バリバリ働く編集長に訪れた双極性障害とは?
この回のゲストは、NewsPicksパブリッシング編集長の井上慎平さんです。聞き手の高木さんとは社会人同期で、井上さんが最初の出版社ディスカバーにいた頃からの付き合いだといいます。
高木さんは冒頭で、井上さんがある日突然うつになり、今もまだ治っていないことを紹介します。そのうえで、うつ病は誰にいつ来るかわからず、バリバリ働く人には無関係ではないと、この回を聞いてほしい理由を語りました。
井上さんはNewsPicksの書籍部門で編集長を務めています。小さく働けなくなっては戻ることを繰り返したあと、最終的に10ヶ月の長期休職に入り、復帰してから1年ほどが経ったと話します。診断名は双極性障害 ── 気分が高揚する躁状態と落ち込むうつ状態を繰り返す脳の病気。かつては躁うつ病と呼ばれていました。症状の現れ方には個人差がありますで、本人もオープンにしています。
百パーセント自分で頑張ってると思ってる時が、実は110とか120で。
井上さんによれば、本人の双極性障害は「ハッピーな時は地球を守るんだ」と思い込むような分かりやすいタイプではありません。自分では100%のつもりで、実際は120%で走り続けるタイプで、そういう人は多いのだそうです。
井上さんは、編集長として創刊から2年ほど120%で走ってきたツケを、10ヶ月かけてもまだ返しきれていないと表現します。
復帰後の井上さんの働き方は、以前とは大きく変わりました。脳の疲れやすさが激しく、仕事をしては横になって5分休み、また戻ることを繰り返しています。対面で目を見て話すこともあまりできないといいます。
でもなんかやれてますよ。もちろんチームのサポート借りながらですけど。
井上さんは、1年経てば以前の自分に戻ると思っていたものの、実際には戻らず、「戻らないなりにやれている」状態だと語りました。高木さんは、今しか聞けない話としてうつの前後を中心に聞いていきたいと話を進めます。
出版社の外ではなく、NewsPicksの「中」を選んだ理由
高木さんと井上さんが出会ったのは、24歳ぐらいの頃です。当時の井上さんは出版社ディスカバーで営業を担当していて、編集者になりたいと話していたといいます。
その後、井上さんは編集者になり、ディスカバーからダイヤモンド社、さらにNewsPicksへと移りました。出版社同士の転職は大きな変化ではなかったものの、完全な異業種でカルチャーも違うNewsPicksへの移籍は、大きなジャンプだったと振り返ります。
井上さんは自身を「結構理想主義者」だと話します。編集者になって2年ほどで行き着いたのが、「読まない人にもいいことがある本」を作りたいという考えでした。
例に挙げたのが、北野唯我さんの『転職の思考法』です。7年ほど前には、転職を後ろめたいものとみなす空気がまだありました。その空気がなくなれば、本を読んでいない人にとってもプラスになる、というのが井上さんの考え方です。
一方で、ビジネス書の編集を3〜4年続けるうちに、井上さんは「他人を出し抜く系」の本の割合が多すぎることに違和感を持ちます。今で言えば、ChatGPTでいかに他人より先んじるかといった本です。そうした本があっていいとしたうえで、それだけでは面白くないと感じ、一人出版社を作ろうと考えていたそうです。
ところが、佐々木さんに誘われたことをきっかけに、井上さんは外から一人で意見を言うのは違うと考え直します。問題の原因は特定の誰かでも、「資本主義が悪い」という単純な話でもなく、システムはもっと複雑だと話しました。
オルタナティブをちっちゃいものを1個作るよりも、メインストリームをあがきながら1ミリ2ミリ動かしていく方が結果的には価値があるなという気がして。
休んでは戻る繰り返し。なぜ本当の意味で止まれなかったのか
井上さんは2019年4月にNewsPicksに入社し、その半年後にはNewsPicksパブリッシング ── 経済メディアNewsPicksの書籍レーベル。ビジネスや社会の新しい論点を扱う本を刊行していますを創刊しました。異変が出始めたのは、それから2年ほど経った頃だといいます。
井上さんの不調は、一度に大きく崩れたわけではありません。2週間働けない、1ヶ月働けないといった波が何度もあり、その末に10ヶ月の休職に至りました。体よりも脳が悲鳴を上げていたものの、仕事は楽しく、やるべきこともありました。
井上さんが休職に至るまでの波は、次のように少しずつ間隔を変えながら繰り返されていました。
2週間の休み
忙しさの中で最初に働けなくなる
1ヶ月ほど働く
休むと一時的に回復して仕事に戻る
1ヶ月の休み
再び働けなくなる
3ヶ月ほど働く
回復しては再び仕事を続ける
10ヶ月の休職
最終的に働けない状態に陥る
井上さんの場合、不調はミーティングの内容が頭に入らなくなることから始まりました。集中力が切れ、呼吸が浅くなり、心拍数も半分になったような感覚になります。1時間ほど横になると少し動けるようになり、また作業に戻る、という繰り返しでした。
休職の前には兆しもありました。空き時間が30分もないほどミーティングが詰まっていた時期には、帰り道のガードレールを金属バットで殴りたくなるほどストレスが溜まったといいます。
(ガードレールを殴りたくなるなんて)俺そんなに乱暴な人間じゃないのにみたいな兆しもあれば。
井上さんは、SNSで見て共感したこととして、「仕事が楽しい」と言い回っている人には気をつけてあげたほうがいいとも話します。ハイテンションな状態は軽い躁と見たほうがいいかもしれない、という見立てです。
ただし、渦中の本人には異変がわかりません。井上さんは、1ヶ月休むと少し回復してしまい、止まっているプロジェクトや著者のことを考えると仕事をしたくなったと振り返ります。
脳ってそういう触覚とか痛覚みたいな、要はフィードバックが何もないんで、どれぐらい疲れてるかがあんまりわからないから。
体なら10キロ歩けば10キロ分疲れ、膝が痛くなれば気づけます。一方で脳の疲れは感じ取りにくく、ミーティングに出れば以前のように振る舞えてしまいます。井上さんは、根本的にはいろいろなことをやろうとしすぎていたと語りました。
10ヶ月のどん底で、何が失われていったのか
井上さんが「価値観が完全に変わった」と語るのが、10ヶ月の休職期間です。それでも井上さんの第一声は「ラッキーやったな」でした。うつは人を自殺に追い込むことがある病とされ、井上さんはその意味がわかったと話します。
休職の初めは「2週間で戻ると思います」と言えるほどの元気がありました。しかし、そこから井上さんは、好きだったものを一つずつ楽しめなくなっていきます。
テレビ
最初にテレビが見られなくなる
速いテンポの音楽
次に音楽が聴けなくなる
まったりした音楽
落ち着いた曲も聴けなくなる
本
一番好きだった本が読めなくなる
言葉
最後には頭の中に言葉が浮かばなくなる
井上さんは、考え事が大好きな性格です。待ち合わせ相手が1時間遅れても、好きなことを考えていられるタイプでした。その思考さえできなくなると、残るのは「しんどい」という感覚だけで、時計を見たら9時、またしんどくて見たら9時5分、という世界だったといいます。
(自殺してしまう人って)すごい積極的な意思を持ってっていうことじゃないんですよね。みんなとにかくこの苦しみから逃れたくて。
井上さん自身はそこまでには至らなかったものの、症状がさらに悪化すればそういう世界がある、というところまでは見えたと語ります。
編集者としての井上さんは、思考力や文字を読む力、考える力を自分の武器だと思っていました。その力がすべて失われたとき、「人間生きてればいい」とは思えず、「もう俺終わったな」と感じたそうです。
もう存在として俺は価値がないっていうのをすごく強く思ったんで。
回復の途中でどん底の自分を振り返った井上さんは、障害のために仕事が難しい人を、自分も同じ目で見ていたのではないかと気づきます。「すごい能力差別主義者やった」という自覚から、能力主義は本当に正しいのか、そもそも能力とは何かを考えざるを得なくなりました。
井上さんは、NewsPicksに移ってから「もっと早く、もっと遠くまで、もっと大きく」という思考に切り替わっていたと振り返ります。創刊も成功し、もっとすごくなれると思っていた傲慢さの中で、ポキッと折れたのだといいます。
「能力」は個人のものか、約束事か
高木さんは、井上さんのものの見方が具体的にどう変わったのかを尋ねます。井上さんは自身の変化を、何でもできる自分になろうとした「エゴの肥大化」から離れたことだと説明しました。
能力について、井上さんは個人に帰属させる評価に疑問を投げかけます。たとえば井上さんと高木さんが一緒に仕事をして成果が出た場合、そこには二人の相性や、関係の間にあるものとしか言えない要素、運やタイミングも影響しています。
それでも社会は、成果を個人の能力として評価し、その評価で人を動機づけています。井上さんはこれを、世の中の秩序を回すための「必要な約束事」だと捉えています。
井上さんは、約束事を全否定しているわけではありません。ただ、評価がフィクション性の強いものだと知らないまま、評価が上がった・下がったことで自分の価値まで上下すると思い込んでいる人は多いだろうと話します。
井上さんは、そのうえで約束事は大事だから守る、とも付け加えています。評価を信じきるのではなく、約束事として扱うという距離の取り方が、今の井上さんのスタンスです。
前の井上さんと今の井上さん、何が変わった?
高木さんは「前の井上さん」と「今の井上さん」の違いを尋ねます。井上さんは、仕事上の変化よりも個人としての変化のほうが大きいと答えました。
事業の成長と並行して自分を成長させ、できることを増やして自分の価値を高める
誰が見てもすごい「何者か」を目指さず、家族や友人との固有の関係を残しておく
井上さんは、この変化を「普遍」と「固有」という言葉で説明します。「何者かになりたい」というときの「何者か」は、メディアによく出ているような、誰が見てもすごいとわかる普遍的な価値を指すことが多いといいます。
一方の「固有」の分かりやすい例は家族です。井上さんにとって妻はとても大切な存在ですが、周りの人にはそれぞれ別の眼差しと関係性があります。友人との関係も同じです。
井上さんは、これは経済に背を向ける話ではないと強調します。意識しないと、労働市場でどれだけ評価されるかが自分のすべてになってしまうため、固有の部分を意識して残しておこう、という話です。
僕は老衰したんですよ、うつになって。
井上さんは今の体感を、65歳の日もあれば95歳の日もあると表現します。老いて能力を失っていく過程を、井上さんは数ヶ月で一気に経験したといいます。
その経験から井上さんは、スキルや発想力、編集力をアイデンティティの核に置いていると、それを失ったときに苦しいと考えるようになりました。人は必ず老い、優れた後輩も育ってきます。
井上さんは、仕事の場では編集長とCEOの関係でも、部屋を出れば高木さんとは同世代の友達だと話します。年を取ってから一緒にマージャンをするような関係が残っていればいい、という考えです。
高いボールを投げ合う関係が、なぜ続かないのか
井上さんの話を受けて、高木さんも自分の経験から感じていることを語ります。テーマは、共同創業のような関係で起きるすれ違いです。
高木さんによれば、勢いのある時期の共同創業は、互いのいい状態を補い合う形で始まりがちです。「俺はデザインができるから、営業はお願い」といった分担です。
片方は怪我とか病気することもあれば、変わっちゃう時に、(高いボールを投げ合う)その期待だとずれていっちゃうっていう。
高木さんは、こうしたずれは共同創業に限らず、お笑いコンビやバンドでも起きるだろうと話します。だから高木さん自身は、相手にも自分にも過度に期待しないようにしているそうです。
高木さんが今ニューピースを一緒に運営しているのは、一番何者でもなかった頃にシェアハウスを一緒にやっていた仲間です。妻との関係も同じで、何者でもない時を前提に仲良くなれる関係が大事だと感じているといいます。
井上さんも、そうした時間は意識して作らないと得られないと応じます。学生時代に京都のいい加減なバーで働いていた頃は、素性のわからない客同士が楽しく話して帰っていく場があったそうです。
しかし立場ができると、人は「ニューピースのCEOの高木さん」のように属性で認識されるようになります。井上さんは、属性を外してダメなところも含めて付き合う時間を意識的に作る必要があると話しました。
高木さんは、普遍的な肩書きのほうがコミュニケーションが速いため、仕事ではそちらを使いがちだと指摘します。けれども肩書きに頼ると、それがなくなったときに「何なの?」となってしまいます。そして、その肩書きを欲しがる気持ちこそが「何者かになりたい」なのだと高木さんは言います。
僕もああいう(何者かになりたいに)気をつけろよとか言っときながら、めちゃくちゃ承認欲求強いんであるんですけどね。
「何者か」は未来ではなく過去にある?
高木さんは、「何者かになりたいは捨てたはずなのに」というnoteを書いた知人の話を紹介します。関わった会社が上場し、さらに何者かになりたくて地方でも活動したのに、結局は「ベンチャー投資をしています」と分かりやすい肩書きで自分を語ってしまう、という内容です。
高木さんによれば、未来や世界は広がりがありすぎて足がつきません。上には上がいて、技術や文明の進化で広がったものはすぐにコピーされるため、永遠に立ち位置ができない感覚があるといいます。
高木さんがそう考えるようになったきっかけは、地方の仕事でした。富山出身であることを隠すほど富山が嫌いだったのに、富山の仕事をして「こんな素敵な場所があるよ」と話すうちに、18歳までの自分も肯定できる感じがしたそうです。
高木さんは、オリジナルという言葉がオリジンから来ていること、ヒストリーという言葉の中にストーリーが含まれていることにも触れます。未来と過去の違いを、高木さんの話に沿って整理すると次のようになります。
広がりが大きく眩しいが、上には上がいて揺らぎやすく、立ち位置が定まらない
自分の歩みを回収して積み上げることで、「自分とはこういう人間だ」をつくれる
高木さんは、自分の過去を回収して積み上げていくほうが、自分という人間を形づくれるのではないかと語りました。
井上さんは、資本主義が良しとする近代的な自分像に話をつなげます。自分をコントロールし、選択肢の中から常にベストを選んで進む自律的な自分が評価され、優柔不断や受け身な自分は良くないものとされている、という指摘です。
そのうえで井上さんは、自分というもの自体はない、というのが今のところの仮の結論だと明かします。西洋哲学に馴染めず、東洋思想や、関係性に焦点を当てる考え方にも当たってきたといいます。
高木さんが挙げた平野啓一郎さんの分人 ── 作家の平野啓一郎さんが提唱した考え方。人は分割できない一つの個人ではなく、相手や場ごとに異なる複数の「分人」の集まりだと捉えますについて、井上さんは「すごく実用的」だと評価します。個人というものに苦しんでいる人にはぜひ読んで使ってほしいとしながら、自分はもう少し考えきりたいと話したところで、前編は終わります。
まとめ
前編では、井上さんが双極性障害による10ヶ月の休職を通して、能力を自分の価値と結びつける考え方を見直していった過程が語られました。高木さんとの対話からは、肩書きではなく何者でもない関係や、自分の過去に根ざした自分像を大切にする視点が浮かび上がります。
- 井上さんは自分では100%のつもりで、実際は120%で走り続け、休んでは戻る波を繰り返した末に10ヶ月休職しました。
- 脳の疲れは体の疲れと違ってフィードバックがなく、渦中の本人には止まるべきタイミングがわかりにくいと語られました。
- すべての能力を失った経験から、井上さんは能力主義を疑い、評価を社会の「約束事」として捉えるようになりました。
- 普遍的な「何者か」ではなく、家族や友人との固有の関係を意識して残すことが、老いや喪失に備えることにつながると話されています。
- 高木さんは、何者かは広がりすぎる未来ではなく、自分の過去を回収して積み上げる中に見いだせると語りました。




