好奇心があふれる経営者は、なぜ5つの事業を1社で抱えるのか
高木さんは、会社経営では現実的にシナジーや結果が求められる一方、松本さんの好奇心はラクスルという1社には収まらないのではないか、と問いかけます。
なんかまさにその好奇心がすごく溢れ出してしまうので、
松本さんによると、ラクスルのビジョン「仕組みを変えれば世界はもっと良くなる」には、あえて「印刷」という言葉を入れていません。藤田晋さんの著書『渋谷ではたらく社長の告白』にある「21世紀を代表する会社を作る」という言い方に倣い、領域を特定しないことで自由度を担保しているといいます。
その結果、今のラクスルは印刷のラクスル、物流のハコベル、テレビCMのノバセル、買収した段ボールのプラットフォーム、ダンボールワン、新しく始めたコーポレートITのジョーシスという、互いに距離の遠い5つの事業を抱えています。
比較的距離の遠い5つのことをやってるんですけど、そういう会社でいいやというふうに割り切ってて。
松本さんがこうした会社のあり方で一番大事にしているのは、各事業を担う人のモチベーションです。例えばノバセルでは、CEOの田部さんが事業に強いモチベーションを持っているといいます。
松本さんが目指すのは、いろいろな人がヒーローとしてスポットライトを浴び、主役になれるプラットフォームです。そのうえで松本さん自身も起業家として、その中のプロジェクトの1つを先頭に立って進める立場でいたいと話しています。
「強くてニューゲーム」より、1つの会社の中で新しいことを
2009年に起業して13年が経ち、松本さんの周りでは多くの起業家仲間が会社をExitしているといいます。経済的にも事業的にも成功しているのに途中で降り、そしてもう一度起業するのです。
松本さんは、こうしたシリアルアントレプレナー ── 連続起業家。会社を立ち上げて売却や上場で手放した後、また新たに会社を立ち上げることを繰り返す起業家のことの再挑戦を「強くてニューゲーム」と呼びつつも、組織や顧客、ブランドをゼロから作り直すことになるため、複利が効かないと見ています。
結局なんかその1回辞めて新しいことをやるくらいだったら、新しいことをその会社の中でやり続けた方がいいんじゃないかっていうことで。
松本さん自身が今手がけているジョーシスは、起業するのと同じくらいゼロから作っている事業で、スタッフの7〜8割がインド人のグローバル企業だといいます。外で起業してもよいところを、ラクスルというプラットフォームの中でやることで、よりレバレッジが効くという考えです。
2つの選択肢を、松本さんの話をもとに整理すると次のようになります。
組織・顧客・ブランドをゼロから作り直すため、それまでの蓄積の複利が効かない
ラクスルというプラットフォームの中でやることで、よりレバレッジが効く
「30年辞めない」という自分ルールは何をもたらすか
高木さんは、松本さんが以前語った「30年経営する」という言葉に感銘を受け、自分の誓いにしているといいます。短期間で終わる会社より、長く続く会社のほうがブランドとして残り、世の中に影響を及ぼしていると感じているからです。
なんかやめたくなる瞬間って、どんな起業家も経営者もあるんですよね。で、なんかその時にやめない一番いい方法は、やめないって決めとくことって。
ただし松本さんは、役職へのこだわりはまったくないと話します。セルゲイ・ブリンやラリー・ペイジがエリック・シュミットを招いたように、より優秀な人がいれば代表を降りることはあり得るとし、それでもファウンダーであることは変わらないと考えています。
松本さんが30年という時間軸にこだわる理由は、「仕組みを変えれば世界はもっと良くなる」の後半部分にあります。仕組みを変えるのは最初のアクションにすぎず、世の中のみんなが使うインフラになるまでには、3年や5年ではなく20〜30年かかるという見立てです。
松本さんは、30年辞めないと決めることには、組織に対する意味もあると続けます。いつ辞めるかわからないリーダーには、どれだけ優秀でもついていきにくく、辞めないこと自体が求心力になるという考えです。
何か大きな決断をしないといけない時に、多くの人がノーって言うことに対してイエスって言うには、やっぱりあと30年この会社に責任を負っているのは自分だからっていう、
松本さんの話から、30年ルールの効果を整理すると次のようになります。
迷いを断つ
辞めるという選択肢を最初から頭に浮かべないようにする
求心力になる
いつ辞めるかわからないリーダーより、ついていきやすくなる
決断の自信になる
多くの人がノーと言うことに、責任者としてイエスと言える
富山にはDXではなく「食」で呼べば来る?
高木さんは、松本さんに連れられて以来、松本さんの地元である富山に仕事として関わっています。そのうえで、松本さんはDXの講演には行かないが、食や美術のテーマなら行く、と県庁の人によく伝えているそうです。
松本さんはその見立てを認め、高木さんのように仕事として関わるからこそコミットを長く続けられるのだと評します。一方で松本さん自身は「好奇心ドライブ」だと話します。
DX興味あるんですけど、ただ富山県はDXよりも観光と食だろって。うまい飯と綺麗な自然っていう、こっちの方がいいよなと思ってるんで。
松本さんによれば、DXはどの県にもあるテーマですが、富山の食と観光は個人的に大好きで、世界に誇れるものだからパッションを持てるといいます。逆に、みんながやっているからうちもやろう、という取り組みは嫌いだと話しています。
松本さんは、ワクワクすることや素敵な人に時間を使いたいと語ります。例に挙げたのは長野のISAKの小林さんで、気づけばものすごく巻き込まれるものの、そうしたリーダーを支えるのは心地よいといいます。
人がいないものがあんま好きじゃないかもしれないですね。
4番打者ばかり揃えても、いい会社にはならない
リスペクトする経営者を尋ねられた松本さんは、『1兆ドルコーチ』で知られるビル・キャンベルの名前を挙げます。スティーブ・ジョブズ、エリック・シュミット、ラリー・ペイジらの師匠とされる人物です。
松本さんは、チームを野球にたとえます。上場しているコンサルティング会社には優秀な人がたくさんいても、それほど大きくなっていないという例を挙げ、4番打者ばかり揃えてもいい事業にはならないと話します。
やっぱりいろんな人がいて、その人たちがその商品を作って、サービスを作って、それを提供していって、
松本さんにとって会社経営で一番重要なのは、いろいろな人が気持ちよく働き、チームとして価値を作ることにやりがいを見出せる場を作ることです。それを最もうまくやった人として、会ったことはないものの、ビル・キャンベルを心の中の師匠だと語っています。
日本の会社は「マネジメント」をしていない?
高木さんが、ジョブディスクリプション ── 職務記述書。そのポジションで担う業務内容や責任、求められるスキルを明文化したもので、欧米企業の採用や評価で広く使われていますを明確にすることと人をエンパワーすることの関係を尋ねると、松本さんは「基本一緒」だと答えます。職務が不明瞭だと働く側はつらく、明確になれば何をやるべきか、その奥の目的、衝突の解決方法まで見えてくるからです。
そのうえで松本さんは、日本の多くの会社はマネジメントをしていないという仮説を示します。「現場は強いが上がダメ」とよく言われるのは、現場のノリで組織を率いてしまっているからだという見方です。
やっぱ勉強しないと、あの、いい組織って作れないんですよ。
松本さんは前年の11月にアメリカへ行き、ハーバードビジネススクールのエグゼクティブクラスで報酬委員会のクラスを受講しました。そこには世界各国から、なりたての大企業CEOが集まっていて、イギリス最大の海運会社のCEOもいたといいます。
松本さんは、日本の経営者が社長就任後にこうした場で学ぶことは少なく、むしろ若い人を行かせる傾向があると指摘します。世の中が蓄積してきた知見を学び組織に生かすことを、日本の会社はあまりしていないことが、経済の停滞につながっていると考えています。
一方で、柳井正さん、孫正義さん、三木谷浩史さんらは、人に会い本を読み、ものすごく勉強しているといいます。経営は肌感覚や天才的センスではなく、長年の研究とトライアンドエラーで築かれたプラクティスの上に成り立つ、というのが松本さんの考えです。
松本さんの話をもとに、日本と海外の経営の進め方の違いを整理すると次のようになります。
蓄積された知見を学び、目の前の課題と組み合わせてオリジナルなものを作る
前の社長のやり方を少し変える、蓄積の上の連続改善にとどまる
高木さんは、自分が考えていたジョブディスクリプションも狭いものだったと気づき、アップデートしない日本の組織の景色が浮かんだと話しています。
働かず、学ばず、アップデートしない国の行方
松本さんは、日本人は一般的に勉強量が少ないと続けます。日本語にはもう情報が入ってこなくなっており、英語圏に蓄積された知見を直接取りに行かなければ、全体の1割にも届かないという見立てです。
さらに松本さんは、最近のデータとして、日本人の労働時間がOECD ── 経済協力開発機構。主に先進国が加盟する国際機関で、各国の労働時間や生産性などの統計を比較・公表していますの中で最も少ないと紹介します。
本当に国民全体がゆとりになっちゃってて、
スペインのシエスタよりスペイン人より働かないんですよ。生産性も低い。
長時間労働のイメージを持つ高木さんに対し、松本さんはそれを否定し、生産性を気にしないこと自体が問題だとします。松本さんの話の因果を並べると次のようになります。
生産性が低い
生産性を気にしない働き方が続いている
働く時間が短い
OECDの中で日本人の労働時間は最も少ない
能力をアップデートしない
学ぶ量が少なく、英語圏の知見も取りに行かない
国が衰退する
松本さんは「ほぼ滅亡ルート」に入っていると見る
松本さんは、このルートから抜け出すには学んでいくしかなく、学びを取り入れて会社を変えていくことが必要だと話しています。
20年後に日本が一気に変わる、と考える理由
高木さんが、何が変化のセンターピンになるのかと尋ねると、松本さんは「実は一個希望を持っている」と答え、20年後ぐらいから日本が一気に変わるのではないかと語ります。
松本さんが根拠に挙げるのは教育です。日本の教育に幻滅した親が子どもをインターナショナルスクールに通わせ、アメリカやイギリスに送る流れが生まれているといいます。かつての帰国子女の多くは、親の仕事の都合で海外に行った人たちでした。
保育園とか小学校でも今インターすごい増えてて。中学校、小学校もできると、中学校ができて、高校ができて、大学海外に行くみたいな。
松本さんによると、同じことは多くの新興国で起きてきました。韓国、海外から戻った「海亀」が発展を作った中国、インドネシア、インドなどでは、アメリカやイギリスで教育を受けた人が戻ってリーダーになるルートがあったといいます。
僕とかもう絶対子供を行かせたくないですもん、日本の大学に。
松本さんは、日本の教育ではリーダーシップや社会への責任を培う教育がなされていないと考えています。松本さんが描く変化の流れは次のとおりです。
親が幻滅する
日本の教育に満足できない親が増える
教育が外へ出る
インターや海外の学校で学ぶ子どもが増える
海外帰りが増える
今の子どもたちが大人になり、海外で学んだ人が社会に戻る
社会が変わる
経済や政治が大きく変わっていく
高木さんも、今のZ世代は英語力や情報源がまったく違うと感じており、その差がよりドラスティックになれば、別人種のようになっていくのかもしれないと応じています。
先進国で最も貧しい国から、希望の種は生まれるか
松本さんは経済面にも触れます。日本は所得に対する購買力が落ちており、最新のiPhoneを毎年買い続けるのは今の日本ではきつい一方、アメリカ人やドイツ人は普通に買えていると指摘します。
松本さんは、今の日本は先進国で最も貧しい国になっていると話します。外資の給料がいいのは、日本が相対的に貧しく、海外の普通の給料のほうが高いからだという見方です。
そうなると日本で働くインセンティブが減り、外資へ行くために英語を頑張る人が増えるといいます。松本さんは、これは韓国で起きたことだと述べています。
高木さんが「リープフロッグ ── インフラが未整備な国が、段階を飛び越えて一気に最新技術を普及させる現象。固定電話を経ずに携帯電話が広がった例がよく挙げられます現象の逆」と表現すると、松本さんは同意し、それが再びリープフロッグを生み、その世代がイノベーションの種を作るのではないかと語ります。
すごい悲観シナリオじゃなくて、希望にあふれて。
松本さんは、自分たちの世代でも起業する人が増えていると続けます。一度起業すると社会のドグマのような要請から解放されて自由になり、髪を緑にする人も出てくると笑い交じりに話しています。
その正しい答えを言うことではなくて、考えを持ってアイデアをシェアしていくことがやっぱり足りてないと思ってて。
松本さんは、自分のアイデアを発信することにためらいのない人が増えてきており、その流れが加速していくのではないかと見ています。
30代が社会の中心になる日と「当事者」の時代
高木さんは、20年後には堀江貴文さんの世代が60代となり、意思決定層の下に新しいOSを持った20代、30代がたくさんいれば社会は変わるかもしれないと話します。それに対して松本さんは、中心は50〜60代ではなく30代になると答えます。
松本さんは、マクロン氏が40歳ほどで国のトップに就いたことや、ラリー・ペイジが25歳ほどで起業したことを挙げます。約15年前のGAFAのCEOの平均年齢は35歳ほどで、それでもソニーより大きな10兆円規模の企業を率いていたといいます。
年を取るといい仕事ができる。若いといい仕事ができない。これ嘘であるどころか真逆だと思ってて。
松本さんは、若くないとアップデートできないのに、若くない人がトップにいることで変化が起きない「順番待ち」が日本の大きな問題だと指摘します。今後は30〜35歳の人がラクスルの10倍ほどの会社を作り、経済や政治の中心で意思決定していくと見ています。
高木さんが、上の世代はエリック・シュミットのように若い人の挑戦を応援する関わり方が理想ではないかと問うと、松本さんは、若い人は基本的に勝手にやっていくと答えます。
どれだけ国がスタートアップだって言っても、言おうが言おうまいが全く変わらないと。当事者なんですよね、結局は。
高木さんは、20年後を考えたことはなかったが急に希望が湧いてきたと話し、今の政治を見ると絶望しそうでも、20年後をベースに希望を感じて生きていきたいと対談を締めくくりました。
収録後、高木さんは松本さんのメタ認知能力の高さを挙げ、仕組みや型といった構造に気づく力こそ経営者に重要な資質だと振り返っています。日本人の多くがマネジメントを知らないという指摘をクリティカルだとしつつ、20年後の日本に希望を見る点も松本さんらしいと述べました。
まとめ
松本恭攝さんは、好奇心を1つの会社の中で生かし、30年辞めないと自分を縛ることで、社会のインフラを作るインパクトを目指しています。日本の学ばないマネジメントや購買力の低下に強い危機感を示しながらも、教育の変化と若い当事者の台頭によって、20年後の日本は一気に変わると希望を語りました。
- 好奇心を外での再起業ではなく、ラクスルというプラットフォームの中で生かし、レバレッジを効かせている
- 「30年辞めない」というルールは、迷いを断ち、求心力と決断の自信を生むものだと松本さんは考えている
- 日本の多くの会社はマネジメントを学ばず、前任者のやり方の連続改善にとどまっているという問題提起
- 海外で教育を受けた世代が戻り、30代が中心となる20年後の日本に、松本さんは希望を見ている
- 変化を起こすのは支援者ではなく当事者であり、その当事者はこれから増えていくと松本さんは見ている





