30人の会社で20人が辞めた年に何が起きていたのか
ワンキャリアの宮下尚之さんは、高木晋平さんと出会うまで、ビジョンやミッションという言葉をまったく信じていなかったと振り返ります。
そもそも多分晋平と出会うまで、俺はビジョンとかミッションとかもうクソ食らえみたいな、どうでもいいやみたいな。
それ(ビジョンやミッション)大体なんかちょっと仕事できないやつが言う言葉じゃないの?って思ってた、昔は。
宮下さんによると、ワンキャリアは大事にしているものを言葉にして共有する作業を怠っていました。その結果、社員が30人ほどだった時期に組織が崩壊したといいます。
その年は30人の社員に加えて30人が新たに入社しましたが、年末に残っていたのは40人でした。高木さんの言葉を借りれば、20人が辞めてしまった計算です。
この状況のなかで、高木さんが率いるニューピースが関わり、事業のビジョンとして「就活に透明性を」という言葉を作りました。宮下さんは、ニューピースが入ったことでサービスも伸び、組織も立て直せたと話しています。
正しい数字だけでは、なぜ応援されないのか
当時のワンキャリアは、議論の中心が「何をするか」と「どうやるか」に偏っていたといいます。外資系やファイナンス出身の創業メンバーが作った会社だったため、数字の管理はExcelでガチガチに行われていました。
スタートアップじゃないやん、これっていうぐらいね、証券会社の人にも言われたけど、数字の管理の仕方がほんとね。
高木さんはその管理体制に感心しつつも、別の危うさを感じていました。リクナビやマイナビのような新しいメジャーになるには、「こういう存在だ」と強く印象づける必要があると考えたからです。
結局ユーザーが増えるだけじゃなくて、人事の人、他のステークホルダー、メディアとかがみんな持ち上げていって、メジャーの階段って登るもんだと思うから。
その時に(ワンキャリアは)応援されづらいなと思った。あのままだと。正しいけど、なんか応援されないな。
宮下さんは、高木さんが全社会に来て「HowとWhatはもうわかっている。Whyをもっと語るべきだ」と伝えたことを思い出します。高木さんは共通認識を作るため、急きょゴールデンサークル ── サイモン・シネックが提唱した考え方。Why(なぜ)、How(どうやって)、What(何を)の順に伝えると人の心が動くとされ、TEDの講演で広く知られていますの映像を社員に見せたそうです。
WhatとHowの議論が中心。数字は正しく積み上がるが、応援されにくい
なぜ存在するのかというWhyを言葉にし、「就活に透明性を」を掲げる
ただ、組織の空気は悪かったといいます。役員陣とは危機意識を共有していた高木さんも、現場社員の雰囲気には「結構やばいな」と感じたと語っています。
HR業界の「後ろめたさ」を、言葉の一本化でどう越えたのか
高木さんは、かつてのリクルートも「求人情報を公開しない企業は選ばれない」という発想から始まったはずだと指摘します。ところがお金を出す企業側に寄っていくうちに、学生にとって不都合な情報環境が当たり前になっていたといいます。
そこで高木さんは、学生と同じ目線に立って世の中に宣言を出すことを提案しました。2020年を分岐点にしようというプレゼンで、古い存在に対して新しい存在としてのワンキャリアを立ち上がらせる狙いです。キャッチコピーは「就活止めせよ」と書き起こされています。
その後、エントリーシートを公開する「ES公開中」のビラを駅前で配るといった施策も行われました。一方で高木さんは、人材会社の社員が自分の仕事を表立って語らない傾向に気づいていました。
なんか結構人材とかの会社って、言い方あれだけど、ちょっと人をビジネスにしてる後ろめたさがあるのか、何なのかわかんないけど、あんまり自分の仕事のこととか表立って言わないみたいな感じがある。
高木さんは、その理由を「自分たちが何のために存在するか」というよりどころがないからだと考えました。宣言を出したあとは、社内の人が積極的に発信するようになったといいます。
宮下さんが覚えているのは、高木さんの「レガシーな会社はIR・PR・HRでそれぞれ違うメッセージを出している」という指摘です。ワンキャリアはPRに絞って同じ言葉を発信し、それが社内のHRを整え、のちのIRにもつながりました。
Why
ミッション「就活に透明性を」を言葉にする
PR
全社的にPRに絞り、同じ言葉で外に発信する
HR
社内の共通認識が整い、社員が仕事を語れるようになる
IR
上場準備の際も「こういうミッションです」と一貫して説明できる
高木さんはこれを、根っこにあるWhyからHR・IR・PR・マーケティングを同心円状に広げる設計と表現します。広告でだけきれい事を言うような状態が一番良くなく、SNSは基本的に透明化していくものだから追い風だと話しています。
一度離れた高木さんは、なぜ株主・社外取として戻ってきたのか
ワンキャリアが上場を目指す段階で、宮下さんは高木さんに株主と社外取締役 ── 会社の外部から選ばれる取締役。経営陣から独立した立場で経営を監督し、上場企業ではガバナンスの観点から設置が求められていますへの就任を頼みました。
ただ、高木さんが就任すると取引が利害関係のある取引にあたるため、ニューピースはワンキャリアと仕事ができなくなったといいます。それでも高木さんは、関われることが嬉しいと話しています。
一緒にやって、で、別々に分かれて、違う会社として仕事をするようになって。で、社外取っていう立場で、かつ株主として戻ってきてくれて。
このストーリーは本当に俺のビジネス人生の中で結構ね、多分1個超重要な。
宮下さんは、上場審査で高木さんが真剣にガバナンスを学び、東京証券取引所や証券会社との面談もしっかりクリアしたと振り返ります。それでも今なお、金融機関の人から「高木さんはどんな役割なのか」とよく聞かれるそうです。
ガバナンスとミッションはなぜ近いのか
宮下さんは、ガバナンスもミッションと同じだと考えています。求職者の機会を奪わず、求職者のためになることをするのが、ワンキャリアでは事業の価値も高めるからです。
宮下さんによれば、法務や会計の専門家はほかの監査役がいくらでも担えます。未来を見て、その方向へ向かわせる役割を担っているのが高木さんだと話しています。
高木さん自身は、証券会社から「社外取締役としてどこでバリューを出せるのか」と聞かれ、こう答えたといいます。
具体例として宮下さんが挙げたのは、取締役会での新商品の議論です。高木さんは、求職者や学生が嫌だと感じたり誤解したりするかもしれないとして見送りを提案し、実際にその商品は作られませんでした。
(キャリアは)人生のすごいセンシティブなデータだから。
高木さんは、Facebookがプライバシーへの踏み込みで嫌われたように、データカンパニーには線引きが求められると話します。事業の中ではどうしても売上目線が強くなるため、社会やユーザーの目線を引いて見るのが社外取締役の距離感だと考えています。
日本のキャリアデータは、なぜ囲い込まれているのか
高木さんが今後の構想を尋ねると、宮下さんは、働き方が変わるからこそ働くことの重要性は増し、ワンキャリアが「キャリアデータ」と呼ぶものの価値も高まると答えました。
宮下さんが挙げた材料は、データによって差はあるものの、新卒の5〜8割ほどが転職を前提に最初の会社を選んでいるという話です。さらに、生涯の転職回数を国ごとに比べた数字も紹介しています。
| 地域 | 転職回数 | 補足 |
|---|---|---|
| 日本 | 3点何回 | 現状 |
| 韓国 | 6〜7回 | 日本の倍ほど |
| 欧米 | 9〜12回 | と言われている |
一方で宮下さんは、日本はLinkedIn ── ビジネス向けのSNS。職歴やスキルを公開して転職やつながりづくりに使うサービスで、欧米では広く普及していますが世界でも最もうまくいっていない国の一つだと話します。友達には職業の話をいくらでもするのに、社会に開かれた場では公開しないからです。
でも今のHRの業界ってどうなってるかって、それ(キャリアの情報)をね、公開せずに囲い込んじゃった方が儲かるのよ。
高木さんが「ブラックボックスにした方が」と応じると、宮下さんはそれでは日本にとって何の進化もないと続けます。宮下さんは、日本の職業観や仕事選びを一つ進化させることを目指していると語りました。
「ベンチャーから大手に行けない説」は本当か
新卒だけでなく中途採用の領域も手がけ始めたワンキャリアの宮下さんは、データを集めるほどその重要性を実感しているといいます。そのうえで、よく聞く転職の通説をはっきり否定しました。
大手企業からはベンチャーに行けるけど、ベンチャーから大手企業に行けない説みたいなのよくあるじゃん。
あれ百パー今嘘だから。
高木さんは、こうした事実がデータで開示されれば、キャリアの意思決定の参考になると応じます。
宮下さんは、ある官公庁の人との会話も紹介しました。海外ではソフトウェアやスタートアップなどの成長産業に人が向かうのに対し、日本では広告をよく見るBtoC企業に人気が集まり、キャリア教育もされていないという指摘です。
成長産業に人が流れない限り、日本の成長止まるじゃん。
宮下さんは、求職者がエージェントの隠している情報も含めて事実を知ったうえで就職活動できる仕組みを作りたいと話します。その次には、国が人材配置の政策を考える際にワンキャリアのデータを使ってほしいと考えています。地方の目立たない優良企業に光を当てる地方創生も視野に入れているそうです。
これに対して高木さんは、国としての戦略はあっても、既存勢力を維持しようとする側のほうがまだ力を持っていると指摘しました。宮下さんも、菅元首相の所信表明に働き方の話が入っていたことを挙げつつ、人口ピラミッドの問題があるため手のつけ方が難しいのだろうと話しています。
仕事を「ぶつ切り」にできるべきなのはなぜか
宮下さんは、日本人の生活を支える要素を「和洋中」のような3つ、つまり仕事と家族ともう一つにたとえます。これまでは仕事の比重が極端に大きかったものの、その安定が揺らげば家族や趣味などの比重が上がるという見立てです。
そのとき、キャリアは「ぶつ切り」にできるほうがよいと宮下さんは考えます。女性は出産で会社を離れることになりますが、男性も育休を取れるべきであり、キャリアを一度切り替えることで仕事以外の要素の意味を確かめられるといいます。
高木さんも、妻の姿を見て、出産で会社を離れて5年ほどブランクが空くと復職が大変になると話します。家族の転勤で住む場所が変わったときも、同じ苦労があるといいます。
宮下さんは長く続くものが好きだとしたうえで、それを当たり前にすると多様性を受け入れられないと話します。だからこそ、みんなが小さなものをたくさん持つほうがよく、高木さんとの関係のように「一緒にやって、離れて、戻ってくる」機会が人生に何度かあればいいと語りました。
出戻りと「関係人口」から見える、選ばれる会社の条件とは
高木さんは、インサイドビジョンやニューピースの仕事を通じて、昔の知人と一時期疎遠になり、また一緒に仕事をすることの繰り返しが人生だと感じているといいます。会社の出戻りも、もっと行き来しやすくなればいいと話しています。
高木さんは富山県での仕事にも触れました。地方は居住人口にこだわりがちですが、一生同じ場所に住む人は少ないため、関係人口 ── 移住した住民でも観光客でもなく、仕事や趣味などを通じて地域と継続的に関わる人々のこと。地方創生の文脈でよく使われる言葉ですを大切にする地域が選ばれるという考えです。
約100万人。一生ここに住む人を仲間とみなす発想
1000万人を県のKPIに。関わる人を受け入れやすくする発想
高木さんは、会社も同じで、受け入れの柔軟性が高い会社ほど入りやすく、選ばれやすくなると話します。宮下さんも、ワンキャリアでは長期インターン経験者が他社で数年働いて戻ってくる例が数十人いると明かしました。
働くことへの期待値が高いのはいいんだけど、従業員であることへの期待値が高すぎるから、みんな。
宮下さんの言う「従業員であることへの期待値」とは、会社と社員が互いに「ずっと従業員でいてね」と求め合う状態です。長くいればなんとかなるという保証はなく、その人の人生のほうが重要だと宮下さんは話しています。
働くことの教育と、曖昧さを許す仕組みはどうつくるか
高木さんが「細切れの働き方を支えるインフラがない」と指摘すると、宮下さんは、細切れになっても安心できるデータを集め、国の将来を考える材料にしたいと答えました。さらに教育ともつなげたいといいます。
18年か20年ぐらいか、仕事の話を全く子供に対してしないっていうのはマイナスでしかないから、絶対にそれ(働くことの教育)をやる。
高木さんは、終身雇用のもとでは企業が若手に投資できたものの、働き方が細切れになれば一人に投資しきるのは難しくなると補足します。海外のように、入社前に専門性を身につけてくることが求められる社会になる可能性もあるといいます。
宮下さんは、それが日本の文化に合うかはわからないため模索したいと話します。高木さんは、正社員か副業か休職かといった契約上の呼び名ではなく、関わり方を表す呼び名がもっとあればよく、曖昧な状態を許容できる仕組みが必要だと語りました。
高木さんは今を働き方の過渡期と見ています。長期のコミットにも良さはあるものの、短期を許さなければみんなは幸せにならないかもしれないとし、情報環境が大きく変わったのに比べてHR産業は「重い、硬い」と締めくくりました。
まとめ
この回では、ワンキャリアが組織崩壊を機にミッションを言葉にし、社内外へ同じメッセージを届けることで立て直した経緯から、キャリアデータで日本の仕事選びと働き方を変える構想までが語られました。透明性を軸にした一貫性が、ガバナンスや社会への提案にもつながっている点が印象的です。
- 社員30人から20人が辞めた組織崩壊を経て、ワンキャリアはWhyを言葉にし「就活に透明性を」を掲げた
- 高木さんは根っこのWhyからHR・IR・PRを同心円状に広げる設計を提案し、社外取締役としても求職者目線から代表に意見している
- 宮下さんは、HR業界が囲い込むキャリアデータを開示し、事実に基づく仕事選びと国の政策づくりに生かしたいと考えている
- 仕事を「ぶつ切り」にでき、出戻りや多様な関わり方を受け入れる会社や地域ほど選ばれると2人は語った





