1300万円で落札されたVRアーティストは、どんな人?
今回のゲストのせきぐちあいみさんは、VR空間で表現活動をするアーティストです。高木さんは、せきぐちさんの作品がNFT ── 非代替性トークン。デジタルデータに唯一性を持たせる技術で、デジタルアートを一点ものとして売買する手段として広がりましたで1300万円という高額で落札されたニュースを知り、興味を持っていたといいます。
高木さんとせきぐちさんは、あるコミュニティで出会い、一緒に福島第一原発の中を視察したことがあります。その時に聞いたせきぐちさんの人生を、高木さんは「起業家以上の七転八倒」で、もがくプロセスも全公開しながら進んでいると紹介しています。
せきぐちさん自身は、番組の全回を聴いていたといいます。高木さんは、そんなせきぐちさんの歩みを「体当たり人生」と表現しました。
そうなんですよ。ひたすら体当たって生きてましたね。
自己紹介を求められたせきぐちさんは、シンプルに「VRアーティスト」と名乗っていると答えます。VR空間の中に、360度に広がる3Dの絵を描き、アート制作やライブペイントのパフォーマンスを国内外で行っています。
VRの前はYouTuberだったんですよ。その前はお芝居やったりダンスやったりで、基本的にはそんなに根本は自分の中では同じ。
せきぐちさんによると、肩書きが変わっても変わらないのは、自分の作ったもので人に何かのきっかけを与えられたら幸せだ、という思いです。
演劇体験からYouTubeへ、なぜネットを選んだのか
せきぐちさんが表現の道に進んだ原点は、中学時代です。いじめを受けて生きる意味がわからなくなっていた頃、子ども向けの演劇体験で舞台に立ったことが転機になりました。
(舞台に立った時に)自分が作ったもので人に何か届けられるって、こういうことやってたら生きていきたいって思ったんですよね。
そこからせきぐちさんは、お芝居を始め、舞台にダンスシーンが必要だからとダンスを、音楽も必要だからと音楽を、と表現の幅を広げていきます。ただ、普通にやっていても食べていけないと感じ、舞台で生計を立てている人を調べ始めました。
調べてわかったのは、舞台だけで食べている人はごく一部だということです。せきぐちさんはラーメンズ ── 小林賢太郎さんと片桐仁さんによるコントユニット。テレビで知られた後、舞台公演を中心に活動したことで知られますなどの例を挙げ、一度テレビで全国的に名を知らしめてから舞台中心に移る人が多いと気づいたと話しています。
結局はやっぱり全国的な知名度が必要。東京で埋まりますではやっていけないんだって知って。
テレビに出る手段がない自分にとって、せきぐちさんが次に目を向けたのがネットでした。20代前半にはアイドルユニットも組みましたが、解散や所属会社の倒産を経験し、人に左右されないものを作りたいと考えてYouTubeを始めたといいます。
せきぐちさんがYouTubeにたどり着くまでの道のりを整理すると、次のようになります。
演劇体験
中学時代に舞台に立ち、人に届けることで生きたいと思う
表現の拡張
お芝居、ダンス、音楽と必要なものを次々に始める
現実の把握
舞台で食べるには全国的な知名度が必要だと知る
ネットへ
テレビに出られないならネットだと考え、アイドル活動も経験
YouTube
解散や会社の倒産を経て、人に左右されない場としてYouTubeを選ぶ
トイレに閉じ込められた中学時代の「暗黒期」
高木さんがいじめについて尋ねると、せきぐちさんは中学時代のことだと答えます。トイレに閉じ込められる、水をかけられる、物を隠されるといった「超ベタいじめ」だったといいます。
せきぐちさんによると、きっかけは小さなことでした。タバコや万引きをしていた同級生と少し仲良くなったものの、遊びに行きたくなくて、毎回「行く」と言っては腹痛などを理由にドタキャンしていたそうです。
最初はちょっと無視するとか、そんなんから始まって。で、それに対してどんどんビクビクしちゃって、こっちは暗くなっていくんですよね。
せきぐちさんが暗くなると「背後霊みたい」などのあだ名がつき、殻にこもるほど、さらにいじめられる悪循環に入っていきました。
ドタキャン
誘いを断れず、毎回直前で行かない
無視
小さな無視から始まる
萎縮
ビクビクして暗くなり、喋らなくなる
あだ名
「背後霊みたい」と言われ、殻にこもる
悪化
こもるほど、さらにいじめられる
今振り返ると、せきぐちさんは当時の自分の視野がとても狭かったと感じています。
今思えばめちゃくちゃどうでもいいじゃないですか。近くにいる30、40人と仲良くできないとかって。なのにそれに対して本当に生きていけないぐらい悩んでる。
だからこそせきぐちさんは、自分の作ったもので人の想像力や視野を広げられたら幸せだと考えるようになりました。自分が殻を破ってもらった体験を、今度は人にしたいという流れだといいます。
中学時代のせきぐちさんは、人と喋った記憶もほとんどないほどだったそうです。学校にはなんとか通っていましたが、誰とも話せないため、授業の合間の10分休みが怖かったといいます。
家帰ってもストレスで腹痛とか戻しちゃうというか。なんだろうな、すごいガリガリで。で、よりまたいじめられていくんですよね。
その状況は卒業まで続き、せきぐちさんは中学の卒業式も一人で帰ったと振り返ります。高校は親の意向で進学し、別の学校で新しい友達ができたことで、悪い人もいればいい人もいるという当たり前のことに気づき、普通の生活を送れるようになっていきました。
夢ではなく「生きがい」だから辞められない
せきぐちさんは、いじめの経験があったことで自分は「ちょっとラッキー」だと思う面もあると話します。生きる理由がないところから、人に何かを届けることで生きたいと思えたため、表現そのものが生きがいになったからです。
(エンタメや作ることが)生きがいになってるんですよ。ってなると、なんか夢とか目標とかじゃないから、辞めるって選択肢ないんですよね。
しんどくて「もうやっていけないかも」と思っても、それを辞めたら生きる理由がなくなる。高木さんはこれを「ミッションになっている」と受け止めました。
一方でせきぐちさんは、自分を「いい人」と見られることには抵抗があるといいます。大人になると、喜ばせることだけがいい刺激ではなく、嫌な思いや死と向き合うことにもプラスの面があると感じるようになったそうです。
高齢者向けやチャリティーの活動もVRを通じて行っていますが、せきぐちさんによると、それも自分が年を取って動けなくなった時にVRで世界とつながっていたい、という自分の興味からだといいます。
いい人って思われると損しかないじゃないですか。なんかだから謎のいい人って見られた時にカバーしておかなきゃっていうのが働いてますね。
NFTで気づいた「知らず知らずのいい人」とは?
せきぐちさんの一番の関心事は、人の心に突き刺さり、想像力を解放する作品を作ることです。そして、その目標と「いい人である部分を壊すこと」は少しつながっていると話します。
デジタルアーティストとしてのせきぐちさんの仕事は、もともと主にクライアントワークでした。コロナ禍で海外の仕事などがすべてキャンセルになった後、NFTでデジタルアートを販売できるようになり、企業が関わらない自分だけの創作が価値を持てるようになりました。
私、この世の中でやっていけるためにめちゃくちゃなんか知らず知らずいい人になってたと思って。
せきぐちさんによると、意識の外で、企業や世の中とうまくやれる作り方をしていたといいます。グロテスクな要素や性的な描写をどうしても描きたいわけではないものの、入れたいと思う時があっても省いていたそうです。
せきぐちさんは、その背景にあるプラットフォームの事情を、デジタルアーティストにとっての死活問題として説明しています。
警告・BAN
YouTubeの警告やSNSのBANを受ける
アカウントの危機
3回で消えると言われれば死活問題になる
自主規制
次からその表現をやらなくなる
固定概念
知らず知らず自分の中に枠ができる
せきぐちさんは現在、一人で会社を経営しています。どうすれば仕事を続けられるかを自分で考えすぎること自体がよくないのでは、と感じているといいます。
本当はなんだろう、自分はもっとイカれて没頭してて、そういうブレーン的な部分を人に任せるとかにできた方が素敵、良いんじゃないかって。
VRに出会って「脳汁が出た」瞬間
高木さんは、番組出演に合わせてせきぐちさんのYouTubeを見て、怪しい滝にダイブする動画など、体を張ったコンテンツが多いことに驚いたといいます。そこから、YouTuberからVRアーティストへの転身について尋ねました。
せきぐちさんにとってYouTubeは、新しく出会った面白いものを動画にするのが日常でした。インタビュアーやリポーターの仕事が増え、その取材の一環でたまたまVRを体験したのがきっかけです。
取材の一環でたまたまVRやったらめっちゃ面白くて。空間に立体を描けるって魔法じゃん、すごいと思って。
周囲からは「また変なことをやっている」と言われましたが、せきぐちさんは触り始めて数週間でVRアーティストになると宣言します。何時間やって体が疲れていても、またやりたいと頭で考え続けていたそうです。
せきぐちさんは、この感覚に気づけたのは、これまで色々なことをかじってきたからだと話します。お芝居やダンスなど、一生懸命やった経験のサンプルがたくさんあったから、明らかにこれまでとは違うとわかったのです。
さらにVRは、自分にとって特別なだけでなく、別世界を作り、人をそこへ連れて行ける点が大きかったといいます。高木さんが、2016年頃はVRアーティストという職業がほぼなく、比べる相手がいなかったことも良かったのではと聞くと、せきぐちさんは「誰とも戦いたくない」と認めました。
あとやっぱりどっか自分に何だろう、自信もないところももちろんあるから、人と違うものは身につけたいとかはやっぱりありますよね。
でもそういう計算を超えて、これ(VR)は好きっていう気持ちもあったかな。
過去の動画を消さずに残した理由
高木さんは、VRアーティストになると決めた時、体を張ったYouTube時代の過去のコンテンツを消そうと思わなかったのかと尋ねます。当時マネジメントをしていたクリーク・アンド・リバー社の担当者からも、全部消すかと聞かれたそうです。
せきぐちさんは、その時一生懸命やっていたことだから消したくなかったと答えます。そしてもう一つ、これからの若い世代の存在を意識していました。
これからの若い子たちってみんなめちゃくちゃ黒歴史残して生きていくんじゃないかなと思ったんですよ。
当時はTikTokやVineで高校生がカップル動画を次々に上げていた時期で、せきぐちさんは、その子たちがいずれ過去の投稿に悩むのではと考えたといいます。そこで、黒歴史が残っていてもやっていけるという人がいてもいいと思い、すべて残すことにしました。
まあそれ(過去の動画)も現実だし、こうやって生きてきたんだからいいかなって思ってます。
ただし、Wikipediaの記載が雑然としていることだけは、できれば直したいと笑いながら話しています。
せきぐちさんは、アーティストらしくミステリアスに振る舞おうと何度か挑戦したものの、喋るとボロが出て無理だったといいます。そこで、全部出していけばいいと考えるようになりました。
こんなに素敵なもので、その魔法のようなことができるなら、逆に人間味があるダメな部分があってもいいんじゃないかってのを思いました。
せきぐちさんが例に挙げたのは、ダメっぽい人間でも道具を使いこなすことに長けたのび太 ── 藤子・F・不二雄さんの漫画『ドラえもん』の主人公・野比のび太。勉強も運動も苦手ですが、あやとりや射撃など意外な得意分野を持つキャラクターですです。ダメな部分も、いいものを作れさえすれば魅力になるかもしれないと考えています。
「全部見られている覚悟」とお天道様の感覚
高木さんは、黒歴史を残すことやのび太の話に、「こういう存在がいてもいい」という救いのような考え方を感じ、それが普段の考え方なのかと尋ねます。
せきぐちさんは、過去を出すか消すかは大したことではないとしたうえで、今後の社会を見据えて判断したと話します。隠したほうが今は生きやすいかもしれないが、いずれあらゆるログが残る監視社会のようになると考えているのです。
高木さんが「攻めが激しい」と驚くと、せきぐちさんは、むしろそれは原始的な感覚だと返します。かつての日本人には、お天道様やご先祖様、お化けなど、見えないものに見られているという意識があったといいます。
人に見られてるっていう感覚で生きてる方が、実は平和な世の中なんじゃないかな。
高木さん自身も裏表なく何でも出すタイプだといいます。一方で、若い世代は消えるメッセージアプリを使ったり、残らない出し方を選んだりと、気を遣っている人が多いのではと指摘しました。
消えるアプリやストーリーなど、残らない形で発信し、隠すことで生きやすくする
ログが残る前提で、見られている覚悟を持って生きる。せきぐちさんはこちらを選ぶ
「どうせいつか死ぬ」陰キャと少年ジャンプの両極
高木さんは、見られている感覚に慣れるのは簡単ではないのでは、と問いかけます。せきぐちさんの答えは、意外なほど極端なものでした。
なんか変なこと言っちゃうけど、なんかどうせいつか死ぬしって思ってるからですかね。
せきぐちさんは、細かいことを気にして保身的になる必要はないと話します。どうせ死ぬのだから、今の生を最大限に生かし、くよくよせず激しく生きたいといいます。
なんかそういうふうにして縮こまっちゃう人に、ちょっともっと楽に自由に生きるように、なんだろう、そういうきっかけとか、そういう刺激を与えられたら嬉しいし。
高木さんは、せきぐちさんのつかみどころのなさが少しわかったと話します。雰囲気はいじめを受けていた頃のようにキュッと縮こまる感じがあるのに、話す内容は少年ジャンプの主人公のようだというのです。
でもなんか喋ってることはもうだってどうせ死ぬんだからさって、相当少年ジャンプの主人公感あるというか。
せきぐちさんは、これまでは陰の自分、人とうまく付き合わなければという自分が表に出ていたと振り返ります。最近は、ダメなところや激しいところも自由に出していいと思えるようになったそうです。
人とうまく付き合わなければという陰の自分が表に出て、無意識に表現を省いていた
ダメな部分や激しい部分も自由に出していいと思えるようになった
高木さんがその変化はNFTで作品を買ってもらってからかと尋ねると、せきぐちさんは、それは大きかったと答えます。話の続きは後編へと持ち越されました。
まとめ
前編では、中学時代のいじめで生きる意味を失ったせきぐちあいみさんが、演劇をきっかけに表現を生きがいとし、YouTubeを経てVRアーティストになるまでの道のりが語られました。過去の黒歴史も消さず、見られている覚悟で生きる姿勢には、「どうせいつか死ぬ」という強い死生観があります。
- いじめの経験から、人に何かを届けることがせきぐちさんの生きがいになり、辞めるという選択肢がない
- 舞台、ダンス、音楽、アイドル、YouTubeと色々かじった経験があったからこそ、VRが別物だとわかった
- NFTで自分だけの創作が価値を持ったことで、無意識に「いい人」になって表現を省いていたと気づいた
- 黒歴史を残すのは、過去が残る時代を生きる若い世代に「それでもやっていける」と示すため
- 見られている覚悟と「どうせ死ぬ」という感覚が、縮こまらず激しく生きる姿勢を支えている




