Apple Vision Pro発表会は、なぜ「誰を呼ぶか」がすごかったのか?
後編は、AppleのVision Proの発表会の話から始まります。工藤さんが注目したのは製品そのものに加えて、日本から招かれた人の選び方でした。
工藤さんによると、日本から発表会に招かれたのは2人だけでした。モーショングラフィックスや3D映像を手がけるプロダクション・セカイの井口井口さんと、ITジャーナリストのノビノビさんです。
ノビさんはジャーナリズムの観点から、井口さんはクリエイターの観点から発表会を記事にしていました。井口さんは「だからiPhoneは奥行きまである画像を撮れるようになっていたのか」と、使い方の未来を具体的に書いていたといいます。
工藤さんは、Appleが同じことを世界中で行っているはずだと考え、そこに「コミュニティマネジメント」の凄みを見ています。未来の製品は映像で世界観を見せても、文脈や使い方、どれほどすごいのかは伝わりにくいからです。
ブランド自身が「ヘッドマウントディスプレイの歴史の中では」と語っても、説得力がなく野暮になります。そこで、文脈を語れる人に実際に触ってもらい、その人の言葉で伝えてもらうというわけです。
工藤さんがとくに評価したのは、招かれた人がフォロワーは多くても、いわゆるインフルエンサーではない点でした。ガジェット好きの200万フォロワーのYouTuberを呼べば、大衆製品のように見えてすごさが伝わらないと工藤さんは話します。
工藤さんは、Appleには「クリエイティブな2割」を大事にする思想があるからこの人選になると見ています。iPhoneの発表ではアプリ開発者を各国から呼ぶなど、プロダクトによって呼ぶ人を変えているとも指摘しました。
工藤さんにとってのコミュニティマネジメントとは、Appleファンを盛り上げることではありません。ブランドのコンテクストを運んでくれる人を、どう大事にし続けるかということです。そのためには普段からの関係が欠かせないと工藤さんは話します。
フォロワー数を目当てに、人をメディアとして使う発想。大衆向けに見え、すごさが伝わりにくい
製品の文脈を語れる人を選び、実際に触れてもらう。批評も含めて、それぞれのコミュニティに届く
二人は、この役割をクリエイティブディレクターとは違う「編集長」のような仕事だと整理します。発表会を直接体験できるのは数百人ほどで、多くの人はその人たちの発信を通じて製品を知ります。だからこそ、誰をアサインするかを統括する編集的な存在がいるはずだという見立てです。
工藤さんは、発信の最後の仕上がりまではコントロールできないとも話します。コントロールすればステマのようになるからです。高木さんはそれを「生放送の演出」にたとえ、アサインこそが大事だと応じました。工藤さんは、これはAppleのような巨大ブランドに限らず、小さいブランドでも同じだと考えています。
キャスティングは広告から「一緒に何かをする」関係へ
工藤さんによると、かつての文脈は国の文脈くらいしかなく、人の起用は広告のキャスティングでした。今は広告に人を当てはめるというより、一緒に何かをつくる関係に近づいていると工藤さんは見ています。
例として挙がったのが、ファッションやスポーツのブランドです。ルイ・ヴィトンのファレル・ウィリアムスやヴァージル・アブローの起用、そしてカニエ・ウェストとadidas ── ドイツのスポーツブランド。カニエ・ウェストとは「YEEZY(イージー)」ブランドを共同で展開していましたが、2022年に提携を解消しましたの関係です。
工藤さんは、カニエ・ウェストとの決裂でadidasの全世界の売り上げが8%ほど下がるらしいと紹介しました。売り上げの8%を1人の文脈が担っていたことになります。高木さんは、そう考えると人事やPR、広告のキャスティングがすべてつながると応じます。
工藤さんは、グッチなどを擁するケリングがエマ・ワトソンを社外取締役に迎えたことも、強いメッセージを持つキャスティングだと話します。高木さんも、ワークマンの社外取締役の人選の話にも同じことが言えると触れていました。
これまでの人選は、ターゲットに属性的に合うかどうかが基準でした。今は、その人が持つ文脈やライフスタイルが問われ、読み違えると「全然わかってない」と受け取られてしまうと工藤さんは指摘します。
adidasがカニエと組んだことは、ライフスタイルの領域に一気に広がる一方で、スポーツの文脈が薄れていくという舵切りだったと工藤さんは見ています。人がブランドのイメージをつくり、その人の普段の投稿はコントロールできないため、キャスティングは非常にセンシティブだという話でした。
なぜ「長い時間の共有」がコミュニティをつくるのか?
話題は、社員で山歩きをするという話へ移ります。話者の一人は、ポジショントークだと断りつつ「みんな登山に行ったほうがいい」と語りました。タレントも含めて撮影した際も、帰ってくる頃には驚くほど仲が良くなっていたそうです。
その理由として挙がったのは、顔を突き合わせるのではなく同じ方向を向いて、ただ歩く時間の長さです。3〜4時間ほど歩くうちに、役職や立場がほどけていくといいます。
工藤さんは、コミュニティをつくるうえで一番重要なのは時間だと応じます。高校の仲間、アウトドアの焚き火、ゲームなど、強いコミュニティには長い時間の共有があるという見立てです。
一方で、多くのブランドは長い時間の共有を提供できていないと工藤さんは指摘します。むしろタイパを売り、一瞬の接点の楽さを訴えているからです。
工藤さんは、滞在時間が長いホテルなどは本来もっとブランドになり得ると話します。逆に「短くていい、最短です」というサービスは、ブランドになるのが難しいという見方です。
課題解決より「また会おう」と言える仕事とは?
長い時間の話は、二人の仕事の向き合い方にもつながります。経営者との対話でも、その場で解決策を当てて終わろうとするのはまったく駄目だと、30歳を過ぎた頃から思い始めたという話が語られます。
そこで紹介されたのが、カウンセリングについての議論です。十和田十和田さんの話として、カウンセリングで最上なのは「また会おう」と約束できることだという考え方が挙げられました。
本当に根深い課題は、1時間の会議で論点に上げた時点で「根本から駄目だ」という話になってしまいます。解決して一丁上がりにするより、解決しなくても関係を続けられることに価値があるという考え方です。
最初の接点は、数ある選択肢の一つにすぎません。そこで何も解決しなければ評価されませんが、解決して終わるだけでは小さな仕事になっていきます。週ごとに関わり続けるなら、その仕事は自分の人生の一部になるという指摘もありました。
工藤さんは、これを観光客のたとえで説明します。新しい仕事や環境は観光客としてなら何でも楽しいものです。けれど続けていけば関係人口になり、所属するところまでいけば居住者になります。そのためには、その対象を好きになれなければならないと工藤さんは話します。
観光客
新しい仕事や環境を、ひとときの楽しさとして味わう
関係人口
継続して関わり、関係が深まっていく
居住者
所属するほど深く関わる。対象を好きになれることが問われる
工藤さんは、代理店のように案件ごとに担当が入れ替わるやり方は難しくなっていると見ています。むしろ「この人がずっと担当している」という形で、本人も発表会にバイネームで呼ばれて違和感のない佇まいやライフスタイルを持つことが求められるという話です。スキルだけでなく、スタンスも見られるようになっていきます。
卓球部の悔しさが、VICTASのブランドづくりにどうつながったか
その一致感の具体例として、工藤さんは卓球メーカーのVICTASとの仕事を語ります。工藤さんは高校までサッカーをしていましたが、事情があって高校で卓球部に入りました。
当時の卓球部は、スクールヒエラルキーの最下層のような場所でした。第二体育館の端で自分たちでフェンスを並べ、球が飛べば謝りに行く。工藤さんはそれが「ダサいからだ」とずっと感じ、悔しく思っていたといいます。
社会人になって休日に卓球をしていた縁で、老舗メーカーが新ブランドを立ち上げ、ミズノに代わって日本代表のスポンサーになったという話を工藤さんは聞きます。7社ほどのコンペに最後に加えてもらい、卓球のポテンシャルを語り続けて仕事を得たそうです。
工藤さんは、日本代表のユニフォームも毎年つくっていました。卓球は1日に何試合もこなすため、上だけを着替えて下は黒のパンツを履くのが一般的です。そのため上は絵の具を撒き散らしたような派手なデザインが多かったといいます。
下は黒パンツ、上は差別化のための派手な柄。絵の具を撒き散らしたようなデザインが多かった
全身統一のデザインに。外にも着ていけるかっこいいジャージもつくる
スローガンは「I'm next」で、今の勝者を倒すという姿勢を示すものです。インターハイ出場選手の7割以上が着ていたブランドだったといいます。工藤さんは、このブランドが高校時代にあったら自信を持って着られたと振り返ります。高木さんは、思い入れがあるからこそ解像度が違うと応じました。
仕事で「過去を回収する」という生き方
工藤さんは、会社の社長としては微妙かもしれないと前置きしつつ、自分の仕事は過去を回収するためにやっている感覚があると明かします。
その例が、地元の富山です。閉鎖的でとても嫌いな県だったものの、たまたま帰ってみるとすごく面白かったといいます。外の人を連れて行き「富山、熱いね」と言われると、とても嬉しいそうです。卓球も「意外とかっこいい」と言われることに喜びを感じています。
工藤さんは、好きだったものよりも、過去に嫌だったものを塗り替えている感覚だと話します。高木さんはそれを「この日のためにあれがあったと思えるように塗り替えていく」と言い表しました。工藤さんは以前、卓球経験も富山出身であることもプロフィールに書いていませんでしたが、最近は書くようになったそうです。
話者の一人は、参謀のような立場の仕事には虚無感や寂しさが伴うと語ります。自分ではないものを預かり、すごい相手と次々に議論するのは楽しいものの、放っておくと自分が空洞化していくからです。
だからこそ、仕事に人生の文脈を接続させることが大事になります。ブランドに関わるときはユーザーとしてもしっかり入り込み、関わった分だけ人生が豊かになると思えるかを確かめる。それを想像できないなら自分は適任ではないかもしれない、という考えで対談は締めくくられました。
まとめ
この後編では、Appleの発表会の人選からadidasやVICTASの事例、富山や卓球の個人史まで話が広がりました。そこから見えてくるのは、ブランドもつくり手も「誰の文脈と、どれだけ長くつながるか」が問われているという共通点です。
- Appleは、フォロワー数ではなく製品の文脈を語れる人を招き、編集長のようにアサインしていると工藤さんは見ている
- キャスティングは広告の枠を超え、一緒に何かをつくる関係になり、1人の文脈が売り上げを左右することもある
- コミュニティをつくる最大の要素は共有した時間で、最短を売るサービスはブランドになりにくい
- 仕事は解決して終わりにするより、「また会おう」と言える関係を続けることに価値がある
- 工藤さんは、過去に嫌だったものを仕事で塗り替える形で、人生の文脈と仕事をつないでいる



