1年目の終わりに訪れた転機とは?
OCEAN TOKYOが人気美容室になった転機について、高木慎平さんが髙木琢也さんに尋ねるところから後編は始まります。髙木琢也さんが挙げたのは、創業1年目の終わりごろに月1200万円を売り上げたことでした。
やっぱ(月)1200万売り上げたのが多分一番最初の1年目の最後の方だったから。
髙木琢也さんによると、この数字をきっかけにテレビの取材が来るようになりました。高木慎平さんも「わかりやすい結果が出た」と応じ、「トップ日本一」という実績が大きかったと二人で振り返っています。
同じ時期、髙木琢也さんは服にお金を使い始めます。美容室ではカラー剤や髪の毛が服に付くため、当時はハイブランドを着て働く美容師はほとんどいなかったといいます。
高級な洋服を着てる人っていなかった。そんなにハイブランド着てる奴もいなければ、買う金もない。なら俺そこ行こうかなみたいな。
髙木琢也さんは1枚4、5万円のTシャツで営業し、毎日衣装を変え、古着も取り入れました。すると、スタッフも真似をするようになり、「おしゃれな美容室でハイブランド」というイメージが店に広がっていきます。
美容師は汚れを気にしてハイブランドを着ず、業界の常識に沿った働き方をしていた
月1200万円の売上と日本一の実績でテレビが来るようになり、高級Tシャツや古着で毎日装いを変えるスタイルがスタッフにも広がった
髙木琢也さんは、美容師がやってなかったこと全部やろうと考えたきっかけは、この1年目の後半だったのだろうと語っています。
なぜ「頭ぐらいかっこつけてもよくない?」なのか
高木慎平さんは、髙木琢也さんが前編で語った「普通の美容室はカチッとしすぎて居心地が良くない」という話を受けて、どんな美容室を作りたかったのかを改めて聞きます。髙木琢也さんが例に出したのは、学校のクラスの風景でした。
俺なんかが行ったらいじめられちゃうとか(思ってる真ん中の子に)、そういうリーダーたちがお前も一緒に行こうよって言えれば、みんなスマートに東京の美容室行けるやん。
クラスの「うるさいイケイケグループ」が、美容室に行ってみたいけれど気後れしている子を連れてきてくれる。髙木琢也さんが作りたかったのは、そんな「誰でもかっこよくなれる美容室」だったといいます。
お客さんにはもともと学生が多く、首から下は制服で決められています。だからこそ、髙木琢也さんは「頭ぐらいかっこつけてもよくない?」と考えていました。
髙木琢也さんは、男性が髪で思い切りおしゃれできる期間はかなり限られていると話します。高木慎平さんを「もう30超えておじちゃん」といじりつつ、大学に入る19歳から就職する22歳までの4年間しかない、という見立てです。
高校まで
首から下は制服で決められている。せめて頭ぐらいはかっこつけたい
19〜22歳
大学に入ってから就職するまでの4年間が、髪型を自由にできる時期
就職後
一般的には、かっこつける必要性が薄れていく
今モテないでいつモテんの?っていうのはすごい思ってたから。
髙木琢也さんの考えは、どんな田舎者でも、どんなダサい人でもかっこよくなれるヒントを教える場所を作る、というものです。この思いは今でも変わらないと話しています。
有名になって上がった敷居を、商品で下げられるか?
高木慎平さんは、OCEAN TOKYOが店舗を増やし、自宅でスタイリングできるアイテムまで作って領域を広げていることに触れます。髙木琢也さんは、その背景に「敷居が高くなってしまった」という問題があると明かしました。
いつの間にか敷居の高い美容室になっちゃってさ。有名だし。
テレビ出てるし。緊張しないでは来れない美容室になっちゃったから。
OCEAN TOKYOの店舗は東京と大阪にしかなく、来られない人もいます。そこで髙木琢也さんは、せめてアイテムを使ってもらい、家で試して気に入ったら髪を切りに来てほしいという「予行練習」の発想で商品を広げていきました。
商品づくりの原点として、髙木琢也さんは店名を「オーシャンズスター」にしようとした時のことを挙げます。高木慎平さんから「海と星はリンクしない」と指摘されたことが、今でも心に残っているそうです。
現在のOCEAN TOKYOはシャンプーやワックスから始めて、日焼け止めや洗顔、ボディソープへと少しずつ範囲を広げています。洋服も好きで本当は作りたいけれど、美容師が作っても意味が出ないなら、コラボのほうが面白いと考えているといいます。
髙木琢也さんは、このストーリー重視の考え方を「シンペイのおかげね」と笑って締めくくりました。
200人の組織になって、ハッタリが言えなくなった?
高木慎平さんは、OCEAN TOKYOが世界観を確立してトップブランドになり、ケチをつけるところがなくなってきたと感じています。さらに良くするための「くだらない遊び」も、最近はなかなか思い浮かばないと打ち明けました。
そうだね。だからそこら辺が面白くないとこだよね。
髙木琢也さんは、会社が大きくなると突拍子もないことが言えなくなると話します。高木慎平さんが「100人とかいるわけでしょ」と聞くと、社員はすでに200人になっていると答えました。
髙木琢也さんは、高木慎平さんにとってのプロフェッショナルを「全力でほらを吹くこと、ハッタリをかますこと」だと表現します。OCEAN TOKYOも、もともとはそうしたハッタリや突拍子もないことをやれる会社でした。
今だんだん俺も社長っぽくなんないといけないよみたいな。言葉遣い悪くしないでねとか。
今の髙木琢也さんは、スタッフを怒ることもなく、現場からも少しずつ離れるようにしているといいます。それでもお客さんの髪だけは自分で切り続けたいという思いは残しています。
高木慎平さんも、創業当初と今の違いをこう整理します。最初は壊すべき業界像があり、計画もなく「明日やろう」で動けました。今はクオリティを担保し、さまざまな約束を守る必要があり、守るものが増えています。
壊すべき業界の像があり、真逆をやればよかった。計画もいらず「明日やろう」で動けた
社員200人の組織になり、クオリティの担保や約束を守る責任が増えた。社長らしさも求められる
美容室が蚊取り線香を出す理由は?
守るものが増えた中でどう遊ぶか。髙木琢也さんの答えは、商品を絡めて遊びにつなげることでした。車の中や洋服屋で髪を切るような、美容そのものの突飛な試みは今では難しいからです。
美容師が、変な話前も言ってたけど、蚊取り線香出すのとか、全然美容と関係ないやんみたいな。
髙木琢也さんは、他社とのコラボも含めて「オーシャンがこんなことをした」とふざけられる場所を探しています。去年は漫画を出したり、窪塚窪塚洋介さんと組んでCMを作ったりしました。
2024年に向けては4月に3、4本の撮影を予定しているといいます。小栗旬さんのヘアメイクやヨウジヤマモト ── デザイナー山本耀司さんが手がける日本のファッションブランド。黒を基調にした前衛的なデザインで世界的に知られていますとのコラボなど、遊びが最大の武器になってきたと話します。
ただし年は書き起こしで明示されていないため、上の「2024年」は推測にあたります。正確には「今年」の予定として語られた内容です。
髙木琢也さんは、普段は時間の無駄だと考えて対談を受けないそうです。それでも、高木慎平さんとなら面白く、次につながるかもしれないと思って今回の出演を決めたといいます。
俺たちは美容師のプロで、他のプロじゃないから、洋服のプロの人たちとコラボするんだったらストーリーもできるし。
自分の領域の外にいるプロと組めば、「なんで美容室がこんなことするの?」という面白さが生まれます。髙木琢也さんは、そうした機会を常に探していると語りました。
トップブランドは、どう自分を崩すのか
高木慎平さんは、佐藤可士和 ── 日本のクリエイティブディレクター。ユニクロや楽天などのブランディングを手がけたことで知られていますが手がけたユニクロの例を紹介します。2006年ごろにニューヨークのSOHOへ出店した際、コンセプトは「美意識ある超合理性」で、綺麗な倉庫のような店が作られました。
その数年後、佐藤可士和さんは新宿のビックロ ── ビックカメラとユニクロが共同で出店した新宿の店舗。家電と衣料が同じ建物に並ぶ売り場で話題になりましたを手がけます。高木慎平さんによると、そこで佐藤さんは「一つの面しかないものは意外と人に好かれない」と話し、あえてゴチャゴチャした面を作ったそうです。
「美意識ある超合理性」。美しいアイテムが安く手に入る、綺麗な倉庫のような店
あえてゴチャゴチャさせた店。一つの面だけでは人に好かれないという考えから作られた
高木慎平さんは、ブランドは人格のようなものだと考えています。OCEAN TOKYOもスタンダードになったからこそ、逆に振った動きが必要だと指摘しました。
髙木琢也さんも同じ問題を自分自身に感じています。田舎の不良が背伸びして良い服を着て働いた結果、多くのブランドやクライアントがつき、「一社長」になってしまったといいます。
俺が変なことやっちゃったとしても、あ、まああの人ってやるでしょ、赤髪だしみたいな。
爽やかなイメージの俳優は、少し遊んだだけで大問題になります。髙木琢也さんはそうならないよう、みんなの理想や期待を裏切ることも仕事として続けたいと話しています。
高木慎平さんは、髙木琢也さんの赤髪について触れます。昔は「アホ」の象徴だった赤髪が、今ではユニフォームのようになり、赤とリンクしたコーデまで期待されるようになりました。その良さは残しつつ、どこかで崩す動きが必要だという見立てです。
髙木琢也さんは「それ一番悩んでるかもね」と認めます。サウナブランドとのコラボのように、美容と関係ないことも仕込んでいるそうです。
一方で、トップブランドになるとトップブランドとしかコラボしづらくなります。二人は、海外のハイブランドが見せる「関係ない遊び」を例に挙げました。
- SUPREMEの日曜大工道具のようなアイテム
- エルメスの帽子や乗馬用のパーツ
- プラダの何十万円もするうちわのようなもの
- シャネルのサーフボード、セリーヌのスケボー
関係ないじゃん。でも関係ないことやってるから、こう目が離せないっていうか。
ただ、昔のように人を集めて学園祭のような企画をすることは、コロナ禍もあって難しくなりました。髙木琢也さんは、規模が大きくなったことで世の中を巻き込む遊びのハードルも上がったと感じています。
「俺はあくまで一般人」と髪型の力
高木慎平さんは、髙木琢也さんの根底には「仕切りたくない」「みんなにかっこよくなるのを楽しんでほしい」という思いがあるのではと尋ねます。髙木琢也さんは、それを認めたうえで、今の自分はかなり無理をしていると明かしました。
だってさ、36よ。今年37だよ。こんなさ、ダボダボで髪の毛赤くてさ、いち早くみんなよりスニーカー買いたくてさ。
髙木琢也さんは、できれば赤い服も着たくなく、車も普通でいいと思っています。それでも見られる立場として、無理をしているといいます。
高木慎平さんがゴン中山さんやカズさんの名前を出すと、髙木琢也さんは明石家さんまさんのように、街で気軽に話しかけてもらえる存在でいたいと話しました。
話題は髪型の影響力へ移ります。高木慎平さんは、髙木琢也さんに金髪にしてもらったことで、キャラが立ち、自分を引き上げる力になったと振り返ります。
このせっかく変な形してんだから、それの期待に応えなきゃいけないみたいな感じで。自分をこう上げていくんだよね。
高木慎平さんにとって、髪型は「形から入る」ための、誰でもできる一番の方法だといいます。金髪を10年ほど続けたころには周りも何も言わなくなり、父親になって会社もきちんとしてきたことで、変化が欲しくなったそうです。
何色がいいか尋ねると、髙木琢也さんの答えは黄緑でした。高木慎平さんは「ビリー・アイリッシュやん」と思いつつ妻に連絡すると、「めっちゃええやん」と返され、引けなくなったと笑います。
高木慎平さんは、みんな髪型の力をなめていると話します。髙木琢也さんも、前髪を上げれば眉を整えるしかなく、眠そうな目もキリッとさせるしかないと応じました。
髪の毛ちゃんとしてる人ってやっぱ成功してる人多いし。てめえのことですらズボラな人が他者のために真剣になれるかって、俺は結構難しいなと思って。
髙木琢也さんは、身だしなみの中で一番大事なのは髪だと考えています。
東京に来なくても、かっこよくなれる?
髙木琢也さんの次の野望は地方です。東京では街を歩けば何色の髪の人もいますが、それを全国に広げたいといいます。去年は商品を出し、今年は地方に店を出すことを目標にしているそうです。
高木慎平さんは、髪色が色とりどりのOCEAN TOKYOのスタッフが地方の街を歩くこと自体に意味があると話します。黄緑の髪の高木慎平さんも、子どもたちからよく「緑じゃん」と声をかけられるといいます。
(子どもたちは)あ、こんな髪の毛の色ありなんだって思ってると思うの。どっかで。
いや、一回染めたことないんだったら一回だけ染めさせてもらっていい?みたいな。人生変えるから。
髙木琢也さんは、東北や関西だけでなく九州も視野に入れ、「ここに店を出すんだ」と驚かれる場所に出店したいと語ります。高木慎平さんも「こんなとこに出すの?みたいなのは見たいかも」と応じました。
服はネットでいくらでも買える時代です。だからこそ髙木琢也さんは、東京に来なくてもかっこよくなれることを、東京クオリティ、ジャパンクオリティの髪型で実現したいと考えています。
人が最強のメディアになる、美容師は夢しかない仕事か
高木慎平さんは、Twitterが広まった頃に「Twitter is ファッション」という言葉があったと紹介します。SNSで何を発信するかがファッションになるという考え方ですが、情報戦は激しく疲れるものでもあります。
高木慎平さんは、本当は1万人の承認を求める人は多くなく、友達に「イケてんね」と言われたり、好きな人にモテたりすれば十分なのではと話します。髪は数千円で変えられる、原始的な手段だというわけです。
たった1時間で、その人のキャラクター丸ごと変えることができるのって髪型だからさ。
髙木琢也さんは、「髪型で人生を変えよう」という言葉だけでは弱いと考え、漫画にすれば信じてもらえるかとも考えます。これに対して高木慎平さんは、情報化ではなく人そのものが出ていくべきだと答えました。
やっぱり人が強いよ。(髙木琢也が)赤にしたから周りオーシャンの人たちもみんな結構カラフルになったりとか。人が最強のメディアじゃん。
高木慎平さんの「夢あるね」に、髙木琢也さんは「夢あるでしょ」と返し、高木慎平さんも「夢しかないね」と重ねます。髙木琢也さんが理由に挙げたのは、美容師が大人になっても下手にならない仕事だという点でした。
髙木琢也さんは寿司屋の例を出します。40〜50代の大将と20代の若い職人が握る寿司なら、初見では大将のほうがうまそうに感じる。体力が続かないスポーツ選手と違い、美容師も10年経っても下手にならないといいます。
体力が持たず、怪我もある。年齢とともに続けにくくなる
大人になっても下手にならない。年齢を重ねるほど信頼されやすい
髪切らない人なんて世の中いないんだから。
高木慎平さんは、OCEAN TOKYOは行くところまで行ったかと思っていたが、やるべきことはまだまだあると話します。最後に髙木琢也さんが「今日ここに来たから貸し1だな」と言い、高木慎平さんが笑って受け入れて対談は終わりました。
まとめ
後編では、日本一の美容室を作った髙木琢也さんが、200人の組織とトップブランドの看板を背負った今、どう遊び、どう自分を崩すかに悩んでいる姿が語られました。その先にあるのは、髪型の力で地方の人もかっこよくするという、シンプルで前向きなビジョンです。
- 転機は1年目の終わりの月1200万円と日本一。美容師がやっていなかったことを全部やると決めた
- 何かをやるときは「そこにストーリーはあるか」を考え、商品やコラボを広げている
- 組織が大きくなり突拍子もないことが言いにくくなった今、「大人の最大の遊び」を模索している
- 髪型は1時間でキャラクターを変えられる手段で、髙木琢也さんは身だしなみで一番大事なのは髪だと考えている
- 次の野望は地方出店。東京に来なくてもかっこよくなれる場所を作りたいと語った



