なぜ日本は新しいテクノロジーの議論に乗り遅れるのか
高木晋平さんと高橋祥子さんの対話は、ゲノムのような新しいテクノロジーは最初からグローバルスタンダードで生まれるのに、日本は毎回乗り遅れてしまうという話から始まります。
高橋さんによると、ゲノム編集食品の制度はヨーロッパとアメリカの法律を参考にしており、個人向けの遺伝子解析でも日本はアメリカのスタンスを見ているといいます。
本当は人のゲノムが解読された2003年の時点で、将来的には誰もが自分の遺伝子情報を知る時代が絶対来るから、その時にどうあるべきかみたいな話がされていてしかるべきだと思うんです。
(それなのに)未だにこの2022年においても、それはしていいのかどうかみたいな話をしてるわけですよ。
高橋さんはこの状況を、テクノロジーの速さに人間の理解のスピードが追いついていないと表現します。そして、そのずれを解消するのもまた科学やテクノロジーだと考えています。
実際にこうやってみせて、何かを起こさない限り絶対議論起きないから。日本遅いなって言っててもしょうがなくて、もうやってくだけだなって思ってます。
誰かがやる変化を、なぜ自分がやるのか
高木さんは、生物の視点ほど俯瞰すると「遺伝子解析は自分がやらなくても誰かがやる、決まった変化だ」と思えてしまい、自分がやる意味が見えにくくなるのではと問いかけます。
高橋さんの答えは、誰かが展開するとしても、それが良い形になるかは疑問だというものです。たとえば遺伝子解析で「才能が全部わかる」「理系か文系かわかる」とうたう会社もあるといいます。
でもそれ全部嘘なんですよ。嘘っていうか、科学的根拠はほぼないようなもんなんですね。
そういうのが先に広まっちゃうと、遺伝子検査って危ないよねとか、怪しいよねっていうリスクだけが広まって、そのメリットを取れなくなる社会になってしまう可能性もある(と思ってたんです)。
高木さんは、首相官邸への落下事件から広まったために活用が進まなかったドローンを例に挙げます。高橋さんも、遺伝子組み換え自体が危ないわけではないのにリスクだけが先に広まった遺伝子組み換え食品を挙げました。
不正確なサービスや事故
科学的根拠の乏しい遺伝子解析、官邸へのドローン落下など
リスクの印象が先行
「危ない」「怪しい」というイメージだけが広まる
メリットを取れない社会
本来の活用が進まなくなる
高橋さんが在学中に卒業を待てず起業したのは、遺伝子解析が「ちゃんと使われる」形で社会に入ってほしかったからだといいます。高木さんも、技術の方向性は決まっていても、着地の仕方には大きな変数があると納得していました。
人間が次に獲得すべき「時間軸の認識」とは
俯瞰しすぎると自分がやる必要を感じなくなるという話から、高橋さんは、人間が次に進化で獲得するとしたら「時間軸に対する認識」だと語ります。
高橋さんが例に挙げるのは赤ちゃんです。赤ちゃんの時間の認識はほとんど「今」だけで、「お母さんが大変だろうから授乳は後でいい」とはなりません。
それってなんでかっていうと、その瞬間瞬間に集中していかないと、やっぱり死んじゃうからなんですよね。
子どものわがままも、自分に注目を集めないと危ないという生存戦略だと高橋さんは説明します。大人になり生存が担保されると、家族や社会、世界のことまで長期的に考えられるようになります。
赤ちゃん・子ども: 今や今日だけ、自分の周りだけを見る。生き延びるための戦略
大人: 生存が担保され、長期的な目線や家族・社会・世界を考えられる
ただし高橋さんは、先を考えすぎると生きる意味を見失い、自殺する人が増えるとも指摘します。だからこそ、短くも長くも見られる力が大事だという考えです。
病気がなくなった世界で、死はどうデザインされるのか
高木さんは、寿命が延びるなかで不老不死に向かうのか、そうなると安楽死のように死そのものを考えなければならなくなるのか、と質問します。
高橋さんは、死が怖く悲しいのは、ほとんどが理不尽で想定していない理由とタイミングで訪れるからだと話します。その対比として、自身の祖父の最期を語りました。
(祖父が亡くなる時は)周りも家族もみんなわかっていて。最後亡くなる時にみんな集まって、ものすごく穏やかに亡くなっていったんですよね。
一方で、5歳の子どもが交通事故で突然亡くなるような死は、受け入れがたい悲しさを伴います。高橋さんは、病気がなくなった世界では、死に方も含めて人生をデザインするようになるのではと考えています。
大きな病気もなく、本人も家族もそろそろだとわかっていて、みんなが集まる
5歳の子どもの交通事故のように、想定外の理由とタイミングで訪れる
高木さんが「人間は死なない方向に向かっている」と言うと、高橋さんは訂正します。病気で死ぬ確率は下がり、老化しない方向には進んでいるものの、iPS細胞で臓器を全部入れ替えたり意識をコンピューターにアップロードしたりしない限り、寿命では死ぬだろうという見立てです。
生老病死の比重はどう変わったのか
高木さんは、65歳や70歳以降に何をするかが社会的にまだ用意されておらず、苦しい人が多いのではと話します。比較的健康なうちに死を選ぶことも合理的な選択肢になりうるが、死を「自ら選び取るもの」と捉えるにはマインドチェンジが必要だという問題意識です。
その寿命の伸び、まあその生物的な変化に対して社会システムの変化が遅いんですよね。
ここで高橋さんは、妙心寺 ── 京都にある臨済宗妙心寺派の大本山。全国に多くの末寺を持つ禅寺ですの松山大耕さんから聞いた話を紹介します。仏教の生老病死 ── 仏教で説かれる人間の根本的な4つの苦しみ。生まれること、老いること、病むこと、死ぬことを指しますという4つの苦しみは昔から変わらないが、その比重が変わってきているというものです。
昔: どうやったら死なないか、どうやって病気にならないか
今: どうやって生きるか、どうやって老いるか
病が亡くなり、老いなくなった時に、自分はどういうふうに生きて死にたいかっていうことが、よりその問われますよね。
高木さんは、安楽死のサービスを出せば遺伝子解析以上に社会的バッシングを受けるだろうとしつつ、そうした選択肢は必要な気もすると話し、遺伝子を知れば自分に合った生き方や死に方を選べるのかと問いかけます。
遺伝子は「配られた手札」である
高木さんの問いに、高橋さんは遺伝子情報を見ることをカードゲームにたとえます。
人によって違うから、そこから展開していくその人生も違うけど、手札だけで100パーセントは決まってないっていう。
具体例は睡眠です。「みんな朝早く起きたほうがいい」というのは遺伝子的には嘘だとわかってきていて、朝型の人も夜型の人もいるといいます。
だって睡眠に多様性がないと、そんなみんな同じ時間寝てて危ないじゃないですか。
睡眠も性格も、多様性があることで集団全体の生存の可能性を上げている、というのが高橋さんの説明です。
高橋さん自身もロングスリーパーで、かつてはそれを怠惰だと思っていたそうです。そうではないとわかってからはしっかり寝るようにし、朝型でショートスリーパーの夫が朝の育児を担当するなど、遺伝子に合わせた夫婦の役割分担をしているといいます。
恋愛はなぜ非合理なのに合理的なのか
高木さんは、遺伝子でパートナーとの相性もわかるのかと尋ねます。高橋さんによると、遺伝子的な相性の研究はあり、タイプが違うほうが相性がよいとは言われているものの、「この人があなたのパートナーです」とは言えないそうです。
遺伝子ベースのマッチングとして「DNA婚活」のようなサービスもすでに出ていますが、高橋さんはエビデンスは微妙だと付け加えます。
そのうえで高橋さんは、恋愛を「セレンディピティの創出」と捉えます。エンタメやアート、曲や映画にも恋愛のテーマは多く、膨大なエネルギーが使われていることを不思議に思っていたそうです。
あなたは、この遺伝子の人ですってもう決まってたら、その多様性が生まれないんですよ、遺伝子の。だからある程度ランダムにしないと。
遺伝子的には運命の人はいないです。いないっていうか、複数の会いそうな人たちがいると。そこからはもう自分で見つけるっていう。
高橋さんは、仮に全員が人類で最も遺伝子的に遠い人と子孫を作るようにプログラムされていたら、人類はどんどん均質になると説明します。虹は7色に分かれているから多様で、混ぜれば1色になるというたとえです。
誰も設計していないのに、なぜ多様性は保たれるのか
高木さんは「小学生みたいな質問」と前置きし、誰かが意図して設計したわけでもないのに、なぜ人類という単位で多様性が保たれてきたのかと尋ねます。
高橋さんの答えは、DNAが偶然分子として生まれ、コピーされ増え続け、残り続けるという「意思」だけを持っていたことに始まるというものです。それが微生物から大きな生物、人間へと進化し、種や個体の多様さにつながりました。
それが全てその遺伝子が残り続けるっていうことだけにつながっている。我々の感情があるのも。
高木さんが遺伝子を「乗り物」にたとえると、高橋さんはリチャード・ドーキンス ── イギリスの進化生物学者。著書『利己的な遺伝子』で、生物は遺伝子が自らを残すための乗り物だという見方を広めましたの「利己的な遺伝子」の考え方だと応じます。ただし高橋さんは、大筋ではそうでも「余白がある」と続けました。
遺伝子が最適解ではない理由とは
高橋さんは、遺伝子は完璧ではなく、今の人間も進化の最終形態ではないと話します。例として挙げたのがビタミンCです。犬は体内でビタミンCを合成できますが、人間は摂取しないと病気になってしまいます。
(合成できないのは)その方が生存に有利だったからじゃなくて、たまたま合成できなくても、周りから摂取できる環境にあったから。
食欲も同じだといいます。満腹まで食べるより、カロリー制限したほうが健康で長生きするとされています。人間は常に食料にアクセスできるとは限らない環境で進化したため、最も健康でいられる量より少し多めに食べるよう、食欲を規定する遺伝子ができているという説明です。
進化の環境
食料が常にあるとは限らず、災害で食べられない日もある
遺伝子の性質
最も健康な量より少し多めに食べたくなる
任せた結果
暴飲暴食すると健康ではなくなる
知ることで
腹八分目にしておこうと自制できる
高橋さんは、この仕組みを知れば人間は「遺伝子に抗う」ことができると語ります。
資本市場とSNS炎上は「欲求の暴飲暴食」か
高橋さんは、資本市場も食欲と同じ構図だと考えています。人が欲求のままに購買すれば需給のバランスが保たれる、というアダム・スミス ── 18世紀イギリスの経済学者。『国富論』で、個人の利己的な行動が市場を通じて社会全体の利益につながるという考えを示しましたの考え方です。
ところが、人の欲求を煽るビジネスを続けた結果、地球環境の破壊、経済格差の拡大、都市化が進み、コロナウイルスも蔓延していると高橋さんは指摘します。
ちょっと知性を使うことで、経済的な利益だけじゃなくて、もっと地球に配慮するような活動をしましょうとか、貧困をなくしましょうとか、そういう行動が取れるわけなんですよね。
高木さんが「遺伝子のままに行くと不幸になるのか」と聞くと、高橋さんはTwitterの炎上を例に挙げます。
(SNSの炎上は)承認欲求の暴飲暴食みたいな、そんな感じ。
高橋さんの結論は、遺伝子に規定されていることは絶望ではないというものです。余白があり、そこに抗って、人間がどの方向に進むかという意思を持つことが大事だと話しています。
ジーンクエストが掲げるミッションとは
高木さんがジーンクエストのミッションを改めて尋ねると、高橋さんは「遺伝子の研究を推進し、正しい使い方を広めて社会を豊かにしていく」ことを掲げていると答えます。
高橋さんによれば、遺伝子はまだわからないことも多いためサイエンスを進める必要があり、同時にそれが変な方向ではなく正しく社会で使われることも大事だといいます。その両方を通じて、人や国、社会、世界が抱える問題を解決し続けることを目指しています。
高木さんは、遺伝子を知ることが「より優れたものを目指す」「知らなくていいものを知ろうとする」イメージで捉えられがちだと話します。これに高橋さんは、言葉の問題を挙げました。
「遺伝子」という名前が悪い?
遺伝子って名前が悪いんですよ。遺伝するかのようじゃないですか。
高橋さんによると、英語では遺伝と遺伝子はまったく違う言葉です。遺伝は「heredity」で受け継がれ決まっているもの、遺伝子は「gene」で、そこから生まれるという意味の「generation」のgeneと同じ語源だといいます。
受け継がれていく、決まっているもの
generationのgene。そこから人生や生命が生まれていくもの
高木さんは「完全に翻訳ミスじゃないですか」と反応し、高橋さんも同意します。誰が訳したかは調べてもわからなかったものの、一説には夏目漱石だという話もあるそうです。遺伝をテーマにした小説があり、留学中に、という話でしたが、留学先は最初オランダと言いかけ、イギリスだったと訂正していました。
高木さんは、欲のままの資本主義やSNSと向き合うには、まず遺伝子を知ることが必要だと理解したと話します。高橋さんは「不幸になる」というより「振り回される」のだと言い換えました。
高木さんは、資本主義の格差もSNSの炎上も肥満の世界的な問題も、遺伝子で説明できることに驚いたと語ります。それまでは遺伝子の話も、親ガチャや優秀な子孫を残すための「遺伝」の話に聞こえていたといいます。
全人類がマイノリティである
高橋さんは最後に、ゲノムデータを扱っていると多様性の意味が本当にわかると語ります。誰一人として同じものを持っていないからです。
しかも全員、そのレアな配列を持ってるんですよね。そういう意味でいうと、もうなんか全人類マイノリティなんで。
一部の人をマイノリティとくくって批判とか差別とかすることがいかに無意味かっていうことがわかりますよね。
高木さんは「無限ですね、可能性は」と応じ、情報技術のアートはあるがゲノムデータを使ったアートなどももっとあってよいと話します。この領域に取り組む起業家やアーティストが増えれば面白くなる、という期待です。高橋さんは、ちらほらいますけどね、と答えていました。
番組の締めくくりで高木さんは、研究者は世の中を俯瞰する目線とミクロな目線を両方持ち、人間を生物として捉える点が面白いと振り返ります。研究者の世界への仮説がビジョンとして根っこにあることはブレない軸として強く、研究者発の起業家やクリエイターが増えてほしいと結んでいます。
まとめ
高橋祥子さんは、遺伝子を運命を決める設計図ではなく、多様性を生み出し、人間が抗う余白を持つ「手札」として語ります。睡眠や恋愛、食欲、資本市場、SNSまでを生存戦略と多様性から読み解き、知ることで振り回されずに進む方向を選べると示した回でした。
- 新技術はリスクだけが先に広まると活用が止まるため、正しい形で社会に入れることが重要
- 遺伝子は配られた手札で、人生は手札だけで100パーセント決まらない
- 恋愛の非合理さは、遺伝子の多様性を保つうえではむしろ合理的
- 食欲や承認欲求に任せきらず、知性で遺伝子に抗えるのが人間
- ゲノムで見れば誰もがレアな配列を持ち、全人類がマイノリティである



