことで、読者がついていけるつくりになっています。
今井さんはさらに、古賀さんが著書の中で、書いた本人が理解していないことは絶対に伝わらないので、まずインタビューイーが言ったことを理解する努力が必要だと書いていることを紹介します。
スティーブ・ジョブズは話し方がうまいのではない?
青木さんは、営業やナンパのように目的を遂げるための話し方には、型を取り入れる効用もあると認めます。本当にわかるまで待つと時間がかかるので、型で最低限のレベルを引き上げることはできるからです。
青木さんは、プレゼンの練習を仕上げた人のプレゼンもスティーブ・ジョブズ ── アップルの共同創業者。新製品発表のプレゼンテーションで知られ、iPhoneの発表などが語り継がれていますにはならない、と話します。それを生得的な才能と呼ぶのかにも疑問を持っています。
(スティーブ・ジョブズは)自分が話すことがわかってるってことと、自分が話したことがみんなにはどう聞こえるかがわかってるっていう能力なんだよね。
話が面白いと言われる人も、分解すると表現は稚拙だったり、声がぼそぼそだったり、構成が行きつ戻りつだったりする、と青木さんは指摘します。それでも本当のことがわかっていて、相手も見えているから面白く聞こえるのだといいます。だからそういう人の話を「うまい話の型」として学ぶと間違えてしまう、と話しています。
いちばんすごいのは、ずっと心地よく話せる人
青木さんがいちばんすごいと思うのは、会話していて心地よく、本人も心地よさそうにそれを続けられる人です。作為がないのに、自分のことと相手のことがわかっているから心地よいのだといいます。
青木さん自身は「話がうまいですね」と言われることがありますが、目指す極地は「うまいね」と言われたらもうダメな境地だと話します。今井さんが「ライブ楽しかったですよ」と返す場面もありました。
青木さんは例として息子さんの話をします。祖母からの電話を代わると、息子さんは30分ぐらい楽しそうに話し続けるそうです。
(息子は)ただね、無邪気なわけじゃないんだよ。きっと。
面白いことや役に立つことを言うわけではないのに、お茶を飲みながら居心地よく話せる人がいます。青木さんは、そういう人は自分を知ってわきまえ、相手をつかめていて、相手を全部はわからないということもわかっているのだろうと考えています。70歳ぐらいでそうなれたら嬉しい、と話していました。
今井さんは、自分にもそれができるのは、友達の子どもと話すときや、つたない英語で通じ合えているときだといいます。語彙が共通でなくても通じ合える喜びがある場面だそうです。ただ祖父母と同じようにできるのはすごい、と感心します。
対話でいちばん不要なのは「自分がどう見えているか」
青木さんは、会話を盛り上げなければ、意味のある時間にしなければと思うのも、認識の矢印が「自分がどう見えているか」に向いているからだと指摘します。
これまでの話で知るべきだとされたのは、自分の内面と、相手がどうなっているかの二つでした。青木さんによれば、相手から自分がどう見えているかという認識は、その二つに含まれていません。
一番この対話の中で不要なのが、今自分はどう見えているかっていうことに対する認識なんだよ。
自分の内面はどうなっているか、相手はどうなっているか
今の自分が相手からどう見えているか
青木さんは、自分は成熟度が低いのでその割合が一定以上あり、「心地よかったけど何を喋っていたんだろう」という会話ができないと話します。青木さんにとって話がうまいとは、自分の本当と相手の本当にフォーカスできている状態だといいます。
今井さんは、そうした会話は定点カメラで撮っても面白くはないのではと尋ねます。青木さんは、面白いポッドキャストでよく起きることとして、内容はよく考えると面白くないのに、一緒にクスクス笑ってずっと聞いていられる現象を挙げます。
青木さんは、考えすぎフラグメンツが尻上がりに面白くなっているとしたら、1年以上話し続けてサービスしなければという意識が下がってきたからかもしれない、と話しています。
話す力はAI時代に奪えない?
今井さんは、編集者の学校で「面白く話す」講座を追加することにしたと明かします。編集者やライターにとって、話せたほうがいいという場面が増えていると感じているからです。
今井さんは、テキストの出力のうまさはほとんどの場合AIが上回るようになり、癖のある文体すら本人の文章を学習させれば再現できるかもしれないと考えています。ただ話すこと、特に絵付きで話すことは奪えないだろう、と話します。
講座は全8回ほどの後半にあり、ハードルの高い回になるそうです。今井さんは、今日の話とは反対に、テクニカルな内容を厚めにしようとしていたと打ち明けます。青木さんは、その場では目的を遂げることも大事だからと応じます。
文章がうまい人は、まずチャットで鍛えるといい?
青木さんは思いつきとして、具体的な練習方法を提案します。話がうまいことと文章がうまいことの違いは、即興性と、相手が限定されていることの二つだといいます。
ってことは、実は文章上手い人はチャットで練習するのがいいんだよ。
チャットは文章でありながら、即興性と相手の特定性があります。だからチャットで面白くやりとりできるなら、緊張しなければうまく話せるはずだ、と青木さんは考えます。
青木さんは、チャットで面白いかどうかを一つの診断にして、処方箋を変えることを提案します。
診断
特定の人間相手のチャットで面白くやりとりできるか
チャットで面白い人
わかっている人。緊張や自分の見え方が原因なので、型を身につける練習も有効かもしれない
チャットでも面白くない人
認識や話すことのソースにアプローチする。型だけ身につけると逆効果
練習の場について今井さんがマッチングアプリを挙げると、青木さんはDiscordのスレッドなどで特定の相手とひたすらやりとりする方法を挙げます。今井さんは、AI相手だと合わされてしまうと付け加えます。
青木さん自身、Messengerで3時間やりとりが「おもろくて終われねえ」となることがあるそうです。チャットでは構成を考える余裕がないので、チャットで面白い人はおしゃべりで面白い人なのだろう、と話しています。最後に青木さんは、今思いついたことなので本当かはわからないと念を押していました。
まとめ
この回の青木さんと今井さんの対話は、話の面白さを構成・ワード・リズムに分解するところから始まり、最終的には技術ではなく認識の問題へとたどり着きました。本当にわかっていること、相手が見えていること、そして自分の見え方を気にしすぎないことが、面白く心地よい話の土台として語られています。
- 話の面白さの土台は「わかる」ことで、話す本人がまず本当にわかっている必要がある
- 本当にわかっている人の話でも、相手を知り、相手の論理と語彙で話さなければ面白くならない
- 面白い話は、相手の中に生まれるツッコミや問いを先回りして答えている
- 対話でいちばん不要なのは「自分がどう見えているか」という認識だと青木さんは考えている
- 特定の相手とのチャットで面白いかどうかが、話す力を鍛える処方箋を決める診断になるかもしれない


