プロデューサーと経営者、川原卓巳さんの「わらじ」は何足?
ホストの高木新平さんは、川原卓巳さんを、片付けの「こんまりメソッド」で知られる近藤麻理恵さんのパートナーであり、マネジメントを担うプロデューサーとして紹介しました。近藤さんの本は22カ国で1300万部を超え、Netflixなどの番組にも展開されています。
川原さんの仕事の1つ目は、KonMari Media Inc.の経営です。アメリカ法人で日本に子会社があり、2013年頃から続く会社として、シリコンバレー、ハリウッド、日本に拠点を置いて運営しているといいます。
2つ目は、プロデューサーとしての活動です。川原さんは新たにタクミンクという会社を設立し、出版事業、人のプロデュース、地方創生など、日本の面白いものを世界にプロデュースする仕事を始めていて、今は経営とプロデュースが半々ぐらいだと話しています。
さらに川原さんは、オンラインサロンセンス自分らしさ探究室を運営し、設立1年ほどで約1000人が参加しているそうです。加えて、プロデューサー志望やセルフプロデュースを学びたい人向けの、やや高額な「プロデューサーズ」というサロンも「看板のない店」のように営んでいます。
高木さんは川原さんの印象を「おばちゃん力が高い」と表現しました。物怖じせず相手の懐に入り、感情豊かに人を巻き込む一方で、自分らしさのような真正面のテーマを携えて生きるピュアな人だという見立てに、川原さんは「芯を食いすぎていて恥ずかしい」と応じています。
瀬戸内の島から東京へ。こんまりさんとの出会いはエレベーター前
川原さんの出身は、広島県の瀬戸内海に浮かぶ生口島です。18歳のとき「このまま広島で終わりたくない」「自分がなんぼのものか知りたい」という思いから、大学進学をきっかけに東京へ出ました。
東京の大学時代の川原さんは、授業よりもアルバイトや社会での仕事に夢中になっていたといいます。近藤麻理恵さんとは21歳のとき、就職活動のイベント会場のエレベーター前で出会いました。早抜けして帰ろうとした川原さんと、遅れて来た近藤さんのタイミングが重なったそうです。
高木さんが「ドラマっぽい」と反応すると、川原さんは、そのとき交わしたのはただの名刺交換だったと笑います。その後しばらくは友人関係が続き、2012年に再会して付き合うようになりました。
川原さんがこんまりさんの仕事に関わり始めたきっかけは、交際中に聞いた仕事の相談でした。「自分以外にも片付けの仕事ができる人を増やしたい」という近藤さんに、資格にして発行してはどうかと提案し、ボランティアで手伝い始めたのがスタートです。
当時の川原さんはアチーブメント ── 人材教育やコンサルティングを手がける日本の企業。川原さんが独立前に勤めていた会社として番組内で触れられていますで働いており、2012年から13年にかけては、空いた時間に近藤さんを手伝い、休日は一緒に片付けの現場へ行く生活だったといいます。
近藤さんについて川原さんは「職人」だと表現します。ビジネスやコミュニケーションはできるけれど、ときめくわけではない。近藤さんはすべてをときめくかどうかで決める人で、片付け以外を川原さんが担う形になり、2013年にマネジメント会社として独立しました。
なぜ片付けの本がアメリカで70週連続1位になったのか
独立した2013年、川原さんたちはまず資格を発行し、片付けの養成講座を始めました。翌2014年、『人生がときめく片づけの魔法』の英語版がアメリカで出版されます。
英語版はニューヨーク・タイムズのベストセラーリストで1位を獲得し、そこから70週間1位が続きました。高木さんは、片付けの本が日本で売れるのはわかるとして、なぜ文化の違うアメリカで爆発したのかを尋ねます。
川原さんによると、アメリカでの出版はそもそも自分たちが望んだものではありませんでした。アメリカの出版社の編集者リサさんが英語原稿を読み、「これは日本だけでなく世界に伝えるべきものだ」と言ってくれたのが始まりです。
リサさんは当時から、この本は片付けの話ではなく、持っているものから生き方を見つめ直すプロセスだと捉えていたといいます。川原さんは「頭いいやつすげえ」と驚いたそうです。
一方で、川原さんたち自身の熱量は「そこまで言ってくれる人がいるなら出してみよう」程度でした。アメリカに行ったことも暮らしたこともなく、家が広いアメリカ人に片付けは必要ないと思っていたからです。
出版後のPRは地道なもので、書いてくれれば売れるようなライターに軒並み本を送りました。その中の一人が、ニューヨーク・タイムズの敏腕ライターでありながら、机の上がとても散らかっていることで有名なペネロペさんでした。
ペネロペさんはちょうど片付けたいと思っていたタイミングで、山積みの机に届いた『The Life-Changing Magic of Tidying Up』を読み、本の通りに自宅をすべて片付けました。その体験記「Kissing Your Socks Goodbye(捨てる靴下に口づけを)」がニューヨーク・タイムズに掲載され、多くの人に読まれたといいます。
この記事をきっかけに本はランキング1位になり、そこから口コミが続いて70週間、約1年半にわたって1位を保ちました。
編集者の共感
リサさんが原稿を読み、生き方を見つめ直す本として出版を推した
地道なPR
影響力のあるライターに英語版を送った
体験記事
ペネロペさんが実際に片付け、ニューヨーク・タイムズに体験記を書いた
口コミ
記事のヒットでランキング1位になり、70週間1位が続いた
「ときめき」に重なっていった新しい意味
高木さんは、リサさんやペネロペさんのような人たちが自分事として体験し、口コミし、そのたびに解釈が足されていく点が面白いと話します。川原さんも、いろいろな人の人生と交わることで、ただの片付けに意味が重なっていったと振り返りました。
高木さんの整理では、アメリカでも都市部では部屋の狭さや物の多さに悩む人がいて、特に仕事ができる忙しい人ほど片付けたいと感じていました。川原さんも、そうしたニーズはちょうどあったと応じています。
こんまりメソッドは、持ち物を一つ一つ手に取り、ときめくか否かで残すか手放すかを決める方法です。英語に「ときめき」にあたる言葉がなかったため、川原さんたちは「spark joy」という表現を当てました。
身体感覚を使って自分に問うこんまりメソッドを「瞑想的だ」と捉える人が現れ、ヨガ人口の増加や、ジョブズの影響による禅への関心と重なって、瞬く間に広がりました。川原さんは、ニューヨークのヨガスタジオに行けば必ず近藤さんの本が置いてあると話しています。
高木さんは、アスレジャー ── アスレチックとレジャーを組み合わせた言葉。スポーツウェアを日常着として楽しむファッションやライフスタイルの潮流を指しますやマインドフルネスのようなコミュニティと接続したことで、片付けの本が「バイブル」として受け取られるようになったと見ます。
その波はさらに、本を持っていることがおしゃれだという領域へ広がりました。こんまりや片付けの話をすることがトレンドになり、ライフスタイル雑貨店にも本が並ぶようになって、販売チャネルが本屋だけではなくなったといいます。
片付け
ときめくかどうかで物を選ぶメソッド
瞑想
身体感覚で自分に問う行為が瞑想的だと受け止められた
ヨガ・禅
ヨガや禅に関心のある層へ広がった
おしゃれな習慣
持つこと・話すことがトレンドになり、雑貨店にも並んだ
高木さんは、こうした広がりは自走したのか、それとも仕掛けたのかを尋ねました。川原さんの答えは後者で、感動した人が寄せた声を、次のインタビューでその文脈として語る「コールアンドレスポンス」のような動き方だといいます。
ポイントは言い方にあります。川原さんは「こういうことなんです」と言い切るのではなく、「そう言ってくれている人がいます」と伝え続けたそうです。すると受け取った人が「確かにそういうことだ」と納得し、人の解釈で意味が育っていくのだと話しています。
日本では「片付けの変態」、アメリカでは「グル」
こんまりさんの見られ方は、日本とアメリカで大きく違ったといいます。日本のメディアでは、若くて片付けができ、少し毒のあることを言う「片付けの変態」というキャラクターでした。
アメリカでは最初から見た目を一切使わずにPRしたため、人々は本そのものから近藤さん像を想像しました。その結果、近藤さんは最初から「グル」、つまり尊敬される師のような存在として扱われたそうです。
若くて片付けができ、少し毒のあることを言う「片付けの変態」
本から想像される存在として、尊敬される「グル」
Netflix出演後はセレブリティと呼ばれることもありますが、本当に好きな人にとっては心の師のような存在だといいます。アジア人で小柄、黒髪のぱっつんで手を合わせる姿も、ありがたいイメージにつながったと川原さんは話します。
そのうえでNetflixの番組では、近藤さんらしい面白さや人としての存在感を感じてほしいと考え、そうした作りにしたそうです。
Netflix番組化のパートナーはどう選んだのか
ランキング1位が続き、アメリカでは知的な層なら誰もが読んだことがある、知らなければ「もぐり」というほどの空気になったといいます。その頃、複数のテレビ制作会社から番組化のオファーが届きました。
オファーは川原さんたちが雇っていたエージェントが受け、候補を絞り込んだうえで話し合いました。最後の決め手は「一番理解してくれている人」だったと川原さんは話します。
選ばれたのは、ゲイルさんという女性プロデューサーとジャッカルという制作会社です。ゲイルさんは、片付けは人類を次に進めるメソッドだと語っていました。
ゲイルさんの言葉によれば、資本主義社会では人々が物にあふれた豊かさに溺れていて、自分の家も散らかっている。本当は片付けて快適に幸せに生きたいが、そのためには手放す、減らすという違う成長が必要で、それを近藤さんはやっているのだといいます。
この話を受けて高木さんは、コンテンツやブランドと仕事をしたいときは、相手の価値を一度大きなスケールで解釈し、感動を伝えることが大事なのだと学びを口にしました。川原さんは、それが高木さんの言う「ビジョニング」なのかと尋ね、高木さんもまさにそういうことだと応じています。
川原さんは理詰めの理由も挙げました。ハリウッドは顔が見える人たちで作品が作られる村社会で、ゲイルさんは女性のトップ3に入る、誰もが一緒に仕事をしたがる人物でした。そのゲイルさんがそこまで言ってくれたことも大きく、普通に考えれば「超ラッキー」だったといいます。
レッドカーペットで気づいた「すごい人もただの人」
高木さんは、グローバルなセレブの世界やレッドカーペットはどんな場所なのか、アジア人として難しさを感じたのかを尋ねました。川原さんによると、近藤さんは本がランキング1位を続けていた2015年に、雑誌タイムで世界で影響力のある人の一人に選ばれ、二人はニューヨークで初めてレッドカーペットを経験しています。
英語も話せない日本人二人にとって、初めてのレッドカーペットはとても居心地が悪かったそうです。川原さんはバーカウンターで水をもらい、壁の端でたくさんのすごい人たちを眺めていました。
ただ川原さんは「実はミーハー」で、その年に選ばれた人の中から話したい人のリストを、ホテルのメモ用紙に書いてポケットに入れていました。そこで目の前に現れたのが、Airbnb創業者で同世代のブライアン・チェスキーさんです。
川原さんが「Are you Brian?」と話しかけて写真を頼むと快く応じてくれ、チェスキーさんの奥さんが近藤さんの大ファンだったことで盛り上がりました。調子に乗った川原さんは、エマ・ワトソンさんやイーロン・マスクさんのもとへも行き、「マリエって知ってる?」と声をかけて回ったといいます。
多くの人が近藤さんを知っていて、「すごいね、おめでとう」と自然に言ってくれました。川原さんはそこで、アジア人かどうかではなく、成し遂げたことに素直に反応する人たちなのだと感じたそうです。
この体験は、川原さんにとってパラダイムシフトでした。テレビで見るイーロン・マスクさんやスティーブ・ジョブズさんのような人を変人や奇人だと思いがちですが、実際は顔があり、手足で立ち、24時間の中で生きて、会話もできる「ただの人」だったといいます。
すごい人はわけのわからない変人・奇人で、自分とは違う存在
すごい人もただの人で、引け目を感じていたのは自分だけ
引け目やできないという思い込みは自分の中にあるだけで、目指せばなれるかもしれない。川原さんは、そう「勘違い」できたのは2015年にあの場所に行けたからだと振り返っています。
海外に出てわかった、日本の地方に眠る価値とは
高木さんは、海外に移住すると日本に戻るのがばかばかしく感じる人もいる中で、川原さんがいま日本に戻って活動している理由を尋ねました。川原さんの答えは、海外に出て一番わかったのは、逆説的に「日本からでも世界に通じ得る」ということだったというものです。
川原さんは「だって片付けだよ」と言います。日本でベストセラーになっていたとはいえ、特別に変わったものではなかった片付けでも、世界に行くと決めて道を作れば、世界一と言われるタイトルまで取れた。だから第二、第三の例はあり得るし、それだけの価値が日本にはあると信じているそうです。
特に川原さんが挙げるのは、日本の地方にある資源です。地球上のどこを探してもないようなすごい資源があるのに、誰も気づかず、誰も表現していないといいます。
近藤さんが世界で一番知られる日本人と呼ばれるようになったことで、川原さんは日本に関心のある海外の人と話す機会が増えました。彼らは日本の思想や人に強いリスペクトと興味を持っていますが、英語での発信が少なく、情報が取れずにいるといいます。
そうした海外の人たちは、東京・大阪・京都のようなガイドに載る場所はすでに訪れていて、次は載っていない「リアルなジャパン」に行きたいと川原さんに連絡してきます。そのとき川原さんが紹介するのは、決まって地方です。
食も風景も時間の流れも、地方には本当の価値があると川原さんは語ります。県をまたぐたびに違う食べ物と景色と文化があるような場所は、地球上のほかにないのだそうです。
高木さんは、旅行なら色々な場所を巡れるが、輸出するなら片付けのようにシャープに絞る必要があるのではと問いかけました。川原さんは、アメリカにいて勝ち筋が見えているのは明確に「道」と「食」だと答え、話の続きは後編へと持ち越されています。
まとめ
前編では、片付けの本がアメリカで現象になるまでの道のりと、その過程で川原卓巳さんが得た視点が語られました。他者の解釈を受け取り、広げていく姿勢が、熱狂と次の挑戦の両方につながっているようです。
- アメリカでの出版は、編集者リサさんの「生き方を見つめ直すプロセス」という解釈から始まった
- ペネロペさんの体験記事をきっかけに、ニューヨーク・タイムズのランキングで70週間1位が続いた
- 「そう言ってくれている人がいます」と伝え続けることで、片付けに瞑想やおしゃれな習慣という意味が重なった
- レッドカーペットでの体験から、すごい人もただの人だと気づき、目指せばなれると思えるようになった
- 海外に出たからこそ、日本の地方の価値と、道や食に勝ち筋があることが見えてきた



