なぜ人は「素敵な勘違い」をしないのか
Turing株式会社CEOの山本一成さんは、後編の冒頭で「素敵な勘違い」という言葉を持ち出します。山本さんによれば、多くの人は「自分ならできる」「いけちゃうんじゃないか」とはなかなか思わないといいます。
俺って多分最初、プログラム何にも知らない時にちょっと素敵な勘違いをしちゃったんですよ。
別に理屈的にはいけない理屈はないから、これは勘違いし得だなと思ったんですよ。車まで作っちゃうって。
山本さんは、イーロン・マスクも「いつも勘違いしている」人物だと評します。高木さんが「人への評価は冷静なのに、自分には期待している感じか」と尋ねると、山本さんは人々の評価の偏りを指摘しました。
この瞬間の才能、きらめき、この瞬間のIQに対して評価高すぎる。一方で長く続けていくっていうことについて評価低すぎる。
山本さんは、イーロン・マスクも自分と同じく「大した人間じゃない」と言い切ります。Turingはすでに神の視点で見ればミスばかりだと認めつつ、それでも正しく打ち続ければ倒せるという考えです。
山本さんにとって、現実は全プレーヤーがミスを重ねるゲームです。だからこそ、相手の大きさに怯むより、自分の選択の精度を上げることに意味があると考えているようです。
山本さんが自動車に関心を持った背景には、イーロン・マスクが語る「マルチプラネタリー(多惑星種族になれば絶滅への抵抗性が高まる)」という構想への驚きもありました。山本さんは「何言ってるかわかんない」と笑いながらも、そのビジョンの大きさに興味を持ったといいます。
さらに山本さんは日本のGDPを見渡し、外貨を稼いで海外と張り合えている産業はやはり自動車だと考えました。自動運転という技術的な面白さもあり、車をやりたいという思いが固まっていきます。
車を3種類しか知らなかった男が自動車会社を作った理由
山本さんが車での起業に踏み出したきっかけは、カーネギーメロン大学で自動運転の博士号を取って帰国した青木さんとの出会いでした。当時、二人とも名古屋大学に教職があり、半年ほど一緒に活動しながら山本さんは青木さんから車のことを学んだといいます。
大雑把に言うと暇そうだったんで、一緒に起業しようよって言ったんですよ。俺も車とか全然わかんなかったから、ラッキーラッキーと思ったんですよね。
とはいえ、車は山本さんにとって「つらいチョイス」でした。当時の山本さんの車に対する知識は、驚くほど少なかったといいます。
私ね、当時ね、車ね、3種類しか知らなかったんですよ。車、大きい車、すごい大きい車。
車に乗っていなかった山本さんは、まずテスラを買ってみます。運転してみて、さらにアメリカや中国に「死ぬほど」あるEVスタートアップを調べるうちに、作れない理屈はないと感じたそうです。
誰もやってないって(日本で車を作る人が)超アービトラージあるじゃんと思って。
社名の由来も、テスラを意識したものです。テスラが発明家ニコラ・テスラの名を冠しているように、人名がよいと考え、コンピューター黎明期を支えた科学者アラン・チューリング ── イギリスの数学者。計算機科学の基礎理論を築き、「人工知能の父」とも呼ばれる人物ですから「Turing」と名付けました。AIベースの車を作るという意志と、「We Overtake Tesla(テスラを追い越す)」という目標が社名に込められています。
テスラの成長物語から逆算したロードマップとは
山本さんはテスラの成長ストーリーを調べ、その道のりを自社の参考にしてきました。山本さんによると、テスラは最初からイーロン・マスクが率いていたわけではなく、2人で始まった会社に後からマスクが株主として入り、主導権を握ったといいます。
初期のテスラは、イギリスのスポーツカーメーカーロータス ── イギリスの自動車メーカー。軽量なスポーツカーで知られ、テスラ初期のロードスターは同社の車体をベースにしていましたから車体を買い、エンジンを抜いてバッテリーとモーターを載せる、いわゆるEVコンバートの車を「ロードスター」として売っていました。山本さんは、AIや自動運転の顔を見せ始めたのは2016年ごろからだと説明しています。
山本さんが語ったテスラの歩みを、順に整理すると次のようになります。
高木さんが「Turingはどう戦うのか」と尋ねると、山本さんは「車まで作った方が儲かる」と答えます。日本にはエンジニアはいるものの、リーダーシップとお金の2つが抜けているというのが山本さんの見立てです。
資金面では、日本のベンチャーファイナンスも大きくなり、100億円規模の調達も可能だろうと山本さんは考えています。Turingのシード調達は10億円で、その金額はテスラの最初の調達が当時の日本円で8億円だったことに倣ったものでした。
彼ら(テスラ)は20年だけど、俺たちは多分15年で彼らのようになりたい。
後発だから前より早く行かなきゃ。
トヨタ生産方式の神髄は「迷惑の見える化」だった?
山本さんは、人が協力する仕組みに強い関心を持っています。アメリカは利益インセンティブの作り方がうまいと感じており、「大きなことをしたいから」こそ協力の構造を知りたいのだといいます。
高木さんが最近の発見を尋ねると、山本さんはトヨタ生産方式(TPS)の話を始めました。テスラ以前は世界中の自動車会社がTPSを学ぼうとしたほど強力な方法ですが、本を読んでも「無駄をなくす」「看板 ── トヨタ生産方式で使われる、部品の必要量や時期を伝える指示票(かんばん)のことですを作る」といった個別の話ばかりで、神髄がよくわからなかったといいます。
山本さんは、TPSは現場の人の頑張りで成り立っていると考えました。そのうえで、なぜ日本人はここまで頑張るのかを突き詰め、ある結論にたどり着きます。
日本人が最も嫌がる、他人に迷惑をかけているという構造が見える化されたことによって、みんな頑張る。
具体的には、トヨタでは誰でもラインを止められます。止めれば工場中に知れ渡り、「よくぞ止めた」と言われる文化があっても、やはり止めるのは嫌なものです。さらに「後工程はお客様」という考え方で次の工程を顧客として扱い、どこでミスが起きたかが誰からも見えるようになっています。
可視化
ライン停止やミスの発生箇所が工場中の誰からも見える
心理
他人に迷惑をかけている構図が見えることを嫌がる
行動
各工程が自分たちで改善し、スピードを上げる
結果
全員が協力する構図が生まれる
高木さんは「日本人っぽい仕組みだ」と感じましたが、山本さんは生来の性質に合っているかもしれないとしつつ、トヨタは世界中に工場を持ち、人間はそれほど違わないと話しています。
一方でテスラについて、山本さんはトップダウンの強みを挙げます。ギガプレスのような発想はトップダウンだからこそ生まれたもので、他人に迷惑をかけない仕組みの結果が今の「進化のどん詰まり」なのかもしれない、と山本さんは見ています。
山本さんは、試験科目があって点数を取るような問題では東アジア人は強いとも話します。だからこそ、まずはテスラにしっかり追いつくことが目標です。
そんな簡単にイーロンマスク倒せないので。
車は「グラム2円」の鶏肉並みでなければ作れない
高木さんが車の完成イメージを尋ねると、山本さんは量産の壁について語りました。車は無理やり作ればとりあえずできるものの、1台あたりの値段がとても高くなってしまうといいます。
山本さんは高木さんに「車はグラムあたりいくらで作らなければいけないか」と問いかけます。テスラのモデルYは約2トン、価格は安くても600万円ほどなので、グラム3円では原価割れしてしまう計算です。
鶏肉かなみたいな。
山本さんは、1台作ることと量産することはまったく違うと強調します。量産に乗らなければ車会社は助からず、社内には「売らないと売れない」という標語もあるそうです。
Turingはすでに改造車を販売しています。自動車メーカーは改造車から始まることが多く、次はホワイトボディ(塗装前の車体)を買ってきて、電気系やヘッドライトなど一部を自社で設計した普通の車を売る計画です。最終的には車体全体を自社で設計できるようになりたいと話しています。
高木さんが「車って道が長い」と驚くと、山本さんはアメリカ人や中国人が「やろうと思う」こと自体がすごいと応じたうえで、こう続けました。
人生で5つの挑戦、最後はダイソン球
山本さんは、当時の自分が車という選択肢を選べたことを誇りに思っていると語ります。結末はわからないものの、車を本当にやろうと決めたのはかなり難しい選択だったといいます。
さらに山本さんは、人生で5つほどの挑戦を思い描いています。段階的にジャンプアップしていけば、なんとか届くのではないかという考えです。
山本さんの動機は、世界への強い不満にあります。高木さんも自分も、妻もいずれ死ぬ。みんなが生きていた方がいいのに、この世界は貧しすぎるというのです。
この世界貧しいじゃん。あまりにも貧しい。圧倒的な富が溢れてほしいよね。
この世の楽園を俺たちで作ろうぜ。カルマを破壊しようぜってのが結構テーマですよ。
山本さんの視点は、さらに文明全体へ広がります。火星には生身の人は住めないだろうが、不老不死の技術やAIと人の融合で新しい知性体が生まれ、ダイソン球を作り、やがて銀河にいくつも作るだろうと語りました。
山本さんはシミュレーション仮説 ── 私たちの世界がコンピューター上のシミュレーションかもしれないという仮説ですにも関心を寄せます。今のゲームのNPCはまだ賢くないが、遠い未来のゲームのNPCはどうなっているのか、と問いかけました。
こうした壮大な発想の根っこについて、山本さんは自分の中に残っていた「科学」と「勝負」という素材をくっつけて、進む方向を決めているのだと説明します。
私ね、勝負と科学以外でこの世界が捉えられないっていう悲しい人間で。
「目が黒いうち理論」という人間のバグ
山本さんは「ダイソン球を作りましょう」と言うと笑われるかもしれないとしつつ、「じゃあ1000年後も文明は作らないのか」と問い返します。高木さんは、科学的な思考だから時間軸が「いい意味でバグっている」のではないかと受け止めました。
ところが山本さんは、バグっているのはむしろ人間の側だと指摘します。自分が生きているうちは大きなことは起きない、と多くの人が思い込む「目が黒いうち理論」です。
将棋の棋士がね、自分が現役の時はAIが(名人を)超えるのはないでしょって言って。お前の現役時代のこととAIの発展、何の関係があるの?みたいな。
高木さんはここで、両者の目線の違いを整理しました。多くの人は今の価値観や生活様式が続くと考えるが、科学の目線ではパラダイムが変わる瞬間がいくつもあると知っている、というのです。
今日明日や1年後のヒューマンスケールで考え、今の生活が続くと思い込む
パラダイムが変わる瞬間は何度もあり、人間の寿命とは無関係に技術は進むと見る
高木さんは、多くの人が現状維持を前提にしているため、未来の伸びしろへの期待が低いのかもしれないと付け加えました。
こうした遠い問いと普段どう向き合っているのかを高木さんが尋ねると、山本さんは「考えている」と答えつつ、この話題について話せる友達はあまりいないと明かしています。高木さんは、イーロン・マスクも同じような考え方をしているのではと感じ、山本さんも「彼はこういう感じだよ」と応じました。
名人を倒した経験は「神殺し」だった
山本さんは改めて「自己紹介」として、将棋AIで名人を倒した経験の意味を語ります。将棋の世界では強いことが神と同義であり、AIで名人を倒したことは、その体系を壊すことだったといいます。
将棋の世界において将棋が強いことはですね、神と同義なんですよ。やっぱね、神を殺したんですよ。
山本さんは、それが良かったか悪かったかではなく、「これは可能なんだ」と気づいたことが大きかったと振り返ります。将棋の世界においても人は所詮平凡であった、という実感です。
男の子は基本的にですね、私の偏見で一回は神殺しを選ぶんですよ。やりたいと思わない?
高木さんは、将棋で技術を使ったこと自体より、その世界の神を倒した経験が山本さんを「覚醒」させたのではないかと捉えます。山本さんの答えは、冒頭の話題につながるものでした。
ただし山本さんは、今の「We Overtake Tesla」も、起業した初日に自分が描けた限界の勘違いにすぎないと話します。ダイソン球と比べればテスラは小さく、未来から見れば小さいことを言っていると思う、と。不老不死をすぐに掲げないのは、まだ文明のレベルが足りないからだと、山本さんは「悔しいけど」と付け加えました。
イーロン・マスクと近い思考構造が拓く未来
番組の締めくくりで、高木さんは、これまで多くの起業家の話を聞いてきたなかで最も理解が難しかったと率直に語ります。科学的なものの見方を極めた人は、時間軸がぶっ飛び、常識をひっくり返すように見えるというのです。
そのうえで高木さんは、山本さんの思考はイーロン・マスクに近い構造であり、そうした目線でなければイノベーションは起こせないと感じたといいます。自分の目線がいかに現実に囚われているかに気づかされ、「いい意味でぶん投げられた」と表現しました。
高木さんは、2030年にTuringが本当に車を量産できていれば、山本さんは今のイーロン・マスクのようなスターになっているだろうと展望します。残り7年でどう進化するのかを楽しみにしつつ、自分も山本さんのようなスケールで物事を見てみたいと語って、番組を締めました。
まとめ
山本一成さんの原動力は、「理屈的にできない理由はない」と信じる素敵な勘違いと、勝負と科学という2つの視点です。将棋AIで名人を倒した「神殺し」の経験が勘違いの限界を押し広げ、打倒テスラ、さらにはダイソン球へと続く挑戦を支えています。
- 多くの人は一瞬の才能を過大評価し、長く続けることを過小評価していると山本さんは指摘する
- Turingはテスラの成長ストーリーを参考に、シード10億円から15年でテスラに並ぶことを目指している
- 山本さんはトヨタ生産方式の神髄を「他人への迷惑が見える化される仕組み」と捉えている
- 車の量産にはグラム2円以下という厳しいコストが求められ、量産に乗らなければ車会社は助からない
- 「自分が生きているうちは大きなことは起きない」という思い込みこそ人間のバグだと山本さんは語る





