深夜1時の経営者ラジオ「インサイドビジョン」。今回のゲストは、日本のインターネット史を黎明期から作り上げてきた起業家・けんすう古川健介。学生時代に「したらば掲示板」を運営し、リクルートを経て「nanapi」を創業。現在はアル株式会社代表として、クリエイター支援やAI活用を推進する。(古川健介)さんです。
MCの高木新平株式会社NEWPEACE代表。ビジョニングという独自手法で企業のブランディングを支援。富山県クリエイティブディレクターも務める。さんが切り込むのは、けんすうさんが今まさに取り組んでいる「インターネットを良くする」という壮大な挑戦。アルゴリズムに支配された現代のネット空間に対する違和感から、なぜ今「Podcast」という不親切なメディアに光が当たっているのか、その核心に迫ります。議論の果てにたどり着いた「ポッドキャスト=IPの原液」という結論とは? その内容をまとめます。
アルゴリズムに「攻略」された脳と現代のネット
けんすうさんは、現在のインターネットにおける「コンテンツの偏り」に強い危機感を抱いています。プラットフォーム側がユーザーの脳をハックコンピュータの仕組みを解析すること。ここでは、人間の心理的・生理的反応を巧みに突いて、行動をコントロールすることを指す。しすぎた結果、私たちが目にするのは「反射」で楽しめるものばかりになってしまったというのです。
TikTokでペンギンの体重を測る動画が流れてくると、つい見ちゃうんですよ。「何グラムだろう?」という問いに回答を見たいという本能が攻略されている。何も残らないはずなのにずっと見続けてしまうんです。
かつては本を選ぶのにも「レジに持っていく」「ページをめくる」という摩擦(コスト)がありました。しかし、スマホの普及によってその摩擦は極限まで下がり、指一本で瞬時にコンテンツを切り替えられるようになりました。その結果、理性感情に流されず、論理的に物事を考え、判断する能力のこと。を使って深く考えるようなコンテンツは「だるい」とされ、アルゴリズムによって淘汰されていく構造が生まれています。
摩擦コストがあるため、
理性で内容を選択する
→ 知識の定着・深い考察
摩擦ゼロのため、
本能(反射)でスワイプする
→ 脳の浪費・多様性の喪失
「スマホを触らないメディア」としてのポッドキャスト
この「アルゴリズムによる攻略」から脱するためにけんすうさんが着目したのが、Podcast(ポッドキャスト)インターネットを通じて配信される音声番組。移動中や作業中に「ながら聞き」できるのが特徴。です。音声メディアの最大の特徴は「スマホの画面を触らなくていい」という点にあります。
スマホで見ていると、スワイプが簡単すぎて「感情コンテンツ」に絶対に負ける。だからこそ、スマホを触らないメディアであるポッドキャストが、理性を保つための今のところ一番の筋だと思っています。
しかし、音声メディアにも課題はあります。それは「聞き流してしまい、記憶に残らない」という問題。これには、心理学的な処理流暢性情報がどれだけスムーズに処理できるかという指標。スムーズに理解できるものほど、正しい、あるいは安全だと直感的に信じやすくなる心理傾向。という概念が関係しているといいます。分かりやすく語られると「わかった気になってしまう」危険性があるのです。
そこで、けんすうさんが開発しているのが、Podcast体験をリッチにするサービスPody(ポディ)Podcastの書き起こし、要約、学びの定着を支援するプラットフォーム。配信者とリスナーの新たな関係性構築を目指している。です。書き起こしや要約を通じて、聞き流した内容を復習し、自分の中に定着させる仕組みを提供しようとしています。
原体験としての「受験掲示板」と情報の民主化
高木さんは、けんすうさんの思考のルーツを探ります。なぜこれほどまでに「インターネットを良くしたい」と願うのか。その原点は、2000年頃に立ち上げた受験情報掲示板けんすう氏が大学時代に運営していたコミュニティ。当時の受験生の間で絶大な人気を誇り、生の情報交換の場となった。にありました。
原点の掲示板は、お金が稼げるからとかじゃなくて、みんなで良くしようっていう内発的な感動があったわけですよね?
そうです。当時、受験情報は世の中に全然なくて。でも掲示板を作ったらみんなが投稿して、一気に情報が民主化した。あの革命的な瞬間には本当に感動したんです。
情報の民主化一部の権力者や特定の層だけが独占していた情報や特権が、広く一般の人々にも開放されること。。これこそがインターネットの魅力であり、けんすうさんの理想でした。しかし、そこには一つの壁がありました。「善意だけでは持続しない」という現実です。
経済合理性と「善意」のジレンマ
ここで議論は白熱します。高木さんは「けんすうさんは成功体験があるからこそ、経済合理性に縛られすぎているのではないか」と問いかけます。Wikipedia非営利団体が運営する多言語のオンライン百科事典。広告を一切掲載せず、寄付とボランティアによって維持されている。のように、贈与と善意だけで回り続けている世界もあるじゃないか、と。
本当は善意でやりたいのに、早めに手を打って「持続可能にしなきゃ」とインセンティブを設計することで、逆に理想世界から遠ざかってないですか?
それは……戦場を間違えてる感はあるかもしれない(笑)。ただ、インターネットに「良い情報」を増やしたいんです。今のネットには、本一冊分に匹敵するような良質な情報が少なすぎる。本屋にはあんなにあるのに。
けんすうさんは、コテンラジオ株式会社コテンが配信する歴史系ポッドキャスト。圧倒的なリサーチ量と熱狂的なファンコミュニティで知られ、Podcastアワードを受賞。のように、予算と人員をかけて徹底的に調べ上げる「狂気」を伴うコンテンツをネット上でも増やしたいと考えています。そのためには、ポッドキャスターが生活でき、さらなる投資ができる仕組みが必要だと信じているのです。
自分の無理ない範囲でやってるコンテンツはたくさんある。でも、映画や本のように「気合が入ったもの」が少ないのは、構造の問題なんです。
新定義:ポッドキャストは「IPの原液」である
議論のクライマックスで、二人は新たな地平にたどり着きました。それは、ポッドキャストを単なる音声メディアとしてではなく、あらゆるエンターテインメントの起点となるIP(知的財産)Intellectual Property。知的な創作活動によって生み出された財産的価値。作品のキャラクターや世界観、ストーリーなど。の「原液」と捉える視点です。
高木さんは、週刊少年ジャンプ集英社が発行する漫画雑誌。連載作品が単行本、アニメ、映画、グッズへと多角化されるエコシステムを構築している。を例に挙げました。ジャンプでの連載自体がゴールではなく、そこからアニメになり、映画になり、世界中で愛されるIPへと成長していく。ポッドキャストも同様に、深い対話の中から生まれた「思考の種」が、本になり、ドラマになり、教育課程に取り入れられる。そんな未来を描けないか、と提案します。
これには、かつて鈴木おさむ放送作家、脚本家。数々のヒット番組を手がけ、2024年に引退。Podcastの可能性についていち早く言及していた。さんからも「ポッドキャストはIPになるね」と言われていたけんすうさんも激しく同意。Podyの役割も、単なる要約ツールから「IPの目利き・育成を支援するプラットフォーム」へと再定義されました。
解決しました。ポッドキャストは「IPの現役」として機能しうる。ここで磨かれたコンテンツが本になり、テレビの元ネタになり、グローバルコンテンツになっていく。この階段があるなら、みんなもっとワクワクして良いものを作れますよね。
というわけで
深夜の密談は、ポッドキャストという古くて新しいメディアの可能性を「IP」というキーワードで見事に統合し、幕を閉じました。アルゴリズムに最適化された情報の砂漠の中で、あえて「手間のかかる思考」を尊ぶ文化が、経済と結びついてどう花開くのか。けんすうさんとPodyの挑戦は、私たちのインターネット体験を再び「感動」へと導いてくれるかもしれません。
- 現代のネットはアルゴリズムに「攻略」され、反射で見るコンテンツばかりになっている
- Podcastは「スマホの画面を触らせない」ことで、ユーザーの理性を守るメディアである
- 善意による「情報の民主化」を持続させるには、適切な経済インセンティブが不可欠
- Podcastは「IPの原液」。音声から書籍、映像へと多角化するエコシステムが未来を作る
- Podyは、良質なコンテンツがIPとして成長するための土壌(パブリッシング支援)を目指す
