なぜ「違いがわかる男」より「同じがわかる男」がモテるのか
高木晋平さんは、博報堂ケトルの嶋浩一郎さんを、起業家や広告のクリエイティブディレクターとは少し違う目線で世の中を見る「カルチャーな人」と捉えています。そのうえで、経営の立場にもいる嶋さんに、これから会社をどうしていきたいのかを尋ねました。
嶋さんは答えに入る前に、最近周囲に伝えている考え方を挙げます。昔のマーケティングは、燃費やデザイン、居住性、荷室の広さなど、他社との「違うところ」を見つけると褒められる差別化のスペック争いだった、という見立てです。
これからは同じところを見つける人が強いなって思ってるわけ。だから要は違いを見つける違いのわかる男より同じがわかる男の方がモテるっていう時代が来ると思ってるわけ。
嶋さんはこの変化を、コトラー ── アメリカの経営学者フィリップ・コトラー。「マーケティング3.0」では、製品中心・顧客中心の段階を経て、社会的な価値や精神性を重視する段階へ移ると論じていますのマーケティング2.0から3.0への移行に重ねます。同業内のスペック競争から、社会の中で自分のブランドが何者であるかを問われる時代になり、それはZ世代のサステナブルな世の中を作りたいという思いもあって「かなり不可逆」だと話しています。
その時代に大事な視点として嶋さんが挙げるのが、エンパシーです。シンパシーとエンパシーはどちらも「共感」と訳されがちですが、嶋さんは両者をはっきり分けて説明しました。
感情であり、表現するもの。広告業はシンパシーを表現することをやってきた
スキルであり、能力。違う文化・国籍・宗教を持つ人と「ここは握れる」という点を見つけていく
エンパシーを持ってないと、これからコミュニケーションできなくなると思うわけ。
嶋さんは例として、豊田章男さんの「この指とまれ」という呼びかけを挙げます。トヨタが車メーカーからモビリティサービスカンパニーに変わっていくとき、同じ志を持つ人と手を握る必要がある、という文脈です。
全然違う業界どうしでも「ここを握れたら面白いことができる」と同じところを見つけられる嗅覚が、昔の「オンリーワンブランドがかっこいい」に代わって評価される、というのが嶋さんの感覚です。嶋さんは、広告会社もクリエイティブディレクターやマーケターの発想法も、その方向に向かうべきだと考えています。
カリフォルニアロールを認める度量とは何か
嶋さんは、同じところを見つけるのは難しいと前置きしたうえで、「カリフォルニアロールを認められる人になろう」と周囲に伝えていると話します。江戸前の寿司を作ってきた人が寿司文化を世界に広げようとして、アメリカ人に寿司を教えた場面を想像してほしい、という例え話です。
アメリカ人は「わかった、わかった、OK、OK」って言って、寿司大体わかったって言って寿司作ったけど、アボガドは入ってるわ、サーモン入ってるわけ。
寿司原理主義者から見れば「これは寿司なのか」となるカリフォルニアロールを、「それも寿司だよ」と認める度量が大事だと嶋さんは言います。寿司のすべては握れていなくても、根底の精神は握れている、あとはアレンジしてもらっていい、という考え方です。
ガチガチの教典。作り手が定めた正しさを守らせる
塗り絵。大事なところだけ握り、余白は受け手の再解釈や誤読も含めて許容する
嶋さんは、Takram ── デザイン・イノベーション・ファーム。ビジネスとデザイン、テクノロジーを横断するプロジェクトを手がけていますTakramの渡邉康太郎渡邉康太郎さんが言う「コンテクストデザイン」も、まさにカリフォルニアロールの話だと「勝手に解釈している」と話します。誤読と誤解を容認することは、かっこよく言えば受け手のクリエイティビティに託すことだという説明です。
枯山水はもう室町時代のARなわけですよ。枯山水見て、そこに世界を映すわけじゃないですか。
砂利を見ながら、受け手が「これは山で」と勝手に解釈する枯山水 ── 水を使わず、石や砂で山水の風景を表現する日本庭園の様式。室町時代の禅宗寺院で発達しましたは、嶋さんにとって塗り絵の典型です。開発者やブランドは自分たちが一番詳しいと思い込みがちですが、ユーザーのほうがクリエイティビティを発揮するケースは多々ある、と嶋さんは指摘します。
その例として嶋さんが挙げたのがジップロックです。お風呂で携帯電話を使うための道具になるとは、開発者はおそらく一度も考えていなかっただろう、と話しています。
誤読と誤解を認めることがカルチャーになる
高木さんは、嶋さんの話を「編集者的に、ユーザーの再解釈をブランドのコンテンツに変えたり、促したりするコミュニケーションを作るイメージか」と確認します。開発者はつい「こういう意図で、こういう使い方で」と考えがちだからこそ、誤読を許容できる場を作るのか、という問いです。
誤読と誤解を認めて、まあある解釈、再解釈が途中でなされていって、次々上書きされていくっていう。
高木さんが音楽やファッションもそうだと応じると、嶋さんは、だからこそパーパスをガチガチに決め込まないほうがいいと続けます。高木さんの言う「揺らぎ」や「余白」を、嶋さんは「塗り絵や余白」と言い換え、作り手が思わなかったことが起きていくほうが概念は豊かに成長すると話しています。
嶋さんは、「そういうつもりで作ったんじゃない」と気持ち悪く感じる作り手がいることも認めています。そのうえで、再解釈を容認する代わりにファンが増え、世の中に受け入れられていく、そういう仕事をしなければいけないと最近考えているそうです。
高木さんは、今年からキャンプを始めた経験から、スノーピークやパタゴニアといったアウトドアブランドの愛され方に触れます。品質や考え方は共有しつつ、使い方や遊び方の創造性をユーザーに委ねる余白が多いから、関わる人が「自分のブランドだ」と愛せるのではないか、という見方です。
広告を作る仕事は、カルチャーを作る仕事に変わるのか
高木さんは、企業の言いたいことをメッセージ化してキャンペーンにするという従来の広告の仕事が、アウトプットとしてどう変わっていくのかを尋ねます。
嶋さんは、企業はもはやお客さんと常時接続し、ずっと付き合っていくことになると答えます。だからこそ、仕事の中身そのものが変わるという見立てです。
嶋さんの言うカルチャーを作る仕事とは、誤読と誤配も含めて、1つの概念が上書きされていく状況を作り続けることです。嶋さんは自身の感覚として、クリエイティブディレクターは編集者化していくだろうと話しています。
一発当てる、一撃で表現するキャンペーン型の仕事
常時接続の関係の中で、概念が上書きされ続ける状況を作り、カルチャーを育てる仕事
高木さんは、それは時間がかかることだと受け止めます。広告会社にいた頃は瞬間最大風速的なリリースが気持ちよかった一方、ニューピースNEWPEACEで事業を作る今は、リリースはただの出発点で、その後どうグロースし、続けていくかが重要であり、「全然違う筋肉」だと感じているそうです。
なぜ「隣のプールで泳いでごらん」なのか
高木さんは、嶋さんが手がけてきた雑誌づくりや本屋づくりはまさにカルチャーを育てる仕事だと話し、自身も事業の中で雑誌やプロダクトを作っていると明かします。そのうえで、この「違う競技」への転換で、求められる能力や組織のあり方は変わるのかを問いました。
思い切って隣のプールで泳いでごらんと思うだけなんですけどね。
嶋さんによれば、広告業はメディアの枠を購入して広告物を作る仕事で高い収益性を上げてきたのは事実で、そこだけやっていると褒められ、気持ちよくなってしまうところもあります。けれど、クリエイティビティは枠の中に表現物を作ることだけではない、と嶋さんは話します。
博報堂は長年クリエイティビティを大事にしてきた企業だという自負が嶋さんにはあります。ただ、それをたった1つの広告を作るという目的に集中させてきたことを、嶋さんは「もったいない」と表現しています。
ここのなんかすごいすごい設備が整った温水プールだけでみんな泳いできちゃったところもあるからね。
メディア枠を買って広告物を作る仕事。収益性が高く、褒められ、気持ちよくなれる
枠の外でクリエイティビティを解き放つ領域。慣れないので怖いが、意外に泳げる
人は慣れないことをするのが怖いからこそ、嶋さんは自分がそれをやり続け、ロールモデルであり続けたいと話します。ビジネスモデルや組織の変え方など課題は多く、やりながら考えるしかないとしたうえで、それがここ数年の自分の仕事だろうと語っています。
広告代理店を出て独立する人たちはどう見えているのか
高木さんは2010年に博報堂へ入社し、1年目に手を挙げてSNSなどのインタラクティブな企画の部署に入りました。当時はフィービジネスもなく、バズって何かが広がっても赤字になるという矛盾を感じ、ビジネスモデルがついてきていないと思った記憶があるそうです。
高木さんは自身も辞めて広告の外のことをしていると話し、博報堂に限らず電通などからも、広告の外をやろうと思った人が独立している印象があると述べます。その状況を嶋さんがどう見ているのかを尋ねました。
嶋さんは、より緩やかな働き方が広がるのはいいことで、プロフェッショナル意識が高まっていると評価します。ある仕組みの中で稼ぐ部品である社員より、自立した人たちの集団が緩やかなつながりを持つほうが幸せではないか、という考えです。
まあなんだかんだ言って自分はね、今いる会社のことは好きだからね。好きだし、育ててもらったし。
嶋さんは、恐るべき後輩たちが次々と出てくる博報堂の環境を「すごい素敵」だと話します。終身雇用で居続けるだけではない選択肢が増えていく中でも、関係性を持ち続ける「宇宙」ができていくといい、というのが嶋さんの思いです。
高木さんは、博報堂はクリエイティブの人が個人商店のようでありながら、1年しかいなかった自分にもいまだに人を紹介してくれるほどの連帯があると話します。辞めた同期たちも本を書いたり、事業やブランドを興したり、ファンドをやったりと、クリエイティビティを様々な形で発揮しているそうです。
こうした多様化が加速していくのではという高木さんの見方に、嶋さんは「加速していくでしょうね」と同意します。嶋さん自身も一度子会社に出て、衛星のように周りを飛んでいた時代があり、いろいろな関係性が出てくるのは必然だと話しています。
経営者はクリエイティビティを信じられるか
高木さんは、メンバー一人ひとりの意思や価値観を仕事にしてほしいと考え、事業をどんどん作る方向に進めています。ただ、遠心力を高めたいと思う一方で、やりすぎると求心力が失われるのではないかという悩みを、博報堂の経営側にもケトルという衛星側にもいた嶋さんにぶつけました。
嶋さんにとって大事なのは、効率化と最適化だけでなく、そこに喜びがあるものをとにかく作りたいという思いが一緒かどうかです。そのうえで、山の登り方は多種多様であっていい、と嶋さんは考えています。
クリエイティビティは、全然関係ないものどうしが出会ったときに生まれやすい、というのが嶋さんの考えです。そのため博報堂では、無自覚ながら「粒ぞろいより粒違い」で、まったく異なるタレントを多く採用することを意識しているのではないかと話しています。
違う奴らが同じ部署にいっぱいいるっていうのは、なんか部長、部長とか上司からしたら統括しづらいけど、あえてそうすることの方が絶対そこにアイデアが生まれやすい。
嶋さんの整理では、組織の考え方は2層に分かれます。最終的に握るべきなのはクリエイティビティに価値があるとみんなが思えていることで、それをどう運用するかの人事制度や組織の形は、リモートワークの始まりなども含めて時代に合わせて変わっていくものです。
嶋さんは、ずっと社員でいることが幸せでない人や、一度外に出て戻ってきたい人もいるかもしれないとし、そうした自由さを許容する組織にしていきたいと話しています。
広告代理店は自分たちを言語化していくのか
高木さんは、嶋さんの言う「クリエイティビティへの信頼」は、ミッションかビジョンかパーパスかはわからないが、みんなで共有するより重要な思いだと受け止めます。そのうえで、博報堂はあまり言語化や表明をせず黒子としてやってきた印象があるとし、これから表明していくのかを尋ねました。
嶋さんは、クリエイティビティとは何かを言語化するのは広告代理店に限らず非常に難しいと答えます。基本は、今までなかった感情や体験を何らかのやり方で生み出すことで、それが生まれやすい環境を作り続けることが大事であり、それは高木さんの会社にとっても同じだと話しています。
さっき言語化されるとラブが生まれるって言ったのに、そこ言語化しないのかっていうことだと思うんだけど、事象をいっぱい作っていくしかないんだよね。
嶋さんは、すべての経済活動や生活は人の感情で成り立っていると続けます。常時接続になっていく世の中で、その変化を追い続けることも含めて「寄り添う覚悟」が必要だというのが、嶋さんの答えです。
それを一番できている存在だと自他ともに思えるようになることについて、嶋さんは「なりたいよね」と応じます。異質なものが混在し新しいアイデアが生まれる環境はあまりないからこそ、意識的に時代に合った形で作り、維持し続けることなのだろう、と話しています。
高木さんは、各領域にファーストペンギンが生まれ、港区にいるだけでは気づけないほど多様な世界が立ち上がっていると投げかけます。嶋さんは「港区は港区の発見がある」と返し、どこにいても違和感に意識的であることが大事だとまとめました。
高木さんは最後に、前編の無駄の話や日常の小さな気づきから、クリエイティビティを生業にする会社のあり方まで、すべてがつながっていたと振り返り、二人は対談を締めくくっています。
まとめ
嶋浩一郎さんは、差別化のスペック争いから「同じところを見つける」エンパシーの時代へ移り、ブランドは教典から塗り絵になると語りました。誤読を許容してカルチャーを育てる仕事へ変わる中で、組織に必要なのはクリエイティビティを信じる思いを共有することだと話しています。
- これからのマーケティングでは、違いより「ここは握れる」という同じところを見つけるエンパシーが重要になる
- カリフォルニアロールのように、根底の精神さえ握れていれば、受け手の再解釈や誤読を許容するブランドが愛される
- 広告の仕事は、一発当てるキャンペーンから、概念が上書きされ続けるカルチャーを作る仕事へ変わっていく
- 枠の中の表現だけでなく、「隣のプール」でクリエイティビティを解き放つことを嶋さんは勧めている
- 組織で握るべきはクリエイティビティへの信頼であり、制度や働き方は時代に合わせて変えてよい


