「誤解してた」から始まったゲスト出演
田端さんはまず、高木さんへの認識が変わった経緯を語ります。きっかけは高木さんの博報堂退職エントリーでした。
当時の田端さんは37、8歳。LINEの立ち上げなどでビジネスマンとして脂がのっていた時期でした。
一年目の若造が何を分かったようなことやって、って思いながら。石の上にも三年みたいな、おっさん的価値観からどうなんやみたいに思ってた
その感情の正体を、田端さんは今こう振り返ります。
ある意味今になって思えば羨ましかったんだと思う。認められなかったんだけど、ある種の嫉妬なんですよ
動画で改めて番組を見たこと、そして自身が50歳になり時間が経ったことで、印象が大きく変わったといいます。
なんか俺の思ってたのと違うなみたいなところがあって。いけ好かないやつかと思ってたのが、見てたら全然違うなみたいな
高木さんが石川・富山にゆかりがある点も、田端さんの共感を後押ししたようです。
半分まではめちゃこいつは俺と同じ匂いがする。誤解してたってだけじゃなくて、より共感できたぐらいの感じ
リクルート・ライブドアから投資家への転身
田端さんは自身を「アクティビスト個人投資家で中年YouTuber」と紹介します。YouTubeもXも登録・フォロワーが40万人規模だといいます。
アクティビストとは何か。田端さんは従来の投資家像との違いから説明します。
今までって投資家は株買ったら上がれ上がれって祈るか、ダメだって売るかしかない。ところが自分が買った会社の企業価値が上がるように、発信力を生かしてアピールしたり、経営陣に提案したりする
田端さんはガチのアクティビストが書く難解な資料との違いも強調します。専門用語だらけのペーパーでは一般の人は読まないという問題意識です。
普通の人が見ても面白おかしく興味を持てるようにしながら、でも実際そうじゃないと株価に個人投資家から織り込まれない
キャリアはR25の立ち上げ、ライブドアニュース、外資系メディア、LINEの広告事業などを経てきました。そしてサラリーマン最後の2年をZOZOで過ごします。
一方の高木さんは、大学時代にR25の旋風を受けてフリーペーパー作りに熱中した世代だと語ります。田端さんの著書『メディア・メーカーズ』も読んでいたといいます。
なぜ「怖い」と言われるのか
番組は本題である相談へ移ります。田端さんは、いろいろな人から「怖い」と言われることを打ち明けます。
怖いって常に言われるのよ、いろんな人から
映画でシザーハンズってあるじゃないですか。あれの気持ちで
田端さんは、誰かを批判しても好き嫌いの話ではないと言います。しかし周囲にはそう受け取られないことに戸惑いがあるようです。
プロ野球で、巨人のピッチャーが阪神のバッターの嫌がるコースに投げるのは嫌いじゃなくて、むしろ手強いバッターだというリスペクトの表明じゃん
高木さんは、田端さんの発信には理が通っていると評価しつつ、Xのテキストだけでは圧の方が伝わってしまうと指摘します。例に挙げたのが、PIVOTの佐々木さんとのやり取りでした。
表面的な言葉が強すぎて攻撃に見えちゃう
「怖がられるのが嫌ならやめれば」と言われても、田端さんはやめられないと言います。
根っこに愛を持ってやってるから、分かってもらえるはずだっていう、ちょっと幼稚な思い込みなのかもしれない
正論が人を傷つけるとき
高木さんは、田端さんの発言がリクルートやLINE時代より強くなっているのではと問います。田端さんは根っこは変わっていないと答えつつ、「株主として」という視点をプラスしたことは認めます。
株主としてっていう前置きを置くと、俺の言ってることは正論だってことじゃないですか
ここから話は正論の難しさへ移ります。
正論って人を傷つけるじゃないですか。正論が言えない世の中もおかしいけど、正論だから全て許されるわけでもない
田端さんは、自分のような存在が「必要悪」あるいは「嫌われ役」として機能しうると考えています。上場企業のガバナンスを問う声を、誰かが上げる必要があるという発想です。
その背景には、ZOZO時代に前澤さん個人ではなく上場企業ZOZOに向けて仕事をすべきだと部下や自分に言い聞かせた経験があります。
生身の前澤さんの顔色を見て仕事するのやめよう。あくまで俺たちは上場企業ZOZOの役員であり社員だと
田端さんは、ビッグモーターやジャニーズの問題を引き合いに、非上場と上場企業のガバナンスの違いにも触れます。声を上げる人間がいることで、企業に最低限の体裁を求めやすくなるという見立てです。
メルカリと「過剰」だったのか問題
高木さんは、メルカリへの田端さんの発信を例に挙げます。良い会社だと認めつつ、SNSで晒していくやり方は過剰だったのではと問いかけます。
なんか過剰だったとは思わないですか
だって返事してくれないんだもん
田端さんは、メルカリのUS事業縮小など実質的な判断は早かったと評価します。株価もその後大きく戻ったといいます。
過剰っていうのはまさにその通りの表現だけど、人間って常に過剰か欠乏かどっちかだよ
高木さんは、田端さんの著書にあった「信頼かける影響力が予言の自己実現力になる」という考えを引き、そのバランスを問います。
若干影響力を過剰に使ってる。信頼を削ったんじゃないかなと正直思ってて
田端さんは、信頼と影響力はゼロサムではないと返します。ただし結果を出さなければ信頼も削られるという自覚も語ります。
一定影響力にブーストかけてても、結果を出さない限り、また信頼も削られるんじゃないかっていう思いはあった
田端さんは、自分が扱うのは公開情報と一次情報だけであり、独自の取材源はないと文春との違いを強調します。
公開情報に基づくだけやってるよ。あとは本人の一次情報。独自の取材源なんか何もない
公開情報と本人の一次情報に基づき、事実関係で争いようがないところからスタートすると語る
独自の取材源に基づく報道。田端さんは「風紀委員みたいなことはやりたくない」と一線を引く
誰のために戦っているのか
高木さんは、田端さんの構造を溝口さんになぞらえます。持たざる者のために戦うという点で「構造は一緒」だという見立てです。
こいつらのために戦ってるっていう、レ・ミゼラブルをやったっていう意味でいうと一緒
田端さんは、その戦い方が今まで声を上げられなかった人の代弁になっているという整理に強く反応します。
むしろ俺みたいな人間をダシに使って、親会社に向かって言うべきことを言ってくれて
一方で、メルカリの件については田端さん自身も「過剰だったかもしれない」という迷いを完全には否定しません。
俺の中では99パーぐらい正しいって思ってる確信あるんだけど、100パーにはなれない。やりすぎてんちゃうかなみたいな躊躇はゼロではない
田端さんは、メルカリ社での経験を反省と呼びます。予告なく敵対的にやると相手は防御に回ってしまう、という学びです。次のリアルゲートでは友好的なやり方を選んだと語ります。
いきなり予告なく奇襲攻撃で敵対的にやると、やっぱり続かない。次のリアルゲートは友好的にやろうと
影響力の次にやりたいこと
高木さんは、今のスタイルをどれくらい続けるつもりかと尋ねます。田端さんは、過去のパターンでは2、3年で飽きると打ち明けます。
なんかやりだしてそこそこうまくいったら2、3年で飽きるのよ。もう2年半ぐらい経ってきてる
田端さんは、外部資本を入れないのも、いつ飽きてもいいようにするためだと説明します。
投資界隈のプロからもっと叩かれると思っていたが、むしろ正論だと認められたことで、次の「敵地」を探しているような状態だといいます。
関心は個人投資家の裾野を広げることにも向きます。しかし田端さんは、日本で投資がかっこいいと思われていない現状を課題に挙げます。
投資でお金を儲けることがかっこいいことなんだっていう部分がないよね
バフェットのようなロールモデルが日本にいないことも指摘します。田端さんはテスタさんや藤野英人さんらを尊敬しつつ、ライフスタイルとして尊敬される投資家像が足りないと考えています。
VCについても持論を語ります。全否定ではないと前置きしつつ、自分の金でリスクを取る投資家がもっと増えてほしいという立場です。
VCと広告代理店と官僚、この3つの共通点。自分の金でもない金を、さも自分の金のように配って偉そうにしてる
関連して、田端さんはアンリとの一件も明かします。過去に一悶着あったものの、後に手打ちとなり、今は何も思っていないといいます。人たらしぶりに感心したエピソードでした。
次に背負う「十字架」を探す
高木さんは、以前この番組でゆとりさんが田端さんに「十字架を背負わないと」と言っていたことを持ち出します。田端さんは、その指摘を良いものだったと受け止めています。
十字架って何背負ったらいいんですか。永遠にこうやってのらりくらりモヤモヤし続けるのがある種の十字架なのかな
田端さんは、自分が「無敵の人」的に見られることも自覚しています。だからこそ株を買い、金銭的なリスクを取ると説明します。
高木さんは、田端さんがロマンよりそろばんに寄りすぎているのではと投げかけます。株式投資はそろばんの塊だからこそ、ロマンをもっと語ってほしいという提案です。
3パーセントぐらいのロマンを持つ部分持たないと、そろばんでそろばんを殴り続けてるみたいな感じになる
田端さんは、ロマンだけを語る人への反発が自分の根っこにあると認めます。ゴディバの「義理チョコをやめよう」を例に、ロマンとそろばんの両方が必要だと語ります。
義理チョコをやめようって、ロマンとしては正しい。ところが結果的にそろばんが合ってなかった
投資教育ではなく「共有」を
話は具体的な行動へと着地していきます。高木さんは、若い世代の投資リテラシーを上げることも十字架の一つではないかと提案します。
田端さんは、人が変わるのはせいぜい20代までだと感じており、対象を絞る必要性を語ります。中高生への働きかけに手応えを見出します。
それ今やりたいと心から思ってる
高木さんは、田端さんが子供に生き方を語る姿が生き生きしていると指摘します。この一言が、田端さんの中で具体的なイメージへとつながります。
田端さんは「教育」という言葉すら使いたくないと言います。上から教えるのではなく、面白さを分かち合いたいという姿勢です。
共有ぐらいだよね。こんな面白いことあるんだよって
理想は、若者がミュージシャンに憧れるように投資家に憧れ、なけなしのお金で株を買ってみることだといいます。
投資とかビジネスを備論で語るんじゃなくて、一番伝えたいのは、こんなに面白いゲームないよって
『金持ち父さん貧乏父さん』やインベスターZのように、文学性やフィクションを通じて投資の面白さを描く可能性にも話が広がります。
ロマンとそろばんの両立へ
高木さんは、お金のリスクだけでなく、時間という「行動のリスク」を取ることの価値を語ります。中高生に投資の面白さを共有する活動は、まさにそれにあたります。
田端さんは、パブリックであること、無料で開かれていることの意味も語ります。責任が重くなるからこそ、閉じたサロンで済ませるのは格好悪いという感覚です。
パブリックだからこそ、自分の発信により重たい責任があると自分で思う
高木さんは、田端さんが奇跡的なバランスを保っていると評価し、大谷翔平のようにかっこよくあってほしいと結論づけます。
ロマンありながら稼いでるっていうのが、田端さんに奇跡的にやれてる。大谷翔平ぐらいかっこよくいてもらわなきゃいけない
最後に二人は、IRとPRの中間領域や、アクティビストファンド向けのPRといった新しいビジネスの可能性にも話を広げ、対話を締めくくりました。
もう誰も言ってくれないでしょ。ゆとりくんと僕ぐらいしか言わない
まとめ
影響力と信頼のあいだで揺れる田端さんが、高木さんとの対話を通じて、次に背負うべき役割を少しずつ言葉にしていく回でした。批判的な発信の功罪を見つめ直しながら、投資の面白さを次世代と「共有」するという着地点にたどり着きます。
- 田端さんは「正論だから全て許されるわけではない」と、自身の発信の難しさを認めている
- 影響力と信頼はゼロサムではないが、結果を出さなければ信頼も削られると考えている
- メルカリでの経験を反省とし、リアルゲートでは友好的なやり方に切り替えた
- 日本には投資のロールモデルが少なく、投資を「かっこいいもの」にしたいという課題意識がある
- 次に背負う十字架として、中高生に投資の面白さを「共有」する活動に手応えを見出した
