コントロールできない時代の「指揮者」とは?
対談は、工藤拓真さんの「その時クリエイティブディレクターとは何者なのか、座長のような存在なのか」という問いから始まります。高木新平さんは、発信者が増えた今、クリエイティブディレクターはもうクリエイティブを自分でコントロールできないと答えます。
高木さんがたとえに選んだのは「指揮者」です。工藤さんはこれを受けて、これまではクリエイターたちに向けて棒を振っていた指揮者が、今は街中の人が参加する「大空の大合唱」を相手にしているようなものだ、と言い換えました。
高木さんによれば、大合唱に加わるのは練習してきた人だけではありません。トラブルが起きる可能性も含めて全体を動かすことになるため、クリエイティブディレクターの仕事は「めちゃめちゃ難易度が上がっている」と話しています。
高木さんは、これまでとこれからの違いを音楽の制作にたとえて説明しています。
プロダクションなど訓練を積んだ人たちが裏側で収録し、CDとして届けていた
練習していない人も含めて「よーいドン」で常に表で演奏しているような状態になる
高木さん自身はすでにこのスタイルでの仕事を始めていて、「めちゃめちゃ大変」だといいます。高木さんがその先に見ているのは、クリエイティブディレクターが名前で問われるようになるという変化です。
高木さんの見立てでは、裏側でこっそり手がけることは難しくなり、「この人がコミットしてやっているのか」と一般の人にも認識される必要が出てきます。工藤さんは、業界人しか見ないスタッフリストではなく、一般の人が「あの人がこれをやっている」と知っている状態だと整理しました。
高木さんは例として、ユニクロを手がけた佐藤可士和 ── 日本のクリエイティブディレクター。ユニクロのグローバルブランド戦略や、楽天、セブン-イレブンなどのブランディングで知られていますさんの名前を挙げます。ただし、超トップブランドと超トップクリエイターだから知られているのではありません。高木さんが描くのは、クリエイティブディレクターが基本的に知られている状態です。
高木さんはまた、この役割を経営者が担う可能性もあると話しています。例に挙がったのは、神山まるごと高専の山川咲さんです。山川さんは番組にも出演しており、高木さんは「全面化するクリエイティブディレクター」と表現しました。
工藤さんは山川さんのあり方を「全人格で戦っている」と受け止めます。高木さんも、山川さんの仕事は人生と重なっていて、何を作るかだけで勝負しているわけではないと応じました。工藤さんはさらに、今は特殊な事例に見えるこうした働き方に、皆がなっていくのかもしれないと話しています。
高木さんは最近、クリエイティブディレクターが企業により深く属す形になるかもしれないと考えています。例として挙げたのは、ジョンJさんがユニクロの社長になった話です。
高木さんは、完全な受け仕事の黒子ではなくなる形を想定しています。身近な例として、工藤さんがYAMAP ── 登山・アウトドア向けの地図アプリや、登山者のコミュニティを運営する日本の企業およびサービスに関わっていることや、高木さん自身がワンキャリアに関わり、トヨガの名刺も持っていることを挙げました。
高木さんは、この変化はユーザー側の納得の問題でもあると話しています。「あの人がやっているのはこういうストーリーがあるからだ」という文脈がなければ、ユーザーは「このブランドについては自分のほうが詳しい」と感じて納得しないかもしれない、というのが高木さんの見方です。
クリエイティブディレクションは時間を引き延ばす仕事
工藤さんは、高木さんの仕事ぶりを見ながら、クリエイティブディレクターに必要な機能の一つは「時間軸をどう伸ばすか」だと感じてきたといいます。クリエイティブ系から軽いコンサルティングまで手がける人にとって、大事な機能だという見方です。
工藤さんの考えでは、短期的に数字を上げる必要がわかっていない人は、そもそも相手にされません。そのうえで「それでも、ここまで持っていく」と長い時間軸を言い切り、実際にそこまで進める力が必要だと話します。コミュニティを考えるなら、この力はますます必要になるといいます。
高木さんは、短期で考えると目の前で獲得できるものに集中したほうが合理的になると応じます。そのうえで、山形デザインの山中さんの言葉として、時間に対する二つの考え方を紹介しました。
スタートアップのように、なるべく早く終わらせるゲームになっていく
時間をどう積み上げていくかを考える
高木さんが地域に関わるようになって良かったと感じているのは、地域の取り組みが一定の形になるまでに20〜30年かかると知ったことです。スタートアップを見ていると「5年で何かやらなければ」と考えがちです。だからこそ、30年ぐらいかかるものだと常に設定し直す必要があるといいます。
そのうえで高木さんは、時間を引き延ばすことがクリエイティブディレクターの一つの役割かもしれないと話しています。
工藤さんは、従来のブランド論の問題点を指摘します。経営戦略から単年度の予算が落ちてきて、その使い方は「単年でいかに跳ねるか」だけになりがちです。一方で、企業はIRでは長期の目標を掲げており、両者には隔たりがあるといいます。
工藤さんはさらに、コーポレートブランディングの名のもとに、何のためかわからない広告投資だけが続くケースもあると話します。高木さんはこれを「事業とは接続しない」と表現しました。
工藤さんが代わりに示すのは、「5年後にこの分野でナンバーワンになる」といった目標を置くことです。そうすれば、そのために何をするかと必死に頭が動く、と工藤さんは考えています。じっくり時間をかける問いを設定することは、クリエイティブディレクションの仕事の中でも重要度が高いものだ、というのが工藤さんの見方です。
高木さんもこれに強く同意します。高木さん自身は、最適解を出すことはそれほど得意ではないといいます。自分の仕事はほぼ問いを投げているだけという感覚がある、と明かしています。
積み重ねた価値はブランドをどこへ運ぶのか
工藤さんは、なれ合いで質が落ちるのは良くないので、適宜競争は必要だと前置きします。それとは別に、ずっと続けることで溜まっていく価値が確実にある、と話しました。
工藤さんが例に挙げたのは、自身が手がけるサントリーの仕事です。大島さんの時代から長く続いている仕事で、ほかに「GO」の仕事も3年続いているといいます。1年ごとの成果は、気合と根性で数字にしっかり込めるという前提も添えています。
工藤さんによれば、クリエイティブの世界での問いの立て方は、これまで反射神経的なものに集中していました。その瞬間に跳ねる「ナイスなクリエイティブアイデア」を求める立て方です。工藤さんはそうしたクリエイティブを、自分にはあまりできないものとしてリスペクトしているといいます。
そのうえで工藤さんは、15年契約のような「じっくり」の感覚がもっといろいろな場所に入れば、クリエイティブの佇まいや在り方も変わっていくと考えています。そのとき、コミュニティや場がどうあるべきかが経営課題に上がってくるのではないか、と話しています。
工藤さんは、以前紹介した文化省の経営の話にも触れます。おからさんが、自社ビルでしっかり住民をもてなせと言っていたそうです。工藤さんは当初その意味がわからなかったといいます。
工藤さんは、この話が今回の議論とつながると腑に落ちたと語ります。その理由は「地元民に愛されていないブランドが世界で戦えるはずがない」というシンプルな考え方です。
工藤さんは、スポーツ経営を見るとこの考え方は如実だといいます。アーセナルのようなクラブは地元でしっかり愛されているからこそ世界に出ていける、という見方です。NIKEやAppleのように本社を大事にしている感じのあるブランドも強い、と工藤さんは話し、高木さんも同意しました。
まとめ
誰もが発信者になる時代に、クリエイティブディレクターは訓練されたプロに向けて棒を振る存在から、街中の大合唱をまとめる指揮者のような存在へ変わりつつある、と二人は見ています。名前や人格が表に出るようになり、目先の最適解よりも、長い時間をかけて取り組む「問い」を立てることが重要な役割になるかもしれません。
- 発信者が増え、クリエイティブディレクターは全体を自分でコントロールできない「大合唱の指揮者」になりつつある
- 裏方の黒子ではなく、名前と文脈が一般の人に知られる存在になるかもしれない
- 「時間はコスト」ではなく「時間は資産」と捉え、時間を引き延ばすことが役割の一つになる
- クリエイティブディレクターは「解」よりも、じっくり時間をかける「問い」を出す存在だと二人は考えている
- 長く続けることで溜まる価値や、地元に愛されることが、世界で戦えるブランドの土台になる


