なぜ「テスラを超える」とここまで言い切れるのか
山本一成さんは、将棋の名人を倒したAI将棋プログラムの開発者です。現在はTuring株式会社 ── 山本一成さんが創業した自動車スタートアップ。完全自動運転EVの開発と量産を目指していますのCEOとして、完全自動運転EVの会社を率いています。
Turing株式会社のミッションは「We overtake Tesla」、つまりテスラを超える車や移動体を作ることです。山本さんによると、直近の目標はハンドルのない車、すなわち完全自動運転EVの量産です。
聞き手のたかぎしんぺいさんは、GAFAなどとの差が開いたと感じられる今、「テスラを超える」と掲げるミッションを潔く強いと評し、どう生まれたのかを尋ねました。
山本さんは、自分の得意なことは「科学技術の正しい姿を追い求めること」と「勝負事」の2つだと答えます。勝負事の視点では、何かに勝つという目標はわかりやすく、逃げ道がないといいます。
言い方があれですけど、社会にワクワクを提供しようみたいなのは(自分には)ちょっとよくわかんないなと思って。
もう一つの理由として山本さんが挙げたのが、素直さです。ポッドキャストやYouTube、個人的な会話を通じて多くの社長を見てきた山本さんは、良い社長ほど裏表なく「自分はこう思う」と言えている、と感じたといいます。
(良い社長のように)素直になろうと思って。はい。私はイーロン・マスクを倒したい。いいじゃん。
山本さんはイーロン・マスクを強く尊敬しているとも話します。抜けた部分もある一方で、科学に対する正しい態度とビジネスを両立させている点がすごく、だからこそ「倒しがいがある」と語っています。
デスノートの夜神月に憧れた高校時代
山本一成さんは愛知県出身で、進学校の東海高校に通っていました。当時は漫画『デスノート』の連載中で、山本さんは主人公の夜神月に強く惹かれていたといいます。
作中で夜神月は東大をモデルにした「東応大学」に進学します。山本さんは、東大に行けば夜神月のような人がたくさんいるのだと思い、東大を目指しました。ただ成績が足りず、浪人することになります。
当時の山本さんは、今のような楽天家ではなく、とにかく頭が良くなりたいと思っていたそうです。憧れはアインシュタインと、そして夜神月でした。
ライト君人殺してるからかっこ悪いっちゃかっこ悪いんですけど、彼はですね、ビジョナリーなんですよ。
山本さんは、夜神月とその対抗役である探偵Lを比べながら、能動的に目標を掲げる側に魅力を感じると話しました。
やる方向性はともかく、こうしたいと自分で思って動いているビジョナリー
頭はいいが典型的な正義の味方で、単に夜神月を捕まえようとしているだけ
Lはね、つまんない人間なんですよ。なんかもう年を取れば取るほど、Lがつまんない人間だなって思う。
山本さんはこの構図を戦隊ものにもたとえ、悪の組織には大きな目標があり、正義の味方は力が強いだけだと語っています。
「コスパ厨」として東大入試を攻略する
浪人を経て、山本一成さんは自分が「最高に頭良くない」と認めたうえで、どう戦うかを考えるようになりました。最初の題材が東大入試です。
山本さんは東大入試を一つのゲームとみなし、かけたエネルギーに対して点数が取れるかで科目や分野を選びました。たとえば漢字は勉強しても点数が低いため、すべて捨てたといいます。
コスパ厨として、この東大入試ってゲームを最高効率でクリアするにはどうすればいいか。この自分のひ弱い頭でっていうのはすごい考えました。
たかぎさんが、なぜそうした戦略的な考え方ができたのかと尋ねると、山本さんの答えは短いものでした。
山本さんによると、昔はそこまで勝ちたいと思っていなかったものの、人は勝つともっと勝ちたくなり、今のほうが欲深くなっているそうです。最初に勝利の味を知ったのが、ギリギリで合格した東大入試でした。
なんか初めて自分の運命を自分でコントロールして、なんかやれた気がする。
山本さんは、頭が良くなれない自分を見つけたことが「物心ついた」瞬間だったと話します。大学に入ってからは、どのようにして天才を打ち負かすかが山本さんの課題になりました。
将棋AIは「みんなが嫌がる伸びしろ」への賭けだった
東大入学後、山本一成さんはすぐに留年し、しばらく腐っていたといいます。そこで考えたのが、天才の弱点でした。
山本さんによると、天才はレベルが高いため、RPGで低いレベルのままボスを倒すような「低レベルクリア」をしません。山本さんはむしろ低レベルクリアが好きで、だから戦略面で勝負しようと考えました。
結局戦略面って結構一貫してて、みんなが信じてないけど、これから来るものに賭けようと思ってて。
当時の山本さんが候補に挙げたのは、英語とプログラミング言語です。人は直感的に嫌だと感じるものを避けるので、嫌われているのに今後伸びるものには大きなアービトラージ ── 本来は市場間の価格差を利用して利益を得る取引のこと。ここでは、評価の低さと将来性のギャップを狙うという意味で使われていますがある、と考えたといいます。
山本さんはプログラミングを選び、題材に将棋AIを選びました。当時の将棋プログラマーに会ってみて「倒せそうだな」と感じたことも理由だったそうです。
当時の将棋プログラマーは50人ほどいて、将棋の知識をプログラムに手作業で書き込んでいたといいます。山本さんはそのやり方に疑問を持ち、最初から機械学習でやることにしました。
「王様の横に金をつけるとプラス5点」のように、将棋の知識を人がプログラムに書き込む
評価づけはAIにやらせるべきだと考え、最初から機械学習で取り組む
(当時は)将棋プログラマーでさえAIに対して嫌悪感ってあったんですよ。人はね、自分がやってきたことをね、肯定しすぎようとするんだよ。
始めたのは2008〜2009年ごろで、AIがまだ注目されていなかった時期です。ドワンゴの大会をきっかけに1日10時間ほどプログラムを書くようになり、大会ではたびたび優勝していたといいます。
山本さんは、受験勉強は1日10時間もできなかったのに、プログラミングなら簡単にできたと振り返ります。理由は、受験よりもわかりやすい「勝負」だったからだそうです。
ポナンザが勝てたのは「人間を高く評価しすぎるバグ」の逆を突いたから
山本一成さんの考え方の土台にあるのは、人間の能力を低く見積もる姿勢です。自分がアインシュタインではないと気づいてから、他の人もそれほどすごくないと思うようになったといいます。
アインシュタインもね、俺よりは頭いいけど。だってIQ多分200もないんでしょ。
この見方は将棋AIの開発にも表れていました。山本さんのポナンザ ── 山本一成さんが開発した将棋AI。2017年に当時の佐藤天彦名人に勝利したことで知られますは、ポナンザ同士を戦わせる自己対戦で学習させていましたが、他の開発者の多くはプロ棋士の対局データを使っていたそうです。
プロ棋士のデータを使う。人間のデータや創造性を特別なものとして扱う
ポナンザ同士の自己対戦で学習させる
山本さんは、人間を高く評価してしまうことを「バグ」と呼びます。自分の勝因はプログラマーとしての腕ではなく、みんなのバイアスの逆を突いたことにあると考えています。
私、良いプログラマーとして将棋AI作って勝ったんじゃなくて、多分みんなのバイアスの逆を突いたんだと思う。プログラマーとしては普通っすよ、俺。
さらに山本さんは、人間が大したことないのなら、逆に言えば誰でも大きなことができるはずだと話します。
名人に勝ち、上場して気づいた「認知とお金の遅れ」
山本一成さんは留年を経て修士課程を修了し、HEROZ ── 将棋アプリなどを手がけるAI企業。山本さんは大学院時代の知り合いの誘いで入社しましたに就職しました。研究室では将棋プログラムばかり書いて怒られていたといいます。
HEROZでは将棋アプリ「将棋ウォーズ」を作る一方、ポナンザ自体は最初から趣味として開発を続けていたそうです。
名人に勝ち、会社も上場したことで、山本さんはいくつかのことに気づきました。世間の認知は自分が一番戦っていた時期より3年ほど遅れてやってきて、お金はさらにその2〜3年後に遅れてくるといいます。
お金の足は遅いというのが、俺の中で勉強になりました。
また山本さんは、IPOを通じて、会社という組織で何かをやることのすごさを実感したと話しています。
一方で、将棋プログラムは名人を倒した時点で終えるつもりでした。10年ほど続けてきたため、やめるのはすごく難しかったそうです。
いや、でももう(将棋AIの)収穫の時期は終わったなと思って。だから自分を変えなきゃなと思って。
山本さんは、次のチャレンジを探していたこの時期を、個人的には「ゴミみたいな時期」だったと振り返っています。
プログラムを書けなかった人が10年で名人を倒せるなら
次の挑戦を考えるなかで、山本一成さんが気づいたのは「人間は結構できるんだ」ということでした。山本さんは21歳でタッチタイピングから始め、10年ほどで名人を倒すところまで来たからです。
十年ぐらいで(プログラムを書けなかった自分が)こんなもんになるのかと思って。十年やるとすげえんだなと思って。
山本さんは、電車で隣の人が将棋ウォーズを指しているのを見て「頑張れ」と心の中で応援することもあるそうです。個人的な妄想だったものが世界に出ていくことに、すごさを感じたといいます。
ただ、将棋ウォーズもポナンザも少人数のチームで作っていました。山本さんは、もっと大きなことをするなら理論的には会社を作るべきだと考えます。
そこで山本さんは、次の目標の難易度を逆算しました。プログラムを書けなかった人が10年で名人を倒すくらいのジャンプアップは達成可能であり、今は21歳の頃より多くのツールもある、という考え方です。
たかぎさんが冷や汗をかいているのではと尋ねると、山本さんは、主観的な難しさとしてはこのくらいだと答えます。そのうえで語ったのが、「素敵な勘違い」という考え方です。
山本さんは冒頭でも、多くの人は「自分ならできる」「いけちゃうんじゃないか」と思わないが、イーロン・マスクはいつも勘違いしていて今も勘違いしている、と話していました。自分ならできるという素敵な勘違いこそが、山本さんの挑戦を支えているのかもしれません。
まとめ
山本一成さんは、自分は天才ではないという自覚から出発し、戦略とバイアスの逆を突く発想で将棋AIによる名人撃破を成し遂げました。その経験から逆算して選んだ次の挑戦が「We overtake Tesla」です。
- 山本さんの得意は「科学技術の正しい姿の追求」と「勝負事」で、勝つという目標には逃げ道がないと考えている
- 東大入試も将棋AIも、天才に勝つための「コスパ」と「みんなが嫌がる伸びしろ」への賭けとして取り組んだ
- ポナンザの勝因は腕前ではなく、人間を高く評価しすぎるバイアスの逆を突いた自己対戦学習にあったと山本さんは語る
- 名人撃破と上場を経て、世間の認知は約3年、お金はさらに遅れてくることを学んだ
- 10年で起きたジャンプアップを基準に、同じくらいの難しさの目標として「打倒テスラ」を選び、その原動力を「素敵な勘違い」と呼んでいる





