うまくいっている漫画家が、なぜ相談に来たのか
この回のゲストは、漫画『左ききのエレン』でアニメ化まで果たした漫画家のかっぴーさんです。番組を面白く見ていたと語り、みずから相談者として出演を志願しました。
かっぴーさんは高木さんの番組を「クリエイティブカウンセラー」だと感じていたと話します。出演した人がすっきりして帰る様子を見て、自分も相談したいと考えたそうです。
やっぱ40になって、なんかこの先もう一個目標というか、ここからどうしようかなって結構本当に考えてて。
(この番組に)出演する人がみんなすっきりして帰るじゃないですか。だから出たいと思って。相談に来ました。マジで。
かっぴーさんはもともと広告業界でデザイナーやアートディレクターを務めていました。その後、面白法人カヤックに転職します。面白法人カヤック ── 「面白法人」を掲げる神奈川・鎌倉発のIT企業。ゲームや広告、Webサービスなどを手がけ、ユニークな社内文化やクリエイター輩出で知られる。
転職したての新人時代、全社員向けの日報にどうせなら面白いものを書きたいと考え、日報に漫画を描いて添付したことが漫画家人生の始まりでした。
(カヤックの先輩たちが)これ面白いからネットにアップしなよって言ってくれて。
最初はギャグ漫画的なものがネットでバズり、そこから自分が経験した広告代理店を舞台にしたシリアスな漫画『左ききのエレン』を描き始め、気づいたら漫画家になっていたと振り返ります。
「弱々の二本刀」で独立してから、漫画家を名乗れるまで
高木さんは、表現を生業にして10年やりきり、油が乗っている人が出る番組ではないのにと切り出します。しかしかっぴーさん自身の自己認識は少し違っていました。
独立当時、漫画家になれるかもわからないまま会社を辞めたとかっぴーさんは話します。ウェブ媒体のcakesと雑誌『SPA!』の連載が決まっていただけでした。cakes ── 出版社ノートが運営していたコンテンツ配信サイト。個人の連載やコラムを有料でも読める仕組みで、多くの書き手やクリエイターを世に出した。2022年にサービスを終了している。
今思うと弱々じゃないですか。(雑誌の)SPAで連載するので会社辞める人あんまりいないと思って。
後ろ盾のない状態で始まったため、自分を漫画家と名乗ってよいのか長く曖昧なままだったといいます。ジャンプ+の連載が終わる頃、累計200万部を超えたあたりで、ようやく自分を許せたと語ります。
(累計)200万部超えたあたりで、漫画家を名乗ってももういいかみたいな、その自分を許せたというか。
そんなグラデーションで始まった漫画家人生が、気づけば10年経ちました。かっぴーさんは、このままだと今がピークで終わるのではないかという危機感を口にします。
祭りの後に来る「鬱」を、忙しい今のうちに考えておきたい
かっぴーさんが次を真剣に考え始めたのは、アニメ化が2026年と決まったときでした。大きなピークが来ることが2年前から見えていたぶん、その後のことを想定していたといいます。
うまくいってもいかなくても先を想定して生きてきたため、今の忙しさも想定通りだとかっぴーさんは話します。問題は、祭りが終わった後です。
(アニメの祭りが)終わった後に、やっぱちょっと鬱っぽくなるのも絶対わかってる。もう一回、一回落ちるだろうなっていう。
この予感には過去の実体験があります。ドラマが放送された夜、かっぴーさんは絵が描けなくなりました。いつもは描き始めると早いのに、身が入らず上の空になってしまったのです。
『左ききのエレン』を、かっぴーさんは自分への怒りやうだつの上がらない時代の自分をぶっ潰す気持ちで描いてきました。テレビ放送でその思いが届いた実感が、逆に手を止めさせたと考えられます。
ずっとその怒りとかで描いてたから。自分への怒りとか、うだつの上がらない時代の自分をぶっ潰すみたいな気持ちで描いてたから。
夜中の3時、もう漫画家を辞めるかもしれないと思いながら散歩に出たかっぴーさんは、そこで思いがけない場面に出くわします。
(散歩中に)当時の広告代理店時代の上司がたまたま通りすがった。
あまりに突然で幻だと思い声はかけなかったものの、当時のことが一気に思い出され、朝には原稿が完成していたといいます。かっぴーさんは、まるで漫画のような偶然が数年に一度起きて、そのたびに描くことに引き戻されてきたと語ります。
何者かになりたくて始めた物語で、本当に何者かになってしまった
高木さんが表現の源泉が枯渇する感覚かと尋ねると、かっぴーさんはモチベーションの問題だと答えます。誤解を恐れずに言うと、と前置きして核心に触れました。
何者かになった結果、自分の描いてきた物語が「嘘じゃん」と感じられてしまう。かっぴーさんは、キャラクターに自分を投影して描いてきたぶん、この感覚が強いと分析します。
かっぴーさんは、この状態を大金を得たロックンローラーが自分の歌を嘘だと感じ始める逸話にたとえます。今も渇きはあるものの、一番乾いていた時期とは違うと認めます。
(自分は)ロックンローラーが大金を得てしまって、自分の歌ってる歌が嘘だって思い始めるみたいな、そういう逸話があるじゃないですか。
今の渇きなんてぶっちゃけ、贅沢じゃんみたいな感じ。
漫画は本来フィクションなのに、嘘だと思うと描けなくなる。ここにかっぴーさんは、自分の作り方が普通の漫画家と違うのではという疑いを持ち始めます。
『左ききのエレン』という作品を今どう捉えているかと問われると、かっぴーさんは「異物」という言葉を繰り返しました。
ネットの海に、なんか突如現れた絵下手なのに超真面目なことを言い出す、なんか異質な存在だって。
ネット連載でもジャンプ+でもアニメでも、どこに行っても異物だとかっぴーさんは感じています。本人としては王道のつもりで描いているのに、仕事そのものをストイックにテーマにすること自体が珍しいのかもしれません。
売っているのは漫画ではなく「歌」なのではないか
高木さんは、『左ききのエレン』は初期から叫びのようなエネルギーがあり、上手さや技術を超えて響くものがあったと振り返ります。ここから話は、かっぴーさんの表現の本質へと向かいます。
かっぴーさんは、自分は元々歌手になりたかった説がある、ど真ん中は漫画家ではないかもしれないと語り出します。表現技法がたまたま漫画だっただけで、本質は詩人のようなものかもしれないと言います。
(自分の)セリフが全部詩で、それになんか自分でなんとか絵つけてなんとかやってるだけの、(自分は本当は)詩の人かもしれないし。
かっぴーさんは、自分が理想とする「一流の原作者」との違いも語ります。一流の原作者はもっとドライで、人生と作品を切り離し、計算で描けるタイプだと言います。
人生と作品を切り離し、知識をもとにクールに引いて見て計算で描く。毎回作風が変わり、同じ人とは思えないほど幅がある
熱量を乗せて勝負し、キャラクターに自分を投影する。毎回「かっぴーっぽいね」と癖が出てしまう
どちらが優れているという話ではありません。ただかっぴーさんは、自分がすごいと思う原作者とは根本的に違うと自覚しています。だからこそ「俺は何なんだろう」という問いが消えないのです。
高木さんは、『左ききのエレン』が傷の物語であり、失恋ソングのように悲しかった心に刻んだものへ共感が集まるからこそ刺さるのだと解釈します。歌手が経験していないことを歌にできないのと同じで、作品と自分が一体化しているのがかっぴーさんのスタイルだと整理しました。
4000人で止まった連載と、増え続けるインサイドビジョンの違い
ここで高木さんが、自分の相談として番組「インサイドビジョン」の位置づけを語ります。もともとクライアントワークで企業のビジョンを引き出し形にしてきたが、突き詰めると認知を書き換えたいだけだったと言います。
高木さんは、この番組を究極の社会貢献の一つだと表現します。誰から頼まれてもいないのに続けており、これが何なのか自分でもよくわからないと打ち明けました。
番組の制作費として月額5万円のスポンサーを募ったところ、20人が集まったといいます。高木さんは、これはコンテンツを満足させてほしいという欲望とは違う支え方だと感じています。
(この番組は)世の中にあった方がいいって思われてるから、多分お金が集まった。
かっぴーさんは、noteで連載する『左ききのエレン』原作版も同じ構造だと共感します。しかし、ここで込み入った悩みを明かしました。メンバーシップが増えないのです。
今4000人いるんですけど、(原作版は)第三部でやってるから、もう400話ぐらい。だから新規が入りにくいじゃん。
400話以上、単行本40巻に積み上がった連載は、新規の読者がタップしにくい。続ければ続けるほど入りにくくなるジレンマを、かっぴーさんは抱えています。
どうすんだ、俺この4000人とともに、あの人生歩んでいくかなと思って。
かっぴーさんの理想は、番組のように「あった方がいい」と思う人が集まり、応援によって新しく救われる人が増え続けるサイクルです。連載漫画という形式が、その循環の足かせになっていると考えられます。
「天才になれなかった全ての人へ」は、別の言い方をすると何なのか
高木さんは、かっぴさんが伝えたいのは『左ききのエレン』という作品そのものより、「天才になれなかった全ての人へ」というメッセージを別の形でもっと届けることではないかと問いかけます。
俺は多分「天才になれなかった全ての人へ」っていう歌を歌い続けたいんですよ。
高木さんに「別の言い方をすると何を言いたいのか」と聞かれ、かっぴーさんは、夢が叶うか叶わないかや何になれるかではなく、全部やったかを問いたいのだと答えます。
全部やったかっていうのを問いたいんですよね。後悔がないか。
本編でも、その先に続く言葉は「本気出して本気出してそれから諦めろ」だといいます。何になれなくても、やり尽くしたなら誰も否定しないし自分を愛せる。それが『左ききのエレン』の最後のメッセージです。
かっぴーさんは、夢が叶うかどうかは運や環境や時代が関わるが、やれることをやったかまでは自分の責任だと語ります。人生の目標は納得できるかどうかで、それは試したかどうかでしか決まらないという考えです。
高木さんは、このメッセージが夢が叶う本ではなく、全ての箱を開けたら納得できるという本だと整理します。満足はできなくても納得はできる、そこにやり抜く美学があると受け止めました。
まだ開けていない箱は「映画」。ゴールを追うと苦しくなる
高木さんが、かっぴーさんに開けていない箱はもうないのかと尋ねると、答えは「映画」でした。『左ききのエレン』とは関係なく、普通に映画を撮ってみたいといいます。
(一番好きなのは)映画が好きだから。一番好きなの映画なんですよ。漫画なんかより全然好き。
高校2年で進路に悩んだとき、図書館で映画監督・グラフィックデザイナー・保育士の本を3冊借り、最初にグラフィックデザイナーの本を読んで残り2冊は読まなかったというエピソードを、かっぴーさんは今も覚えています。
すでに映画『炎上』を手がけた監督に「今度書いて持ってくるから見て」と伝えており、脚本を書こうと考えているそうです。脚本と原作の違い ── 原作は物語の元になる作品やアイデアを指すのに対し、脚本は映像作品として撮影できるようセリフやシーン、演出の指示まで具体的に書き起こしたもの。役割が近いようで作業内容は異なる。
ただし、かっぴーさんには迷いもあります。漫画家として確固たる結果を出してから次に移りたいという思いです。一方で高木さんは、ゴールを追う考え方そのものに注意を促します。
一区切りって永遠に来ないですよ、多分。多分尾田栄一郎抜いたら一区切りって言えるかな。でもそれもう死ぬ時なんで。
高木さんは、ビジネス書を書いた時点でかっぴーさんは漫画以外の自己表現でもいいと思っているはずだと指摘します。手塚治虫ならビジネス書の代わりに漫画を描き続けるだろう、と。だからかっぴーさんの核は漫画という形式そのものではないと読み解きます。
同じ歌を、違う場所でもっと届けたい
高木さんは、ビジネス書『天才になれなかった全ての人へ』のタイトルを見たとき、これがかっぴさんのテーマソングだと感じたと語ります。違う曲をやりたいのではなく、この曲を他の人にも届けたいのだと整理しました。
(自分は)みんな知ってる言葉になりたい。
『左ききのエレン』は漫画好きや広告系の人には刺さるが、商社で働くサラリーマンには共感されにくいかもしれない。だからビジネス書、絵本、児童書など、別の形なら届く相手がいるとかっぴーさんも思い当たります。
『左ききのエレン』っていう漫画コンテンツのメディア化はもうひとしきりやったけど、天才になれなかった全ての人へっていう歌に関しては、まだ(やりきっていない)。
高木さんは、かっぴーさんが漫画の絵を描くこと自体にアイデンティティがあるわけではなく、メッセージを違う形で表現できる喜びで動けば面白くなると後押しします。
「かっぴー」も「なつやすみ」も、あえて選んだ縛りプレイ
話は作家名にも及びます。いろんな形で「天才になれなかった全ての人へ」を表現する作家になったとき、その名前が「かっぴー」でいいのか、とかっぴーさん自身がためらいます。
作家名かっぴーかと思って。かっぴーそれ背負えねえなと思って。
「かっぴー」は大学時代のあだ名です。学食で口をパンパンにして食べる癖からカピバラにちなんで呼ばれ、SNSのアカウント名にしていたところ、その名でバズってそのまま定着したといいます。
高木さんは、作家性を分けるために別名を使う例として、西武百貨店などを築いた経営者・堤清二が別名で小説を書き文学賞を取った話を挙げます。堤清二 ── 西武百貨店やパルコ、無印良品を展開する良品計画などを率いたセゾングループの経営者。「辻井喬」の筆名で詩人・作家としても活動し、文学賞を受賞している。
しかしかっぴーさんは、名前を変えたら負けだと感じています。むしろ、意味のわからないダサい響きを、最後にかっこいい響きへ変えていくことにこだわりがあると語ります。
スパイダーマンって冷静に考えたらめっちゃダサいじゃないですか、蜘蛛男じゃないですか。(それを)見終わった後にかっこいいタイトルだったなと思わせたいんですよね。
会社名も、ひらがなの「なつやすみ」です。かっぴーさんは、ゲームの縛りプレイのように、あえて弱そうな装備で成功したいのだと言います。
元々天才だったら求めないが、どこにでもいる凡人だった自分がそれなりにうまくいっているのがすごい。かっぴーさんは、その一点を証明したいと語ります。
ダサいことが、かっぴーの表現の源泉だった
高木さんは、40歳でまた中二病が来ているというかっぴさんの言葉を受け、ずっと中二病であり続けていること自体が源泉だと読み解きます。ダサい自分と理想の自分のギャップに誰よりも真剣に苦しんでいるからこそ、物語が生まれるという見立てです。
かっぴーさんは、週に何回か更新しても登録者数8000人ほどの弱小YouTubeチャンネルを何年も続けていることを明かします。漫画家仲間に鼻で笑われるこの活動を、なぜ続けるのか。
ダサいからやってんのかもしんない。
高木さんは、うまくいっていることを続けるのは当たり前で、うまくいかないことを続けている人にこそ人は共感すると返します。かっぴーさんは、ここで自分の深層心理に気づきます。
さらにかっぴーさんは、周りがすぐ成功しようとし、半年で結果が出ないとやめてしまうことへの違和感を語ります。泥臭く、ダサく、痛いものを続ける姿こそが見たいのだと言います。
泥臭い、ダサい、痛い。アンチ冷笑。そういうのが一番かっこいいんだぞ、馬鹿野郎っていうのを言いたいのかもしれない。
痛いとかめっちゃいいじゃん。刺さってんじゃん、お前の。お前に刺さってるから痛いんだろうっていう。
原作者がスニーカーのCMに出る「ダサさ」を選ぶ理由
かっぴーさんは、放送されたばかりのアニメの番宣で、自分が『左ききのエレン』のコラボスニーカーのCMに出た話をします。撮影がテレビ用と知って驚きつつ、番宣をさせられたと苦笑します。
こんなことやらされるの?原作者って。って思ったけど、いいんだ、あれで。
高木さんは、スポットライトを浴びた一瞬だけをクールにこなすのが天才の象徴だとすれば、そうではない泥臭い振る舞いこそがかっぴーさんのスタンスだと整理します。
かっぴーさんは、クールに引用リツイートだけで済ませる原作者にはなりたくないと言います。出資して財布が空になり、自分でスニーカーの宣伝までする道を選ぶと決めました。
高木さんは、成功者が輝く瞬間はごく一部で、どんな天才でも泥臭くやり続けたプロセスがあると語ります。綺麗なところばかりが並ぶSNSの中で、泥臭いところを見せ続けることは結果的にいいのではないかと後押ししました。
「先生然としたかった」理想を手放し、俺は俺でいい
かっぴーさんは、これまで語ってきたこととは違う、よくないかっこつけがあったと打ち明けます。漫画家として「先生然」としていたかったという理想です。
リツイートもしない先生になりたかったんですよ。顔も出さないし。
たまにイラストを描いてバズる、冨樫義博のような大御所の振る舞いに憧れ、メディア出演もなるべく断ってきたといいます。しかし高木さんは、そのミステリアスな天才性になれない者どうしとして共感します。
高木さんは、作品や会社の宣伝のためだけに出続けると、いつの間にか自分が広報になってしまうと指摘します。この構図が、かっぴーさんの「何なんだ俺は」という感覚の正体でした。
(宣伝のためだけに出るのが)嫌だったのか。確かに。それが嫌だったのかも。
高木さんは、自分も会社の広報のようになって苦しんだ経験を語り、「俺は俺なんだ」と切り分けたときに楽になったと話します。かっぴーさんも、天才になれなかった全ての人へという思いを届けるためなら、漫画と関係なくても出ていいと考え直します。
作品を「事業」、かっぴーを「会社」として捉え直す
高木さんは、『左ききのエレン』を会社に例えて整理します。作品は主要事業として育ったが、最初は事業と会社が一体だった。それを会社のビジョンに引き上げ、別の事業も立ち上げていく感覚だと説明します。
主要事業の誕生
『左ききのエレン』が主要事業として育つ。最初は作品とかっぴー自身が一体だった
ビジョンへの引き上げ
「天才になれなかった全ての人へ」を、作品ではなくかっぴーという人自身のビジョンに置き直す
新事業の展開
映画・脚本・絵本など、同じメッセージを別の形で表現する新しい事業を立ち上げていく
この捉え直しは、名前の話ともつながります。会社名がひらがなの「なつやすみ」であることも、「かっぴー」という名前と同じ思想だとかっぴーさんは気づきます。すごいものやかっこいいものではありたくない、という一貫した価値観です。
高木さんは、漫画の次を「格」で考えて映画などにステージを上げようとすると、義務のように苦しくなると警告します。表現したいものが違う形で表現できるワクワクで動けば、活動はむしろ広がると促しました。
審査員に選ばれて素直に喜ぶ、一角への「ちっちゃな繰り返し」
かっぴーさんは、ジャンプ+の漫画原作者を対象にした賞の審査員に、今年選ばれた話をします。名だたる原作者に並んで自分が選ばれたことを、素直に大喜びしました。
俺もついに一角みたいな。絶対他の先生そんな喜んでないじゃん。俺は喜んだ。わー、審査員だー!と思って。
表向きは殊勝に振る舞いつつ、家では飲めない酒を飲みたくなるほど嬉しかったといいます。かっぴーさんは、この小さな喜びの繰り返しの先に、気づいたら誰が見ても一角になっている理想を描きます。
理想はいつかハッと気づいたら、いや一角やんみたいな。誰がどう見ても一角やんってなってたい。
高木さんは、かっぴさんがはみ出した後に評価されるのは、天才にはなれなかったなりの道を作っているからだと解釈します。ここで、印象的な言葉を引きます。
(競争とは)誰も入ってなかったような野道を分け入りながら突き進んでいく。
わかりやすいトラックの100メートル走で勝つ人もいるが、自分は野道を開拓していきたい。高木さんは、「あいつ何なの」と言われながらも結果的にたどり着く走り方に、改めて共感したと語ります。
あの絵でデビューした人だから、希望になる
かっぴーさんは、もう迷っている場合ではないと自分に言い聞かせます。あの絵でデビューした事実そのものが、ダサさを引き受けてきた証拠だからです。
今更迷ってる場合じゃないよね。だってあんな絵でデビューしといて。ダサいのはみんな知ってるよ。
高木さんは、鳥山明のような天才ではなく、ダサさとともにやってきた人だからこそ希望なのだと言います。それでもかっぴーさんが時折「鳥山明かのような振る舞い」を始めてしまうところに、憧れと現実のあいだで揺れる人柄がにじみます。
最後に高木さんは、「天才になれなかった全ての人へ」が『左ききのエレン』で消化されきらず、今も悶々と体現され続けていることを聞けて良かったと締めくくります。
あれは漫画家になるのと同時に生まれたから、あの言葉って。多分あの言葉と共にやっていくんだろうなって感じがしますね。
かっぴーさんは、やるべきことがわかった、この調子だと表情を明るくしました。次の表現は映画かもしれないし、絵本のような思わぬものかもしれません。高木さん自身も、自分のことに重ね合わせて聞いていたと語ります。
まとめ
作品が売れて何者かになったからこそ描けなくなる、という漫画家かっぴーさんの渇きを起点に、その正体を「天才になれなかった全ての人へ」というメッセージへとほどいていく相談回でした。ゴールを追う苦しさではなく、ダサさを引き受けて同じ歌を届け続ける姿勢に、着地点が見えてきます。
- かっぴーさんの渇きは、何者かになった結果、自分の描いてきた物語が「嘘じゃん」と感じられてしまうことにあった
- 核心は作品『左ききのエレン』そのものより、「天才になれなかった全ての人へ」というメッセージを別の形で届け続けたいという思いだった
- 作品を「主要事業」、かっぴーさん自身を「会社」と捉え直し、メッセージをビジョンに引き上げることで、映画や絵本など新しい表現につながる
- 「本気出してそれから諦めろ」、全部やったかを問うことが、夢が叶うかどうかより大事だという価値観が語られた
- 泥臭く、ダサく、うまくいかないことを続ける姿こそが、かっぴーさんの表現の源泉であり、他者への希望になる






