3人の創業者はどう集まったのか
ファストドクターは、菊池亮さんが一人で立ち上げた会社ではありません。共同創業者は、医師の名倉さんと、マーケティング担当の鯉師さんで、菊池さんを含む3人で創業しています。
名倉さんはもともと救急医で、大学に強く縛られずに働いていた人物です。救急から整形外科へ専門を移したいと考え、一般病院に籍を移して身軽な立場にいました。
菊池さんが事業を考えたとき、まず医療の拠点となる医療法人が必要でした。ただ、菊池さん自身は大学の医局にいて二足のわらじを履きにくく、院長を引き受けてくれる人を探していたといいます。
声をかけた場面は、ダイビング仲間だった名倉さんと沖縄の海に出たボートの上でした。
なんかこういうことを考えてて、で、なんかこういう人を探してるんだけど、やってくれないっていうふうに声をかけたら、いいよみたいな感じで、2つ返事でOKしてくれた。
一方の鯉師さんとは、知人を介した紹介で出会いました。菊池さんにはマーケティングの知識がなかったため、その機能を担う仲間として意気投合し、参加してもらったそうです。
創業は2016年で、準備は2014年ごろから始まっていました。最初は医療相談と救急往診に特化してサービスを始めています。
サービス開始当初の利用者の反応について、菊池さんは「ものすごく反応が良かった」と振り返ります。「こんな制度できたんですか」と驚かれる経験を重ねるうちに、事業がいけると確信したといいます。
業界の「否」が多数派だった時期
2016年ごろから活動を続け、ファストドクターが業界内で知られるようになると、同業者からさまざまな声が届くようになりました。必要なサービスだという肯定的な声もあれば、本来の往診の使い方ではないという批判もありました。
賛否の比率を尋ねる高木さんに、菊池さんは「否の方が多分多かった」と答えています。その理由として、医療が規制産業であり、レガシーな業界で新しい文化が入りにくいことを挙げました。
反発を最も身近に感じたのは2017年から2018年ごろです。菊池さんは2019年ごろから、自ら発信してステークホルダーに理解してもらう取り組みに本腰を入れ始めました。
「潰されそうにならなかったか」という問いに、菊池さんは何度もあったと答えます。経済的に潰れそうになったことも、批判で潰れそうになったこともあったそうです。
でもやっぱり医師会の先生からストレートにご指摘受けたりとか、あとは厚労省から直接ストレートにご指摘受けたりとかですね。
高木さんが「ご指摘」が会社のピンチになり得ることに驚くと、菊池さんは医療が社会保障であることを説明しました。厚労省 ── 厚生労働省の略称。医療、福祉、年金、労働などを所管する国の行政機関ですの課長通知ひとつでルールが大きく変わるため、そうしたリスクを常にはらんでいるといいます。
業界の人を仲間にする、泥臭い対話
高木さんは、ファストドクターの動画やnoteでの発信が丁寧だと感じていました。その発信の大きな目的は業界の人を仲間につけることではないか、という問いに、菊池さんは「本当にその通り」と応じています。
菊池さんが挙げるステークホルダーは、患者、開業医、医師会、病院の医師、消防救急、厚労省などです。それぞれにとってファストドクターのサービスがどんな意味を持つのかを、わかりやすく伝える必要があるといいます。
伝えるだけだとやっぱりダメで、実績もちゃんと示していかないといけないんですよ。
菊池さんは、自社の取り組みの根底を「ボトムアップでの政策提言」に近いものだと表現します。地域医療の現場での実績をエビデンスとして示し、政策に生かしてもらう動きです。国の制度だけでなく、自治体の医療政策に深く関わる医師会の理解も欠かせないと話しています。
高木さんは、かつて機能したシステムが人口減少で機能しなくなっても、作ってきた側には自己否定のようで受け入れにくく、その岩盤が特に強いのが医療ではないかと問いかけました。菊池さんの答えは「上り方は分かってきた」というものでした。
菊池さんが2019年ごろから続けてきたのは、大学と共同研究をしてエビデンスを出すことと、ステークホルダーへの丁寧な説明です。特に泥臭いのが、医師会に多い開業医への個別のアプローチでした。
開業医の先生のリストをバーッと並べて、で、一人一人お電話かけて。帝京大学に勤めてる菊池という者なんですけれども、ちょっとご意見交換させてもらえませんかっていうのをテレアポして。
菊池さんによると、こうした開業医との意見交換だけでも何百施設に及んだそうです。高木さんが「根回しですね」と言うと、菊池さんは少し違う言葉を選びました。
(根回しというより)お互いの意見が一致するところを何か理解する作業って感じなんですかね。
菊池さんが伝えている本質は何年も変わっていません。変えてきたのは、ステークホルダーごとの文脈に合わせた表現の仕方です。そうした効果が見え始めた頃にコロナ禍が来て、わかりやすい事例として理解が進んだと菊池さんは振り返っています。
壊すのではなく、中に入ってアップデートする
凝り固まった業界の常識を変えるうえで大事にしている考えを聞かれ、菊池さんは既存の医療システムとの向き合い方を挙げました。
菊池さんは、今ある機能はどうせなら生かしたほうがいいと考えています。高木さんの「リノベーションしてるみたいな感じ」という言葉にも、「そうかもしれないですね」と応じました。
菊池さんが挙げた例は、オンライン診療です。どれほど良いオンライン診療サービスを地域に投げ込んでも、それだけでは地域の医療は良くならないだろうといいます。
患者の医療体験は、地域の医療機関、介護サービス、生活サービスなどとの連携で成り立つ、というのが菊池さんの見方です。一気通貫で提供できるプレイヤーがいない以上、地域に入ったときにどんな機能を担うかを意識して作ることが大事だと話しています。
新しいサービスを外から持ち込む。単体では地域の医療体験が良くなりにくい
既存の機能を生かし、地域の医療機関や介護・生活サービスと連携して役割を担う
医療業界は芸術家に近い?
高木さんは、医療の世界には賢い人が多く、みな課題を感じているのに、なぜ多くの人にはできず菊池さんにはできたのかと問いかけます。高木さんは菊池さんが学生時代に打ち込んだブレイクダンスを冗談めかして挙げ、場を和ませました。
結構なんか医療業界ってすごくそのなんか社会と隔絶された世界だっていうふうに思っていて、結構なんか芸術家に近いと思うんですよ。
菊池さんによると、医師は医療機関の中でヒエラルキーの上にいて、学び方も狭く深くなりがちです。そのほうが心地よいため、自分の専門を理解できる人だけと議論するようになり、コミュニケーションの幅が狭まっていくといいます。
菊池さんは、アナログな環境にいると、ソリューションを使えるというインプットがなく、発想自体が生まれないと指摘します。だからこそ、視野を広げて俯瞰して課題を眺めることが大事だと考えています。
考えが生まれない環境にどうしてもい続けてしまうと、それで終わってしまう人が多いかもしれないですね。
一般のビジネスパーソンは、さまざまな領域の人と触れ合う中で刺激を受け、起業家精神を育てることがあります。菊池さんは、医療業界にもそうした風を吹かせることが大事なのかもしれないと話しました。
高校受験の失敗が「亜流に立つ勇気」をくれた
高木さんは、菊池さんが起業できた理由について、高校受験に失敗した経験があるからではないかという仮説を出しました。医師になる人には受験で失敗しない人が多く、亜流の側に立った経験が少ないのではないか、という見立てです。
だからそっち側に立つ勇気がないんじゃないかなと思って。
医療の世界では医療法人が普通で、株式会社でやることは亜流にあたります。高木さんは、一度でも亜流に立てば大したことではないと気づけるのに、そこに行けないのは、一流企業で育った人が年を重ねてから起業できないのと近いのではないかと話しました。
菊池さんはこの仮説に「それはあるかもしれない」と答え、医師の世界の医局 ── 大学病院などで、診療科ごとに医師が所属する組織。人事や派遣先の決定にも強い影響力を持ってきました文化に触れます。ローカルなコミュニティから抜け出しにくく、外と触れ合う機会が遮断され、気づけばその視点から抜け出せなくなる構造があるといいます。
菊池さん自身の転機は、2013年と2014年に臨床現場で感じた強烈な違和感でした。20年後の自分を考えて目の前の部長や大学病院の教授を見たとき、それが自分のやりたいことなのかと疑問を感じたそうです。
そこから菊池さんは、今月はこの業界の人と会うと決めるなど、意識的に外の世界と触れ合い始めました。その中で、起業家精神を持つ医師にも出会い、こういう自己実現もあるのだと理解していきます。
これまでは大学の教授、一般病院の部長、開業みたいな、もう見えてる世界しかなかったんだけど、意外と自分の未来って開かれてるんだなっていうのに、その医者4年目ぐらいのタイミングで気が付くことができた。
高木さんは、画一的な環境にずっといたのではなく、多様な人たちの中で面白かったという経験があったからではないかと受け止めます。菊池さんは、若かったから多様性を受け入れられたが、年を取ると共通言語の合わない人との交流は疲れるものだと応じました。
高木さんが「馴染みの店しか行きたくなくなる」と笑うと、菊池さんは、刺激を受け入れられる環境や文化づくりが、今後の医学教育でも大事かもしれないと話しています。菊池さんは、こうした発想を広げるのは自分のような人間がやらなければならないとも語りました。
菊池さんは翌月、富山の学生向けに講演をする予定だといいます。こういう生き方をどう広めていけるかは、人生の楽しみとしてモチベーションを感じていることだそうです。
多分その医師のライセンス。持っていることの価値っていろんな生かし方があるんだよっていうところは伝わるといいなっていうふうには思ってますね。
医師のライセンスは「パスポート」になる
高木さんは、医師以外が純粋に医療スタートアップを立ち上げるのは難しいと指摘します。業界構造を知らず、関係者へのアクセスもなく、語る説得力や専門知識もないからです。その点で、医療ライセンスはある種の特権だといいます。
菊池さんも、閉ざされた世界の中を知っているかどうかは大きいと応じました。これから注目される医療の生産性向上は、現場のオペレーションを知っているかどうかに直結し、それは医療従事者でなければ知りえない部分だといいます。
見えない課題って当事者でないとわからないので。だからこれからやっぱり日本を良くしていくっていうところに向けては、やっぱり現場の医療従事者が立ち上がる必要があって。
菊池さんの話は、医療従事者が立ち上がるまでの道筋として整理できます。
当事者だけが知る課題
医療の生産性やオペレーションの課題は、現場にいないと見えない
医療従事者が立ち上がる
日本を良くするには、現場の人が動く必要がある
視点を持つ人を増やす
そのためには外の視点を持つ人を増やす
若いうちに刺激に触れる
その大切さを伝えていく
これを聞いた高木さんは、医療ライセンスをパスポートにたとえました。閉じた「医療という国」に入れる権利であると同時に、パスポートだから外にも出られる、というイメージです。
その医療っていう国があって、そこが閉じてて、そこに行ける権なんだけど、パスポートだから外にも出れて。
高木さんは、外に出なくてもそれはそれでいいが、外へ出ればもっと多くのことに気づける、と続けます。菊池さんも「確かにそこは本質かもしれない」と応じました。
高木さんは、起業本やビジネス書の方法論をコピーしても同じことはできず、その人の根っこにあるものが本質だと話します。菊池さんの場合は外の世界と触れ合う経験が積み重なり、世の中の課題や時流、株式会社というフォーマットと結びついたのではないか、というのが高木さんの見立てです。
外へはみ出す医師をマジョリティにする
感想を求められた菊池さんは、こうした掘り下げ方のインタビューは多くなく、自分を省みる機会になったと話しました。医療は一人で何とかできる産業ではないため、若い人に向けた発信をもっとやらなければならないと改めて感じたといいます。
高木さんは、今の認識を持つ人たちが価値観を変えることはほぼなく、新しい価値観を持つ人がマジョリティになったときに仕組みが変わるのではないかと語ります。そのうえで、人口動態と戦う医療には、外にはみ出していく医師の比率を増やす戦いがあると話しました。
菊池さんはこれを、前編で高木さんが尋ねた「今のファストドクターに欠けている部分」への答えのひとつだと受け止めました。
菊池さんが整理した柱は2つです。1つは実績を作ってエビデンスを残し、政策提言につなげる動き。もう1つは、外に出ていく医師をマジョリティにすることです。
高木さんに「今言語化された感じですか」と聞かれ、菊池さんは「今言語化されました」と答えています。
やっぱりなんか僕は挑戦って新しい文化を作ることだっていうふうに思ってるんですけど、やっぱり新しい文化を作るためには多数派をどうしていくかっていうところに尽きるとは思うので。
菊池さんは、医師のコミュニティづくりや、医師をビジネス側に育成する最近の取り組みも、振り返ればマジョリティを作る動きだったと話します。目的を言語化できていなかったが、今は腑に落ちている、と語りました。
高木さんが見た「挫折を知るエリート」
収録の最後に、高木晋平さんは菊池亮さんと他の人との違いを「挫折を知っているエリート」という言葉でまとめました。
高木さんによれば、菊池さんは両親とも医師の家庭に生まれ、小中一貫校に通ったエリートです。ところが高校受験に失敗し、地方の私立高校で多様な人たちやダンスに触れました。
高木さんは、挫折して別の道に行ったまま戻らない人も、挫折を知らず優秀に生きる人もいる中で、菊池さんは挫折を経て医師の世界に戻ってきた点に注目します。その経験が、医療の外にも世界が広がっているという想像力になったと高木さんは見ています。
夜間診療とかって、多分医療の世界でいうとすごいある種亜流なんだと思うんですよ。
高木さんは、夜間に困っている人たちがいるという想像力は高校時代に育まれ、その痛みや目線を知るからこそ医療業界にメスを入れられたのではないかと語ります。同時に、医師という肩書きがなければできなかったことでもあり、そこに菊池さんの強さとしなやかさがあると話しました。
高木さんは、医療が一部の人に閉じず、広い社会に必要とされるインフラとして持続可能になっていくことを、菊池さんならできるのではないかと締めくくっています。
まとめ
菊池亮さんの話からは、医療を外から壊すのではなく、中に入って機能させ、関係者と意見の一致点を探りながら変えていく姿勢が見えてきます。その原点には、医局の外の世界に触れて「自分の未来は意外と開かれている」と気づいた経験があり、対話の終盤では、外へ出る医師をマジョリティにするという目標が言語化されました。
- 共同創業者は、ダイビング仲間の医師とマーケティング担当の2人で、創業は2016年
- 業界の反発に対し、実績・エビデンス・何百施設との意見交換で理解を広げてきた
- 変革の考え方は「壊してアップデート」ではなく「中に入って機能してアップデート」
- 医師ライセンスは閉じた医療の世界に入れて、外にも出られるパスポートのようなもの
- 新しい文化を作るために、医療界の外に出ていく医師をマジョリティにしていく






