人の違いはたった0.1%?遺伝子解析で分かること
今回のゲストは、遺伝子解析を手がける株式会社ジーンクエストの代表取締役で、株式会社ユーグレナの執行役員も務める高橋祥子さんです。ホストの高木晋平さんとは1987年生まれの同い年で、高木さんは以前から一目置いていたといいます。
高木さんがまず尋ねたのは、ジーンクエストの遺伝子解析とはそもそも何をすることなのか、という初歩的な問いでした。
高橋さんによると、人の遺伝子はDNAの塩基が30億並んだ文字列のような情報で、それが私たちの体を作っています。そのうち99.9%は誰でもほとんど同じ配列で、人によって違うのは残りの0.1%だけだそうです。
(0.1%の違いが)見た目の違いとか、体質の違い、性格の違いとか、病気のなりやすさの違いとか。
遺伝子解析では、この人によって違う場所を調べます。たとえばアルコールを代謝する酵素の遺伝子の配列のタイプから、お酒が飲める体質かどうかといった傾向がわかるといいます。
高橋さんは、ゲノム ── ある生物が持つ遺伝情報の全体のこと。人の場合はDNAの塩基配列すべてを指しますの全体が解読されたのは2003年だと説明します。高木さんが「めっちゃ最近ですね」と驚くと、高橋さんはそこから解析技術が一気に進んだと続けました。
当時は1人分のゲノム解析に3000億円ほどかかっていたものが、今では数万円でできるようになりました。その結果、個人が自分の遺伝子情報を知れる時代になってきた、というのが高橋さんの説明です。
ノーベル賞を目指した研究者が、なぜ起業したのか
高橋さんが起業したのは、大学院の博士課程2年、25歳のときでした。大学院では、ゲノムやタンパク質、代謝物質など大規模な生体分子情報を解析し、病気の予防のメカニズムを研究していたといいます。
その時はもうずっと大学に残って研究を続けて、将来は研究者になろうと、ノーベル賞を取るような研究者になろうと思ってたわけなんですけど、起業してしまったっていう。
高木さんは、ノーベル賞を目指すのは研究者にとってアスリートが金メダルを目指すような王道のルートだと受け止め、そこから何が起きたのかを尋ねます。
高橋さんが一緒に起業したのは、12歳上の研究室の先輩でした。現在はジーンクエストの取締役を務めるこの先輩は、自分で事業をしながらライフワークとして研究をしていた人だそうです。
高橋さんは先輩と、実験の待ち時間や合間にずっと議論を重ねていました。テーマの1つは、研究成果をどうすれば社会実装 ── 研究で得られた知見や技術を、製品やサービスとして実際の社会で使われる形にすることできるのかという点です。研究成果が使われる際にねじ曲げられたり、そもそも使われなかったりすることが少なくないからだといいます。
もう1つのテーマは、研究そのものをどう加速させるかでした。高橋さんは、ゲノム解読以降、体の情報がデータ化され、インターネットのようなことが起きていると語ります。
高橋さんによれば、膨大なデータをバイオインフォマティクス ── 生物学のデータを情報科学の手法で解析する学問分野。ゲノム配列などの大量のデータを扱う研究に欠かせませんの手法で集めて解析すれば、1つずつ研究していた頃より加速度的に研究を進められる土壌ができたそうです。
社会をもっと巻き込んで研究すれば、もっともっと研究自体が加速するんじゃないか。
社会実装
研究成果を社会で使われる形にする
社会を巻き込む
多くの人のデータが集まり研究が加速する
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研究で明らかになったことを社会に返す
このループは大学の中だけより会社のほうが回しやすいため、会社にしようという結論になったといいます。起業したかったわけでも、社長やビジネスがしたかったわけでもなく、高橋さんの中では研究者と起業家は一つのことをやってるっていうイメージだそうです。
起業よりもアカデミアのほうがリスクが高い?
高木さんが「研究者としてのキャリアを突き詰めたら起業という選択肢になった」とまとめると、高橋さんはもう1つの理由として、リスクの見方を挙げました。当時は学生だったため、失敗しても学生に戻るだけだったといいます。
さらに高橋さんは、アカデミックなキャリアの先行きが見えすぎていたことも語ります。これだけ頑張れば何年で何報の論文が出て、何歳ぐらいで准教授 ── 大学の教員の職位の1つで、教授に次ぐ立場。研究室を率いたり独立して研究したりする段階にあたりますになる、という道筋が見えてしまうというのです。
それがその自分の努力次第でめちゃくちゃ縮まることってあんまりないんですよね。まず20代で教授とかはありえないと。
めちゃくちゃリスクを取って起業したっていうよりは、起業した方がリスク少ないなって思ったっていうのは結構ありますね。
高木さんが「環境や状況という変数が大きすぎるということか」と確認すると、高橋さんは自分がどう行動するかよりも環境の影響が大きいと同意しました。
道筋が見え、努力しても短縮しにくく、環境の影響が大きい
失敗しても学生に戻るだけで、自分の行動で道を切り開ける
研究者と起業家は、話す言語がまったく違う
高木さんは、研究を社会実装するには世の中との合意形成が必要になり、感情の扱いやメディアとのコミュニケーションなど、研究とは真逆の頭を使いそうだと投げかけます。高橋さんは「本当にそうで」と強く同意しました。
高橋さんが起業して最初に感じたのは、研究者と起業家の言語がまったく違うということでした。学会では専門家同士が話すため、わからなければわからない人が悪い、という世界だといいます。
でも起業家は分からなければ分からないことを言った人が悪いっていう、(中略)責任は分かりやすく喋れない自分にあるっていう感じじゃないですか。
もう1つの違いは主観の扱いです。研究者は学会で「私はこう思います」とは言わず、「こうだと考えられます」と表現するそうです。
一方で起業家には「私は絶対こうだと思う」と言う場面があります。高橋さんは、市場があまりに不確実で、過去のデータの集積である論理が未来には通じないこともあるため、やりきる主観的な意思が必要になると説明します。
| 観点 | 研究者 | 起業家 |
|---|---|---|
| 伝わらないとき | 理解できない人が悪い | わかりやすく話せない自分の責任 |
| 主観の扱い | 「こうだと考えられます」と言う | 「絶対こうだと思う」と言う場面がある |
| よりどころ | 過去のデータに基づく論理 | 不確実な未来でもやりきる意思 |
高木さんはこれを「真逆のスポーツを1つの体でやるようなもの」とたとえます。高橋さんも、起業当初は「どうしたいんですか?」と聞かれることが増え、戸惑ったと振り返りました。
私がどうしたいかが何に関係あるんだろうって最初思ったんです。
起業して「優しくなった」理由とは
高橋さんは、起業後の最初の1〜2年で大きく変わったといいます。最初の洗礼を受けて、わかりやすく伝えることがこれほど大事なのかと気づいたそうです。
高橋さん自身が専門家だったため、世の中の人がそれほど遺伝子について知らないということを知らなかった、とも話します。そのため社内外のコミュニケーションにかなり力を入れたそうです。
他人との関わり方も変わり、高橋さんは周囲から「優しくなった」と言われたといいます。起業当初は未熟で余裕がなく、怖いと言われていたそうです。
その一緒に立ち上げた人からみんな怖いって言ってるから、そのメールの最後に音符とかつけた方がいいよって。
高木さんは、研究は自分のペースで深く入っていくものでも、組織では歩調を合わせる必要があるのではと問いかけます。高橋さんは歩調というより、1人でできることよりチームでできることのほうが明らかに大きいと、起業してようやくわかったと答えました。
変わるきっかけを聞かれると、高橋さんは1つの大きな出来事はないとしつつ、入社した人がすぐ辞めてしまい「なんでだろう」と考えた経験を挙げています。
34までずっと一人で研究してた時よりも、多分20倍ぐらいの研究をしてるんですよ。研究テーマとして、会社で。
こうした経験から高橋さんは、プレーヤーとして動くより、みんなが集まって力を発揮できる仕組みを作るほうがずっといいと考えるようになったといいます。
正しさより感情のほうが響くのはなぜか
高木さんは、組織が大きくなるとビジョンをどう言葉で語るのかを尋ねます。高橋さんは全社会で普通に話しているとしたうえで、自分が思うより考えが伝わりにくいと言われるため、何度も同じことを繰り返していると答えました。
高橋さんが最も繰り返し伝えているのは、遺伝子の活用を広めて研究を進めることが、今後の社会にとって大事になるという話です。テレワークで1人で働くと目的を見失う人もいるため、どこかへ行ってしまわないよう「手繰り寄せる」感覚だといいます。
そのうえで高橋さんは、起業後に気づいたこととして正しいことを言うよりも感情的に話した方がいいという点を挙げました。
だから人って情報には興味ないんだなと。本質的には。と思いますね。
高木さんが衝撃だったかと尋ねると、高橋さんは衝撃というより納得だったと答えます。その理由として挙げたのが、生物としての人間の性質です。
高橋さんによれば、人間は進化の過程で、天気が悪くなるといった情報よりも「なんとなく不安だ」という感情によって危険を察知してきました。感情を抜きに情報だけを冷静に見ていたら、生存確率は下がったのではないかという見立てです。
長い人類史
正確な情報をすぐ集められる環境はなかった
感情で察知
「なんとなく不安」という感覚で危険を避けてきた
生存の可能性
感情が生き残る確率を上げるメカニズムとして備わった
情報がすぐ集まり、正確さも調べられるようになったのはインターネット以降の10〜15年ほどの話にすぎない、と高橋さんは補足しています。
会社のメンバーは少ないほうがかっこいい?
高木さんは、知人のクリエイター事務所は10〜20人規模が最も心地よさそうだという実感を話し、ジーンクエストをどれくらいの規模にしたいのかを尋ねました。高橋さんの答えは「少なければ少ないほどいい」でした。
理由を聞かれた高橋さんは少し考え、事業規模に対して人数が少なく、1人当たりの生産性が高いほうがいいと思っていると話します。高木さんが「そういうのがかっこいいという感覚か」と重ねると、そのとおりだと答えました。
なんかそれって1足す1足す1足す1のなんか集まりみたいなイメージが勝手にあるっていう感じですか。
なんかそれよりなんかその人と人で掛け算が生まれてるものの方がかっこいいなって単純に思うっていうぐらいですかね。
高木さんは、アイデアやクリエイティブにも合気道のように、小さな自分たちが大きなものを動かす引力を作る面があると共感します。体力勝負のインパクトではない、という表現です。
高橋さんは、体力勝負は自分がやらなくてもいいと感じるといいます。市場には物差しがいくつもあるので、自分で物差しを作ったほうがいいという考えです。
でもビジネスにおいて、勝ち負けのことをめちゃくちゃ考えすぎたら負けだなって思ってて。
勝ち負けが決まっているスポーツ選手なら勝ちを目指すのはいいとしたうえで、高橋さんはビジネスで勝ち負けを第一に置くと、すでにある物差しの中に留まり、新しいことを作れない気がすると語りました。
自分を救った父親の言葉
高木さんは、生命科学という領域自体はユニークでも、会社を経営すれば社員数や売上といった数字で比べられることは起きると問いかけます。高橋さんは「そんなん言ったら無限ですからね。上は」と返しました。
高木さんが自分のストーリーや価値軸の話だと続けると、高橋さんは「そうなんですよ」と応じ、幼い頃に父親からよく言われていた言葉を紹介しました。
高橋さんの父親は、他人からもらった評価に惑わされたり一喜一憂したりするのは本当にアホらしい、とも話していたそうです。
この言葉が響いた背景には、高橋さんの子ども時代の経験があります。5歳から7歳半までフランスで暮らし、日本の小学校に戻ると、トイレに一緒に行かなければならないような女子グループの同調圧力に強い苦しさを感じたといいます。
(同調圧力が)すっごいこう苦しくて。で、その時にそういう言葉を聞いたから、すごくなんか救われたというか。
高橋さんはこの言葉をメモに書き、ずっと筆箱に入れていたそうです。吹奏楽部のコンクールで賞を取ったときも、父親は褒めず「賞なんか意味ない」と言い、納得のいく演奏ができたかを軸に考えるよう伝えたといいます。
父親の仕事は医者でした。高橋さんは、患者がうれしいと思うかより症状が治ったかが大事な医者という職人的な仕事が、この考え方の背景にあるのかもしれないと話しています。
多様性の本質は、99.9%の共通の土台にある
高木さんは、個人も法人もそれぞれのビジョンに突き進む世界が楽しいと考える一方で、世の中の物差しに自ら合わせに行く人は多いと感じているといいます。高橋さんは、ほとんどの仕事は他人からの評価で決まるからだと応じました。
高木さんが、多様化の時代に自分の価値軸を持つ人や企業は増えるのか、それとも生命として限界があるのかと尋ねると、高橋さんは多様にはなっていくとしつつ、一定の前提はあると答えます。
(人と同じことはやりたくなくても)だからといって、みんな服着てるから私は服着たくないとかそういう話じゃないんですよ。
高木さんが遺伝子の99.9%と0.1%に重ねると、高橋さんは多様性とはまさにそういうことだと話を広げました。ゲノムがまったく違うものがバラバラに存在するのは、多様とはいえないというのです。
高橋さんは、アリを見るとみんな同じに見えるように、他の生物と比べれば人間はみんな同じだとも説明します。そのうえで組織も同じで、会社を潰そうとしている人を入れることが多様性ではないと語りました。
99.9%の共通の土台があり、その上の違いに着目できる状態
土台が共有されず、まったく違うものが散らばっている状態
何が共通の土台になるのかという問いに、高橋さんは生物的なところが前提として残ると答えます。身体的なことや服を着ること、そして会社であれば生き残っていくことも生物的な前提だといいます。
だからその生き方は自由だけど、生き残るということは前提になるみたいな感じかなと思いますけど。
高木さんが、生き残る部分だけが残り、それ以外は多様化していくのかと確かめると、高橋さんはそう思うと答え、そのほうが生きやすく自然だと締めくくりました。後編では、遺伝子とは何か、生物の目線から見た多様性とは何かを、高木さんがさらに質問していくと予告されています。
まとめ
前編では、高橋祥子さんが研究と社会をつなぐループを回すために起業し、研究者と起業家の言語の違いに戸惑いながら、伝え方やチームの力、感情の重要性に気づいていった過程が語られました。その根底には、父親から受け取った「自分の世界を深く持て」という価値軸と、共通の土台があってこそ違いが生きるという生物学的な多様性の見方があります。
- 人の遺伝子は30億の塩基のうち99.9%が共通し、残り0.1%が個性を作っている
- 高橋さんは研究成果を社会に生かし研究を加速させるため起業し、アカデミアに残るほうがリスクが高いと感じた
- 研究者と起業家では、伝わらないときの責任や主観の扱いがまったく違う
- 正しい情報よりも「好きだ」という感情のほうが人に響き、それは生存のための仕組みとして納得できると語られた
- 多様性は、生き残るという共通の前提の上でこそ成り立つというのが高橋さんの見方





