61歳で一人YouTube?遠山さんが教えた「自分のための表現」
家入一真さんが最近響いた対談として挙げたのは、スマイルズの遠山さんとの対話です。長く付き合いがありながら、ちゃんと話したことがなかった2人が、家入さんの生い立ちや経歴をじっくり話す回だったといいます。
その対談で家入さんは、もともと芸大に行きたかったこと、結果的に起業したこと、表現者にずっと憧れと嫉妬があったことを話しました。すると遠山さんから「家入くんも表現したらいいじゃん」と返されたそうです。
僕にとって、起業とかいろんな活動を立ち上げるとかが、ある意味表現に近い部分があったから、そうやって自分も納得させてた。
家入さんにとって、今から個人で物を作る表現活動は、頭ではわかってもいまひとつピンとこないものでした。そこに遠山さんは、表現に正解はなく、売れるか売れないか、評価されるかされないかではなく、自分のために作ればいいと伝えたといいます。
遠山さん自身も「新種の老人」というYouTubeを撮っています。家入さんによれば、遠山さんは撮影も編集も音入れもテロップも一人でこなし、その過程で動画編集ソフトの使い方を覚え、音楽を作り、再生回数を伸ばすためにYouTuberにも相談しているそうです。
(遠山さんは)61歳だったかな。なんか60歳になって新しいことをやる。
家入さんも高木さんも、遠山さんの動画を見る側には「何をやっているんだ」という感覚があったはずだと率直に語ります。高木さんは「この朝ごはん食べてるシリーズって何なの」という印象を口にしています。
いや、何今更こんなことやってんだとか思われてるのはわかってると。だけど(遠山さんは)自分のためにこれを立ち上げたみたいな。
高木さんは、スマイルズの事業はセンスが高く、多くのクリエイターが関わる仕組みの中でクオリティが保たれていると指摘します。そうした仕事をしてきた人ほど、アマチュアとして作る自分の作品のクオリティが追いついていないことがわかり、外に出すには勇気がいるはずだといいます。
それでもあえて自分の手でクラフトするのは、手触り感やプロセス、自分の納得感のほうが大事だからではないか。高木さんのこの読みに、家入さんは「そうそう」と強くうなずいていました。
いい恥・悪い恥を考えた時点でアウト?
遠山さんとの対談で家入さんの心に残ったもう一つの言葉が、いろいろ言われるのはわかったうえで、それでも恥をかくことをしなきゃいけない、というものでした。家入さんはそこで、自分は最近恥をかいたかと考え込んだといいます。
なんだろう、うまいこといろいろやろうとしすぎてないかって。ちょっと喋りながら思ったんで、自分のことをね。
家入さんは、自分はカッコつけたりスマートにやろうとしたりするタイプではないとしつつも、最近の活動や行動を振り返ると、恥ずかしかった、恥をかいたと言えることはないと気づいたそうです。
同じ問いを向けられた高木新平さんは、世の中的な恥は減っているかもしれないが、会社では定期的にやらかしていると答えます。そのうえで「どういうのがいい恥なんですかね」と聞き返すと、家入さんから鋭い返しが来ました。
いい恥悪い恥考えてる時点で。
なんか上手に転ぼうとしてる。
2人は、うまく恥をかこうとすること自体が「上手に転ぼうとしている」状態であり、思いっきり転ぶことが大事だという点で一致します。家入さんの考える恥とは、やったことがないことをやること、そして外から「なんでこんなことを始めたんだ」「痛いな」と言われるくらいのことです。
「どこ目指してんの?」という質問の正体
家入一真さんは、恥の具体例として、2年前から始めたキックボクシングの話をします。直近の1〜2か月は行けていないものの、それまでの家入さんを知る人からすると、イメージがまったく違うものだったそうです。
家入さんによれば、周囲からはまず「何事も続かない、すぐ飽きる人」と思われていて、そのうえ体を動かす系や格闘技とは無縁のイメージがありました。キックボクシングをやっていると話すと、決まって「どこに行こうとしてるんですか?」と聞かれたといいます。
家入さんは、この「どこ目指してんの?」という質問の意図を考えさせられたと話します。行き着いたのは、質問は相手の不安の裏返しではないか、という解釈でした。
要は自分の知ってるお前がどこか遠くに行こうとしてるっていう、なんかその不安の裏返しなのかなっていうふうにも思うわけ。
高木さんも、その焦りや不安から聞いていて、「別に変わんないよ」と言われたら安心するのだろうと応じます。家入さんは、周囲の不安を掻き立てるということは、裏を返せば新しいところへ行こうとしている証拠でもあると続けます。
家入さんが「どこ目指してんの?」という質問から恥を捉え直した流れは、次のように整理できます。
意外な行動
飽きっぽく格闘技と無縁と思われていた家入さんがキックボクシングを始める
周囲の質問
「どこに行こうとしてるんですか?」と聞かれる
質問の裏側
自分の知る相手が知らない世界へ行ってしまう寂しさや不安
恥の正体
身近な大多数が不安になるような行動こそが、恥をかくことにつながる
差別化戦略で生きてきた人に足りない「基礎」とは
高木新平さんは、家入さんの話を受けて、最近しみじみ感じていることを語ります。それは、自分が「人生差別化戦略」で生きてきすぎた、という反省です。
同質化することの価値っていうものを全て棄却して生きてきたんですよね。
高木さんの会社が組織になろうとする中で、大きく動かそうとすると、システムや礼儀、マナー、挨拶といったみんなの共通項が必要になります。しかし高木さんは、そうした基礎をある意味で否定して自分のポジションを作ってきたため、基礎がなさすぎると感じているそうです。
この点を指摘したのは高木さんの妻でした。高木さんは自身の障害のこともあり、飲食店などのサービス業でアルバイトを一度もしたことがなく、大企業も経験していません。そのため、接客やマナーのような、多くの人が共通して持つ振る舞いを獲得していないというのです。
妻からのアドバイスは、コンセプトを作るような「空中戦」が通用しない世界に行け、というものでした。飲食の接客や、酪農・農業のように「手を貸せ」「地域の人に挨拶しろ」と言われる世界で、頭脳戦だけでやっている自分の範囲がいかに狭いかを思い知ったほうがいい、という内容です。
家入さんは、高木さんがクラブハウスで活動していた2年ほど前、次に何をすべきか悩んでいた頃からこの話をしていたと振り返ります。高木さんは、根本はまだ変わっていないとしながらも、会社を大きくすると決めて体制を変えたと話します。
まあ経営メンバーとか含めてこう怒られる回数増えてる気してて、最近。そこだよみたいな感じで。
怒られているのは高木さん本人で、「会社のボトルネックはお前のそこだ」と言われるほどだといいます。高木さんはそれを良い変化と受け止め、自分の足りないところに向き合い続けるモードになっていると語りました。
クリエイティブディレクターと経営者、肩書きの使い分けが逃げになる
高木新平さんは、家入さんの「恥をかいていない」という話を聞いて、自分もまだ守っているかもしれないと感じたそうです。高木さんが挙げたのは、クリエイティブディレクターとしての自分と、経営者としての自分を「うまいこと使い分けている」ことでした。
高木さんによれば、経営者としてこう振る舞うべき場面や期待される場面があっても、「自分はそういう経営者じゃないから」と言えてしまう。その使い分けが、ごまかしにつながっているといいます。
高木さんがこれに気づいたのは、再生建築研究所の上井元さんを見ていたときでした。建築家の自分と代表の自分をうまく使い分けていて、社員がひどく混乱しているように見えたそうです。家入さんも「社員が混乱するのか」と反応しています。
なんか経営者だけになっていくと、多分おもんない人間になっていくと思うんですよ。あんまり良さも生きないし、よりそれがうまい人はいるだろうから。
一方で高木さんは、経営者として成長しようとするときに「自分はこういうタイプだし」と、もう一方の顔を言い訳に使ってしまうと話します。それは「自分の会社は特別だ」と思い込む感覚にも近いのかもしれない、と高木さんは語っています。
代表なのに社畜?妻の一言から始まった個人発信
高木新平さんは、さらに昔に妻から言われたことも明かします。会社を立ち上げてから2〜3年はがむしゃらに働き、家入さんの選挙を手伝ったあとは、SNSの発信もしなくなっていたそうです。
会社を1年で辞めていた高木さんは、自分はちゃんと仕事をしてこなかったと感じ、泥臭い制作の仕事に打ち込んでいました。そんな2年目ごろ、妻から「お前は会社の社畜か」と言われます。気がつけば、SNSで会社のことしか発信していなかったのです。
妻の指摘は、広報ならともかく、代表である限り新しい広がりを作らないと、会社の器が現在の業務に閉じていく、というものでした。家入さんを見てみろ、会社の宣伝をしつつ個人のことも発信している、あのバランスでやれ、と言われたそうです。
高木さんはそこからnoteを始め、改めて個人として発信するようになりました。この変化を整理すると、次のようになります。
がむしゃらに働き、SNSでは会社のことしか言わない「代表なのに社畜」の状態
家入さんのバランスを参考にnoteを始め、個人としての発信を再開
その後、発信が広がった今は、逆に個人のネットワークと会社の成長をもう一度グリップし直す「揺り戻し」の時期だと高木さんは話します。いずれまた広げるフェーズが来るはずで、それを永遠に繰り返す作業なのかもしれない、とも語りました。
家入一真さんは、この行き来を振り子にたとえ、両利きの経営 ── 既存事業を深く掘る「深化」と、新しい領域を試す「探索」を同時に進める経営の考え方。チャールズ・オライリーらが提唱したことで知られますにも通じると応じます。どちらが正しいということではなく、フェーズによって両方をやっていくことが大事だという見方です。
誰よりも働いてるけど、ある意味で思考停止してるというか。
高木さんの言う「社畜」状態とは、こうしたい、時代はこうなっていくといった考えがなくなり、ただ業務だけをこなしている状態のことです。家入さんは、会社の代表自身が社畜になるケースがあるという点を面白がっていました。
短期でかく恥、長期でかく恥
家入一真さんは、恥には短期でかく恥と長期でかく恥がある、と話を広げます。短期の恥は、みんなが予想もしないことをやって「なんでこんなことやってんだ」と言われるような、即効性のある恥です。
長期の恥の例として家入さんが挙げたのが、子どもが入学する風越学園 ── 長野県軽井沢町にある、幼稚園から中学校までの私立学校。森の中の環境で、子どもの主体的な学びを重視する教育で知られますを立ち上げた本所さんです。楽天の創業メンバーとして三木谷さんと会社を作り、その後に辞めて、学校を作ると決めたといいます。
その本所さんは、軽井沢の森の幼稚園ピッピで、実際に職員として長く働いたそうです。その結果として、今は自分の新しい学校を運営しています。
それは全然恥ではないんだけど、はたから見た時には何やってんだっていう時間がすごい長い。
高木さんはこれを、立ち位置が決まった存在であり続けるのではなく、一度素人になり、表舞台から消えることだと受け止めます。家入さんは、自分はその長期の恥もやっていないと語りました。
高木さん自身は、いま経営を頑張ると言っていることが長期の恥にあたると考えています。これまでビジョニングの仕事では上場前後の企業の社長と組むことが多く、自分がスケールを目指す経営をすると、立場としては「マジでシード」になるからです。
家入さんの話から整理された2種類の恥は、次のように比べられます。
誰も予想しないことを始め、「なんでこんなことを」と言われる。即効性がある
楽天から幼稚園職員を経て学校づくりへ、のように、はたから見て「何をやってるんだ」という時間が長く続く
そっちで頑張るみたいな。(経営の)そっちで結果出ないと話にならないみたいな。
高木さんは、今のまま守っていても一定は仕事を続けられるだろうとしつつ、それでは人生に広がりがなく、周りの人が幸福に生きているか、新しい世界を作れているかという点で足りないと語ります。10年後に話せるかどうか、という時間軸での挑戦だと位置づけていました。
誰も自分を知らない場所で、ちゃんと怒られる
家入一真さんは、夕暮れのナガタさんから聞いた話も紹介します。ナガタさんは最近サーフィンを始めたものの、新参者でルールもマナーもわからず、地元の人たちにとにかく怒られるそうです。
ナガタさんは47〜48歳ほどで、19歳の若者から「おっさん何やってんだよ」と怒られることもあるといいます。理不尽に怒られることも、危ないから怒られることもあり、そこでは肩書きも年齢も関係ありません。
でもやっぱりそうなってくると、だんだんやっぱ自分のことを怒ってくれる人たちがいなくなっていくと。
会社が大きくなり、社会的な立場や肩書きができると、自分を怒ってくれる人はいなくなります。だからこそ、誰も自分を知らない世界に飛び込み、ちゃんと怒られる経験を取りにいかなければならない、というのがナガタさんの考えでした。家入さんは、これも恥をかくことだと受け止めています。
家入さんはさらに、メルカリの慎太郎くんが会社を売却したあとに世界を回ったときも、同じことを言っていたと振り返ります。経歴もお金も関係なく、自分探しをする「痛いおじさん」として世界中の人と接したことが良かった、という話です。
家入さんは、こうした経験は普段の生活では得られなくなっていくものだとして、高木さんが社内で怒られていることも良い経験だと語りました。
自分は所詮ここにおいてはこれだけど、全体で見たら大した何者でもないんだというか。っていうことを知るっていうことなんでしょうね。
高木さんは、スポーツでもビジネスでも、ある場所で評価や立場を得ていても、世界にはその何百倍、何千倍もの別のアイデンティティがあると話します。恥をかくことは、自分がまだまだだと知り、視野を広げることなのかもしれない、と前編は締めくくられました。
まとめ
前編では、遠山さんの「自分のための表現」と「恥をかかなきゃダメ」という言葉をきっかけに、家入一真さんと高木新平さんが、立場を得た大人がどう恥をかけるかを語り合いました。周囲を不安にさせる行動、肩書きの使い分けをやめること、長期で素人に戻ること、誰も自分を知らない場所で怒られることが、具体例とともに挙げられています。
- 遠山さんは61歳で一人でYouTubeを作り、評価ではなく自分のための表現を実践している
- いい恥・悪い恥を選ぼうとする時点で「上手に転ぼう」としており、思いっきり転ぶことが大事
- 「どこ目指してんの?」と周囲が不安になる行動こそ、新しい場所へ向かう恥の証になりうる
- 高木さんは差別化戦略や肩書きの使い分けを見直し、経営という長期の恥に挑んでいる
- 肩書きが通用しない世界で怒られる経験は、自分が何者でもないと知り視野を広げてくれる



