ニュー◯◯の「ニュー」ってなに?
クラシコム代表の青木耕平さんと編集者・今井雄紀さんが、世の中の「当たり前」を問い直すポッドキャスト番組「考えすぎフラグメンツ」。今回は、青木さんがnoteに書いた「ニュー◯◯のニュー性の構造について」という長文記事をきっかけに、ニューシネマ、ニューカラー、ニュータウン……時代を超えて繰り返される「ニュー」ムーブメントの共通点と、その裏にある閉塞感と主体性の回復という構造について語り合います。その内容をまとめます。
ニュータウンへの興味と写真集との出会い
青木さんは数年前から「ニュータウン」というブランド名で何かできないかと構想を温めてきました。そのきっかけは、1960〜70年代に活躍した写真家の写真集を集め始めたこと。中でも本間隆の『東京郊外』という写真集が、青木さんの目指すイメージと重なったといいます。
本間隆さんの写真を見てて、郊外をこう撮るっていうのってどこから来てるのかなって探求した結果、ニューカラーっていうムーブメントに行き着いた。
ニューカラーとは、エグルストンウィリアム・エグルストン。1939年生まれのアメリカの写真家。カラー写真をアート写真として認知させた先駆者の一人。やショアスティーブン・ショア。1947年生まれのアメリカの写真家。ニューカラー運動の代表的存在で、ロードサイドの日常風景を鮮やかなカラーで撮影した。といった写真家たちが1960〜70年代に起こしたムーブメントです。それまでアート写真の対象とされなかったガソリンスタンドや中古車屋、ダイナーといった日常風景を、カラーフィルムで撮るという試みでした。
本間隆の『東京郊外』は、こうしたニューカラーの影響を受けつつ、東京のロードサイドや団地を印象的に撮影した作品集です。青木さんは、この写真集を通じて「ニュー」とつくムーブメントの共通点に気づき始めます。
ニューカラーとニューシネマの共通点
青木さんがニューカラーを調べる中で思い出したのが、アメリカン・ニューシネマ1960年代後半から70年代にかけてアメリカで起こった映画のムーブメント。ハリウッドの大規模スタジオ制作から離れ、低予算・ロケ中心の作品が特徴。でした。デニス・ホッパーが監督・出演した『イージーライダー』に代表されるこのムーブメントは、ハリウッドの巨大スタジオシステムから脱却し、軽い機材で全編ロケ撮影を行うという新しい映画制作のスタイルでした。
既存構造:白黒写真、大型カメラ、スタジオ撮影
窮屈さ:アートとして認められる題材が限定的
新技術:軽量カメラ、カラーフィルム(コダクローム64)
新表現:日常風景をカラーで撮影
既存構造:ハリウッドスタジオ、巨額予算、セット撮影
窮屈さ:制作システムに縛られた表現
新技術:軽量撮影機材、多チャンネル録音
新表現:小チーム・低予算の全編ロケ撮影
この二つのムーブメントには、驚くほどの共通点があります。どちらも既存の硬直化した構造に対する窮屈さから生まれ、新しい技術の登場がそれを可能にし、主体性を回復しようという動機で貫かれています。
既存の硬直化した構造から出て、主体性を回復するんだ、というムーブメントが同じ時期に写真とシネマで起こってるんだなと。
「ニュー」が生まれる構造
青木さんは、ニューカラーやニューシネマ以外にも「ニュー」のつくムーブメントを探し始めました。すると、ニューミュージック1970年代の日本で生まれた音楽ムーブメント。作詞・作曲・歌唱を一人でこなすシンガーソングライターが主役となり、従来の分業体制から脱却した。松任谷由実らが代表的存在。やニューアカデミズム1980年代前半の日本で起こった知的ムーブメント。大学の外に出て、一般読者向けにアカデミックな内容を発信する若手研究者たちの動きを指す。など、日本でも同様の動きがあったことに気づきます。
1. 閉塞感
既存の構造・権威に対する窮屈さ、リアリティへの疑念
2. ニューテクノロジー or ニューマーケット
新しい技術や市場の登場(軽量カメラ、カセットテープ、大卒者の増加など)
3. ニューメディアの後押し
雑誌文化やテレビなど、その時代の新しいメディアがムーブメントを広げる
ニューミュージックは、作詞家・作曲家・歌手が分業していた既存の音楽産業に対して、録音環境の多チャンネル化やカセットテープという新技術によって、シンガーソングライターという新しいスタイルを可能にしました。ニューアカデミズムは、大卒者が増えアカデミックなコンテンツへの需要が高まったにもかかわらず、大学の外に出られないという窮屈さから生まれたムーブメントです。
ニュータウンの再評価とベッドタウンへの思い
1960〜70年代のニュータウンもまた、この「ニュー」ムーブメントの一つでした。都市の公害や治安の悪化、地方の住宅環境の未整備という閉塞感の中で、郊外に新しい生活空間を求める人々の期待を一身に集めたのがニュータウンだったのです。
青木さん自身も郊外の巨大団地育ちで、親は抽選に応募して当選し引っ越してきたといいます。しかし、1980年代以降、ニュータウンは「ベッドタウン」と揶揄されるようになり、「寝るだけの場所」「何もない場所」というネガティブなイメージが定着していきました。
ベッドタウンをもう一回なんかこう捉え直すことできないのかな。ベッドタウンは常に都市とか、最近だとローカルとかに憧れて、何もない場所だと認識してるのが本当に正しいのかなって、ほんと30年ぐらいずっと考えてる。
青木さんは、音楽レーベル名を「ベッドタウンレコード」、古本転売の屋号を「ベッドタウンブックス」、創業前の会社名を「有限会社ベッドタウンプロダクションズ」とつけるなど、一貫してこのテーマにこだわり続けてきました。ニューヨークのSOHO地区が工業地帯から芸術家の街へと変貌したように、郊外も「見立て」や「ソフトウェア」が変わるだけで、住む人がアイデンティティを持てる場所になるのではないか――その可能性を、青木さんは「ニュータウン」というブランド名で形にしようとしています。
ニューコマースとしての北欧、暮らしの道具店
今井さんが「過去に当たった仮説はあるか」と問うと、青木さんは自社の事業である「北欧、暮らしの道具店青木さんが代表を務めるクラシコムが運営するECサイト兼ウェブメディア。商品販売だけでなく、読み物やドラマなどのコンテンツも充実させることで独自の世界観を構築している。」を挙げました。
2012年頃、ECサイトといえば楽天やAmazon、ZOZOTOWNといった巨大モールに出店するか、Google広告を大量に回すかという二択が当たり前でした。そこに窮屈さを感じた青木さんは、「ECサイトも写真とテキストでできているなら、ウェブメディアと何が違うのか」という問いを立てます。
見立てさえ変えれば、ファッション雑誌とかインテリア雑誌のように楽しめるECサイトを作れるんじゃないか。
この仮説のもと、モールから撤退し、広告を止め、コンテンツメディアとして人を集めることで買い物が発生する形を目指しました。当時は「絶対失敗する」と言われましたが、今ではこの「メディア化」戦略は成功事例として語られています。
青木さんは、これを「ニューコマース運動」だったと振り返ります。既存のプラットフォームに依存せず、主体性を取り戻すという動機は、ニューシネマやニューカラーと同じ構造だったというわけです。
青木さんにとって、郊外というのも同じ文脈です。都心が地元の人への憧れや悔しさを抱えながらも、「逆張りで地方に行く」のではなく、「自分の足元でやれる方法」を探す。それが一貫したスタンスだといいます。
1984年のAppleと主体性の回復
1976年、Appleスティーブ・ジョブズとスティーブ・ウォズニアックによって1976年に創業されたコンピュータ企業。パーソナルコンピュータという概念を広め、シリコンバレーのスタートアップ文化の象徴となった。が創業されました。これは松任谷由実(当時・荒井由実)が結婚し「ニューミュージックのスター」として誕生した年でもあります。IBMやGMといった巨大企業が支配する構造の中で、ガレージから徒手空拳でビジネスを立ち上げるという動きは、まさに「ニュービジネスムーブメント」でした。
青木さんが特に印象的だと語るのが、1984年にAppleが放映したCMです。このCMは、まさに「ニュームーブメントそのもの」だといいます。既存の巨大企業に支配された閉塞的な世界に、Appleという新しい存在が風穴を開ける――そのメッセージは、ニューシネマやニューカラーと同じ構造を持っていました。
ただし、主体性を回復したAppleも、時を経て巨大な存在となり、今度は「抑圧する側」に見られるようになりました。実際、Epic Games『フォートナイト』などを開発するゲーム企業。2020年、Appleの手数料体系に反発し、同じ1984年のCMをパロディ化した動画を公開して話題となった。は、かつてAppleが放ったのと同じレトリックを使って、Appleを批判しています。
だから何でもそうなんだろうね。ニューカラーみたいな写真家も今ではもう巨匠だから。当時はほんとただのスナップ写真だみたいなことを言われてる。
これは、すべてのムーブメントが辿る宿命かもしれません。主体性を回復した存在も、やがて巨大化し、次世代からは「窮屈な構造」として認識される。そして新たな「ニュー」が生まれる――その繰り返しです。
令和のニュースクール・ニュームーブメント
青木さんは、1960〜70年代のニュームーブメント(オールドスクールのニュー)が、ここ数年、新しい形で回収され始めていると指摘します。それが「ニュースクールのニュー」です。
1970〜80年代のニューミュージックが、「シティポップ」という文脈で再評価され、世界的に人気となっている。
ゆる言語学ラジオ言語学の専門知識を一般向けにわかりやすく語るポッドキャスト番組。専門家が親しみやすいトークで学問の面白さを伝える形式が人気を集めている。などのポッドキャストがブレイクし、人文的な専門知が大衆に広がる現象。哲学者・三浦俊彦東京大学教授の哲学者。現代の人文知的コンテンツの広がりを「令和人文主義」と名付け、ニューアカデミズムとの連続性を指摘した。が「令和人文主義」と名付けた。
アソビシステムきゃりーぱみゅぱみゅや新しい学校のリーダーズなどを手掛けるエンタメ企業。「KAWAII」文化を世界に発信している。などが提唱する、1970年代のキティちゃん1974年にサンリオが発表したキャラクター。「かわいい」という感性を象徴する存在として、日本のポップカルチャーの源流の一つとなった。に源流を持つ「かわいい」文化の再定義。
これらは、1960〜70年代に起こったニュームーブメントを、新しい技術やメディア(ポッドキャスト、SNS、動画配信など)で蘇らせる動きです。青木さんは、こうした「オールドスクールのニュー」と「ニュースクールのニュー」が、構造的には似ているものの、手法や表現は異なると考えています。
今井さんが話題にしたポッドキャストの事例も、この文脈で理解できます。スポーツ選手や政治家がビデオポッドキャストで自ら語る現象は、従来のメディアに「切り抜かれてきた」ことへの反発であり、iPhoneという新技術がそれを可能にしました。これもまた、「ニュースター運動」といえるかもしれません。
この人たちは多分、これまでずっとメディアに切り抜かれてきた人たち。真意が伝わらないっていう。1時間喋ってるのに10秒だけ使われてみたいな。
まとめ
青木さんのnote記事は、表面的には読みにくく、反応も少なかったといいます。しかし、そこに込められた洞察は、文化とビジネスを同じ軸で捉え直すという、非常に刺激的なものでした。
「ニュー」とつくムーブメントは、単なるトレンドの名前ではありません。そこには、閉塞感に対する反発、主体性の回復、新技術との出会い、そしてメディアによる拡散という共通の構造があります。そしてその構造は、写真や映画、音楽、住宅、ビジネス、学問といったあらゆる領域で同時多発的に起こってきました。
青木さんは、この構造を理解することで、自分の足元にあるもの――郊外、ECサイト、コンテンツ――を再定義し、主体性を持って事業を進めてきました。そして今、1960〜70年代のニュームーブメントが、新しい形で蘇り始めています。
「ニュータウン」というブランド名には、こうした歴史的な文脈と、郊外を再評価したいという青木さんの思いが込められています。それが具体的にどんな形になるのかは、まだ誰にもわかりません。しかし、このテーマを30年以上考え続けてきた青木さんなら、いつかその答えを示してくれるのではないでしょうか。
- ニューシネマ、ニューカラー、ニュータウンなど、1960〜70年代に起こった「ニュー」ムーブメントには共通の構造がある
- 閉塞感・新技術・新メディアが結びつくことで、主体性を回復しようとする動きが生まれる
- 青木さんの「北欧、暮らしの道具店」も、ECサイトを既存のモール構造から解放した「ニューコマース運動」だった
- 郊外やベッドタウンを再評価し、「ニュータウン」として新しい見立てで捉え直す試みが進行中
- 令和の時代には、シティポップ、令和人文主義、NEW KAWAIIなど、オールドスクールのニューが新しい形で蘇っている
- 主体性を回復したムーブメントも、やがて巨大化し、次世代にとっての「窮屈な構造」となる――その繰り返しが歴史を作る
