「誰か僕に投資してください」から始まった10年
「インサイドビジョン」は、新たなカルチャーを作る起業家のビジョンを掘り下げる番組です。初回ゲストは、クラウドファンディングのCAMPFIREで代表を務める家入一真さんです。
家入さんは20代前半に福岡でペーパーボーイ ── 家入さんが福岡で立ち上げた会社。現在はGMOペパボという社名で、レンタルサーバーやネットショップ作成などの個人向けサービスを手がけていますを立ち上げ、東京に出てきて上場させました。その後、CAMPFIREやBASEの立ち上げに関わり、現在はCAMPFIREに加えてNOWというVCも運営していると自己紹介しています。
聞き手の高木さんと家入さんの出会いは2012年ごろ、約10年前にさかのぼります。最初の会社を辞めて六本木でシェアハウスをしていた高木さんは、お金もなく、今後を迷っていました。
なんかちょっとあの誰かちょっと投資してください、僕にっていうツイートをしたら、家入さんがしますっていう。
高木さんがすぐ会いに行くと返事をしたところ、家入さんはたまたま高木さんのシェアハウスのすぐ裏に住んでいました。ところが、近くのカフェで会った家入さんの第一声は「ごめん、今お金ないんだ」というものでした。
投資する体で会ってたけど、実はお金なかったのね。
当時の家入さんは、ペパボの上場後に散財してお金がなくなり、CAMPFIREは立ち上げたもののまだ深くコミットしていない時期だったといいます。家入さんの周りには、自身と同じく中卒や高卒で行き場のない若者たちが起業相談に来始めていました。
家入さんは、高木さんが運営していたヨルヒルズというシェアハウスの活動を一方的に知っていました。行き場のない若者たちとヨルヒルズでコラボできることがあるのではないかと考え、高木さんに連絡したのだろうと振り返っています。
高木さんはその後、自身の会社NEWPEACEを作るまで、家入さんの活動にほぼ張り付いて企画を一緒に考えてきました。起業家のビジョンに迫るこの番組を始めるにあたり、最初に浮かんだのが家入さんだったと語っています。
「ミッションなんて恥ずかしい」はなぜ変わったのか
高木さんは、CAMPFIRE立ち上げ当初からミッションやビジョンが見えていたのかを尋ねます。家入さんは、それより前の話から始めたいと言い、ペパボ時代の考え方を明かしました。
なんか元々僕ペパボの頃ってミッションとかビジョンいらないってずっと言い続けてたんですよ。
ペパボ時代の家入さんは、エンジニアでありデザイナーでもあり、初期のサービスを自ら作っていました。そのため、会社はプロダクトで示すものであり、ものづくりの姿勢を通じて空気やカルチャーを体現するという思想を持っていたといいます。
家入さんにとって、理念をわざわざ言語化することは「ちょっと恥ずかしい」ものでもありました。その考えが変わったきっかけは、ペパボの代表を降りた後に高木さんと出会ったことでした。
家入さんは自分のことを言語化が苦手だと話します。行き場のない若い人たちにこういう場が必要だと思う、という漠然とした思いを家入さんがつらつらと伝えると、高木さんが「それってつまりこういうことですよね」と時代の文脈と結びつけて整理してくれたといいます。
そうした整理を経て、二人はこれからの生き方を提唱するチーム「リバティ」を作り、ステートメントを掲げました。共感した若者が集まり、今度は住む場所としてシェアハウス「リバテ」が生まれ、その先にCAMPFIREやBASEがあると家入さんは語ります。
思いを語る
家入さんが若者に必要な場についてモヤモヤした考えを伝える
整理する
高木さんが時代の文脈と結びつけて言葉にする
ステートメント
チーム「リバティ」が生き方のミッションを掲げる
共感と広がり
若者が集まり、シェアハウス「リバテ」へ
この過程を通じて、家入さんは言語化の大切さを学び、自分自身も言葉にする訓練を積んだと話します。高木さんがビジョナリーと評した家入さんの「成分の半分」は高木さんでできている、とまで語りました。
家入さんの現在の考えでは、特に会社の設立初期こそ、想いを言語化してビジョンを共有することが大切です。どんな世界を描きたいのか、同じ世界を見ることの大事さを高木さんから学んだといいます。
しんぺいと出会ってなかったら、多分いまだにそういったこと(言語化)やってなかったかもしれない。
CAMPFIREの原点にある貧しさと「表現の民主化」
高木さんは、CAMPFIREのミッションやビジョンがいつごろから見えていたのか、変遷はあったのかを尋ねます。家入さんが答えの起点に置いたのは、自身の人生のストーリーでした。
家入さんは学校に通えなかった時期があり、家も貧しかったため、新聞配達をしながら学校に通っていました。さらに親が自己破産し、行きたい学校にも行けなくなったといいます。
その先に立ち上げたペーパーボーイでは、個人の自己表現をインターネットというテクノロジーで実現してきました。家入さんはこれを「表現の民主化」と呼びます。
次に何をやるべきかを考えたとき、家入さんが選んだのは、最初の一歩を踏み出すための資金調達や応援集めの民主化でした。念頭にあったのは、かつての自分と同じ境遇にある画学生、アーティスト、クリエイターたちです。
ペーパーボーイ: インターネットで個人の自己表現を実現する「表現の民主化」
CAMPFIRE: 最初の一歩を踏み出すための資金調達や応援集めの民主化
家入さんは、この「資金調達の民主化」という軸は今も昔もブレていないと話します。一方で、立ち上げから10年の間に都知事選への出馬なども経て視座が上がり、それを表す言葉は変わってきたといいます。
(最初から)それを言語化できてたのかというと、そうではないけど、届けたい人の顔は思い浮かんでたっていう感じかなっていう。
クラウドファンディングはレコメンドされて始まった?
高木さんは、家入さんがクラウドファンディングと出会ったとき、自分のやりたいことの可能性を感じてすぐ始めたのかを尋ねます。家入さんによると、きっかけは共同創業者の石田さんでした。
石田さんは、アメリカでキックスターター ── 2009年にアメリカで始まった、クラウドファンディングの代表的なプラットフォーム。ものづくりや映画、ゲームなどのプロジェクトが支援を募りますというサービスが登場していることを家入さんに伝え、日本でやるのは家入さん以外にいないと声をかけてきたといいます。家入さん自身は、もともとキックスターターを知っていたわけではありませんでした。
家入さんは、知れば知るほどクラウドファンディングが自分のこれまでの仕事の延長線上にあると感じたと話します。高木さんは、家入さんの持つストーリーがそうした出会いを引き寄せているのではないかと指摘しました。
家入さんはこれを、高木さんとお互いに本を薦め合う感覚に近いと表現します。もともと接点のなかった石田さんが、家入さんのことを一方的に知っていて、家入さんに合うサービスとしてレコメンドしてくれたのかもしれない、という受け止め方です。
顔が浮かばない事業はやらない
家入さんは、ゼロからの真っさらなアイデアは自分の中からあまり出てこないと語ります。サービスや仕組みを「どんな人に届けたいか」が先にあり、その人に届けるために何を作るかを考えるパターンが多いといいます。
高木さんがそれを「ユーザーの顔が先に見えている」と言い換えると、家入さんは強く同意しました。家入さんにとって、この順番は事業を選ぶ基準にもなっています。
その顔が思い浮かばなかったら、なんかやる気も出ないし。
飲み会などで「こういうのやったら面白くない?」というアイデアが出ることはあり、実際にやろうと思うこともあると家入さんは話します。ただ、誰に届ければいいのか顔が浮かばないケースが大半で、そうしたアイデアは諦めるか忘れるようにしているそうです。
届けたい人の顔が先に浮かび、その人のために何を作るかを考える
面白そうなアイデアが先にあるが、誰に届けるかの顔が浮かばない
高木さんは、CAMPFIREも業界ではクラウドファンディングというカテゴリでくくられるものの、家入さんにとっては若いクリエイターなどのための新しい仕組みであることが先にあったのだと確認します。家入さんは「まさにまさに」と応じました。
「小さな経済圏」はどこから生まれたのか
高木さんは、家入さんが途中から「お金に色をつける」「思いが巡る経済」といった独自の言葉を使い始めたことに触れます。そうした言葉はサービスを続ける中で見えてくるのか、と尋ねました。
家入さんは、実体験に加えて、高木さんのような人との出会いや、本から得たエッセンスが関係していると答えます。以前に読んだ本の言葉が、後になってふと降りてきて考えがプラスアップされる感覚があるそうです。
「個人を中心とした小さな経済圏」という言葉の背景にあるのは、CAMPFIREの立ち上げ後に、リバテなどの居場所づくりで日本各地を回った経験です。家入さんは高木さんと一緒に各地を訪ね、そこで出会った人たちの暮らしを目の当たりにしました。
一人一人の小さな物語がそこに存在して、その人たちを中心とした、本当になんかそれはスケールとか合理化とか、なんかとはまた全然違う軸での、
なんだろう、幸せな形みたいなものがそれぞれその違う個別に存在してて、それがなんとなく緩やかに経済としても回っている
家入さんは、各地の人々の暮らしを見たとき、自分が実現したいクラウドファンディングの本質に改めて気づき始めたといいます。その気づきはBASEにもつながっていると話しました。
夕張の商店街を歩く鹿が教えてくれたこと
高木さんは、地方巡業の前の家入さんは「ほぼ港区から出ない人」だったと振り返ります。家入さんはもともと福岡でペパボを立ち上げ、25歳で東京に出てきましたが、当時は福岡よりも東京に行きたい気持ちのほうが強かったといいます。
見たことのないものを見たくて上京した家入さんにとって、東京は最初こそ刺激的でした。けれども、面白い人やいい店に見慣れてくるうちに、見たことのないものがなくなってしまったように感じたそうです。
そんな家入さんの感覚を変えたのが、高木さんと一緒に訪れた北海道の夕張でした。夕張では、野良の鹿が商店街を普通に歩いていたといいます。
アフリカかよみたいな言って大興奮でツイートしてましたよ。
家入さんが驚いたのは、町の人たちが鹿の存在を当たり前のように受け入れていたことでした。この光景から、自分が見たことのない景色はむしろ地域にこそあると感じたといいます。
ただし、家入さんはその場で強くひらめいたわけではないと話します。後になって「あの時感じた感情は何だったんだろう」と考えることが、自分の中では割とあるそうです。
Twitterのプロフィールが社員に共有される理由
高木さんは、家入さんのような多様な経験を社員がすぐにキャッチアップするのは難しいのではないかと問いかけます。家入さんの感覚は時代の潮流ともシンクロしているが、それをどう社内と共有しているのかという質問です。
高木さんは、家入さんが言葉を1つ決めて浸透させるタイプではないと指摘します。CAMPFIREのミッションも、Twitterのプロフィール文で微妙に変わり続けているものの、大枠のナラティブはずっと同じだといいます。
本当変わっ、ちょっと(プロフィールを)変えたりした15分後とかに変えましたって来たりする。
家入さんによれば、CAMPFIREのメンバーの一部は家入さんのTwitterのプロフィールをよく見ています。家入さん自身は、見ているのは本当に少ない数人だろうと話しています。
家入さんがもう1つの場として挙げたのは全体会議です。人前で話すのが苦手で、以前は理由をつけて出ないようにしていた時期もありましたが、それはよくないと考え、最近は真面目に出席しているといいます。
その時喋るの話も、結局言葉は違えど、根っこというか本質は同じようなことをずっと言い続けてるというか。
家入さんは全体会議だけでなく、マネージャー会議などでも同じことを繰り返していると語ります。CAMPFIREは「1円でも多く、1人でも多くの方に思いとお金を届ける」ことを掲げており、新しい機能がそれに本当に役立つのかを問い続けているそうです。
大きなプロジェクトとミッションは矛盾しないのか
高木さんは、家入さんの描くビジョンがわからないという声が社内から上がらないかと尋ねます。家入さんは、わからないという声は聞かないとしつつ、矛盾を指摘されることはあると答えました。
家入さんは社内で、大きな金額を集めるプロジェクトよりも、小さな金額のプロジェクトをたくさん作ることがクラウドファンディングの本質だとよく話しています。一方で、GMV ── Gross Merchandise Valueの略で、流通取引総額のこと。プラットフォーム上でやり取りされた金額の合計で、成長の指標としてよく使われますの月次目標を達成しようとすると、大きな調達をするプロジェクトも扱うことになります。
家入さんは、この矛盾への答えを2つに分けて語ります。まず、小さな金額のプロジェクトを今の100倍、1000倍、1万倍にすることにこそCAMPFIREの存在意義があり、それができないならCAMPFIREは必要ないという考えです。
そのうえで家入さんは、金額の大小やすでに有名かどうかに関係なく、チャレンジすること自体に優劣はないと話します。例として挙げたのは、100万円を集めて古民家をカフェにしたい若い人と、数千万円で自分の映画を撮りたい知名度のある俳優です。
100万円を集めて古民家をカフェにしたい
数千万円のプロジェクトで自分の映画を撮りたい
高木さんはこれを「チャレンジの平等」とまとめました。家入さんは、持っているものが大きい人ほどリスクを抱えて挑戦するのだから、そこに上下はないと付け加えています。
社内ラジオで疑問に先回りする
高木さんは、家入さんが個別の対話以外にも、音声やブログなどでメンバーに考えを伝えているのかを尋ねます。家入さんが挙げたのは、先々月から始めたばかりの社内ラジオでした。
家入さんの社内ラジオは、月に1回、日中に1時間ほどZoomで配信し、メンバーから寄せられた質問に答える形式です。アーカイブも残して後から聞けるようにしていますが、まだ2回しか実施しておらず手探りだといいます。
家入さんは全体会議でも、メンバーが疑問に思いそうなことを先回りして説明しているそうです。例として挙げたのは、テレビCMという大きな意思決定です。
CAMPFIREのミッションが、手数料を1円でも下げて1人でも多くの人に1円でも多く渡すことなら、テレビCMはその代金をユーザーに負担させているだけではないか、という疑問が出得ます。家入さんは、こうした疑問に対して自分からCMの意味を説明するようにしていると話しました。
家入さんはまだやりきれていないと認めつつも、みんなが疑問に思うことを自分の口で伝えることはやるべきだと考えています。前編はここで終わり、次回も家入さんのビジョンが引き続き掘り下げられます。
まとめ
ペパボ時代にミッションやビジョンは要らないと考えていた家入一真さんは、高木晋平さんとの出会いを通じて想いを言語化する大切さを学びました。CAMPFIREでは、届けたい人の顔を起点に、言葉を変えながらも同じ本質を社内に伝え続けています。
- 家入さんはかつて「プロダクトで示す」考えから、ミッションやビジョンの言語化を恥ずかしいと感じていた
- 高木さんが家入さんの思いを時代の文脈と結びつけて整理したことが、言語化の大切さに気づくきっかけになった
- CAMPFIREの原点には、貧しさや親の自己破産を経験した家入さんの人生と「資金調達の民主化」がある
- 家入さんは、届けたい人の顔が浮かばない事業は自分がやるべきではないと考えている
- 社内ではTwitterのプロフィール、全体会議、社内ラジオなどを通じて、言葉は変えても同じ本質を繰り返し共有している





