ビジュアルがないとイメージできない、という自覚
CAMPFIRE代表の家入一真さんと話す後編の最初の話題は、言葉以外でのビジョンの伝え方です。高木晋平さんは、家入さんがペパボ ── 家入さんが創業したレンタルサーバーやブログサービスなどを手がける会社、GMOペパボの通称です時代に「プロダクトを作って背中で見せる」と話していたことを持ち出しました。
家入さんは、自分はビジュアルがないとイメージできないタイプだと答えます。アイデアだけを聞いてもピンとこない一方で、モックアップがあれば「こういうユーザーがこう触るのか」と見えてきて、やろうと思えるといいます。
(投資相談で)起業家がアイデアだけ持ってきても(ピンとこない)。別に動かなくていい。一枚絵とかでもいいんだけど、こういうイメージですっていうモックアップがあると、おおってなる。
家入さんはこの性質を、脳内でうまくイメージできない「自分の欠点」だとも捉えています。そのため、CAMPFIREのPolca ── CAMPFIREが手がけていた、友人などに少額の支援を呼びかけられるサービス。現在は終了していますの構想段階では、アプリのイメージ図とキャッチコピーを自ら作り、スライドショーにしてメンバーにプレゼンしたそうです。
高木さんがPolcaを「一円でも多く、一人でも多く」という考えの体現ではないかと尋ねると、家入さんはそうした側面も認めつつ、「普通にいけると思った」とサービスとしての手応えも口にしています。
ブックログはプログラムのミスから生まれた
高木さんは次に、家入さんがペパボの代表でありながら個人サービスとして作ったブックログ ── Web上に自分の本棚を作り、読んだ本を並べて公開できるサービスですについて尋ねます。会社の枠に収まらない「新しいことをやっちゃう」衝動は定期的に出てくるのか、という問いです。
家入さんは、やりたくなる気持ちも「やらねば」という瞬間もあるといいます。今いる会社に収まらないものは外でやってしまい、当時の個人サービスはある意味で研究開発のようなものでした。うまくいけば会社でやればいい、という位置づけです。
ただやっぱ(個人サービスを)やってると愛着が出てきちゃうんだよ。なんかこれは手放したくないみたいな。
ブックログのきっかけは、ペパボのブログサービスジュゲム ── ペパボが運営していたブログサービス。JUGEMと表記されますに投稿された画像をAPIで一覧表示する実験でした。プログラムのミスで画像が縦長に並んでしまい、修正しようとした瞬間、それが本の背表紙のように見えたといいます。
そこから家入さんは、Amazonの書影を取得して縦長に並べれば本棚を再現できると考えました。もともと人の本棚を見るのが好きで、本棚には読む本や並べ順まで含めてその人が表れると感じていたからです。
本棚を表現すれば、その人の自己紹介のツールになり得るんじゃないかっていうふうに思ったの。
実験
ジュゲムの投稿画像をAPIで一覧表示しようとする
偶然
プログラムのミスで画像が縦長に並ぶ
発想
本の背表紙に見え、Amazonの書影で本棚を作れると考える
コンセプト
感想サービスではなく、自己紹介・表現のツールとしての本棚
広がり
本を介していろいろな人の感情がつながるサービスへ
当時は本の感想サービスが多くありましたが、家入さんが目指したのは表現のツールとしての本棚でした。さらに、人の本棚に本を勝手におすすめする機能や、同じ一冊を失恋のときに読む人と就活の悩みで読む人の感情がつながる仕組みへと構想が広がっていったそうです。
ブックログは、家入さんがペパボを辞めるタイミングで会社に譲渡され、その後ブックオフのグループに入ったと語られています。家入さんは、自分が関わったサービスや会社はどれも「我が子のような感覚」で、子どもが大人になっていく感じがあると話しています。
言葉にしにくいカルチャーはなぜ共有されるのか?
高木さんは、家入さんには「家入さんっぽいサービス」と感じさせる匂いがあると指摘します。カルチャーやミッション、ビジョンは目に見えず、多くの経営者が共有に苦労するのに、家入さんはなぜうまくやれているのか、という問いです。
高木さんの仮説は、家入さんが定期的に新しいプロダクトや画像のようなものを作っているからではないか、というものでした。会社が大きくなると経営者の役割はマネジメントになり、事業の匂いは薄まりがちです。それでも自分のDNAが出たものをアウトプットし続けることで、メンバーが関心の向きを感じ取っているのではないか、と高木さんは考えます。
家入さんは「結果的に」そういう面はあるかもしれないと受け止め、自分でもなぜ共有されているのかよくわかっていないと率直に語ります。CAMPFIREは多様な雇用形態を含めて大きな組織になり、今はリモートで接する機会も少なく、Slackでもほとんど発言しないといいます。
それでも、家入さんがいない会議でミッションの話が出たり、新しく入ったメンバーと話しても意思決定にずれがなかったりするそうです。その理由として家入さんが挙げたのが、同じことをずっと言い続ける大事さでした。
「家入さんと働きたい」人を採らない理由
採用の方針も、CAMPFIREのカルチャーを形づくってきた要素です。会社が小さい頃は「家入さんと働きたい」という応募が多くありましたが、家入さんはそうした人を断り続けてきたといいます。
僕の方を見るんじゃなくて、会社の方を見るんじゃなくて、僕らが実現したい世界の方を一緒に見れるメンバーとしか働きたくない。
その姿勢を見てきたメンバーが、今はマネージャーとして採用を担っています。家入さんや会社が面白そうだからではなく、CAMPFIREが見ている先を一緒に見たい人を採る流れが、一朝一夕ではなく積み重なってきたと家入さんは振り返ります。
家入さんや「面白そうな会社」としてのCAMPFIREを見ている
CAMPFIREが実現したい世界の方を一緒に見ている
任せる基準は、ミッションを体現しようとしているか
高木さんは、正解のないミッションやビジョンを議論しながら物事を進めるなかで、家入さんがどのように「任せて大丈夫な人」を見ているのかを尋ねます。
家入さんは、判断の軸はいろいろあるとしつつ、誰よりもミッションを体現しようとしているかが大きなウェイトを占めると答えました。年齢や実績はあまり関係ない気がするとも話しますが、成果を出すことも含まれていると補足しています。
例として挙げられたのが、執行役員でプロダクトのトップを務める大橋桃太郎さんです。入社時は20代前半で、今は25、6歳の金髪のメンバーだといいます。経験は他のメンバーより浅いものの、ミッションやビジョンをどうプロダクトで体現するかを考え、内省の能力が並外れているそうです。
なんて言うんだろう、常に考えてる。考えるだけじゃなくて、ちゃんと行動にも移す。
家入さんは、大橋さんを執行役員にしたときに突出した成果があったわけではないと明かします。それでも彼に執行役員になってほしかったし、その人事が「うちの会社はこういう会社なんだ」と社内外に示す影響の大きさも意識していたといいます。
高木さんは、家入さんがTwitterで大橋さんとの1on1をよく発信していることにも触れました。家入さんは、それも意識的に行っていると認めています。
言葉足らずの球を受け止めてくれる相手
高木さんは、家入さんが特定の相手と異常な頻度で会い、ぐっと距離を縮める「バディ」のような関係を作ることを指摘します。主観の共有なので、全員と同じ濃度でできるわけではない、というのが高木さんの見方です。
家入さんがそうした相手に感じているのは、言葉足らずに投げたものの意図を汲んでくれる心地よさです。付き合いの長さや価値観の共有もありつつ、それだけではない何かがあるといいます。
ポンと投げた時に、あ、これこういうことっすねみたいな。逆もまたしかり。あちらからもポンとなんか来るみたいな。
一方で家入さんは、心地よさだけではダメだとも話します。立場や年齢に関係なく「それは違うと思うんすよね」と言ってくれることも、すごく大事だと考えています。
鳥の目と虫の目を持つリーダーの振る舞い
高木さんは、家入さんから「掲げて仲間を集め、しれっと任せていく」やり方を学んだと話します。家入さんは、ぎゅっと関わるタイミングとふわっといなくなるタイミングを感覚的に繰り返していると答えました。
やべえ、俺らがちゃんとしないとやばいことになるみたいな中で、人ってこう育つ。
家入さんはこの振る舞いを「鳥の目と虫の目」になぞらえます。俯瞰して口も関与もしない立場を決め込む一方で、デザインが1ピクセルずれていることを強く気にすることもあり、その振り幅は矛盾しないといいます。
俯瞰して任せ、口も出さず関与もしない立場を決め込む
デザインの1ピクセルのずれや特定の数字・議論に細かくこだわる
家入さんが大事にしているのは、細部へのこだわりを通じて何を見ているかを示すことです。特定の数字だけうるさい、この議論にだけ食いつく、といった重箱の隅のようなことでも、何を大事にすべきかが結果的に伝わっていくと考えています。
(細かいことを)それを言えなくなったら、もうそれこそ僕がやる意味ない会社だと僕は思うので。
経営論の本を意図的に読まない理由
高木さんは、家入さんを「事故的に起業したアクシデンタル・アントレプレナー」と表現し、経営や組織づくりは独学なのかと尋ねます。家入さんは、GMOグループに入った頃は熊谷さんをとても参考にしたと答えます。
それでも家入さんは、尊敬する人がいても結局その人にはなれないと話します。熊谷さんはすごい経営者だけれど自分は熊谷さんにはなれず、逆に自分だからできる経営スタイルや組織論もあるという考えです。自分のスタイルが見えてきたのは、42歳の今から振り返って30代後半、CAMPFIREに復帰した頃だといいます。
家入さんは本を幅広く読む一方で、組織論や経営論の本は意図的に読まないようにしてきたそうです。読むと、今の課題に対する答えだと思い込んでしまうからです。
(解決策は)結局のところその目の前で起きてるところにしかないというか。この人がこういう風に言ってるから、こうしたらうまくいくんじゃないかっていう風に逃げちゃうでしょ。
家入さんは、経営者は不安だから特効薬を求めてしまうと語ります。知識として得ることは良いとしつつ、取り上げられた事例に再現性があるのかも疑問だといいます。
問題のない組織は存在しない
家入さんは、熊谷さんの受け売りとして「問題のない組織なんて存在しない」という言葉を紹介します。組織に問題がなくなったときは、組織が終わっているときだという考えです。
常に3人は3人のチームの問題があるし、10人は10人、300人は300人、1000人は1000人、1万人は1万人の組織の課題があって。
家入さんにとって大事なのは、すべてがうまくいく特効薬は存在しないと認め、起きている事象に一つずつ向き合うことです。家入さんは「あっち潰したら今度こっち」と、課題が終わらない感覚を表現しています。
寝たら忘れてしまうという高木さんが、問題との距離の取り方を尋ねると、家入さんはここでも熊谷さんの教えを挙げました。それは「解決できない問題は起きないようにできている」という考え方です。
家入さんは、急に自分に1億円の問題は起きないと例えます。問題が噴出して「終わった」と思う瞬間もあるものの、やるべきことは優先順位をつけ、こんがらがったコードを解くように一つずつ解決していくことだといいます。
さらに家入さんは、若い頃は熊谷さんの言葉に反発もあったが、経験を重ねるうちに「確かにそうだわ」と思えるようになったと話します。最近は「継続は力なり」のような先人の言葉にばかり行き着くそうです。
IT業界の外の人と会う理由は?
家入さんは、学ぶ相手を経済やIT業界に限っていません。本はジャンルを問わず、会食も同じIT業界の経営者より、まったく違う領域の人との方が多いといいます。学生と会うこともあるそうです。
高木さんが、思考を閉じないための目的があるのかと尋ねると、家入さんの答えは「単純に興味があるから」でした。もっと深く知りたい人がいれば、自分からメッセージを送って会いに行くこともあるといいます。
(同じ領域の人たちと飲むと)それはそれで楽しいんだけど。なんか、なんだろうか。うん、あんま広がりはない。
コーチングで脱皮した家入さん
高木さんは、家入さんが3〜4年前にコーチングを始め、自分の人生と向き合ってから大きく変わった気がすると話します。表情が「一個ツルッと脱皮した」感じがあったといいます。
家入さんがコーチングに行き着いたのは、もともと好きだった宗教や仏教を学ぶなかで、心の課題にも関心を広げたからです。その過程で、起業家向けのメンタルヘルスのプログラムも作ってきました。
起業家って強くあるべきとか、起業家は強くて当然みたいなものに対して、いやいや、とはいえ人だし、落ち込むこともあるし、折れる時もある。
家入さんは、カウンセリングやメンタルヘルスが過去と向き合うものだとすれば、コーチング ── 対話や問いかけを通じて、相手が自分で目標や答えを見つけ、行動できるよう支援する手法ですは「どういう自分になりたいか」を考える未来志向のものだと整理します。
どちらかというと過去と向き合う
どういう自分になっていきたいかを考える未来志向
家入さんは、コーチングで一気に思考が変わったわけではないと強調します。それまで「これから何をしたいか」と聞かれても「ないです」と答え続けていましたが、過去を内省し、少しずつ言語化するなかで、なりたい自分に向けて改善していくようになったといいます。
「優しい」という言葉を使わなくなった理由
コーチングによる変化として家入さんが挙げたのが、遅刻やドタキャンへの向き合い方です。以前は遅刻やドタキャンを当たり前のように語り、それが受け入れられていると思っていました。
それによって自分はただ、自分自身の承認欲求を満たしてただけだったなみたいな。そこに自分の成長は全くないし、みんなにもちろん迷惑かけてるし。
家入さんは、かつて多用していた「優しい」という言葉も使わなくなったといいます。その言葉で優しさではなく甘やかしを期待し、受け入れてもらうために相手に踏み絵を踏ませていた感覚があったからです。
1on1はティーチングから問いへ
経営での変化として、家入さんは1on1のやり方を挙げます。コーチングで自分を引き出してもらったやり方を、メンバーや起業家との対話でも心がけるようになりました。
家入さんが聞くのは、ほぼ一つのことです。3ヶ月後、12ヶ月後、3年後のあなたはどうなっているか。どんな人に囲まれ、どんな音が聞こえ、どんな景色が見えているかを一緒にイメージし、そこに行くために今何をすればいいかを尋ねます。
世間話の後に課題を聞き、「こうしたらいいと思うよ」と答えを出すティーチング
未来の姿を一緒にイメージし、そのために今何をするかを本人から引き出す
答えとかは全部自分の中にある。だからその答えをどう引き出していくのか。
家入さんに勧められてコーチングのプログラムを受けている高木さんも、メンバーの見ている世界を信じたいと思いながら、ティーチングしてしまう場面が随所にあったと気づいたそうです。最適な関わりのつもりが、メンバーのポテンシャルを押し込めていたと高木さんは振り返ります。
家入さんは、コーチの本質を問いを投げる力だと考えています。問いに答えるうちに自分でも知らなかった考えに気づき、表情が曇ったときに「今どう思いました?」と聞かれて、本当にそう思っているのかを見直すことがあるといいます。
父親と2人で飲んで引き出した一言
家入さんにとってコーチングは、過去の自分と向き合う作業でもありました。数年前、コーチとの対話のなかで、父親と話すべきことを話せていないと気づき、福岡に帰って2人で飲んだそうです。
家入さんの父親は交通事故で働けなくなりましたが、事故の前に「お前が頑張んなきゃダメだぞ」という意味深なメッセージを送っていました。家入さんは深夜でそれに気づかず、その後に事故が起きたといいます。両親は離婚しており、いつもは母親も呼ぼうとする父親に、この日は2人で話そうと伝えました。
メッセージのことを切り出すと、父親は「墓場まで持っていきたい」と答えたそうです。ただ、家入さんが本やインタビューで語ってきた過去について聞くと、一つだけ言いたいことがあると話し始めました。
家入さんは不登校だった頃、学校に連れて行こうとする親から何度も逃げ帰り、最後は親が諦めて放置してくれたから救われたと、いろいろな場所で語ってきました。それに対して父親が返した言葉が、次のものです。
どこに子供のことで諦める親がいるかって言われて。ああ、よかったなと思って。話せて。
家入さんは、コーチングを経た変化を「ブレーキを踏みながらアクセルを踏んでいた」状態にたとえます。過去と向き合わないまま前に進もうとして空回りしていたのが、親や幼少期の自分、甘えている自分と向き合うことで、ブレーキが少し軽くなったといいます。
高木さんは、起業は衝動的でも、会社をどうしたいかを考えるときには自分がずしっと問われると話します。自分の器が会社の器を決めるという感覚に、家入さんも「確かにそれあるよね」と応じました。家入さんは、ミッションやビジョンも一度決めたら変えてはいけないものではなく、アップデートされていくと話しています。
個人・家入一真が語ることを選ぶ基準
最後の話題は、個人としての家入一真さんとCAMPFIRE CEOとしての家入さんのバランスです。高木さんは、創業当初にSNSが会社のお知らせばかりになり、妻から「社畜候補」と言われ、個人の発信としてnoteを始めた経験を語りました。
家入さんの発信は、アート、マインドフルネス、コーチング、宗教、最近読んだ本などに限られているといいます。基準は、これまでの人生を踏まえて自分が語る意義があるかどうかです。ニュースに一言添えるような発信は昔試したものの、しんどかったし自分がやることではないと感じたそうです。
年取ってくるとあれなのよ。その、いかに自分がやらなくていいことをやらないかみたいな方向に行く。
家入さんは、届けたい人の顔が思い浮かばない事業はやらないのと同じように、発言や表現も自分がやる意義のあるものに絞られていくと話します。そうした発信は、家入さんが今どんな課題や領域に関心を持っているかをメンバーが知る機会にもなっています。
家入さんは、CAMPFIREをあらゆる領域に関われるプラットフォームだと捉えています。そのため、個人の関心も遠いものではなく、CAMPFIREやそのメンバーにも生きてくると考えています。高木さんは、アートや宗教、本を通じて思想を発信している面もあるのではないかとまとめました。
締めくくりに高木さんは、家入さんの伝え方はフレームワークではなく、飽きずに伝え続けること、プロダクトや個人の発信を通じて見せることにあると振り返ります。コーチングでメンバー一人ひとりが自分ごと化していることも、CAMPFIREがカルチャーの濃いまま拡大している源泉の一つではないかと語りました。
まとめ
家入一真さんは、ミッションやビジョンを特別な手法で浸透させているわけではありません。言い続けること、作って見せること、細部へのこだわりや採用・人事で態度を示すこと、そして自分自身が内省し続けることが、結果としてCAMPFIREのカルチャーを形づくってきたと語られています。
- ブックログのように、自ら作ったプロダクトが家入さんの関心や価値観を伝えるメディアになっている
- 採用では家入さん個人ではなく「実現したい世界」を一緒に見られる人を選び、任せる基準もミッションを体現しようとしているかに置いている
- 経営論の本に特効薬を求めず、問題のない組織は存在しないと考えて目の前の課題に一つずつ向き合っている
- コーチングを通じて甘えや過去と向き合い、1on1も答えを教える形から問いで引き出す形に変わった
- 個人の発信は自分が語る意義のあるテーマに絞り、それがメンバーに関心の向きを伝える機会にもなっている



