次の事業はいつ考える?「一の矢」が果たす役割
後編は、高木さんの問いから始まります。10Xは「10Xする」というミッションのもとで、まず買い物体験を変える事業に取り組んでいます。その先の事業は、どのタイミングで考えるのかという問いです。
矢本さんは、タイミングの見極めは難しいと前置きしたうえで、きっかけを2つ挙げました。1つ目は、矢本さんがStellarの事業に一切関わらなくても、Stellarが非連続に伸びていける組織ができたときです。
2つ目は、Stellarが担っている顧客への届け方、つまりディストリビューションの役割に関わります。矢本さんは、大きくなった会社を見ると、最初のプロダクトの一番の役割は顧客との信頼関係をつくることだと考えています。
実は2の矢3の矢が本番ですみたいなケースがすごい多いなっていうふうに思ってるんですね。
例として矢本さんが挙げたのは、好きな会社だという日本電産 ── 京都発祥のモーターメーカーで、現在の社名はニデック。小型精密モーターから車載用まで幅広く手がけていますです。日本電産は町工場で小さなモーターをつくり、自動車メーカーの部品として納めるところから取引の信頼を築きました。
いまの日本電産は、電気自動車の心臓となるモーターをつくっています。矢本さんによれば、コアの技術は大きく変わりながらも、顧客は変わっていないといいます。
一の矢
小さな製品やサービスで顧客と取引を始める
信頼関係
取引を通じて顧客とのつながりが生まれる
二の矢・三の矢
同じ顧客に、より大きな価値のある別の商品を届ける
高木さんはこの話を、最初のプロダクトを通じてステークホルダーとの一連の流れをつくり、2つ目、3つ目の事業でより大きく跳ねる構造だと受け止めました。
ネットスーパー1%の外側にある残り85%とは?
では10Xにとっての「二の矢」は何か。矢本さんの答えは明快で、オフラインだといいます。
矢本さんによると、スーパーの売上高を100とすると、ネットスーパーが占める割合はまだ1%ちょっとです。Stellarのチャレンジは、簡単に言えばこれを15%にすることだと説明しました。
でも僕らが本当に大きい海に出ようと思ったら、残りの85%に対してちゃんとした価値提供ができるものを作っていくっていうのが、
実はそのネットスーパーやってくよりも5倍10倍って大きい機会を得られるチャンスになるっていうふうに思っていて。
高木さんが「小売りというフィールドでやっていきたいのか」と尋ねると、矢本さんはさらに先の見方があると答えます。引き合いに出したのはAmazonと楽天でした。
Amazonは本の販売から始まり、いまはAWS ── Amazonが提供するクラウドサービス。サーバーやデータベースなどをネット経由で貸し出す事業で、同社の大きな収益源ですのサーバーやKindleの端末、Kindleストアでの出版、Amazon Payまで売っています。楽天も楽天市場でお客さんとのつながりをつくり、ポイント、カード、証券へと広げてきました。
矢本さんは、売り物はどんどん変わっていても、お客さんは変わっていないと指摘します。エンドユーザーとのつながりこそが小売りの一番の資産だという見立てです。
オンラインでつながれるお客様は全体の15%ですが、オフラインまで入れば100%つながれます。日本の1億人とつながったときに何をするかは、そのときに考えればよく、今決めなくていいと矢本さんは話しました。
ホリゾンタルSaaSとどう違う?情熱の幅が決める会社の形
矢本さんは、10Xの広がり方をホリゾンタルSaaS ── 業種を問わず、多くの会社に共通する業務を効率化するクラウドサービス。人事労務や会計などが代表例ですと対比して説明します。例に挙げたのはSmartHRです。
ホリゾンタルSaaSは、入りやすい業態から順に入っていき、次はどの業態に行こうかと広げていく形です。10Xはそうではなく、買い物や食といった人の生活を支えるインフラをつくりたいという動機から始まった会社だといいます。
そのため10Xは、タベリーから始まったStellarを起点に、お客様や小売り事業者の体験、さらには業態そのものをどう変えていけるかにフォーカスしたいと矢本さんは語りました。
高木さんは、出版、運送、情報システムと市場ごとに事業を広げるラクスルと構造が近いのかと思っていたものの、話を聞いて違うと感じたといいます。10Xは小売りという大きなドメインの中で、どうアップデートできるかを追求する会社だという整理です。
共通の業務や市場ごとに、入りやすい業態から次々と広げていく
小売り・食・生活インフラという1つのドメインの中で体験や業態を深く変えていく
この選択の背景には、矢本さん自身の性格がありました。
いや、僕、情シスとか多分興味持てないんですよ。
自分の情熱の幅の狭さと深さは理解しているので、なんかそれとうまく付き合う方法になってんじゃないかなっていう。
矢本さんは、創業者の熱量の持ち方には、広くいろいろなものに持てる人もいれば、狭く深くしか持てない人もいると話します。その違いによって、会社のエコシステムはまったく変わるといいます。
高木さんは、矢本さんが構造を解きに行くのが好きなことに触れ、その関心が3.11の体験や食と生活のインフラの中の「構造のバグ」に向かっているのかと確認しました。矢本さんはこれにうなずいています。
なぜ一つのことを突き詰める会社が評価されるのか
矢本さんは、領域を絞ることには逆説的な強みもあると話します。日本で時価総額が大きい会社は、関係のなさそうなことをたくさんやっている会社ではなく、一つのことを突き詰めている会社ばかりだという見方です。
矢本さんが商社にいたころから感じていたのが、コングロマリット・ディスカウント ── 多くの事業を抱える複合企業が、各事業の価値を足し合わせた合計より低く市場から評価される現象です。
高木さんは、多角化した会社が事業の足し算より安く見られ、株主から事業の売却を求められることもあると補足しました。矢本さんは、孫さんはそれでよく怒っているタイプの経営者だと思うと話しています。
一方で、キーエンスやエムスリー、モノタロウのような会社は、何をしているかがはっきりわかると矢本さんは言います。自分たちに色を付けることは、資本市場と対話するうえでも大事だと、会社が大きくなり投資家と話すようになって感じたそうです。
何をしているか伝わりにくく、事業の合計より低く評価されやすい
キーエンスやエムスリーのように、事業がはっきりわかる
矢本さんは10Xについて、自分はこう決まっているので会社は売れないし、30年、50年と船がどこへ進むかはだいたい決まっていると話します。社員にとっては、自分の生活と折り合いがつく心地よいタイミングで10Xにいてもらう関係になると考えています。
会社がどういうものかを説明しやすい状態は有利で、矢本さんには説明から逃げたくないという思いがあるといいます。
好奇心はどこへ向かう?Web3を見送った理由
高木さんは、人には誰しも好奇心があるはずだとして、矢本さんがほかのことをしたい欲求をどう解消しているのかを尋ねました。
矢本さんによると、そうした欲求は創業直後のほうがずっと強かったそうです。高木さんは、当時の10Xがスクリーンショットをまとめて消せるサービスをつくっていたことを挙げています。
創業から5年たって振り返ると、矢本さんは事業の先に見えるものがどれだけ確実かと好奇心はセットだと感じています。将来の絵が固まってくると、これを突き進むという気持ちも固めやすいといいます。
タベリーはプロダクトとしてユーザーから高い評価を受けていました。しかし事業として稼げるか、サステナブルに運営できるかという点では最初から最後までノーで、ずっと不安があったと矢本さんは振り返ります。
創業直後。タベリーの事業性に不安があり、ほかのテーマにも目が向いた
現在。将来の絵が固まり、この事業を突き進むと決めやすくなった
矢本さんはこれを、土台の強さと未来へのコミットメントはセットだと表現しています。
起業した2017年は仮想通貨の第二次バブルの時期で、仮想通貨のプロジェクトで起業する人がたくさんいました。矢本さんも不安になったことはありましたが、その技術で何を解決できるのかがわからず、自分と接続できなかったため見送ったそうです。結果的にそれはとても良かったといいます。
いま盛り上がるWeb3についても、矢本さんは本質を「オーナーシップの移転」だと捉えました。そのうえで、自分がオーナーシップを持てるのは家族と会社の2つしかないと考えています。
これ以上増やしてどうすんだって思って。やっぱ自分ごとにできないんですよね。
儲かっているから入るということにも興味がないため、自然と遮断されてフラフラせずに済んでいると矢本さんは話しました。
完璧に見える経営者の葛藤と、人間的な欠点
高木さんは、矢本さんに「完璧すぎませんか」と言われないかと尋ねます。矢本さんは、社員からも謎に言われると答えました。
高木さんは、人はそんなに決めきれず揺らぎがあるものなのに、矢本さんはパシッと決めていると話します。リーダーとしては安心できる一方、一人の人間として向き合うと自分の不完全さを感じてしまうかもしれないといいます。
葛藤がないかっていうとめっちゃあって、いろんな、例えばこれ言ったら誰か傷つけないかなとか、
なんで即答できるかとか、なんで決めるかっていうと、単純に考えてる時間長いみたいな。
10Xでは四半期に1回、全員が集まるオフサイトを開いています。経営チームのパネルディスカッションで、矢本さんが質問に「うーん」と悩む姿を全員に見られたところ、社員にとってそれがものすごく心理的安全につながったそうです。
そうなんだなって。いや、僕でも悩みますよっていう。
矢本さんが全部の答えを持っていそうに見えるという声は、社員からもよく聞くといいます。そこで最近は、プロセスの段階でフィードバックを受け取りに行くことを意識しています。
具体的には、生煮えの状態を早い段階で積極的に晒しています。矢本さんが書きかけのドキュメントも社内の平場に置かれ、「社長はいまこういうことを書いているらしい」と自然に見られるようにしているそうです。
いきなり100点のものを見せ、社員も常に100点を出さなければと感じてしまう
生煮えのドキュメントを平場に置き、プロセスの段階でフィードバックを受け取る
高木さんがさらに「人間的な欠点はあるのか」と聞くと、矢本さんは「めっちゃありますよ」と即答しました。挙げたのは、機嫌のコントロールが実は超下手だという点です。
落ち込んでる時って大体こう、パートナーで奥さんに怒られた時なんですよ。めちゃめちゃこうシュンってなってるのとか、
イライラも落ち込みも顔に出てしまい、仕事のイライラが子どもに向いていると気づいて嫌な気持ちになることもあるそうです。矢本さんは、もう少し大人になりたいと話しています。
起業家は天職?創業者にしかできない仕事
高木さんは、起業家や経営者を天職だと思うかと尋ねます。矢本さんは「思いますね」と答えつつ、代表取締役社長という肩書きをずっと続けたいかは、どうでもいいと話しました。
矢本さんが大切にしているのは、創業者にしかできないことです。それを貴重なギフトとして受け取ったと感じていて、全うしなければいけないと考えています。
いい会社の思い出って、なんかこの仕事をうまくできましたっていうよりも、こいつと仲良くなれとか、そっちの方が僕いい思い出だなと。
矢本さんは、10Xで出会った人が一緒に起業したり、新しい会社に仲間を呼んだりするような、人が集まるホットハブになってほしいと願っています。それを願えるのが創業者の仕事だといいます。
そのためには、まず会社を残し、成長し続けて機会が下に渡っていく状態をつくる必要があります。矢本さんはそこにはきちんと責任を持ちたいとしつつ、最終的な意思決定者が自分である必要はないと話しました。
自分を知るための鏡は人と文章
経営者とはあまりつるまないという矢本さんに、高木さんはこうしたことをどう考えているのかを尋ねました。矢本さんは、SmartHRの宮田さんとは仲が良く、好きなラッパーのライブに一緒に行くと答えています。
ライブでは4時間、5時間と一緒にいて、曲の合間に雑談をするそうです。矢本さんはそこで「宮田さんはそう考えるんだ」「僕とは違うんだ」と気づくといいます。
やっぱ壁じゃないですか、人って。あの人を鏡にして自分を見るっていうことをして、なんか自分が何者か知っていくみたいな感じな気がします。
もう一つの鏡が文章です。書いていると「自分の言いたいことと何か違う」と気づけるため、矢本さんは文章も自分の鏡になっていると話します。
文章を書き始めたのは2016年ごろで、きっかけは衝撃を受けた2つの文章でした。1つは、@chibicodeこと上杉周作さんのブログです。同い年で中学からアメリカに住み、シリコンバレーでエンジニアをしている上杉さんが、日本語で書いていたものです。
矢本さんはもともと国語も読書も嫌いでしたが、上杉さんの文章で「日本語ってこんなに美しいんだ」と知ったといいます。彼の文章力を丸ごと欲しいと思うほどのリスペクトだったそうです。
もう1つは、TEDにある大学でのスピーチ「これは水です」を翻訳したブログでした。内容はもう忘れてしまったものの、すごかったことだけは覚えていて、その書き手とはいまでは交流があるそうです。
高木さんは、矢本さんの創業初期からのドキュメンテーションを、透明性の高い経営のためだと思っていたといいます。矢本さんの答えは逆で、美しい日本語を書きたいという衝動が先にあり、たまたま経営に生きているだけだと説明しました。
会社づくりは創作、コミュニケーションは自分の鏡
矢本さんは、ポッドキャストもその延長で、創作意欲を満たすためにやっていると話します。Netflixは契約しておらず、動画を見るのもだるいと感じるタイプで、消費的なエンタメより自分が創作している時間が好きだといいます。
もの作るのって楽しいじゃないですか。
(もの作りの)延長で会社作るのやってる気がしますね。
高木さんが「会社という作品」と言い換えると、矢本さんは同意しました。自分の意欲を満たすためにやっていることが勝手に第三者から評価されていくのが面白い、と矢本さんは話しています。
高木さんは、そこまで自分をメタ認知できる理由を尋ねます。矢本さんは、普通はコミュニケーション自体を楽しむためにするものだが、自分はそうではないのかもしれないと答えました。
矢本さんにとっての会話は、フィードバックを受け取るための場なのではないか。この説は、高木さんと話しているうちに浮かんだものだといいます。高木さんも、くだらない噂話を飲みながらダラダラ話す矢本さんは想像できないと応じ、異常な量のフィードバックループが回っているのだろうと表現しました。
ゲーセン嫌いの少年が「社会のポケット」をつくる
意味のないチャットを楽しむのが昔から下手だという矢本さんは、中学1年生の最初の中間テストの思い出を語りました。テスト休みには部活が休みになり、同級生はゲーセンに寄って夜7時ごろまで遊んでから帰っていたそうです。
俺そのゲーセン行くの超嫌だったんですよね。
高木さんは「そんな人います?」と驚きます。矢本さんは、当時は社会性の切れ端を使って頑張ってついて行ったものの、中学2年生ごろにはそうした付き合いをしなくなっていた気がすると振り返りました。
対談の終盤、高木さんは矢本さんと話して、創業者の性格が会社に出ていると強く感じたと伝えます。矢本さんも、性格がめっちゃ出ているとよく言われるそうです。
なんかやっぱ自分たちみたいな人を救える場所を作ってるっていう感じだと思うんですよね。
スタートアップや10Xのような「社会の中のポケット」が増えれば、18歳まで青森にいた自分でも今なら居場所を見つけられたかもしれない、と矢本さんは話します。自分たちらしすぎるかもしれないけれど、それでいいと締めくくりました。
高木さんは収録後、3.11の原体験から社会の構造的な課題まで一本の線でつながっている点に経営者としての頼もしさを感じたと振り返っています。同時に、性格や課題感を知って、この創業者だからこの会社になっているのだとわかったと話しました。
まとめ
矢本さんの話からは、事業領域を絞る判断、説明から逃げない姿勢、生煮えを晒す組織づくり、文章や会話を鏡にする習慣が、どれも自分の性格と向き合った結果として一本につながっている様子が見えてきます。
- 最初のプロダクトの役割は顧客との信頼をつくることで、本番は二の矢・三の矢にあることが多いと矢本さんは考えています
- ネットスーパーは小売りの1%ちょっとにすぎず、10Xはオフラインを含めた生活インフラの領域で深く広がっていく方針です
- 何をしているかわかる会社であることは、社員にも資本市場にも説明しやすい強みになると語られました
- 即断の裏には長い葛藤があり、悩む姿や生煮えのドキュメントを見せることが社員の安心につながっています
- 文章や人との会話を自分の鏡とし、会社づくりも創作の延長として楽しんでいると矢本さんは話しています





