「世の中に無駄をばらまきたい」とは?
博報堂ケトルの嶋浩一郎さんは、自己紹介を求められて「一番やりたいことは世の中に無駄なことをばらまきたい」と答えています。嶋さんにとって、無駄こそが一番大事なものだといいます。
嶋さんの考えでは、すべての新しいものは辺境から生まれ、一見無駄だと思えることから始まります。本屋を営んだり雑誌を作ったりする仕事も、今すぐ必要ではないかもしれないものをばらまくためにやっていると話しています。もちろん本業として広告を作る仕事もしています。
嶋さんは例として、出版不況を救う企画を挙げます。多くの人は出版業界を一生懸命調べますが、そこにはあまりヒントがなく、意外にもファストフードのキャンペーンに解決策があったりするといいます。
予想外のところから答えが見つかるからこそ、世の中の人が複眼的な視点を持てるようになってほしい、というのが嶋さんの願いです。
平成が生んだ「集合知野郎」
嶋さんは以前、リクルートのインタビューで「平成時代とは何だったのか」という大きなテーマについて答えたことがあります。そこで挙げた平成の功罪の一つが、日本人がコスパ体質になってしまったことでした。
象徴的なエピソードとして、嶋さんは新入社員研修での出来事を語ります。ハードな研修で全員がヘトヘトになったあと、嶋さんは労いのつもりで「俺の好きな店に行こう」とホワイトボードに店の名前を書きました。
すると一人の新入社員が手を挙げ、「ネットで見たら2.9点しかないんですけど、そこ行くんですか?」と聞いたそうです。嶋さんは、一日話を聞いた相手の判断よりも、知らない不特定多数の点数を信じるのかと、強い違和感を覚えたといいます。
嶋さんは、こうした人を「集合知野郎」と呼び、平成に誕生したと表現しています。ただし集合知そのものは否定していません。
ミシュランガイド、東京ウォーカー、[食べログの口コミ、食通の友達など、選択肢が多いのは良いこと
面白いものを探す行為そのものを他人に任せてしまうこと
嶋さんが問題にしているのは、物差しが増えたことではなく、面白いものを探すことを他人にアウトソーシングしてしまっている状態です。嶋さんはこれを「好奇心のアウトソーシング」と呼んでいます。
エンタメまで「効果効能」で語られる時代
嶋さんは、ラジオ局の調査で高校生にインタビューした経験も語っています。どんな音楽を聴くのかと尋ねたところ、高校生が「この音楽は使えるんですよ」と話したといいます。
嶋さんにとって音楽は好きか嫌いか、イケてるかイケてないかで語るものでした。そこに「使える・使えない」という形容詞が出てきたことに驚いたそうです。
嶋さんの見立てでは、今はエンタメも食もすべてが効果効能で語られる時代です。本や映画や食事でがっかりしたくないという事前の防衛本能が強く働き、コスパ感覚が身についてしまったと話しています。
高木さんはこれを「答え合わせみたいになっちゃう」と受けています。嶋さんは、事前に決めた体験以上のものを求めなくなることが、クリエイティビティの範囲を狭めてしまうと考えています。
その対極として嶋さんが挙げるのが名古屋人です。小倉トースト ── トーストにあんこを乗せた名古屋の喫茶店文化を代表するメニュー。バターやホイップクリームを添えることもありますや、スガキヤのフォークとスプーンをくっつけた食器、雑貨と本を一緒に売るヴィレッジヴァンガードなど、「これはないだろう」という組み合わせを平気でやると話しています。
嶋さんは、想定外のものを一度体の中に異分子として取り入れることが大事だと語り、「全員名古屋人みたいになればいい」とまで言っています。
回転寿司の誕生も、意外な発想の例として紹介されます。嶋さんによれば、発案者は北陸のある企業の人で、社員旅行で見たビール工場のベルトコンベアから「これが寿司だったら最高」と思いついたそうです。
嶋さんは、外食産業にイノベーションを起こそうと考えて生まれたわけではない発想のほうがジャンプ力があると話しています。だからこそ、今すぐ役に立たない知識を大量にばらまきたいというのが嶋さんの思いです。
便利になることは、愛されることなのか?
高木さんは、80年代の広告には経済的な余裕と遊びがあったのに、アドテクの時代になって削ぎ落とされていると問いかけます。これに対し嶋さんは、DXに落とし穴があると答えています。
嶋さんによれば、デジタル化による効率化や最適化は正しく、コンビニエントにすることは間違っていません。ただ、コンビニエントになることと愛されることは、かなり重なるものの、イコールではないといいます。
嶋さんはその違いを、マッチングアプリのCTOと雑誌BRUTUSの西田善太編集長の会話で説明します。CTOは、AIが釣り好きには釣り好きをマッチングするので成約率が高いと語ったそうです。
それに対して西田さんは、ホラー映画を全然知らない女の子にホラー映画の面白さを教えてあげたほうがモテると思う、と返したといいます。嶋さんは、そこにクリエイティビティの本質があると話しています。
嶋さんの考えでは、人はすでに言語化している欲望に応えるサービスにはあまり感謝しません。人は不器用で欲望の大半は言語化できず、言語化できない欲望を言語化してくれる人に愛を感じるといいます。
嶋さんは2012年から下北沢で本屋「B&B(BOOK AND BEER)」を営んでいます。リアル書店を開くと話したとき、出版社の人たちは口をそろえて「今さら本屋を作っても赤字になる」と言ったそうです。
嶋さん自身もネット書店をよく使うと言い、買いたい本が決まっているときには便利だと認めています。そのうえで、嶋さんの思う良い本屋とは「買うつもりのなかった本を買っちゃう本屋」だといいます。
ネット書店で書名を入れれば翌日、下手すると当日に届く。すでに言語化された欲望に応える
この本屋に行くと好きな本が必ず見つかる。本屋に入って初めて「この本が読みたかった」と欲望が言語化される
嶋さんは、DXを進める際にコンビニエントとラブの両方をできる人になったほうがいいと話しています。高木さんも、何度行くコンビニでも愛しはしないが、お酒や人との出会いをくれるバーは居場所だと思える、と応じています。
クリエイティブディレクターの仕事は「ラブ」を作ること
高木さんは、クリエイティブディレクターの仕事としてラブを作っていく必要があると考えているのか、と嶋さんに尋ねます。嶋さんは「もちろん」と答え、すべてが効率化していく時代にもクリエイターの仕事はむしろたくさんあると話しています。
嶋さんは、効率化と最適化が進むほど、欠けている要素としてのラブをどう生み出すかに多くの人が気づいていくと見ています。そして、それが一番難しい部分だといいます。
難しい理由は、人が欲望を言語化できず、何がしたいかを言えないからです。嶋さんは、それを先回りして見つけるには、マーケティング用語でいうインサイト ── 消費者自身も気づいていない本音や動機のこと。行動の背景にある心理を洞察して見つけ出すもので、商品開発や広告企画の起点とされますを見抜く洞察力が必要で、簡単には身につかない能力だと話しています。
変な行動をする「ファーストペンギン」はメモせよ
嶋さんは、違和感がとても大事だと語ります。人は欲望を言語化できない代わりに、まず行動に出てしまうため、その行動は既成概念から見ると変なものに映るかもしれないといいます。
嶋さんはこれをファーストペンギン ── 群れの中で最初に海へ飛び込むペンギンのこと。転じて、リスクを恐れず新しいことに最初に挑戦する人を指す言葉として使われますが世の中に現れる状態にたとえ、「おひとり様」を例に挙げます。食事や旅行は仲間と行くのが当たり前だった時代、一人で行きたい人は最初は変人だったはずだといいます。
嶋さんによれば、ジャーナリストの牛窪さんが「おひとり様」に気づいたきっかけは、友人のフレンチのシェフの一言でした。シェフが「最近、フレンチの店なのに一人で来る女性客が多い」と違和感を口にしたそうです。
違和感
フレンチのシェフが一人で来る女性客の多さを口にする
共感
牛窪さんが「わかる、一人で行きたいもん」と受け止める
仮説
同じように一人で行動したい人が多いに違いないと考える
ブーム
本を書き、おひとり様というカルチャーが広まる
嶋さんは、街で変な行動をしている人を見かけたら全部メモすると話しています。それを例外ではなく、世の中を席巻するかもしれない欲望の発露として見られるかどうかが大事だといいます。
高木さんは博報堂に在籍していた頃に聞いた話として、フードコートの起源を挙げています。渋谷センター街で女子高生たちがファーストキッチンや松屋、マクドナルドの食べ物を持ち寄って食べていた行動に、インサイトがあったという話です。
嶋さんはまさにそういうことだと応じ、路上飲みもコロナで生まれたのではなく、コロナ前から少しずつ現れていたと話しています。路上飲みは嶋さんのメモ帳にも書いてあり、コロナで加速したというのが嶋さん個人の分析です。
嶋さんは、変な行動を「変なことをやってる奴がいる」と見るか、「その気持ちわかる」と共感できるかが、優れたプランナーとそうでない人の違いになると考えています。
高木さんはさらに、嶋さんがメモをスライドにし、寝る前にベッドの上でプロジェクターでシャッフル表示しながら眺めている、という話も思い出しています。嶋さんは、違う行動同士が実は同じ欲望から発生していることがあると説明しています。
嶋さんが挙げる例は、Instagramで足元だけ写す女性、子ども時代の写真をアイコンにする人、犬や猫をバギーに乗せて散歩する人などです。ただしそれらは全部仮説にすぎず、ファーストペンギンだからこそマーケティング調査ではインサイトは見つけられない、とも話しています。
産業革命の前、人は一晩に2回眠っていた
嶋さんは、テクノロジーや世の中の変化によって人の欲望は大きく変わると語ります。Instagramができればリア充になりたい人が現れ、Facebookができれば承認欲求が生まれる、という具合です。
そこで嶋さんが紹介するのが、アメリカの女性物理学者が書いた本『発明は改造する、人類を。』です。嶋さんが一番驚いたのは、産業革命前のヨーロッパでは「第一睡眠と第二睡眠」が普通だったという話でした。
嶋さんによれば、当時の人は暗くなる9時ごろに寝て1時ごろに起き、家族で会話をしたり軽食を取ったりしてからもう一度寝ていたそうです。著者は文献を調べ、セルバンテスの『ドン・キホーテ』にも第一睡眠と第二睡眠という表記があることを見つけているといいます。
本には、毎週グリニッジ天文台で時計を合わせ、正確な時刻を各家庭に見せて回る商売が1940年代まであったことも書かれているそうです。
分割睡眠
暗くなったら寝て、夜中に起き、もう一度寝るのが普通
正確な時計の普及
庶民も家にいながら正確な時刻を共有できるようになる
始業時刻の決定
「8時から働く」と決められ、早起きが必要になる
習慣の変化
第一睡眠と第二睡眠の習慣が変わっていく
嶋さんがこの話で一番大事だと考えているのは、今当たり前だと思っていることは決して当たり前ではないという点です。生活習慣も含めて、この世は永遠のβ版にすぎないと語っています。
高木さんは、自身の妻が子どもと9時ごろに寝ると、必ず12時か1時ごろに起きると話します。以前は高木さんと話していた夜中の時間を、今ではClubhouseでのおしゃべりに使っているそうで、習慣が復活していると感じたといいます。
嶋さんは、著者が夜中に目覚めてしまう状態を睡眠障害と呼ぶのは病気ではないのではと述べていることも紹介しています。マーケティングやテクノロジーが人間の体の本質と異なる行動を強制している負の側面も含め、考えさせられる本だったと話しています。
ヒットの裏には「時代の欲望」をすくう言葉がある
高木さんは、経営者や企業のビジョンを言語化する仕事をしています。コロナで家族の時間が増え、妻の言葉を編集して「妻のパンチライン」というTwitterアカウントで発信したところ、「私が言いたかったのはこれ」という引用リツイートがたくさん届いたそうです。
嶋さんは、「そうそう、それが言いたかったの」という反応こそ雑誌編集者にとっての褒め言葉だと応じます。例として、光文社の雑誌『STORY』を作っていた山本ゆきさんが打ち出した「美魔女」を挙げています。
嶋さんの説明では、美魔女は「40代の主婦は落ち着くもの」という社会的常識に対し、「本当は昔のように奔放に人生を楽しみたいでしょ?」と問いかける提案でした。読者は昨日まで言語化していなかったのに、「この雑誌、私の思ってることが書いてある」と感じたといいます。
嶋さんは、自分でも気づかなかった欲望を言語化してくれた人に人はラブを感じると話します。『愛の不時着』や『半沢直樹』のようなヒットコンテンツにも、時代の多くの人の欲望をすくい取るシーンやセリフが必ず隠れているといいます。
嶋さんによれば、マーケターや編集者はインサイトとして意識的に欲望をすくい取ろうとし、アーティストはそれを直感的に行います。だからSFや恋愛小説には、これからの愛や親子関係、働き方の形が描かれているのだと考えています。
そこで嶋さんは、フィクションをみんな読んだほうがいいと勧めます。日本の経営者に好きな本を選んでもらうと社会科学や自然科学、ノンフィクションが多くなるが、フィクションを選ぶ人は結構信用する、と話して前編は締めくくられます。
まとめ
嶋浩一郎さんは、コスパや効率化が進む時代だからこそ、無駄や違和感の中に眠る「言語化されない欲望」を見つけることが、クリエイティビティとラブを生むと語っています。
- 平成に広がったコスパ体質と「好奇心のアウトソーシング」が、想像の範囲内の体験しか求めない状態を生んでいる
- 便利になることと愛されることは重なるが同じではなく、ラブは言語化できない欲望を言語化してもらえたときに生まれる
- 変な行動をする人はファーストペンギンかもしれず、街で見かけたらメモし、共感できるかが大事
- 睡眠習慣のように、当たり前だと思っている生活も永遠のβ版にすぎない
- 時代の欲望を直感的にすくうフィクションを、経営者こそ読んだほうがいい


