なぜデザイン会社の多くは大きくならないのか
高木さんは、グッドパッチについて「上場したおしゃれなデザイン会社」という印象がある一方、話を聞くと泥臭く、変わらないものを見つめている会社だと感じたといいます。そのうえで、スケーラブルに成長できるデザイン会社が少ないなかで、グッドパッチとの違いはどこにあるのかを土屋さんに尋ねました。
土屋さんがまず挙げたのは、参入したマーケットが成長市場だったことです。ソフトウェアのユーザー体験に紐づくUX領域は、デザイン業界のなかでも明らかに伸びる分野で、グッドパッチはその波に最初の段階で乗ることができました。
ただ、その時に同じように(UX領域を)始めた人たちもたくさんいる。
土屋さんによれば、同じ時期に始めた会社が大きくならず、グッドパッチが大きくなった違いは、人を採用して組織として大きくすることを選ぶかどうかにありました。土屋さんは、ほとんどのデザイン会社はその道を選びたくないのだと話します。
やっぱり社長が元デザイナーであることも多いし、人が増えたら間違いなくその自分がものづくりに関われる時間っていうのは減る。
往々にしてそのデザイナーをマネジメントするって嫌なんですよね、みんな。
一方で土屋さん自身は、起業した段階から自分がクリエイター側だという自負はあまりなかったといいます。ウェブ制作も経験し、ものづくりは大好きだとしながらも、軸足は「クリエイターを支援する側」にありました。
土屋さんは、デザイナーやエンジニアが働きやすい環境をつくり、会社をしっかり経営することに力点を置いてきました。最初から経営をするつもりだったという点が、多くのデザイン会社との大きな違いだと語っています。
土屋さんと高木さんの整理では、多くのデザイン会社は、独立した天才デザイナーにみんながついていく「事務所型」になりがちです。30人を超えると制度づくりやマネージャーの登用が必要になりますが、そこをやりきれないケースが多いといいます。
独立した天才デザイナーにメンバーがついていく。社長は自分のものづくりの時間を守りたく、組織化やマネジメントを避けがち
社長がクリエイターを支援する側に立ち、最初から経営するつもりで採用・制度づくり・マネージャー登用に取り組む
もう覚悟が多分違ったってのはあると思うんですね。
デザイナーの「年収400万」を変えなければいけない理由
高木さんは、上場というプロセス自体が非常に大変で、やると決めていなければ続けられないのではないかと問いかけます。土屋さんは「目線が高い」とは言いたくないとしつつ、自分自身がデザイナーではなかったことに触れました。
土屋さんは、デザインは多くの人ができるもので、デザイナーという肩書きの有無はあまり関係ないと考えています。そのうえで問題視していたのは、価値を生み出せるデザイン領域の人たちが、社会のなかで低く見積もられてきたことでした。
僕の信頼してる人たちが、やっぱり本来価値があるのに価値がないと見積もられて、なかなか給料が上がらないっていうのをずっと目の当たりにしてきてたわけですね。
土屋さんは、グッドパッチで多くのデザイナーを抱えるようになり、彼らを社会のなかで一定のポジションに上げていかなければならないと考えるようになったといいます。給料も含めたデザイナーの価値を上げることにコミットした会社は、過去になかったのではないかと話しています。
土屋さんによれば、この思いは途中で「デザインの力を証明する」というミッションとして定義され、会社の目的の1つになりました。多くのデザイン会社は、いいものや自分たちがいけていると思うものを作ることに終始すると土屋さんは見ています。
それもそれで素晴らしいと思うんですけど、その結果、過去、デザイナーの給与も地位も上がってこなかった過去があるわけです。
土屋さんは、ソフトウェアやサービスのUXの波を、デザイン領域で急激にグロースする「最後の波」だと捉えていました。UXがウェブデザインと同じ扱いになれば、ウェブデザイナーの平均年収400万円という状況と変わらない世界線になってしまうと考えたのです。
土屋さんがこの問題を重く見る背景には、日本の人口減少があります。生産人口が減り、単純労働では勝てない国だからこそ、新しいものや付加価値を生み出すデザイナー、エンジニア、クリエイターが重要になるという考えです。
人口減少
日本は生産人口が減り、単純労働で勝てる国ではなくなる
付加価値が必要
新しいものを生み出し、付加価値を生産することが求められる
クリエイターが重要に
デザイナー、エンジニア、クリエイターが重要な職種になる
年収が低いままだと
平均年収400万円では優秀な人がマーケットに来ない
市場が広がらない
優秀な人が入らなければ、マーケット自体が拡大しない
高木さんが、UIデザインの案件をこなすなかでそう考えるようになったのかと尋ねると、土屋さんは、ウェブデザインとは違う領域にしなければいけないとは最初から思っていたと答えています。
売却ではなくIPOへ、退路を断った決断
グッドパッチが成長して30人ほどを抱えるようになると、「この会社はこの後どの方向に行くのか」という問いが生まれたと土屋さんは振り返ります。自分たちのペースでやるプライベートな道と、グロースして社会に価値を出し続ける道があったといいます。
当時のグッドパッチはすでにデジタルガレージ ── 東京に本社を置くインターネット関連企業。決済事業などのほか、スタートアップへの投資・育成も手がけていますから出資を受けており、プライベートカンパニーで行く選択肢はありませんでした。Exitする場合、選択肢はIPOか売却のどちらかです。
自分に数億円入るかもしれないが、それでなんだという思いがあり、自分自身が面白くないと感じた
相当難しく、メンバーや投資家からも無理だと見られていたが、会社を大きくし社会に価値を出し続ける道
売却をする選択をしたら、やっぱり自分自身が面白くないなっていうのもあったんですよね。
土屋さんによれば、当時は周囲のメンバーも投資家も、IPOは無理だという雰囲気でした。それでも土屋さんは、無理と言われるとやりたくなるのが起業家的性質だと話しています。
もうそこで腹くくって、ここからもうIPOの方向に行く。会社も大きくし続けて、ちゃんともっと価値を出せる会社にしていく。
土屋さんは、グッドパッチがあることで社会にとって意味のある存在になる会社にすると決め、売却の選択肢をそこで完全に捨てたといいます。高木さんが決断力の高さに驚くと、土屋さんは「退路を断つ」という発想だと説明しました。
これが必ずしもいいとは限らないので、それは僕の価値観ですけど。
土屋さんは、覚悟を決めて退路を断つことで、自分がその方向に行かざるを得ないように「仕向ける」のだと話します。高木さんは、自分の好きな「デザインは締め切りが決める」という言葉に近く、大学中退やサンフランシスコ行きの話にも通じる力だと受け止めていました。
土屋さんにとってIPOは、ゴールではありません。売上37億円で利益も出しているデザイン会社に対しても、マーケットはさらなる成長を求めます。土屋さんは、だからこそ頭を絞り、今までできなかったことを成し遂げることが新しい価値になると語っています。
グッドパッチの次のフェーズは「アウトカムで示す」
高木さんは、「デザインの力を証明する」と掲げてIPOし、デザイナーの年収も上げたことで1つの証明は果たしたのではないかとしたうえで、この先のチャレンジを尋ねました。土屋さんは、社内でも「フェーズが変わった」と話しているといいます。
土屋さんによれば、クライアントワークを続けることは大きく変わらない見込みです。ただ、これまでは狙った領域を取りに行くことをしてこなかったため、今後はマーケットを定め、デザインによって価値をアップデートできる市場に入っていくといいます。
その形は、自社だけのクライアントワークとは限りません。土屋さんは、他社と組んでグッドパッチの資本が入った事業会社になる可能性にも触れ、この1年で小売りとフィンテックの丸井と共同出資で合弁会社をつくった例を挙げています。
なので、そこにちゃんと入り込んで、アウトカム出すっていう。
土屋さんは、この10年はUXが重要だと言われ、その波のおかげで成長した部分もあったと認めています。そのうえで、ここからはアウトカムで示すことが求められるフェーズであり、それはマーケット全体に言えることだと話しました。
この10年は「UXが重要」という波があり、その追い風で成長してきた
これからはマーケットを定めて入り込み、ビジネスのアウトカムでデザインの価値を示す
土屋さんは、デザインの力を証明するというミッションを掲げつつも、最終的な目的は企業の成長や変革だと語ります。グッドパッチはこの10年でデザインの定義を広げ、UXだけでなく戦略や開発、さらにカスタマーエクスペリエンス ── 商品やサービスに関わるあらゆる接点で、顧客が得る体験の総体。購入前の認知から利用後のサポートまでを含めて捉える考え方ですやマーケティングの支援にも領域を広げようとしています。
高木さんが「もっと上流に入り込むということか」と尋ねると、土屋さんはグッドパッチの特徴を説明しました。最初はプロダクトのUX改善などで関わっても、関わるうちに企業の課題の多くが組織課題だとわかるといいます。
関わっていくとですね、大体企業が持ってる課題って組織課題なんですよね、結局。
土屋さんによれば、作りたい機能や事業があっても、チームを含めた組織がうまく回らずにスピードが落ちるケースがほとんどです。グッドパッチは組織も含めてデザインし、自社で組織強化を経験してきたこともバリュープロポジションの1つになっていると話しています。
「服とは何か」と同じように、デザインとは何かを問い直す
高木さんは、ユニクロの柳井社長が、他のアパレル会社との違いは「服とは何か」を問い続けたことだと語っていた話を紹介しました。服の価値を考え続けることは、意外とみんなやっていないという話です。
高木さんは、グッドパッチも組織や事業、プロダクトを含めて「デザインに何ができるか」を問い直し、作り上げたものをアンラーニング ── 一度身につけた知識ややり方をいったん手放し、学び直すこと。変化の大きい環境で、過去の成功体験にとらわれないために重視されますしてやり直していると受け止めます。そのうえで、それを続けてもついてくる組織があることがすごいと話しました。
もう大変ですけどね。
高木さんは、グッドパッチの変化はまさにプロセスの最中で、成果は数年先に出てくるはずだと話しています。そして今回は、グッドパッチの成長の話より土屋さんの人生の話が多くなったものの、そこにこそ成長のエッセンスが詰まっていたと振り返りました。
(仕事を)選んだらそれに対してのプロセスは選んでらんないなって思いました。
面白い仕事は、自分で面白くするもの
土屋さんは、初期には熱量のある人たちと働くといった「仕事を選ぶ」ことも口にしていたと振り返ります。そのうえで、プロジェクトを面白くしていくことも大事な要素だとして、リンクアンドモチベーション ── 組織人事コンサルティングを手がける日本の企業。社員のモチベーションに着目した組織づくりの支援で知られていますの小佐々さんの言葉を紹介しました。
土屋さんは、プロジェクトの開始時に「このクライアントはやばいかもしれない」と感じることがあると話します。しかし、そういう状態で依頼が来ること自体が、明らかに課題があるということでもあります。
やりがい絶対あるんですよね。なので、その課題があるっていう風に捉え直して、それを逆に改善することができたら大きなアウトカムだなみたいな。
土屋さんは、そう捉えられる人材をどれだけ生み出せるかが大切だと語ります。高木さんが「仕事を選ぶ」ことと「仕事を面白くする」ことは矛盾して見えるが矛盾はしていないと言うと、土屋さんも矛盾はしていないと答えています。
番組の最後に高木さんは、土屋さんのストーリーは東大のエリートでも特別なスキルがあったわけでもない、一般的で人間らしく泥臭いものだったと振り返ります。成長産業にいたことに加え、自分の体験の違和感や「もっとこうしたほうがいい」という問いに一つひとつ答えてきたことが、今のグッドパッチをつくっていると高木さんは話しました。
高木さんは、この物語には聞いた人が「自分にもできるかもしれない」と思える力があり、こういう物語を生きたいと共感させる力になっていると語っています。そして、自分自身もこの「青い部分」を大切にしたいと締めくくりました。
まとめ
土屋尚史さんの話から見えてくるのは、グッドパッチの成長が成長市場の波だけでなく、経営に向き合う覚悟と、デザイナーの価値を上げるという目的に支えられてきたことです。IPO後のグッドパッチは、マーケットに入り込み、組織も含めたデザインでアウトカムを示すフェーズに入っています。
- 多くのデザイン会社が事務所型にとどまるなか、土屋さんは最初から経営者として組織を大きくする道を選んだ
- UXをウェブデザインと同じ「平均年収400万」の世界にしないことが、デザインの力を証明するというミッションにつながった
- 売却の選択肢を捨ててIPOに腹をくくり、退路を断つことで自分を仕向けた
- 次のフェーズでは、マーケットを定め、組織課題も含めた支援でビジネスのアウトカムを示そうとしている
- 面白い仕事を選ぶだけでなく、課題のある仕事を自分で面白くできる人材を増やすことも大切だと語られた




