PTA役員はコミュニティに溶け込む入口になる?
矢本真丈さんは、以前「コミュニティに馴染めない」という話をしたことを受けて、去年から始めたチャレンジを紹介しました。それが、東京にいた頃に小学校のPTAの役員になることでした。
矢本さんがPTAの学年役員になったのは、息子さんが小学1年生に上がったタイミングです。目的は、PTAのやり方を変える「PTA改革」でした。
矢本さんが取り組んだ改革は、PTAのやり取りを全部Slack ── ビジネス向けのチャットツール。チャンネルごとに会話を整理でき、メールより気軽にやり取りできるのが特徴ですにする、ファイルをGoogleドライブで共有する、データ収集をGoogleフォームで行う、といったものです。矢本さん自身は「ほんとそれだけ」と話しています。
それでも成果は大きく、矢本さん以外は全員ママさんという役員の中で、とても感謝されたそうです。引っ越すと伝えたときには「いなくなっちゃうんですか?」と惜しまれたといいます。
この経験について矢本さんは、コミュニティに溶け込む方法を見つけたかもしれない、と振り返っています。ホストからは「ほぼ仕事じゃないですか」とツッコミが入り、矢本さん自身も若干仕事のように感じていたと認めました。
ただ、PTAで役割を持ったことで、仕事以外の会話も生まれたと矢本さんは話します。「あそこのご飯が美味しい」「小児科はどこに行っているか」など、子どもという共通項があるので雑談しやすいと感じたそうです。
矢本さんは大阪でもPTAをやろうと考えていますが、引っ越して1年目なのでまだできていないとのことです。自分なりのコミュニティへの入り方として続けていきたい考えです。
この話を受けてホストは、秋元康 ── 作詞家・放送作家・プロデューサー。AKB48グループなど多くのアイドルグループを手がけたことで知られていますの言葉として「役割は居場所である」を紹介しました。役割があれば居場所ができるという考え方です。
ホストは会社経営の実感として、役割の形は多様だと話します。いつも笑顔でいられること自体が役割になる人もいれば、掃除をして気持ちいい空間を作る人も、高度なスキルで付加価値を生む人もいるといいます。そのうえで矢本さんは、スキルを通じて居場所を作っていくタイプなのかもしれない、とまとめました。
「物を作れてなんぼ」から多様性へ、価値観はどう変わった?
役割の多様性という話題から、矢本さんは10Xを創業した頃の自分を振り返りました。当時の矢本さんの役割に対する価値観は、多様性とは逆の、すごく尖ったものだったといいます。
創業時の矢本さんは「物を作れてなんぼ」「売れてなんぼ」という考え方で、ホストも当時の矢本さんをストイックな印象だったと話しています。
しかし事業と会社が大きくなるにつれ、矢本さんはその考え方では会社が回らず、いろいろな人が必要だと感じるようになりました。矢本さんは、会社の器に引っ張られる形で自分の考え方や価値観を変えさせてもらっている、と表現しています。
矢本さんの価値観の変化は、次のように整理できます。
創業時は「物を作れてなんぼ」「売れてなんぼ」。5年前なら多様性をファッションのように捉えていたかもしれない
会社が大きくなり、多様な人がいないと大きくなることも強いものを作ることも無理だと心の底から感じている
矢本さんは、今なら多様性の重要さを恥ずかしげもなく言えると話します。実感を伴った言葉になったことが、矢本さんにとっての大きな変化のようです。
ホストは、10Xが手がける小売りの領域について、買いに来るユーザーも働く人たちも、決して強い人ばかりではないと指摘しました。矢本さんも「全然いろんな人いますからね」と応じています。
ホストによれば、そうした人たちの目線は、東京の都心部で働く人ほど失いがちです。ホストは自身が最初に代理店にいた経験から、社内で自虐的に「電博 ── 大手広告代理店の電通と博報堂をまとめた呼び方。広告業界の代表格として使われる言葉ですの常識は社会の非常識」と言われていたことを紹介しました。
ホストは、世間の感覚から離れていくことが代理店が嫌われる要因の一つだと考えています。そのうえで、世間の目線を取り入れることは、これからよりマスに向かっていく10Xにとって重要だろうと話しました。
なぜ矢本さんは大阪に引っ越したのか?
ホストの指摘に対して、矢本さんは「まさに」と応じ、それこそが大阪に引っ越したもう一つの理由だと明かしました。東京ではない地域に住む人のそばに、従業員が住んでいることがとても大事だと考えているそうです。
矢本さんはこの考え方を、ユーザーファーストの前にファーストユーザーになれることが大事だ、と表現しています。サービスを使う人と同じ環境に身を置くことを重視しているということです。
矢本さんは、ネットスーパー ── インターネットで注文した食品や日用品を、スーパーが自宅まで届けるサービス。10Xは小売事業者のネットスーパー立ち上げを支援していますはローカルのサービスなのに、ローカルに人がいないのはおかしい、と話します。実際に10Xでは、東京に住んでいないメンバーの数が増えているそうです。
矢本さんにとって、東京以外にメンバーがいることは、事業を進めるうえで正当に大事なことです。投資家にも胸を張ってそう言える、と矢本さんは話しています。
ホストは、土地ごとに買い物の仕方や頻度、買うものが全然違うと話を広げました。矢本さんも全然違うと同意し、青森出身の「ザ・田舎者の一般層」であることが自分の強みにもなると示しました。ホストはそのインサイトがとても大事だと応じています。
ホストは、東京や大阪の市内出身の人たちは地方の感覚がわからないようだ、と話しました。矢本さんも、都市部はあまりに便利で特殊すぎるので、わからないと思うと同意しています。
ホストが「ほとんどは地方ですからね」と続けると、矢本さんは大卒者の比率を例に挙げました。矢本さんの記憶では、青森県は確か4割ほど、東京は7割ほどで、この一つを聞くだけでも違いすぎると話しています。
最後にホストは、矢本さんを、高度なスキルを通じて日本社会に入り込み、そこにいる人々をエンパワーする存在なのかもしれない、と表現しました。PTAでの体験から始まった話が、10Xの事業のあり方へとつながる形で締めくくられています。
まとめ
矢本真丈さんのこぼれ話は、PTA役員として得た「役割が居場所になる」という実感から始まり、多様性への価値観の変化、そして地方の生活者のそばに身を置くための大阪移住へとつながっていきました。
- PTAのやり取りをSlackやGoogleツールに移す改革で感謝され、矢本さんはコミュニティに溶け込む方法を見つけたと感じた
- ホストは秋元康の「役割は居場所である」を紹介し、役割の形は笑顔から高度なスキルまで多様だと話した
- 創業時に「作れてなんぼ」だった矢本さんは、会社の成長とともに多様性の必要性を心から感じるようになった
- ネットスーパーはローカルのサービスであり、ファーストユーザーになるために東京以外に住むメンバーを増やしている




