世界4500万ダウンロードのアプリを作ったのはどんな少年?
TimeTreeは、全世界で4500万ダウンロードされているカレンダー共有アプリです。ホストの高木新平さんは、大きな広告費をかけずに自然に世界へ広がったこのシンプルなアプリに、他のカレンダーとは違う「時間」や「予定」の捉え方があると見ています。
高木さんは、作り手の深川泰斗さんの価値観が色濃く反映されているはずだと考えて、今回の対談を企画しました。深川さん自身はメディアの前に出るタイプではなく、本人も「そうタイプじゃないですね」と認めています。
深川さんは福岡出身で、少年時代はファミコン世代のゲーム好きでした。ゲームを作る手段がなかった小学生の深川さんは、紙と鉛筆でゲームを作り、サイコロでランダム性を担保して遊んでいたそうです。
深川さんが作った手作りゲームは、まず弟にテストプレイしてもらい、つまらない部分を調整してから近所の友達に遊んでもらっていました。深川さんは、仕組みや遊びを作るのが好きだったこの経験が、今の仕事につながっていると振り返ります。
高校時代の深川さんは音楽にのめり込み、バンドでギターを弾いていました。音楽は好きだけれど、どうやって生きていこうかと悩んでいた時期だったといいます。
大学で深川さんは文化人類学 ── 人間の社会や文化を、フィールドワークなどを通して比較・研究する学問。生活習慣や価値観の違いから人間とは何かを考えますに出会い、研究者を目指すほど没頭しました。しかし修士課程まで進んだところで、研究者には向いていないと能力の限界を感じたそうです。
研究者を諦めた院卒が、なぜフリーターから始めたのか
研究者の道を諦めた深川さんは、福岡での人生に一区切りをつけ、何も考えずに東京へ出てきました。院卒でありながら就職活動はせず、上京後はフリーターとしてアルバイトをしていたといいます。
高木さんがその時の気持ちを尋ねると、深川さんは「迷いの極致」「迷いに迷って」と表現しました。福岡時代にはラジオに出たり、地元のフリーペーパーに寄稿したりしていたため、音楽やメディアの仕事で食いつなげないかと考えて上京したそうです。
深川さんは東京でいろいろな場所を回りましたが、メディアの仕事だけではとても食べていけず、すぐにアルバイトが生活の中心になってしまいました。
やがて「そろそろ3年だな」と考えた深川さんは、次の居場所を探してヤフーに入社します。学生時代から親しんでいたインターネットの仕事がしたいという思いが強かったといいます。
深川さんがカレンダーに惹かれたきっかけは、ヤフー入社前に勤めていた小さな広告代理店での体験です。当時のヤフーカレンダーには共有機能がなかったため、社内で1つのIDとパスワードを共有し、社長の行き先などをみんなで書き込んでいたそうです。
深川さんはこの使い方を「超便利だ」と感じ、カレンダーを担当したいと考えました。Googleカレンダーが出たかどうかという時期で、ネット上でのカレンダー共有はまだ浸透していませんでした。
深川さんはヤフーのトップページにあった採用募集のリンクから応募し、ヤフーカレンダーの改善案を100個ほど書き出して持参しました。結果として採用され、最初はヤフーカレンダーの担当になったといいます。
カカオ出向の解散と、5人のチームで踏み出した起業
ヤフー時代の深川さんに転機が訪れたのは2011年ごろです。LINEが急速に広がるなか、ヤフーはカカオトーク ── 韓国のカカオ社が提供するメッセージアプリ。韓国では圧倒的なシェアを持ち、日本でも一時期LINEと競いましたと組んでチャット事業に乗り出し、ジョイントベンチャーを設立しました。
深川さんはこのカカオに出向し、1年半から2年ほど在籍しました。しかしLINEの勢いには勝てないとして事業は解散となり、深川さんはヤフーに戻るよう言われます。
深川さんは「帰りたくない」と思い、ヤフーを辞めて起業する道を選びました。理由は、カカオで一緒に働いた5人のチームがとても良かったからだといいます。
カカオでのチームにはカカオ側とヤフー側のメンバーが混在していたため、解散してヤフーに戻れば、確実に別れることになります。深川さんは、もう少しこのメンバーでやりたいと考えました。高木さんが「バンドみたいな感じ」と言うと、深川さんも「本当にバンドみたい」と同意しています。
深川さんは自分が率先して引っ張るタイプではなく、起業の話も「もしその気だったら」と恐る恐る切り出したそうです。「僕はやりたいと思ってるんだけど」という控えめな言い方だったと振り返ります。
起業の準備は、会社が終わったあとの夜に毎日進められました。コワーキングスペースもまだ少ない時代で、5人はマクドナルドや貸し会議室、カラオケボックスに集まって、何を作るかを相談し、開発も進めていたといいます。
熱が冷めて起業に至らないチームも多いなか、5人が実際に起業できた理由について、深川さんは「作るものがサクッと決まって作り出したからかもしれない」と話します。その最初のアイデアが、TimeTreeでした。
深川さんがカレンダーにこだわったのは、広告代理店時代の共有体験に加えて、カカオ時代の新プロダクトに入れたカレンダー機能だけが評判が良く、手応えを感じていたからだといいます。
「相手がいるのに一人用の道具しかない」という違和感
TimeTreeの根本にあるのは、予定は一人では決まらないというコンセプトです。深川さんは、予定には相手がいるうえ、家族と話さないと飲みに行けるかどうかも決まらないように、さまざまな関わりの中で決まるものだと説明します。
深川さんは、関わりの中で決まる予定に対して、スタンドアロンのツールばかりなのはおかしいと感じていました。その不便が人類全体で一斉に解消されれば、やりたいことやできることがあふれる世界になるというイメージを持っていたそうです。
TimeTreeの最初の企画書には、「相手がいるのに一人用の道具しかないのはおかしい」と書かれていました。深川さんは、この仮説を確かめたいという思いがとても強かったと語っています。
ところが、TimeTreeのリリース直後はまったく話題になりませんでした。プレスリリースを送っても反応はなく、深川さんは家の床に突っ伏してへこんでいたといいます。
その様子を見た深川さんの妻が、「夫が起業してアプリを出したけれど、話題にならなすぎてへこんでいるので、よかったら見てやってください」とツイートしました。この投稿がバズり、アスキーや日経新聞にも取り上げられて、一気に初期ユーザーが集まったそうです。
妻のツイートが効いた理由について、深川さんは、応援したくなるような文章で見てもらえさえすれば、アプリの良さは割とわかりやすかったのではないかと分析しています。
家族ユーザーの熱量が、TimeTreeの方向を決めた
TimeTreeの初期ユーザーからは、共有できると便利だ、共有しやすいといった、狙いどおりの反応が届きました。ただ、当時のTimeTreeは「グループでカレンダーが共有できます」としか打ち出しておらず、ターゲットが定まっていませんでした。
その結果、TimeTreeのリリース直後の盛り上がりは1週間ほどで収まり、再び「ショボショボとした日々」に戻ってしまったといいます。
そこで深川さんたちは、誰が一番使っているのかを調べました。TimeTreeにはインストール時に「誰と使いますか」とサークルや会社などを選ぶパネルを仕込んであり、そのログから、家族で使う人が最もスティッキー ── ユーザーがサービスに定着し、継続して使い続ける度合いが高い状態を指すマーケティング用語で、やめないことがわかりました。
深川さんたちはさらにアプリ内アンケートとインタビューを重ねました。家族ユーザーの声は「便利ですね」程度ではなく、「これがないと毎日回らない」という熱量だったそうです。
この結果を受けて、TimeTreeはApp Storeのタイトルなどの打ち出しをすべて家族向けに絞り、「家族のカレンダーシェア」に切り替えました。そこから順調に伸び始めたといいます。
リリース
プレスリリースを送るが無反応
初期の山
妻のツイートがバズり、メディア掲載で初期ユーザーが集まる
停滞
ターゲットが曖昧で、盛り上がりは1週間ほどで収まる
分析
ログ、アンケート、インタビューで家族ユーザーの定着と熱量を発見
転換
打ち出しを家族のカレンダーシェアに絞り、順調に成長
家族の予定共有の典型例として、深川さんは晩ご飯を挙げます。飲み会だから晩ご飯はいらないと言った、言わない、という行き違いや、会議があるからお迎えを代われないと言ったはずだ、といったすれ違いです。チャットアプリでやり取りしていると起きがちな問題だと、高木さんも共感しています。
深川さんにとって、家族ユーザーの熱いフィードバックは「これは必要なんだ」という初めての手応えでした。ヤフー時代は競合とどう戦うかが中心で、SNSやチャットが流行ってから担当しても先行者には勝てないことを身をもって知らされていたといいます。
だからこそ深川さんは、当たっても外れても他にないジャンルに行こうと考え、カレンダーシェアを選びました。家族ユーザーの反応は「嬉しかった」と振り返っています。
家族専用にしない設計と、「グループごとの時間」という思想
TimeTreeでは、1人がカレンダーをいくつも持てます。家族で使い始めた人が職場でも使おうと広め、職場で参加した人が自分の家庭でも使い始めるという、緩やかなバイラル ── 口コミや紹介によって、ユーザーからユーザーへ自然に利用が広がっていくことが起きているそうです。
深川さんたちは、おすすめの使い方は示しつつも、いろいろな使い方を思いつけるほうが面白いと考え、あえて家族専用機能は入れていません。機能はシンプルなカレンダー共有だけに絞っています。
その結果、TimeTreeの使われ方はサッカーチームなどに広がっています。職場での利用も多く、建築、介護、医療、居酒屋など、デスクワークではない現場でのスケジュール共有に使われているといいます。
高木さんがこの使われ方を分人 ── 作家の平野啓一郎さんが提唱した考え方。人は相手や場ごとに異なる顔を持ち、その複数の自分の集まりが個人だと捉えますになぞらえると、深川さんは設計時の思想を語り始めました。人類学や現代思想を学んでいた深川さんは、TimeTreeを作る際に、時間とは何かを論じた本を数多く読んだそうです。
深川さんの解釈では、時間が次に進むのは事態が進展するときです。そして事態が進展するペースは、場ごとに違います。家族の時間は進んでいないのに会社の時間はどんどん進んでいる、ということが起こりうるため、TimeTreeは個人ではなくグループごとの時間軸にしたほうが整理がつくと考えました。
ただ、グループ単位の設計については、不便になるのではないかという声がチーム内にもあり、深川さんもかなり悩んだといいます。高木さんも、Facebookのように個人のアカウントが基本のインターネットでは、自分のカレンダーをシェアする発想のほうが一般的だと指摘します。
それでも深川さんがグループ単位を選んだのは、個人のカレンダー共有は誘いにくいと考えたからです。「俺も使うからお前も使えよ」となる個人型より、「このカレンダーに参加して一緒に使おうよ」と誘えるグループ型のほうが、インストールしやすく三日坊主にもなりにくいといいます。
自分のカレンダーを相手にシェアする。誘い方は「俺も使うからお前も使えよ」になりやすい
グループのカレンダーに参加してもらう。「一緒に使おうよ」と誘えて、インストールしやすく続きやすい
深川さんは、みんなに普及したあとなら個人単位が正しいかもしれないが、これから普及させるにはグループ単位が正しいと判断したと説明します。時間の性質に照らしても、その選択は大きくずれていないはずだと考えています。
深川さんは自身を「観念的な人間」と称し、何が幸せかを考えると、記憶に残るような時間を過ごしたいという「強迫観念みたいなもの」があると明かしました。高木さんがその話に強い関心を示したところで、前編は締めくくられます。
まとめ
TimeTreeは、少年時代の遊びづくり、文化人類学で培った観念的な思考、広告代理店でのカレンダー共有体験、そして先行者に勝てなかったヤフーとカカオでの経験が重なって生まれたアプリです。「予定は一人では決まらない」という違和感から出発し、家族ユーザーの熱量に導かれて成長してきた過程が語られました。
- TimeTreeの原点は「相手がいるのに一人用の道具しかないのはおかしい」という企画書の一文
- カカオ出向が解散した際、5人のチームと離れたくない思いからヤフーを辞めて起業した
- リリース直後は無風だったが、妻のツイートがバズって初期ユーザーを獲得した
- ログとインタビューで家族ユーザーの熱量を見つけ、打ち出しを家族向けに絞って成長した
- 時間は場ごとに進み方が違うという思想から、個人ではなくグループ単位のカレンダー共有を選んだ





