創業者にしかできない仕事とは何か
後編は、高木慎平さんの問いから始まります。高木さんは水野雄介さんを「ビジョン野郎」と呼び、事業のオペレーションを作れる優秀な人が大勢いる中で、ファウンダー ── 会社を創業した人のこと。創業者として経営トップを務める場合は「ファウンダーCEO」と呼ばれますCEOの役割をどう考えているのかを尋ねました。
水野さんがまず挙げたのは、チームの一人ひとりが自分の役割を認識していることの大切さです。船長が偉いわけではなく、船長は船長、コックはコックという役割にすぎないとみんなが理解していることが、メンバーが「ここにいたい」と思える理由になると水野さんは話します。
そのうえで水野さんは、ライフイズテックの強みは自分がビジョンを持っていることではないと言います。教育の分野にはビジョンを持つ人は多く、ライフイズテックの強みは、キャンプやソフトウェアのように、ビジョンを体験にまで落とし込めるチームがあることだという考えです。
水野さんによると、ライフイズテックは50億円ほどを資金調達してきました。その調達は、投資家がキャンプの現場を見に来て、このクオリティを作れるのはすごいと感じて決まることが多かったそうです。言葉ではなく、現場の空気が最後の意思決定を後押ししていたといいます。
では水野さん自身の役割は何か。水野さんは、教育をこう変えたいという気持ちを誰よりも強く持ち続け、人類にとって正しい方向を考え続けることだと話します。教育をここまで強く変えたいと思っている人はほかにいないという自負が、創業者として手放せない部分だといいます。
スーパーマンのいないチームをどう作るか
高木さんは続けて、創業者として役割を手放していくことに不安はなかったのかを尋ねます。水野さんは漫画を例に答えました。何でもできるスーパーマンが主人公の漫画はなく、できない人がいるからこそチームが盛り上がっていくという見方です。
水野さんは『ONE PIECE』のルフィを挙げ、強いけれど泳げず、ほかのことは何もできない主人公の姿に触れます。『HUNTER×HUNTER』や『SLAM DUNK』も近いと話し、ああいう世界観でチームを作りたいと語りました。
高木さんが「水野さん自身が一番重要だと思う仕事を、行動ベースで言うと何か」と尋ねると、水野さんは小さな種を作ることを挙げます。「これやってみようぜ」と軽くチームを作って動き出す、必要な人に会いに行って情報を得る、といった動きを情熱的に続けることだといいます。
水野さんは、アイデアを抱え込まずに「こういうの面白いんじゃない?」と日頃から共有することも大事にしています。そして多くの種の中から、どのタイミングでどれだけのリソースを張るかを決めるのが経営の役割だと話します。勝てるところに、勝てる分だけ張るという考え方です。
ライフイズテックでの目標設定は、基本的に事業部長が担っているそうです。採用もほぼ事業部に任せており、水野さんが出ていくのは上位ポジションや口説く必要のある人の場合だけだといいます。各事業部長に、一つの会社の社長のように動いてもらっている形です。
勝者のメンタリティを追いかける理由
話題は、水野さんがいま抱えている個人的なテーマに移ります。高木さんは、富山へ一緒に行ったとき、水野さんが為末大 ── 陸上男子400メートルハードルの元選手。世界選手権で日本人初の短距離種目メダルを獲得し、引退後は執筆や講演でも活動していますさんに「どうやったら1位になれるか」をずっと聞いていた場面を振り返ります。
水野さんにとって、勝者のメンタリティは課題だといいます。中学受験で受かったのは第2志望で、大学も第一志望ではなかったという経験から、1位と2位はまったく違うと感じてきました。1位を取る人がどんな心持ちで勝負に臨んでいるのかに興味があり、自分もそうなりたいと話します。
水野さんは、勝ち切れる人の例として藤田藤田晋さんの名前を挙げ、本田さんにも聞いてみたいと話します。日本一の選手が2番手とどう違うのかを知ることを、この1、2年の個人的なテーマにしたいといいます。
高木さんがいまの時点での答えを尋ねると、水野さんは結果がまだ出ていないので分からないとしつつ、まずは「徹する」ことだと答えました。1位になることにこだわり抜いてやってみる、と考えているそうです。
年を重ねると欲はなぜ失われるのか
ここで高木さんが、最近感じていることを話します。1000億円規模の会社を作るような、社会にインパクトをもたらす大先輩たちは、事業欲から性欲まで、あらゆる欲が強いと感じるそうです。欲がないと最後に踏ん張れない、と高木さんは考えています。
高木さんは同時に、その欲は油断すると年齢とともに失われていくと話します。体力的な理由もあれば、満たされていくことも理由になりうるといいます。水野さんは、それは一番なりたくなかった大人の姿だと応じ、ロックに攻め続けたいと語りました。
高木さんは、コンフォートゾーン ── 不安やストレスを感じず、慣れ親しんだ状態でいられる心理的な領域。成長にはそこから出ることが必要だとよく言われますから抜け出して予想できないことをしないと、ピンチになれず強くなれないと話します。死にかけるたびに強くなるサイヤ人のような感覚だといい、そうした欲は勝者のメンタリティにも関係するのではないかと投げかけました。
水野さんの答えは慎重です。欲が勝者のメンタリティに関係するかどうかは、そうかもしれないし、そうでないかもしれないといいます。すべての勝負に勝とうとする欲の強い人もいる一方で、重要な局面を見極めて確実に勝つという勝ち方もあるのではないか、と水野さんは話し、そこはいろいろ試してみたいと語りました。
あらゆることに勝とうとする強い欲で踏ん張る
ここで勝っておけばという重要な局面を見極め、しっかり勝つ
40歳の折り返しで守りに入らないために
水野さんは、ロックに攻め続けることについて「40歳理論」があるのではないかと話します。人生80年という感覚がなんとなく刷り込まれているため、その半分にあたる40歳前後で守りに入る感覚が生まれるのではないか、という見立てです。
36歳の高木さんに対して、水野さんは前年に40歳を迎え、今年41歳になります。水野さん自身もその感覚を覚え、一番嫌なものだと感じたそうです。攻め続けられなければ自分がいる価値がなくなる、と水野さんは考えています。
攻める気持ちをどう保つのかと聞かれ、水野さんが挙げたのが、大河ドラマ『龍馬伝』を見ることでした。自分の指針となるものに定期的に触れることで、自分に言い聞かせているといいます。高木さんはこれを、自分が奮い立つ物語に触れる自己暗示だと受け止めました。
高木さんの最近のテーマは、肉のような重いものを食べることです。水野さんも、健康を考えて脂質を控えるうちに寿司や蕎麦ばかりになっていたと共感し、肉を食べないと攻められない気がすると話します。
高木さんはさらに、定期的に限界まで飲むことも大事な気がすると話します。体が極限を経験しないと、恐れが勝ってどんどん無理ができなくなるという感覚です。水野さんは、次の日がきついと分かっていても飲む、というところまで含めて理解を示しました。
お金と刺激で自分を追い込む
高木さんは、身近な起業家のイェリイェリさんの例を挙げます。イェリさんはお金が入ると使いまくり、そのためにお金がなくなって連続で起業しているのではないかと高木さんは見ています。お金があると起業する理由が減っていくのではないか、という見立てです。
高木さんはもう一つ、年齢による変化を感じています。仕事柄、水野さんのような年上の人や、県や政治の仕事で関わるさらに年上の人との接点が増える一方で、20代との接点が大きく減ったといいます。TikTokを見たときに渋谷のセンター街のようだと感じてきつくなり、最近渋谷に行っていないことにも気づいて、年を取ったと実感したそうです。
水野さんは、オフィスを渋谷にしたいと思っていると応じます。高木さんは、サイバーエージェント ── インターネット広告やメディア、ゲーム事業などを手がける企業。本社を東京・渋谷に置いていますが渋谷に拠点を置き、新卒も多いことで、常に新しい感性に触れ続けているのではないかと話します。軽井沢に住んでしまったら隠居だ、とも冗談めかして語りました。
高木さんは最近、意識的にそうした刺激のある飲み会を開き始めたものの、つい安心できるバーに行ってしまうといいます。水野さんはQueenの『Don't Stop Me Now』を引き合いに出し、そのくらい攻めないと世界は変えられないと返しました。
変わりにくい教育界はどうすれば動くのか
後半は教育の話に移ります。高木さんは、教育界はなかなか変わらない印象があり、県知事や市長がトップダウンで変えやすい領域と比べると、変えづらい領域だと感じていると切り出しました。
水野さんは、教育が変えづらいことは認めつつ、その構造自体は良いものだと考えています。知事や市長と教育委員会 ── 自治体に置かれ、学校教育などを担う行政機関。首長から一定の独立性を持つ仕組みになっていますが分離しているため、トップダウンで一気に進む危うさを防げるという見方です。
そのうえで水野さんは、変えていくことは意外とできるという感覚を持っています。文部科学省や政治家が学習指導要領や法案をどう作るかという上の動きと、教育委員会や先生がやりやすい提案をする現場の動きをくっつけていけば、変化は起こせるといいます。
水野さんによると、いい教育を作りたい先生や現場の人は多い一方で、仕組み化されていないものを人でカバーしている状況が多いそうです。国の方針があり、それを簡単に実現できる体験価値の高いものを提供すれば、教育は大きく変わる。それが、プログラミング教育に取り組んで水野さんが実感したことだといいます。
国の方針
文部科学省や政治家が、学習指導要領や法案で方向を示す
現場への提案
教育委員会や先生に、実行しやすい提案を届ける
仕組みの提供
人でカバーしている部分を、体験価値の高いシステムで支える
教育の変化
方針と現場がつながり、教育が変わっていく
多様性を学ぶ機会を公教育でどう届けるか
水野さんは、中高生にとって一番重要なのは多様性を知ることだと話します。地元以外の世界を知り、自分は違っていてもいい、みんな違うのだと知ることです。そのために一番いいのは留学ですが、お金がなくて行けない子もいます。
その解決策として水野さんが例に挙げるのが、全学校に姉妹校を作る案です。中1はアメリカ、中2はタイ、中3はガーナのことを学び、それをオンラインのPBL ── Project Based Learningの略で、課題解決型学習のこと。生徒が実際の課題に取り組みながら学ぶ手法ですで行うというアイデアです。
水野さんがこの仕組みを重視する背景には、入試の変化があります。水野さんによると、いまはAO入試 ── 学力試験だけでなく、志望理由や活動実績、面接などで人物を評価する入試方式。現在は「総合型選抜」と呼ばれていますが増えていて、お金のある家庭の子どもほど良い体験ができ、合格しやすくなる体験格差が生まれます。アメリカではそれによって格差が広がっている面もあるといいます。
AO入試の増加
体験や活動が評価される入試が広がる
体験格差
お金のある家庭ほど良い体験ができ、合格しやすくなる
公教育の役割
公教育で体験ができる状態を作ることが重要になる
オンラインの仕組み
予算が限られる中では、オンラインで学ぶ仕組みが必要になる
高木さんは、中学2年生のときに1〜2週間ほど授業を止めて職場体験をした「十四歳の挑戦」を思い出します。富山県だけの取り組みかもしれないとしつつ、高木さんはゴミ収集車の仕事を選び、いまでも働いていた人のことを覚えているそうです。当時できていたのだから、いまもできるのではないかと高木さんは話します。
水野さんは「できる」と答えます。まずコンセプトにし、オペレーションに落とし、誰でもできるようにする。現場とビジョンを組み合わせてこれを進めれば変えられる部分は大きく、10年後、20年後に効いてくると水野さんは考えています。
外を知る価値と、ゆとり教育の総括
高木さんは、外を知ることは科目ではないため、その価値が伝わりにくいと指摘します。富山で仕事をしていると、面白い人はIターンやUターンの移住者など一度外に出た人が圧倒的に多い。それでも、その価値は経験した人にしか分からない話になりがちだといいます。
水野さんは、外を知る経験は、した人が全員「YES」と言うものであり、コンセプトに反対する人はおそらくいないと話します。難しいのはコンセプトではなくオペレーションの側で、お金がない中で、先生も分からない中でどう実現するかという解決策がイノベーティブであるほど進めやすいといいます。
さまざまな意見がある教育の中で、物事を一気に動かすのは学習指導要領だと水野さんは見ています。水野さんはこれを「教育指導要領」と呼び、高木さんが実は意外と攻めていると言うと、2020年の改訂もかなり攻めていて、ゆとり教育も攻めていたと応じました。
ゆとり第一世代にあたる高木さんは、ゆとり教育が失敗ではなかったという総括が必要ではないかと提起します。水野さんは、きちんと振り返ることはあらゆる政策に言えると応じました。
高木さんは、自分たちの世代から本田圭佑さんのように世界で活躍するスポーツ選手やアーティストが生まれたことを挙げ、グローバル市場の影響もあるかもしれないが、ゆとり教育にも良い面があったのではないかと話します。水野さんは、教育界では良かったという評価が多いものの、世間では「ゆとり」という言葉の印象もあってそうは認識されていないかもしれないと話しました。
学校のOSを作るという次の構想
最後に高木さんは、ライフイズテックがこれからどうしていくのかを尋ねます。水野さんは、やりたいことはたくさんあると前置きし、中期的にはまず資金を得たうえで、新しい学校を作りたいと話しました。
水野さんが目指すのは、学校を一つ作ることではなく、学校のOSを作ることです。先生の配置や採用、勤怠、学校のDX、生徒一人ひとりに合わせた時間割など、いまは優れた校長先生がいる学校だけが頑張って実現していることを、テック化して横展開できる状態にしたいといいます。
水野さんによると、ライフイズテックはいま自治体とのつながりが強く、多くの知事や市長とデジタル人材の話をしているそうです。学校教育の中でどう変えていくかという「横軸」と、中高生から大学生、社会人、起業家までをどう育てるかという「縦軸」の両方を進めていると水野さんは話します。
学校教育の中身や仕組みを、学校のOSなどで変えていく
中高生から大学生、社会人、起業家までデジタル人材を育成する
縦軸の取り組みとして、水野さんは地方自治体と一緒に大学生を育成したり、デジタル人材の育成を含めて県全体のデジタル化を進めたりする話をしているといいます。自治体や地方も含めて変えていくことを、一つ目の柱として進めているそうです。
まとめ
水野雄介さんは、ビジョンを語れる人が多い教育界で、ビジョンを体験と仕組みに落とし込めることをライフイズテックの強みと捉えています。創業者としては変革への情熱を誰よりも強く持ち続け、40歳を過ぎて守りに入ることに抗いながら、学校のOS化と自治体との人材育成で教育を変えようとしています。
- 水野さんは創業者の役割を、教育を変えたい気持ちを誰よりも強く持ち続けることだと考えている
- ライフイズテックの資金調達は、投資家がキャンプの現場を見て決まることが多かったという
- 勝者のメンタリティを個人のテーマに掲げ、まずは1位に「徹する」ことを試している
- 教育はコンセプトよりオペレーションが鍵で、誰でもできる仕組みにすれば変えられると水野さんは話す
- 今後は学校のOS作りと、自治体と組んだデジタル人材育成の両輪で教育を変えていく構想だ





