受験情報が手に入らない浪人生は何を作ったのか?
古川健介さんがインターネットでサービスを作る面白さに気づいたのは、中学3年から高校1年の頃です。高校1年のときに遊びで作ったホームページに、思いのほか反応があったといいます。
古川さんが本格的にサービスを作ったのは、19歳で大学受験の浪人生だったときです。大学受験の情報が全然手に入らないと感じ、掲示板サイトを作れば情報が集まって受験に役立つのではないかと考えました。
古川さんは早稲田大学を目指していました。早稲田の古文では源氏物語がかなりの割合で出るので、漫画で何度も読んでおくとストーリーがわかります。日本史は7割ほどが近現代で、早稲田出身の人物がよく出題されるといった傾向もあったそうです。
同じ早稲田出身の高木晋平さんは、そうした傾向をまったく知らず、ひたすら赤本を解いていたと振り返ります。古川さんは、周りの予備校生がこうした情報をよく知っていることに驚いたと話しています。
受験情報を集めて最短ルートを探すという発想は、のちのハウツーサイトにもつながっていきます。
ひろゆきさんとの出会いと、面接で決まった事業売却
2001年頃、古川さんは2ちゃんねるのひろゆきさんや、その運営に関わる人たちと出会います。ひろゆきさんたちが運営していたレンタル掲示板「したらばJBBS」で、古川さんはその会社の社長になりました。
社長を任された理由について、古川さんは「社長っぽくないやつにやらせようぜ」という話だったと笑い、いじめの一種だと考えてもらえれば、と冗談めかしています。
古川さんにとって新鮮だったのは、働いていない大人がたくさんいることでした。自分が想像していた大人とはまったく違う人たちとつながれたことが面白かったといいます。
古川さんはしたらばの社長を1年ほど務め、大学3年生の頃に就職活動を始めます。当時まだ有名ではなかったライブドア ── 2000年代に急成長したIT企業。堀江貴文さんが率い、プロ野球球団やフジテレビをめぐる買収劇で大きな注目を集めましたを受けたところ、メールアドレスから古川さんがしたらばを運営していると気づかれました。
ライブドアの面接にはM&A担当者が来て、したらばを売却しないかという話になりました。その後、堀江さんと話して売却が決まり、2004年頃にしたらばはライブドアへ売却されています。
古川さんは学生だったため、アルバイトのような形でライブドアに入りました。入社後は近鉄の買収表明、堀江さんの選挙出馬、フジテレビ株の買収と出来事が続き、「ベンチャーってこうなんだ」と驚いたそうです。
株価の急騰から逮捕まで間近で見たため、古川さんの中にある「会社をやっている人」のイメージはそこから作られています。古川さん自身も、その経営者像は偏っていると認めています。
リクルートで感じた「インターネットの難しさ」とは
古川さんは、ライブドアはレベルが高いうえに典型的なベンチャーで、このままではついていけないと感じたそうです。そこで改めて普通に就職しようと考え、リクルートに入社しました。
就職を決めたきっかけの一つは、ひろゆきさんの言葉です。就職するか迷っていた古川さんに、ひろゆきさんは「このまま就職しないとオイラみたいになるよ」と言ったといいます。古川さんは、ひろゆきさんや堀江さんのようになれるイメージは一切なかったと話しています。
古川さんによると、リクルートの事業に共通していたのは、ユーザーとの最初の接点(ファーストタッチ)をどう取るかという問題意識です。かつては雑誌で取れていた接点を、インターネットではYahooやGoogleに取られていると考えられていました。
古川さんは、この問題意識はライブドアがしたらばを買収した理由とも近いと話します。ライブドアはYahooのようなポータルを目指し、トラフィックの多いコミュニティを次々に買っていました。
ただ、当時は新しいサービスがほとんど生まれなかった時期だと古川さんは振り返ります。2006年から2010年頃に生まれたものは、ニコニコ動画くらいだといいます。スマートフォンが出るまでは、リクルートでもインターネットの難易度は高いと感じられていたようです。
在籍の終盤、古川さんはエンジニアに自由に作らせる組織「メディアテクノロジーラボ」にも所属しました。そこには投資家の佐又アンリさんや、のちにKaizen Platformを率いる須戸ケンさんもいたそうです。
それでも、リクルートの規模から見ると、どの事業も小さく見えてしまいます。売上1兆円規模の会社では、今は上場して成長しているKaizen Platformのような事業でさえ、社内で続けていたら厳しいと判断されかねない、と古川さんは指摘します。
古川さんがリクルートにいたのは丸3年です。「2年で100億、利益30億、将来的には何千億も稼ぐビジネスを立ち上げろ」という発想が自分の思考には合わないと感じていたそうです。そうした事業を作れる人がゴロゴロいる会社でも、自分には無理だと思ったといいます。
なぜ「人生のハウツー」を集めるサイトだったのか?
古川さんは2009年にリクルートを辞めます。何をやるか考えていたとき、エンジェル投資家として活動していた小澤さん(現在はYahooの社長)から、ハウツーサイトを作りたいので一緒にやらないかと声をかけられました。
小澤さんはもともとベンチャーを経営し、自分の会社を楽天に売却した人物です。古川さんは企画書を持って提案し、一緒に立ち上げたのがハウツーサイト「nanapi」でした。
古川さんがハウツーサイトに惹かれた理由は、ハンバーグのたとえでわかります。ハンバーグを作るときは、適当に作ってもうまくできないので、普通はレシピを調べます。ところが人生のことになると、みんな自分で考えなければいけないと思い込み、自己流で失敗していると古川さんは感じていました。
古川さんは、人生のほとんどのことは頭のいい人たちが一番いい方法をすでに考えているので、他人の一番いい答えを集めて、そのとおりにやるほうがいいと考えています。自分が世界一いい答えを出せる場合を除けば、という前提つきです。
この考えにたどり着いたきっかけを聞かれると、古川さんは、論理的に考えて自分が世界一頭がいいわけではないと思えばそうなる、と答えています。
古川さんによると、自分の頭で考えるべき場面は結局たくさん出てきます。ただ、最初から全部考えていたら大変です。「自分の頭で考えよう」というメッセージを誤解すると、すべてを自己流でやる車輪の再発明 ── すでに存在する技術や方法を知らずに、一から作り直してしまうこと。主にソフトウェア開発で、無駄な労力を指す言葉として使われますになってしまう、というのが古川さんの見立てです。
nanapiはピーク時に月2500万ユニークユーザーが訪れるまでに成長しました。しかし、クラウドソーシングで記事を大量に集める手法を見て、追随する人たちが現れます。
nanapiは「自分が知っている知識しか書いてはいけない」という縛りをかなり厳しくしていました。一方で、他サイトの情報をまとめれば早いと考えた人たちにより、キュレーションメディア ── 他サイトの情報を集めて再構成し、記事として配信するメディア。2010年代半ばに急増し、情報の正確性や著作権が社会問題になりましたが大量に生まれたといいます。
手法の発見
クラウドソーシングで記事を集めるとコンテンツが増える
模倣と効率化
他サイトの情報をまとめるキュレーションメディアが大量に登場する
ジレンマ
真面目に作る側はコストが上がるのに、競合が増えて戦いづらくなる
高木さんが、今のTwitterでも読まれた投稿を書き直して再投稿する動きがあると話すと、古川さんも同意します。真面目にコンテンツを作る側にとっては、コストが上がるうえに競合が増えるため、非常に苦しい構造だったといいます。
起業に向いていない人が考える「言語化の落とし穴」
nanapiは2014年頃、ユニークユーザー数が大きく伸びていた時期にKDDIへ売却されました。一番楽しかった時期とつらかった時期を聞かれると、古川さんは「ほぼつらい」と答えています。
起業に向いているかと聞かれても、古川さんは3回起業していながら、向いていないと思うと答えています。
古川さんが向いていると考えるのは、言語化できないものを試し、「ほら、こうだったじゃん」と結果を持ってくる人です。議論の場で「こうしたほうがいい」とプレゼンした時点で内容は言語化されていて、そこで情報は大きく劣化している、というのが古川さんの考えです。
古川さんによると、言語にした時点で情報は1%くらいまで減っています。膨大な情報を人に伝えやすい形にするために、99%を削っているからです。言語化そのものは重要で、古川さんも好きな仕事だといいます。それでも、100%の状態で試した結果を見せるほうが伝わりやすいと考えています。
膨大な情報を圧縮し、99%を削って伝えやすくする。例:「こういう音楽が受けると思う」と説明しても伝わらない
100%の状態でやってみて結果を持っていく。例: 実際に曲を聴かせれば伝わる
古川さんは議論そのものが嫌いなわけではなく、むしろロジカルに詰めていくことが好きだといいます。ただ、好きだからこそ、本質からねじ曲がった結論に行きそうだと感じているそうです。古川さんは、理論的に「これは絶対いける」となった案ほどうまくいかないと話しています。
古川さんは、リクルート時代の地図プラットフォームの話を例に挙げます。戦略だけを聞くと全員が「絶対いい」と思う案でも、ユーザーの手触りで考えると「これ要ります?」となってしまったといいます。
スマートフォン以前のガラケーでは、ユーザーは目的地までの地図を見たいだけでした。地図を動かして近所の店を探すような今の使い方はされていなかった、と古川さんは振り返ります。高木さんも、当時使っていたのは乗り換え検索くらいだったと応じています。
漫画とインターネットの喧嘩を止めたい、アル創業の動機
nanapiの売却後、古川さんはKDDIを経て退社し、アル株式会社を起業します。もう一度起業した理由の一つは、好きな漫画の世界を盛り上げたいという思いでした。
当時は漫画村 ── 漫画を無断で公開していた海賊版サイト。2017〜2018年頃に大きな問題になり、出版業界に深刻な被害を与えたとされていますの問題があり、漫画業界がインターネットにやられているように見えていました。古川さんには、それを何とか止めなければという気持ちがあったといいます。
高木さんは、古川さんがTwitterやQ&Aで活発に発信し、本人そのものがプラットフォームのようになっていると指摘します。「業界の課題を解決するために頑張っている」という典型的な起業家像とは違い、つかみどころがない点が古川さんらしさだと高木さんは話します。古川さん自身も、つかみどころがないと認めています。
高木さんは、最近の起業家には優秀な人が業界の構造的な課題に取り組む、プロフェッショナルとしての起業が多いと感じています。「好きだから勢いで作っちゃいました」というテンションの余白は減っているのではないか、という見立てです。
古川さんもこれに同意します。プロの経営を学んだ人や頭のいい人が増え、ノリで作って偶然当たる余地は少なくなっているといいます。そうしたノリの人たちは、今はYouTubeやTikTokに向かっているように見えるそうです。
起業してサービスを作ること自体が自己表現だった
成熟したプラットフォームの上でコンテンツを出すほうが自己表現に近い
高木さんがこの変化を指摘すると、古川さんは、これからはコンテンツ側に立つ人が輝くと考えていると答えます。だからこそ、インターネットをうまく使えていないせいでヒットしていないコンテンツの作り手を支援したいという思いが、今のアルにつながっているといいます。
ネット発のIPで、日本のコンテンツを世界へ届けられるか?
アルで今一番のチャレンジは何かと聞かれ、古川さんはまず、これからネットがブームやカルチャーの中心になることは間違いないと話します。若い世代ではテレビよりTikTokやYouTubeが中心になっていますが、社会全体ではまだこれからの段階だと見ています。
古川さんによると、ネットでキャラクターやIP ── 知的財産(Intellectual Property)の略。エンタメ分野では、キャラクターや作品世界など、さまざまな商品やメディアに展開できる権利を指すことが多い言葉ですを広げるノウハウは、既存の会社にも意外とありません。アルはその部分を担える存在になり、作り手を支援したいと考えています。
ネットでの流通はグローバルが前提です。そのため、日本のコンテンツがいきなり世界でヒットする確率は大きく上がり、結果として「日本のエンタメはすごい」と言われるようになるのではないか、と古川さんは考えています。
まとめ
けんすうさんこと古川健介さんの歩みには、浪人時代の掲示板づくりから、したらば、リクルート、nanapi、アルまで、人が集まる場所とコンテンツへの関心が一貫しています。ロジックで正しく見える案より、試した手触りを信じる姿勢が、古川さんの事業観の中心にあるようです。
- 受験情報の掲示板から始まり、したらばはライブドアへ、nanapiはKDDIへ売却されている
- nanapiの根底には、自己流の車輪の再発明を避け、他人の一番いい答えを使うという考えがある
- 言語化すると情報は1%ほどに劣化するため、試した結果を見せるほうが伝わると古川さんは考えている
- 自己表現の場所が起業からコンテンツへ移ったと見て、アルではコンテンツの作り手を支援している
- ネット発のIPを世界に届け、日本のエンタメの存在感を高めることがアルのチャレンジになっている





