2社上場させた起業家・佐藤裕介が語る「意思がない」という葛藤──構造の天才が忘れかけた衝動を取り戻すまで
深夜1時の経営者ラジオ「インサイドビジョン」に、STORES株式会社オンラインストア・キャッシュレス決済・予約システムなどを提供するSaaS企業。2022年にヘイ株式会社から商号変更。代表取締役社長の佐藤裕介さんが登場。MC・高木新平さんとの90分の対話の中で、「自分には意思がない」と語る佐藤さんの内面を掘り下げ、構造的思考の裏に隠されていた熱い衝動が浮かび上がっていく様子が描かれました。その内容をまとめます。
13歳のグロ画像鑑定──インターネット原体験
佐藤さんのインターネット原体験は、中学1年生の頃にさかのぼります。当時の2ちゃんねる1999年に開設された日本最大級の匿名掲示板。多様なスレッドが立ち、ネット文化の発信地となった。には「グロ画像鑑定スレ」というスレッドがありました。未知のURLをクリックするとグロテスクな画像が表示されたり、ブラウザクラッシャーブラウザの動作を妨害するJavaScriptコード。無限にウィンドウを開くなどして操作不能にする悪質なスクリプト。が仕掛けられていたりと、当時のインターネットは無法地帯。怖くてURLをクリックできない人たちが「これを鑑定してくれ」と投稿し、佐藤さんはそれを代わりにクリックして「グロ度4、閲覧注意」と報告する"作業員"をひたすらやっていたのだそうです。
自分がたまたま生まれ落ちた環境設定の外側にやっぱ到達できた喜びとか、誰かの役に立っている。それがめちゃくちゃうれしかったんですよね
実家の環境、地元の友人関係──たまたま生まれた場所でたまたま同学年だった人としか触れ合えない13歳が、見知らぬ大人の困りごとを解決している。その体験がもたらす「エクスタシー」が、佐藤さんの原点だったといいます。作業を効率化するスクリプトまで書いて張り付いていたというのですから、その熱中ぶりは本物です。
佐藤さん自身は、この原体験を「ものすごいくだらない」と笑います。しかし同時に、ウェブ2.0的な理想論にも、バカと暇人のもの論にも、どちらにも「そうだよね」と両方の視点を持っていた。この冷静さと、くだらないことへの没入という二面性が、後のキャリアを貫く伏線になっていきます。
Googleで学んだ「構造の強さ」とソフトウェアの特殊性
佐藤さんがGoogleに入った動機は、意外にもロマンチックなものではありませんでした。「ソフトウェアビジネスは再配布のコストがほぼゼロ。粗利が85〜90%出るビジネスなんてほかにない。特別扱いされてる場所に行った方がいい」──つまり、構造的に有利な場所を選んだのです。
1本目にも2本目にも製造原価がかかる。スケールするほどコストも増える
再配布コストがほぼゼロ。粗利85〜90%。スケールするほど利益率が上がる
Googleの「世界中の情報を整理する」という理念や、当時話題だった自由な働き方も、佐藤さんに言わせれば「構造に裏打ちされたもの」。高い粗利率があるからこそ実現できた環境であり、構造的には誰でもできたが、最初に極端にやった人がいなかっただけだ、と分析します。
強い構造を持ってる場所にいた方が楽しい。僕はまあ意思ないんですよ
ここで初めて「意思がない」という言葉が出てきます。強い意思はないが、良さそうな場面や人を見つける力はなぜか高い。そしてその「構造的に有利な場所」に身を置いて、面白いことが起きるのを待つ──それが佐藤さんの自己認識でした。
強い意思を持つ人についていく──連続起業の裏側
佐藤さんのキャリアを振り返ると、フリークアウト2010年創業のアドテクノロジー企業。DSP(広告自動買付)で急成長し、2014年に東証マザーズ上場。現・フリークアウト・ホールディングス。には創業者の本田謙さんに誘われ、イグニス2010年創業のモバイルアプリ企業。ゲームやマッチングアプリなどを展開し、2014年に東証マザーズ上場。には友人の仙さんに「手伝ってよ」と声をかけられ、現在のSTORESも「友達がやっている会社を合体したら面白いんじゃない?」という着想から始まりました。
いずれも「強い意思を持った人に誘われた」のが出発点です。佐藤さんは社長にもなっていますが、自分の意思でゼロから何かを立ち上げた経験は一度もないと言い切ります。「面白そうな人たちがたまたまいいタイミングで誘ってくださった」──それが連続起業の実態だったと。
自身をパークシャテクノロジーAIアルゴリズムを活用したSaaS事業を展開するテクノロジー企業。代表は上野山勝也。の上野山さんや、LayerXバクラク(経理DXサービス)などを展開するSaaS企業。代表は福島良典。元Gunosy創業者。の福島さんのような「透明な公明正大なゲームの中でちゃんと勝てる人」と比較し、「そういう能力が圧倒的に劣っている」と語る佐藤さん。だからこそ、何かフレーバーを足さないと勝負にならない。ドラクエに例えるなら「薬草を使わない縛りプレイをしている」と言い張り、その面白さに共感してくれる仲間を集めるスタイルなのだと説明しました。
インターネットの理想と現実をどう見ているか
高木さんは、かつてのインターネットが持っていた「社会を良くする」という理想が裏切られつつあるのではないか、という問いをぶつけます。ネット広告の詐欺的な手法、SNSの荒廃、緩やかな失望──。しかし佐藤さんの答えは「こんなはずじゃなかったという感覚はあまりない」でした。
論理で考えうる方向に物事は収束する、というのが佐藤さんの基本的な世界観です。許諾を取っていない芸能人をクリエイティブに使えばクリック率は上がる。ありえない効能をうたえばコンバージョン率は上がる。放置すればそういう広告ばかりになるのは、経済合理性から見て当然の帰結だと。
包丁で人を刺すやつがいるからって、包丁を発明されなかった方が良かったっていう話ではないだろうし
民主化とは、これまでパワーを持てなかった人がパワーを持てるようになること。しかしそれは「いい人」だけに使われるわけではない。STORESで手作りアクセサリーを売る人もいれば、詐欺的な商品を売る人もいる。振り子のように極端に振れては戻ってくる力が人間社会にはある──と、あくまで構造的に語りました。
しかし、この「クールな分析」に対して高木さんは後半で切り込んでいくことになります。「構造主義者としての佐藤裕介」が語っているだけで、本当にそれがファイナルアンサーなのか?と。
バランスを取ろうとして「中途半端」になる経営判断
佐藤さんは当時、STORES社内で次世代の経営人材育成プログラムを実施していました。過去の経営判断を題材にケーススタディを行う中で、あることに気づいたといいます。
「うわ、これはこうしとけばよかったな」って思う経営判断って、大体うまくバランスを取ろうとした決断なんですね
右に行ってドーンと壁にぶつかったなら、次は左に行けばいい。しかし「ちょっとだけ右」に行くと、まだ右に切れる余地が残るから、もう少し右だったのかも……と迷いが続く。結果として、いろいろな需要や事情を整合させようとした「中途半端な決断」が最も悔いの残る判断になっていたのです。
壁にぶつかっても次の方向転換が明確。コロナ時に一気にリモート→一気にオフィス復帰した会社はうまくいった
まだ余地が残るため迷いが続く。ダラダラとトランジションした会社はダメージが大きかった
佐藤さんはこの自覚を「意思がない」ことの表れだと捉えています。「こうあるべきだ」という強い信念がその時点でないから、うまくすり抜けようとしてしまう。高木さんはここに切り込みます。「構造が見えすぎてるから衝動でいけないのでは?」と。
構造やルールが見えてしまうと、合理的な解が先に出てしまう。衝動型の起業家なら「関係ねえ、俺はこっちが好きなんだ」と振り切れるところが、構造が見える人ほど迷いが生まれる。そして佐藤さんは自分の経営スタイルを「価値観が溶け出すタイプ」──つまり個人の趣味嗜好とビジネスを分けられないタイプだと認めながらも、構造で判断してしまうことで「中途半端」が生まれていたのかもしれない、と語りました。
構造で蓋をされていた「青い炎」
対話の後半、高木さんは佐藤さんの中に見える「二つの顔」を指摘していきます。一方では構造をクールに分析する佐藤さん。もう一方では、ワイルドスタイル1983年公開のヒップホップ映画。ニューヨークのストリートカルチャー──グラフィティ、ブレイクダンス、ラップを描いた伝説的作品。やストリートカルチャーを愛し、衝動の塊のような表現者に惹かれる佐藤さん。
佐藤さんはそれを「ワナビー」──純粋さへの憧れだと言います。わからないものに突き進んでいる人、予見可能性の低い存在に感じる「セクシーさ」。トランプ大統領を例に挙げ、「いい悪いは別として気になる」と語りました。しかし、それは外から見て素敵だと思うだけで、自分の中にある価値観だとは認められない。
高木さんはここで核心に踏み込みます。「経営者には二つのタイプがある」と。
経営者の役割と個人の趣味嗜好をパキッと分ける。平日は徹底的に合理的、週末はアートや野生の暮らし。例:川邊健太郎、松本恭攝
個人の価値観が経営スタイルに溶け出す。自分を反映しないと「やってる意味がない」と感じる。例:家入一真、佐藤裕介
佐藤さんは「明確に後者」と答えました。しかし融合型であるにもかかわらず、構造で判断してしまう。そこに歪みが生まれ、「中途半端」になっていたのではないか──高木さんの指摘です。
さらに高木さんは、佐藤さんがSTORESについて語った言葉の中にこそ、隠された価値観があると見抜きます。「たまたま入った店が自分と繋がっていてほしい」「事業規模が5倍になれば、毎日そういう体験ができる」「いいものを作りたい。コンテクストで価値を感じさせないぐらいに、普遍的にいいものを」──これらは構造の話ではなく、明らかに願いの言葉です。
「本当にそうしか思わないのか?」
高木さんは、対話の冒頭でインターネットの現状について佐藤さんが「まあこういうもんだよね」と答えたことに立ち返ります。
構造主義者としての佐藤裕介で語ってる気がしてて。感情とか価値観の部分でのアンサーもそれがファイナルアンサーですか?
この問いかけに対し、佐藤さんはついに「構造」の鎧を脱ぎ始めます。「人間は誰かの役に立ちたいと思っている。それはプリインストールされている」。しかしその前に、「自分がここから抜け出したい」「今の環境ではそれができない」という切実さを抱えている人がたくさんいる。SNS上の悪意に見えるものの裏側にも、そうした声がある──と。
高木さんはこの言葉を受けて、13歳の佐藤さんがグロ画像鑑定で感じた喜びに立ち返ります。はたから見ればけしからない行為でも、その動機は「役に立つって嬉しい」というピュアなもの。既存のルールの中でうまくやれない人が、別のルールや能力の拡張によって居場所を得られる世界──それをテクノロジーで広げようとしているのが、佐藤裕介という人なのではないかと。
佐藤さんは「いや、でもそうかもね。本当に」と静かに答え、「今すごいかみしめてますけど、収録してるのも忘れて」と漏らしました。
高木さんはさらに畳みかけます。ビジョンや思想は脆い。構造やマーケットの引力はそれよりはるかに強い。だからこそ言葉にし、デザインにし、繰り返し表明することで初めて抗えるようになる。国旗がなければ国のアイデンティティが簡単に失われるように、思想にも「旗」が必要なのだと。
うまくやらないとっていう……まあ中途半端な責任感とかも含めて、自分が自分らしく何かを実行しないと競争力がないから、しないといけないと思う反面、うまくバランスを取って微調整しながらいい感じにやろうを、まあやりすぎてたのかもしれないけどね
構造の天才が、構造で自分の衝動に蓋をしていた。90分の対話を通じて、その「青い炎」がゆっくりと姿を現していった瞬間でした。
まとめ
30歳で2社を上場させた起業家が「自分には意思がない」と悩む。一見すると贅沢な悩みにも聞こえますが、対話を通じて見えてきたのは、構造を見抜く力が強すぎるがゆえに、自分自身の衝動や価値観に蓋をしてしまっていたという構造でした。
佐藤さんの原体験は、13歳の少年がインターネットで見知らぬ大人の役に立てた喜び。そして今も、既存のルールの中でうまくやれない人が自分なりの道を見つけられる世界を願っている。それは構造の話ではなく、明確な「意思」です。
高木さんが言うように、ビジョンや思想は脆い。マーケットの引力や構造的な合理性のほうがはるかに強い。だからこそ言葉にし、表明し続けることでしか守れない。「構造の波に包まれていた衝動の部分がちゃんと抽出できた。ちゃんとその炎は燃えてました」──高木さんのこの言葉が、90分の対話の着地点でした。
- 佐藤裕介さんのインターネット原体験は、13歳で2ちゃんねるの「グロ画像鑑定スレ」の作業員をしていたこと。生まれた環境の外側で誰かの役に立てた喜びが原点
- Googleで学んだのは「ソフトウェアの再配布コストはほぼゼロ」という構造の強さ。ユートピア的理念ではなく、構造的に有利な場所を選ぶ合理性
- フリークアウト・イグニス・STORESのいずれも「強い意思を持った人に誘われた」のが出発点。自分一人でゼロから始めたことがないのがコンプレックス
- 過去の経営判断で最も悔いが残るのは「バランスを取ろうとした中途半端な決断」。極端に振り切った方が、次の方向転換は早くなる
- 佐藤さんは「価値観が経営に溶け出す融合型」の経営者だが、構造が見えすぎるために衝動に蓋をしてしまっていた
- 「既存ルールでうまくやれない人にも自分なりの道がある」という願いこそが佐藤さんの本質的な意思。構造で語っていただけで、炎は消えていなかった
