水族館の5時間とダラダラの5時間は同じなのか?
株式会社TimeTreeの深川泰斗さんは、幸せとは何かを考えると、記憶に残る時間を過ごしたいという「強迫観念」のようなものがあると話します。
何が幸せかっていうのを考えると、記憶に残るような時間を過ごしたいっていう強迫観念みたいなのがあるんですよね。
深川さんが例に挙げたのは、息子さんと水族館に行った日です。時間にすれば5時間ほどですが、家でダラダラして気づけば夕方になっていた5時間と、長さは同じです。
何も考えずに家でダラダラして、ああもう夕方なっちゃったっていう5時間と同じ5時間じゃないですか。(ダラダラした)後者の5時間がどうしても許せなくて。
しかも水族館の外出は、綿密に計画したものではありませんでした。前の晩に「明日どこ行こうか」と考えて決めた程度のことで、なくなっていた可能性もあったといいます。
なくなってたら僕の人生が目減りしているような、そんな感じがする。
見逃したくない時間を守る「未来の可視化」
記憶に残る時間を逃さないためにはどうすればいいのか。深川さんがたどり着いた答えは、未来の可視化でした。未来が見えていれば、納得して選べると考えたのです。
未来が可視化できてたら納得して選べると思ったんですよね。
深川さんは具体例を2つ挙げます。1つは家族の予定です。息子さんが今日学校で何かをしているとわかれば、飲みに行かずに帰って話を聞く、という選択ができます。
もう1つは音楽です。好きなアーティストの来日をTwitterで知って喜んだのに、忙しさで忘れ、当日に会場にいる友人のツイートを見て気づく。深川さんはそうした経験が悔しかったと振り返ります。
未来を可視化する
家族の予定やライブ情報など、これからの出来事が見える状態にする
選択肢が見える
飲み会より息子の話を聞く、ライブに行くなどの判断ができる
納得して選ぶ
大事な時間を逃さず、納得のいく選択を楽しめる
深川さんによれば、TimeTreeでやりたいのは、可視化を通じて「より納得のいく選択をする楽しみ」をつくることです。家族で予定を共有するのは、コミュニケーションの楽しさが可視化を後押しする、みんながハッピーになれる形だといいます。
ホストの高木晋平さんは、TimeTreeの予定は「予定を入れる」というより「楽しみを追加している」ようだと受け止めました。深川さんは、やらなければいけないことも入れてよいとしつつ、可視化するとプランニングしやすくなり、納得のいく未来を組み立てられると補足します。
ライブ情報を全員が手で書く必要はあるのか?
深川さんの可視化の構想は、家族の予定にとどまりません。好きなアーティストがライブ予定を発信し、それがカレンダーで可視化されれば、自分で選んでいけると話します。
深川さんの根っこには、少し「怒り」に近い感情もありました。ライブ情報のマスターデータがあれば、ファン全員が忘れないように自分で書き込む必要はないはずだ、という問題意識です。
アーティストのライブ情報って全員が書く必要ないじゃないですか。もうそのマスターデータがあったら。
高木さんは、カレンダーは未来のことを確実な行動に近づける装置であり、予定に入ると急にリアリティや実現性が出ると、カレンダーの役割を捉え直しました。
深川さんがTimeTreeでまだ十分にできていないと語るのは、会話の中で予定が決まる流れです。未来の予定は一人で調べて決めるより、「駅前に新しいお店ができるらしいよ」「いいね、行ってみたい」というやり取りの中で決まることがほとんどだといいます。
(予定の)共有とコミュニケーションがカレンダーと合体してたら、いいねっていうの応酬の中で決まっていくとかができたらいいなと思ってますね。
楽しみの予定を立てるスキルは学校で教えるべき?
高木さんは、未来の楽しみをつくって予定に入れるスキルは、学校で教えてほしいくらいだと話します。深川さんも同意し、楽しみにすると決めた日は誰にも邪魔させない、楽しむことに自信を持って集中する、といったことの大切さを挙げました。
高木さんは祝日が多いことが苦手だと明かします。休みは自分で決めたいのに、日本人はヨーロッパの人より休日が多い一方で、2〜3週間の休みを取って海外に行けるわけでもない、という違和感です。
向こう(ヨーロッパ)の人たちの方が自分の人生うまくコントロールして楽しみやってんなみたいな。
深川さんは、この休み方の話もカレンダーにつなげます。1〜2か月先まで見る習慣があれば休みを入れやすいものの、目の前の予定に追われるばかりだと、ずっと休みを取れないといいます。
まとまった休みをブロックしやすく、納得して時間を選べる
休みを取るタイミングがなく、追い立てられ続ける
納得して選ぶ時間を選ぶっていうのは、逆に言うと追い立てられないっていうことでもあるかなと思いますね。
情報過多の時代に、人は何を選べばいいのか
深川さんは、今は情報が多すぎると話します。動画を見ていても「これを見ていていいのか」「自分にもっとぴったりの作品があるのでは」と思ってしまうそうです。
深川さんは、何かで読んだ話として、NETFLIXの動画かSpotifyの音楽をすべて合計すると平均寿命より長い、という例を出しました。どちらの話だったかは本人も曖昧にしています。
そんだけあるのが結構苦痛で。だけど僕の時間24時間しかないんで。
だからこそ深川さんは、人類が納得して未来を選べる道具が必要だと考えています。一人で頑張って可視化するのは無理なので、共有してお互いに気遣ったり楽しんだりしながら可視化していくのがよい、という考え方です。
高木さんは、SNSやメタバース ── インターネット上の3次元仮想空間や、そこで人々が交流するサービスの総称。アバターを使って活動する形が多いですで情報量が増えると、他人の様子に目移りしやすくなると指摘します。そのため、自分の予定にどれだけ納得しているかが重要になると話しました。
高木さんは、予定そのものだけでなく、予定に至るまでの会話が残っていれば納得度が上がるとも考えました。「あれだけ話して決めた予定だよね」「1年前から入れていた予定だよね」とわかれば、確かな予定だと感じられるというのです。
旅行は行くまでが楽しい?「来週のバーベキュー」という答え
高木さんは、旅行は行くまでが楽しいと話します。計画してどこに行くか考えたり、「来週だね」と言い合ったりする時間です。深川さんも、本当に過程が楽しいのだと同意しました。
ここで深川さんは、学生時代のアルバイト先の社長の話を紹介します。その社長は、何のために人は生きるのかをよく話す人で、あるとき「俺はわかった」と言い出したそうです。
来週バーベキューの約束があるからだって言って。それしかないって言い出したんですよね。
社長の考えでは、来週のバーベキューを楽しみにそこまで生き、終わったら再来週に山登りなどの予定を入れればいい。その繰り返しが人生だというのです。深川さんは、それが本当にそうだと感じたと話します。
世界が「恒常的な徹夜」になった時代のリズム
深川さんは、楽しみの予定がないと今の時代は苦しいと考えています。その考えを支えたのが、時間に関する本を読みあさった中で出会った、ジャック・アタリ ── フランスの経済学者・思想家。大統領顧問も務め、未来予測や歴史に関する著作を多く発表していますの『時間の歴史』です。
深川さんによると、1980年代に書かれたこの本には、未来の世界は「恒常的な徹夜」になり、細切れの休息しかなくなると書かれていたそうです。深川さんは、自分が寝ている間も世界ではニュースが起き続けている今を、まさにその状態だと感じています。
今僕は寝てても世界ではいろんなニュースが起きてて、世界はもうずっと徹夜なんですよね。
ジャック・アタリは、その中で大事なのは「リズム」だと述べていたといいます。昔は年に1回の収穫祭のようなリズムが人生の土台でしたが、世界が徹夜になるとそうしたリズムは溶けてしまいます。
年に1回の収穫祭のような共通のリズムがあり、それを土台に安心して生きられた
世界が恒常的な徹夜になり、共通のリズムが溶け、自分でリズムを作るしかない
深川さんは、自分たちで作れる一番のリズムは「来週のバーベキュー」ではないかと考えています。社長の言葉とアタリの本が、ここでつながったわけです。
高木さんも、毎日が楽しい人は少数派で、多くの人は毎年5月の祭りのような楽しみを軸に生きているのではないかと応じます。昔のアルバイト先の先輩たちが「美味しいビールのために頑張ろう」を合言葉にしていたことも思い出し、楽しみのリズムがあれば人は前向きに生きられるのかもしれないと話しました。
なぜアプリ名に「カレンダー」を入れなかったのか
高木さんは、楽しみの視点で見るとカレンダーは楽しいものだと話します。一方で、一般的なカレンダーには打ち合わせやタスクが詰まっていて、見ると「今日やること多いな」と感じるイメージがあると指摘しました。
深川さんは、まさにそのイメージがあったから、アプリ名に「カレンダー」を入れなかったと明かします。
それ(一般的なカレンダーのイメージ)でアプリ名にカレンダーって入れなかったんですよ。
深川さんが目指したのは、一般的なカレンダーとは違い、もっと人と人が絡み合って作り上げるものです。そうしたものを表す言葉を探し、「カレンダー」を外して「TimeTree」と名付けたといいます。
世界中で「TimeTree以前を思い出せない」と言われたい
次の野望を聞かれた深川さんは、グローバルでもっと使われることが悲願だと答えます。最初の頃から掲げているのは、TimeTreeがなかった頃にどう予定を管理していたか思い出せない、と世界中で言われることです。
高木さんはそれを「水道みたい」と表現しました。深川さんによると、開発は今すべて日本で行っていますが、社内にはフランスやドイツなど多国籍のメンバーがいます。
高木さんは、チームが多国籍化しないと多国籍に受け入れられるものは作れないのかと尋ねます。深川さんの答えは、先に必要なのはユーザーとのリレーションだ、というものでした。
深川さんが挙げた例が、ヨーロッパのカレンダー文化です。ヨーロッパでは週番号でカレンダーを使うことが多いそうで、「その年の第何週」という表示がないと使い物にならないとユーザーから指摘され、機能を追加したといいます。
翻訳の間違いを教えてもらって直すこともあったそうです。こうしたやり取りを受け止めるこちら側の窓口として、多国籍のメンバーがいた方がよい、というのが深川さんの考えです。
「レストランのような運営」とは何か
高木さんは、深川さんがよく口にする「レストランのような運営」について尋ねます。深川さんによれば、それはユーザーとの関係を作っていくやり方のことです。
このやり方だと、エンジニアやデザイナーを含む全員がユーザーを見てものづくりできるようになり、方向がずれにくく、モチベーションも上がり、フィードバックも得られるといいます。ユーザーが周囲にシェアしてくれるなど、協力してくれる面もあるそうです。
ユーザーとの関係づくりは、Twitterでいつも褒めてくれる人に連絡し、オフィスに遊びに来てもらうところから始まります。そうした「常連さんリスト」の人たちに、新機能について意見を聞くこともあるそうです。
高木さんが「Slackなどにユーザーを集めているのか」と聞くと、深川さんは否定します。大事にしているのはTimeTreeとユーザーとの関係で、ユーザー同士のつながりはそれほど意識していないといいます。
規模の目標については、最初の企画書に「5年で1億ユーザー」と書いていたと明かします。8年経った今もそこには届いていませんが、目指したい数字だと話しました。
「何を言っても無駄な機械」と思われたくない
TimeTreeをどんなイメージにしたいかと問われ、深川さんは、言語化はできていないが、ずっと大事にしているものはあると答えます。
ユーザーさんが何言っても無駄な機械のようには思われたくないんですよね。対話相手として認識してほしいっていうのはあって。
そのためTimeTreeは、人が作っていて悩みもあることが伝わるよう、人間味を出しています。たとえばアプリのアップデートテキストに「なぜか社内でダイアンのラジオが流行っています」といった運営の近況を書くこともあり、それを楽しみにするユーザーもいるそうです。
深川さんによれば、相手が機械のようなものだったら「この機能いまいちだった」と言う気にもなりません。人間味を出すことで、ユーザーも声を届けようと思ってくれるのです。
アプリと人の印象が同じと言われる理由
高木さんは、TimeTreeのブランドやプロダクトの印象と深川さんの人柄が重なって見えると話します。深川さんは、それはよく言われることで、すごく嬉しいと応じました。
深川さんによると、オフィスに来たユーザーや採用面接の応募者から、自分だけでなくチームメンバーを見ても「アプリと印象が同じ」と言われるそうです。
ただ、社内で「こういう人格でやろう」と話しているわけではありません。深川さんがしつこく共有しているのはレストランの話で、先ほどのアップデートテキストも、深川さんが企画や承認をしたのではなく、コンセプトを共有したメンバーが自発的に始めたものだといいます。
高木さんは、企業とユーザーの間に顔の見える関係があり、プロダクトもカレンダー共有で顔が見える状況を作っている、その一致が心地よいのかもしれないと分析しました。深川さんも、遠くて顔が見えない巨大なものの逆をやりたく、隙のようなものも出していきたいと話します。
10年、20年かけて発酵した思想
対談の締めくくりに高木さんは、最初にYahoo!カレンダーから得たインスピレーションが約10年かけて育まれ、文化人類学で学んだ時間の認識と重なってプロダクトに昇華されたことに強い説得力を感じたと語ります。
似たカレンダーアプリが数多く出る中で体験に差がついたのは、考えられている量が違うからだろう、というのが高木さんの受け止めです。また「明日をちょっと良くするために」という言葉の「ちょっと」が誠実で深川さんらしいとも話しました。
さっきのバーベキューみたいな話なんですよね。未来を良くするって、ちょっと大げさすぎるし。
収録後のまとめで高木さんは、深川さんを究極のプロダクトマネージャーであり表現者だと評します。学生時代に文化人類学や哲学を学びながら社会でうまく活かせず悶々とし、広告代理店時代にYahoo!カレンダーの便利さに出会っても、すぐに形にする機会がなかった。その時間こそが財産だったという見方です。
高木さんは、その思いが煮詰まった先で分人思想などと結びつき、「共有できるカレンダー」というコンセプトになったと捉えています。悶々とした世界観を溜めていく期間を長く育て切った人が独自の世界を作り、それは言語を超えてグローバルに生きるのだと語りました。
これは本当にこの10年、20年っていう時間をかけて発酵したから、この深みが出てるんだと思うんですよね。
まとめ
深川泰斗さんの話から見えてきたのは、TimeTreeが単なる予定管理ではなく、未来を可視化して納得して選び、楽しみの予定で生活のリズムをつくるための道具として設計されていることです。その思想はユーザーとの「レストランのような」関係にも表れ、長い時間をかけて育った世界観が支持につながっています。
- 深川さんは、記憶に残る時間を逃さないために「未来の可視化」が必要だと考えている
- 世界が「恒常的な徹夜」になった時代には、「来週のバーベキュー」のような楽しみの予定が自分で作れるリズムになる
- アプリ名に「カレンダー」を入れなかったのは、タスクが詰まった一般的なカレンダーとは違うものを目指したため
- ユーザーに対話相手と感じてもらうため、TimeTreeは「レストランのような運営」で人間味を出している
- 高木さんは、10年、20年かけて発酵した思想こそがTimeTreeの深みを生んだと受け止めている






