なぜ50歳からメディアに出始めたのか
番組冒頭、亀山敬司さんは「のんびりと自分探しに来ました」と切り出します。人の相談に乗ることが多いなか、対話しながらゆっくり考える時間を持ちたかったといいます。
亀山さんが顔を出さずにメディアで発信を始めたのは、50歳の頃。15年ほど前のことです。当時のDMMは経営者の顔が見えず、「怪しい会社」というイメージを持たれていました。
なんかその頃ってなんか謎の会社、DMM。経営者の顔が見えない。怪しい、やばい奴がやってる。
社員から「もう少し何か言ってください」と求められ、亀山さんは発信を始めます。目的は、マイナスのイメージをゼロに戻すことでした。
(DMMの)マイナスのイメージを普通にすればいいっていうミッションで。普通の人がやってますよっていう、そういったミッションで始まったんだ。
顔は出したくないという条件で、代わりに考え出されたのがスタンプでした。亀山さんは「この15年、イメージ良くするためだけに頑張った」と振り返り、目標は予定以上に達成できたと話します。
純利益を全て投資するから生まれる新規事業
今のDMMは60〜70ほどの事業を抱えています。かつては亀山さん自身が新規事業を次々と生み出していましたが、50歳頃にネタ切れを感じ、外部から経営者を募る「カメチョク」を始めました。
もう五十歳になったらそのネタ切れで、何て言うかな、新しいものがあんま浮かばない。
外部人材との刺激で社内も活性化し、社員からも「僕たちもやらせてください」という声が上がるようになります。今のDMMは、亀山さんいわく「スタートアップの寄せ集め」のような会社です。
亀山さんの投資判断の基準はシンプルです。株主も配当もないため、その年の純利益分をまるごと新規事業に使ってよいという考え方です。
現金残すぐらいなら事業に使えって話だから。
新規事業は、うまくいっても広告費や投資がかさむため、当面は赤字が続きます。それでも利益が生まれる構造さえ作ればいいというのが亀山さんの発想です。
利益が百あっても赤字で百、どっちみち消えるという状態を続けることで、税引き前で投資を回し続けているのがDMMの構造です。
既存事業で利益を出す
ビデオレンタルなどの稼ぎを確保する
純利益分を新規事業へ
現金を残さず、その年の利益をまるごと投資に回す
多くは失敗、一部が当たる
当たった一本が次の10年を稼ぐ構造を作る
新しい利益源になる
その利益を、また次の投資に回していく
事業の最大の動機は「生き残ること」
高木さんは、DMMの経営の根幹にある理念について尋ねます。亀山さんの答えは、大きなビジョンではなく、生存でした。
まあ個人的にはまあ楽しく商売できたら楽しいね。ぐらいだし。まああとは家族食わしていく、社員食わしていくぐらいがまあ基本かな。
亀山さんは商品への思い入れは特にないと言います。社員の雇用を守るために、衰退が見える前に次の手を打ってきた結果が、今の拡大だと語ります。
まあビデオレンタルなくなったし、するなと思ったからインターネットみたいな。
亀山さんは事業や商品そのものより、マーケットの衰退を見ています。ピークが来て衰退すると読んだら、その資金を成長しそうな別の領域に張っておくという考え方です。
ただし、その読みは外れることもありました。ビデオレンタル店は本来もっと早く潰れる予定でしたが、地域一番店として意外と長く利益を出し続けたといいます。
俺の予想だったら、ビデオレンタル店はもうコロナの時にうち潰れたんだけどね、店がね。でも本当はその五年、十年前に潰れる予定だったわけよ。
一位二位を取ると、周りから先に潰れていくため、意外と生き残る。亀山さんは、既存事業を無理にいじらず別会社として動かし、そこで得た利益で新しい事業を始めるやり方を続けてきました。
コロナ禍では、水族館やチームラボが打撃を受ける一方、インターネット事業がプラスになり、互いに補い合いました。亀山さんはこれを「ポートフォリオ経営と考えてやったわけではない」と言います。
人をまとめる力だけあった
今のDMMは、財務・法務・人事といったコーポレート基盤を横串で支えつつ、各事業を独立的に動かす仕組みです。亀山さんはこれを「VCプラスバックオフィスは面倒見ます」と表現します。
この仕組みが、若いエネルギーや新しい技術を生かしやすいと亀山さんは考えます。スタートアップは金以外のすべてを自分でやらなければならず、技術力があっても経営者として一流になるのは難しいからです。
(スタートアップは)金以外全部自分でやってるじゃない。
亀山さん自身も、プログラムは書けず、営業や財務も専門ではありません。足りない部分は人に任せてきました。自身の強みを、亀山さんはこう表現します。
だからこそ、エンジニアでも営業でも、得意分野を持つ人が社長になり、足りない力を持つ人材を付ければいいという発想です。多くのスタートアップは、周りのメンバーに恵まれてうまくいくが、それがなかなか集まらない、と亀山さんは指摘します。
シャイな経営者の「一対一」のまとめ方
高木さんは、亀山さんに対して「シャイでオタク気質」という印象を持っていました。亀山さん自身も、10人以上の前ではうまく話せなかったと認めます。
もう十人以上になると喋れない。だから新卒の挨拶とか俺できなかった。
初めて50歳で人前に出たときは、緊張のあまり聴衆を見ず、誰もいないと思い込んで話していたといいます。では、その亀山さんの「まとめる力」とは何なのか。答えは、大勢の前で旗を立てることではありませんでした。
それちょっとマンツーマンでまとめるのが。まあこいつはこいつみたいな。みんなの前で広く浅く演説やることはないから。
亀山さんは、一対一で口説いたり、適材適所で人を動かしたりしてきました。人事で最も大事なのは教育ではなく、ポジションを間違えないことだと言います。
人事って教育というよりも、ほぼポジションを間違えないようにするっていうのが一番大事で。
営業が苦手な人を無理に営業向きにするのは難しい。それより、財務に移すなど配置を変えるほうができる、というのが亀山さんの考え方です。
裸の王様にならないために耳の痛い意見を残す
亀山さんは創業者・社長・株主のすべてを兼ねる立場です。高木さんは、どうしてもイエスマンが集まり、都合の悪い情報が入らなくなるのではないかと問います。
亀山さんが挙げたのは、社会貢献的な活動をめぐる社員とのやり取りでした。「ゆとりができたらやる」という亀山さんに、社員はこう返します。
そんなこと言ったらいつまでたっても社会的なことができませんよ。
耳の痛い指摘を受けて、亀山さんは考えを変えます。儲からないこともやり、社会から存在価値を認められたほうが会社は長生きすると発想を切り替えました。
実際問題儲かんないこともやっといて、社会からこの会社がいいことやってるとか、存在する価値があるとか思われた方が長生きするなみたいな発想を変えたわけですよ。
亀山さんが最も恐れるのは裸の王様です。だからこそ、嫌なことを言う人を手元に置き、コーポレートスタッフから「今時この言葉はダメです」と言われたら反省してカットするといいます。
忖度は本人が望まなくても勝手に生まれます。社員5000人規模になると、色一つ「変えたい」と言えば大騒ぎになるため、亀山さんは「あくまで感想だけど」と柔らかく添えるよう気をつけています。
何者でもない自分になるための一人旅
亀山さんが自分を客観視するために続けているのが、一人旅です。汚い格好で店に入ると差別されそうになることもあり、日頃いかにチヤホヤされているかに気づくといいます。
所詮外出たらただの親父だっていうのは面白いし。だからやっぱ今の環境からちょっと離れると俯瞰で見れる。
ゲストハウスで大学生に「おじさんも来る?」と同情されて呼ばれるような経験が、自分がいない間も稼いでくれる社員への感謝につながると亀山さんは話します。
妻からの忖度のない指摘も、亀山さんにとっては貴重です。部下に自分のカバンを持たせていた場面を妻に見られ、叱られたこともあるといいます。
何偉そうに(何てことさせるの)。あ、ごめんなさいとか言って返してくれみたいな。
亀山さんが恐れるのは、権力を失うことより孤独です。歴史を見ても、周りが恐れるだけの存在は、仕事がうまくいっても孤独な人生になりがちだと感じています。
後々どうせボケたら可愛がってもらわないとさ、よだれも拭いてもらえない。
自己満足がすべて。亀山流の「かっこいい」幸福論
高木さんが「こういう人でありたいというイメージはあるか」と尋ねると、亀山さんの答えは「かっこいい」でした。自分でかっこいいと思えればそれでいい、という自己満足の基準です。
かっこいいって俺がかっこいいって思えたらそれでいいみたいな。自分でね。自己嫌悪って一番つらいじゃない。
亀山さんにとっての「かっこいい」は、プライベートジェットやいい服ではありません。ボロボロで旅するバックパッカーの自分のほうが、自己満足できると言います。
20代の頃から、亀山さんはどうすれば幸せになるかを考え、たどり着いた答えが「自己満足が一番」でした。大きな別荘に人を集めるより、四畳半に焼酎を持って人が集まるほうがかっこよく見えるといいます。
一方で、その「かっこいい」を実行するには力が要るとも認めます。力がなければ嫌な相手にも頭を下げなければならず、やりたい事業も金があるほうができるからです。
でも最後金残ったってしょうがないのは間違い分かってるから。結構昔からね。
最近の亀山さんは、過去を忘れやすくなり、未来の不安も減ったといいます。65歳になり、いいことも嫌なことも忘れ、結果的に「今を生きている」状態になりました。
未来の不安と過去の反省なくなると今を生きている。
20代の頃、頭で「今を生きるべきだ」と考えていたことが、今は自然とできるようになった。亀山さんはそれを「ボケたおかげ」と笑います。500億を盗まれても、すぐ忘れてしまうほどだといいます。
この瞬間を生きるからこその「後先考えない」変化
今を生きる境地になって、亀山さんの行動にも変化が出ています。「今まで行ったことないシリーズ」として、銀座のクラブや滝行、アイスバスなど、日々に刺激を求めていろいろ試しているといいます。
考え方の変化として亀山さんが挙げたのは、我慢が減ったことです。後々よくないと思うことも、つい行動してしまうようになったといいます。
可愛い子いたらすぐ素直に可愛いねって言っちゃう。
怪しいスナックのドアも開けて入ってしまうような軽はずみさが出てきた一方で、亀山さんはそれが周りに迷惑をかけるかもしれないとも自覚しています。問題発言をすれば、社員が火消しに追われるからです。
だからこそ、亀山さんは公の場に軽々しく出るのは避けています。堀江貴文さんとの違いにも触れました。
俺はあんな修羅の道行く気ないから。
亀山さんには守る人も守るものもあります。あちこちに敵を作っていては、数十億の仕事はできない。信用が要り、A面の相手とも付き合わなければならないからです。堀江さんの生き方も一つの生き方として認めつつ、自分は言いたいことを言えないままだと語ります。
数千億の資産を誰に、どう残すのか
高木さんは、この瞬間だけを生きるという話の真逆にあるものとして、築いた資産の行く末を問います。子供に残さないと公言してきた亀山さんの、現時点の構想が語られました。
亀山さんは公益法人のようなものを用意し、そこに配当権を譲る準備を進めています。社員には持ち株会を通じて経営権を移し、利益は財団法人のようなものへ向ける構想です。
社会的なものにしてくっていうのが一応構想ではあります。
ただし、無配当の会社では法人へ利益を移せないため、少しずつ配当を始めるなど、専門家と相談しながら進めているといいます。高木さんはパタゴニアやOpenAIの例を挙げます。
子供に残さないのは、社会のためという意思よりも、まず「渡さないため」がメインだと亀山さんは言います。数千億の資産の行く末そのものへの興味は薄いと語ります。
行く末はもう勝手にやってって感じだよね。
ただし、二代目・三代目で私物化されたり、悪意ある人物に乗っ取られたりするのは嫌だといいます。そこで、悪意が入ってくる前提でルールを決める「憲法」のようなものが必要になると考えています。
一番手っ取り早いのは会社をどこかに売って半分を寄付することですが、亀山さんはそれを「つまらない」と感じています。非上場の会社ならではの終わり方を示せれば、という思いがあるようです。
うまくいくかわかんないけど、まあ言って、あれかっこいいなとか。うまくいいねとか思ったやつが一パーでも二パーでもいったら、まあ面白い。
稼ぐのは得意、使い方が分からない
高木さんは、亀山さんが資本主義の新しい形の提示に興味があるのかと問います。亀山さんの答えは意外なものでした。
いや、別に暇だから、今。元々そんな思いなんかない。別に金儲け一つでしょ。俺は。商売人だから。
亀山さんにとって稼ぐことは楽しく、何の問題もありません。難しいのは使うことです。世の中のためになる使い方や、やりたいことが、今はパッと浮かばないといいます。
浮かばないのに、稼ぐことの副作用として財産が積み上がってしまった。だから、積み上げたものをどう終わらせるかが課題になっている、と亀山さんは説明します。
なぜ使い方が浮かばないのか。亀山さんは、金をばらまくほど関係のない人が寄ってくるからだと言います。ばらまかないほうが、実際の愛やリスペクトを受けやすいという逆説です。
金をばらまけばばらまくほど雑音しか寄ってこないから。
亀山さんが旅先で女子大生に「おじさんも来る?」と声をかけられて嬉しかったのは、金と関係なく見てくれたからです。一緒に稼ぐ商売の話は歓迎する一方、消費は快楽が満たされないため苦手だと語ります。
高級クラブや高いワインも一通り経験したうえで、亀山さんはどれも響かなかったと言います。むしろ普通の居酒屋で隣の人とワイワイやるほうが楽しいと感じています。
子供に残さない理由は「積み上げる喜び」にある
高木さんは、亀山さんが子供に資産を残さない理由を掘り下げます。亀山さんの答えは、成長のプロセスそのものへのこだわりでした。
1000万の収入が1200万300万になるのが嬉しかったんで、例えばね。
一軒のラーメン屋を二軒にする喜びと、100軒のチェーンを101軒にする感覚は違う。高いところから始めさせられると、二代目・三代目は売上を落とすことも多く、それは悲しい思いをさせるだけだと亀山さんは考えます。
この考え方は、亀山さんにとって「損得の突き詰め」でもあります。欲望を抑えたのではなく、損得を極めた結果だと言います。
いいことをやりたいよりも、損得を得、得を取ってるわけ。俺なりにね。
YouTubeに出続けたい、世間から石を投げられたくないという欲。それを突き詰めると、500億を払っても炎上しないほうが得だという計算になる、と亀山さんは説明します。
この考え方が広まれば、子供にとっても社会にとっても良い。過剰に残さず社会のために使う形が流行れば、結果的に再分配のようになる、という新平さんの整理に、亀山さんも同意します。
亀山さんは、目に見えないものを数値化してきた商売人です。しかし夫婦や子供との付き合い方は数値化しにくく、収入とは比較にならない別の価値がある、と語ります。
自分が苦労して得たものがあるのに、多くの親は子供に苦労だけはさせたくないと考える。そこだけ見たらなんで急に甘くなるのかと、亀山さんは疑問を投げかけます。
35年ぶりに哲学を始める
亀山さんは、この考えを30歳ごろから抱いていたものの、自信がなく、ずっと人前で言えなかったと明かします。年を取れば人は変わるかもしれず、言った後に撤回しにくいからです。
20代で考え抜いた哲学は、30歳でほぼ9割方固まったといいます。それ以降は内的思考を一旦やめ、行動のフェーズに入っていました。しかし今、亀山さんは再び哲学を始めようとしています。
三十までで一回哲学やめたんだけど、また新たにね、二年前からちょっと哲学者になるの、俺。
きっかけとなった2年前の転機について、亀山さんは「そのうち言う」と多くを語りませんでした。ただ、もう一度旅をしながら、社会や経済への考えを自分なりに深掘りしたいと話します。
高木さんは本にすることを勧めますが、亀山さんは自分の中で煮詰めたいと答えます。かつて本を出そうとした際、「本を出したら公人とみなす」と言われてやめた経緯もあるといいます。
経営者・亀山の幸福論。過去の意味は今の幸せで変わる
亀山さんは、村上龍がカンブリア宮殿で最も印象に残っていると語ったヤマダ電機の社長のエピソードを紹介します。夫婦で店をやっていた頃に「戻りたい」と語ったという話です。
亀山さん自身も、20代半ばに妻とビデオレンタル店の店番をしていた頃を思い出します。客がいないときは天空の城ラピュタを見たり、猫まんまを食べたりしていたといいます。
戻りたいかと問われれば楽しいと答えるものの、戻っても同じ人生を繰り返す気がすると亀山さんは言います。ここが幸福のポイントでした。
亀山さんは、数億を横領した元社員と今も麻雀をする仲だと明かします。それを「器が広い」からではなく、自分が今幸せだから許せるのだと分析します。
俺が今幸せだから許せるって話だと思うんだよね。だから器の問題じゃないと思うね。
同じ相手に被害を受けても、今が幸せでなければ許せず恨みが残る。過去の苦労も、今が幸せなら「あの事件のおかげで今がある」と思える。亀山さんは、幸福は結果が過去の意味そのものを変えると語ります。
希望が幸福を決める。停滞する日本で幸せを感じるには
では幸せであるために何が大事なのか。亀山さんは「勘違いでもいいから今に満足すること」だと答えます。幸せは誰かにしてもらうものではなく、本人が感じるものだという考えです。
亀山さんは、明日が今より良くなると思えないから不幸に感じると指摘します。昔の日本は今より貧しくても、未来が良くなると信じられたから幸せだったといいます。
未来が今より良くなると貧しくても関係ないんだよね。
生活水準は昔より良いのに、横ばいや下落が続くと「今買えるものが明日買えないのでは」と不安になる。豊かになった国は順番に幸福度が減っていくのは先進国の定めだと亀山さんは語ります。
だからこそ、これからは自分なりの幸せを考える「哲学」が重要になると亀山さんは言います。ただし、特定の宗教を盲信することは望んでいません。
自分宗教をやっぱり作ってほしいって勝手なものだから思うんだよね。
高木さんは、いいねや再生回数といった外部の分かりやすい指標に頼るのは、経済成長を指標にするのと同じだと整理します。亀山さんは、迷いながらも自分なりの幸せを各自バラバラに見つければいいと応じます。
行動と認識の繰り返しでしか、人はマシになれない
亀山さんは、かつて吉本隆明の影響で「認識より行動」だと考えていたと語ります。もっともらしく語る人が嫌で、言う暇があるならやれと思っていたといいます。
しかし最近は、行動と認識の繰り返しが大事だと考えるようになったといいます。行動だけでも、部屋で哲学ばかりしていても、どちらもだめだという考えです。
本ばかり読んで分かった気になるのは、結局は人の言葉に過ぎない。仕事や恋愛、子育てといった経験と、哲学者から取り入れた思考を混ぜ合わせて発酵させることで、いい味が出ると亀山さんは表現します。
亀山さんは、駒沢公園で犬の散歩中に出会ったホームレスのエピソードを語ります。その人は公園を「俺の庭」と呼びました。認識次第で、公園はどんな別荘より広い庭になるという発見です。
そう認識したらすげえ金持ちっていうか、もう勝てないぐらい。駒沢公園も庭だからね。
分断が嫌だから、ごちゃ混ぜで飲む
残りの人生でやりたいこととして、亀山さんが挙げたのは、異業種の人をごちゃ混ぜにした飲み会でした。年寄りも若者も、ヤンキーもエリートも、国籍も関係なく混ぜたいといいます。
みんな分断とか言ってさ、分かれてんのかなって。右も左も一緒に飲めよみたいな。
亀山さんは、人を国籍や属性で単純に括ることを嫌います。貧しい人を軽蔑するのも、かわいそうと同情するのも、どちらも下に見ている点で同じ「差別」だと考えます。
飲み屋も丸の内OLも役者さんもみんな同じよねみたいな。
風俗嬢もキャリアウーマンも、属性ではなく「よし子ちゃん、ひろみちゃん、花子ちゃん」という一人の人としてワイワイやる。違いではなく、目線を合わせることに亀山さんの関心があります。
1対1でしか本当の話はできない
なぜ大勢の前では話せず、シャイだったのか。亀山さんは収録の終盤、飲みながら「今の思いつき」として自己分析します。大勢への語りかけは、上っ面の社交辞令になってしまうからだと気づきます。
多くの人たちに自分のこう話すってすごく話してるようでしてないんだよね。単なる上っ面の社交辞令。
結婚式や葬式の挨拶のように、みんなが感動することを言わなければならない場面が、亀山さんは嫌でした。一対一なら心のこもった言葉を交わせるのに、大勢の前では薄っぺらくなるからです。
5000人と話すことはできないため、亀山さんが直接話すのは常に十数人ほどです。その相手にも「お前らも十人と話せ」と伝え、連鎖させていくやり方しかないと考えています。
高木さんは、亀山さんが商売人でありながら巨大な会社を築けたのは、この一対一の積み上げがあったからだと整理します。ごちゃ混ぜの場が成立するのも、一人ひとりとの対話を大事にしているからでした。
最後に亀山さんは、この収録での気づきを語ります。多くに語りかけるのと、一人に語りかけるのは全く違う。いがみ合う人たちにも、一対一の会話をしてほしいという思いにたどり着きました。
できればみんなもいがみ合ってるやつらも一人一人の会話をしてほしいなみたいな。
まとめ
DMM創業者の亀山敬司さんは、稼ぐことは楽しんできた一方、使うことは苦手だと語ります。資産を子供に残さず社会的なものへ移す構想の背景には、成長のプロセスこそが喜びであり、幸福は本人が感じるものだという一貫した哲学がありました。
- 亀山さんの経営の根幹は生き残りにあり、拡大は結果に過ぎない。純利益を新規事業に投じ続ける構造が多角化を支えている
- 自身の強みは「人をまとめる力」だけと語り、一対一で人を動かし、適材適所の配置を重視してきた
- 裸の王様を恐れ、耳の痛い意見を言う人を手元に置く。一人旅で「ただの親父」に戻り、自分を俯瞰する
- 資産を子供に残さないのは、損得を突き詰めた結果でもあり、社会への再分配にもつながると考えている
- 幸福は本人が感じるもので、今が幸せなら過去の苦労や被害の意味さえ変わる。本当の対話は一対一でしかできない



