インターネット歴20年超の起業家は何者か
この回のゲストは、アル株式会社代表の古川健介さんです。インターネット上では「けんすう」という名前で活動することが多い人物です。
ホストの高木新平さんは、けんすうさんを「インターネットそのものの生き字引」と紹介します。古くは2ちゃんねる ── 1999年に開設された日本最大級の匿名掲示板。日本のネット文化に大きな影響を与えましたのひろゆきさんとサービスを手がけ、さまざまなSNSでいち早く新しいことを試してきたからです。
高木さんは、けんすうさんを起業家であると同時に、インターネット上のクリエイターや芸人のような特殊な立ち位置の人だと見ています。その価値観を聞いてみたいというのが、今回の出演の理由です。
もともと2000年ぐらいから結構インターネットコミュニティをやったりですとか、そこで2回ほど起業したりですとか、それを売却したりとか。
今はクリエイターさん向けのサービスを作ったりとか、日本のクリエイティブをどう広げていくかみたいな事業をやる会社をやっているものですね。
けんすうさんは1981年生まれの42歳です。高木さんが「年齢不詳感がある」と言うと、二人は「インターネット歴が長すぎるから」と笑い合います。
年齢も性別もわからない相手と働く時代は来るのか
インターネットの20年以上の歴史を見てきたけんすうさんが今も強く感じているのは、人類はインターネットの可能性を全然使えていない、という感覚です。
けんすうさんが挙げる具体例は、働くときに相手の性別や年齢、見た目がわかってしまうことです。若い女性だから舐める、おじさんだからやりとりしたくない、と思ってしまう時点で良くないと考えています。
全部インターネット上でVRみたいな中で、その辺(性別や年齢)がわからない状態で仕事した方が効率的なんじゃないかなと思ってるんですけど、まだそこまで行ってないっていう感じありますね。
けんすうさんは、10年後には仕事でやりとりする人の半分ぐらいが年齢も性別も知らない相手になると予想しています。すでにイラストや動画の発注では、相手が50歳の男性か20歳の女性かわからないケースが多いそうです。
高木さんも、化粧をしていない日や調子が悪い日にはアバターで済ませるような働き方が広がっていくだろうと応じます。そのうえで、そうなったら信頼関係の築き方も変わるのかと問いかけます。
けんすうさんの答えは、手放しの楽観ではありません。評価が仕事の出来ややりとりの心地よさに依存するようになると、一部の優秀な人が仕事を独占していく可能性があるといいます。
若手だから大目に見てやろうとか、若手だから応援しようみたいな余白もなくなるじゃないですか。
高木さんは、学歴欄をなくしたら結果的に東大出身者ばかりが通ったというソニーの昔の話を引き合いに出します。けんすうさんも、属性が見えなくなると、経験豊富な50歳ぐらいの人がAIで大量の仕事をさばき、仕事の一極集中が起きるかもしれないと話します。
属性が見えなくなる
性別・年齢・見た目で侮られることがなくなる
評価軸が変わる
仕事の出来とやりとりの心地よさで選ばれる
優秀な人に集中
若手を応援する余白が減り、仕事の一極集中が起きうる
良いことなのかと問われたけんすうさんは「良いかどうかはわからない」と答えます。見た目で侮られる状況をなくすことは社会で合意しやすいためそちらに進むものの、いい面と悪い面の両方がかなりある、という見立てです。
情報は増えたのに、なぜまだ足りないのか
けんすうさんは、大学受験生向けの掲示板を作ったときも、nanapiというサービスを作ったときも、「情報が足りない」という問題意識から出発していました。当時より情報は増えて便利になったものの、まだ全然足りないと感じています。
高木さんは、SNSを見ているともう見きれないほど情報があるのに、何が足りないのかと疑問を投げます。けんすうさんの答えは、貴重な情報はまだ本から手に入れているのではないか、というものでした。
あのブランドのあの戦略間違ってるよねみたいなことは、やっぱりSNSでは書けない。けど、リアルでは全然流通してるみたいなのありますよね。
高木さん自身も、Twitterに本当にリアルなことは出さないと認めます。お互いの監視力が上がり、交通事故のような炎上がそこら中で起きているため、危なすぎて本当のことを出せないという感覚です。
その結果、オフラインの場や、外に情報が出ない会員制のコミュニティの価値が逆に上がっていると高木さんは見ています。けんすうさんも、ネット上の情報だけでは偏りが出て補完できないと同意します。
相互監視が強く、ブランド批判のような本音は書きにくい
SNSに書けない本音や貴重な情報が流通している
けんすうさんは、相互監視の行き過ぎの例として、高木さんがあるブランドの行儀の悪いやり方を「今ではできないけどすごいね」と紹介しただけで、なぜか紹介した高木さんが叩かれた件を挙げます。
怒りのやり場がないのでそっち(書いた人)に行くみたいなのはありますね。
けんすうさんによると、SNSには怒りを言いやすい人にぶつける偏りがあり、高木さんは政治家がその典型だと付け加えます。同じ偏りは質問にも起きているといいます。
けんすうさんはマシュマロ ── 匿名でメッセージや質問を送れるサービス。受け取った側が回答をSNSで公開する使い方が広まっていますで質問を受け付けていますが、専門家に聞くべき内容が大量に届くそうです。聞きやすいから聞いているだけで、けんすうさんの適当な恋愛相談の答えを真に受ける事故も起こりうると話します。
ChatGPTは対立をやわらげる「中立者」になれるのか
高木さんは、検索すれば適切な人が見つかる仕組みがあっても解決しないのか、それともブログのコメント欄のような設計、つまりアーキテクチャの工夫で解決できるのかと尋ねます。
けんすうさんは、ChatGPTのようなもので解決したところは結構多いと答えます。背景にあるのは、ゼロ年代に広がった「良い意見がユーザーの投票によって残る」という思想の限界です。
けんすうさんによれば、Wikipediaもその思想に近いものの、賛成派と反対派が強い主張を持っていると絶対にまとまらないことが起きました。その一つの答えが、ChatGPTのようなフラットな中立者に見える存在が「こういう意見もある」とまとめる形だといいます。
カレーに玉ねぎ入れる派と入れない派がいるとして、お互いにめちゃくちゃ対立するとめちゃくちゃ喧嘩になるけど、ChatGPTみたいなのがフラットに言うと別に喧嘩が起こらないみたいな、そういう感覚ですね。
実例を出すとまずいからとぼかした例えですが、当事者同士では衝突する話題でも、中立的なまとめ役が入ると怒りが起こりにくい、というのがけんすうさんの見方です。
「自分のコンテンツ化」はなぜ危ういのか
高木さんは、究極的には自分自身が最強のコンテンツになっていくのかと問いかけます。けんすうさんは、そういう考えもあるものの、そちらに行かないほうがいいと思っていると答えます。
その面白さ(自分のコンテンツ化)って、コンテンツの面白さとはちょっと別の要素を入れてる気がしていて。要はちょっと心のハックに近いんじゃないかと。
けんすうさんは、自分のコンテンツ化を、すごく怖いものや性的なものが感情を引き起こすのと近いジャンルだと位置づけます。高木さんが占いや血液型を挙げると、けんすうさんはラーメン二郎のように油や糖を大量に与えられると気持ちいいものにも例えます。
高木さんがSNSの「いいね」でドーパミンが出る話に触れると、けんすうさんは、それくらい気持ちいいことだからハマりすぎてしまうのではないかと懸念を示します。
高木さんは、けんすうさんが長くインターネットコミュニティにいたから冷めているのかと尋ねます。けんすうさんの答えは、人を刺激して動かすのは簡単だが、その先に必ず破綻がある、というものでした。
その料理の中に麻薬入れたらめちゃくちゃハマるじゃんみたいなのに近い感覚で、確かにハマるけど、その人の生活ボロボロになりますよねみたいな。
高木さんも、TikTokやインスタグラムは見たいものを見せるというより、見ざるを得ないものを投与してループに入れている、と現状を表現します。
体に悪いものってみんな気にして食べないけど、脳に悪いものは結構無自覚に取ってしまうので、事業者側がそこを活用しちゃいけないんじゃないかみたいな気持ちありますね。
グロースハックと「攻撃で稼ぐ」の境界線はどこか
高木さんは、YouTubeなどで成長を狙うと、アルゴリズムのハックが一番早く、煽り方やサムネイルの作り方も刺激的になっていくと指摘します。けんすうさんは、これを程度問題だと捉えています。
けんすうさんの線引きでは、「こうやったら見られる」を修正していくのはグロースハック ── データ分析や改善の積み重ねで、サービスやコンテンツの利用者を効率よく増やす手法の総称の努力の範囲です。一方で、誰かを攻撃して注目を集める手法はアウトだといいます。
誰かを攻撃するやつはやっぱりめっちゃ見ちゃうよね。で、それで批判的なコメントもプラスと見なされて露出するよね。だからひたすらこの民族の人を悪く言おうみたいなことをやったらアウトだなという。
見られる工夫を修正していくグロースハック
嘘でも構わず特定の人々を悪く言い続け、批判コメントで露出を稼ぐ
高木さんが「文春はセーフか」と聞くと、けんすうさんは「難しい」と答えます。相当情報を取捨選択して編集しているのはわかる一方で、調べて写真を撮るなど一定の高い基準でやっているため、何とも言えないという立場です。
高木さんは、刺激的で消費サイクルの速いコンテンツの流れは避けられず、チキンレースのようにギリギリまで攻める世界になるのではないかと懸念します。けんすうさんは、アメリカではその手法で大統領にまでなれると証明され、ブラジルの大統領も真似して成功したと指摘します。
その手法が強固である以上、プラットフォーム側が自制して規制していくしかないのではないか、というのがけんすうさんの考えです。
悪い手を思いつく人は、なぜ使わないのか
高木さんは、けんすうさんがアルゴリズムを解析するのが得意なのかと尋ねます。けんすうさんは得意だと認め、「やってはいけない」と言えるのは、やれることを思いついているからだと話します。
それ(悪い手口)をフル活用して自分のために使うっていうタイプでなかったから良かったんだろうなと。そっちのタイプだとめちゃくちゃ犯罪を犯してそうなくらい思いついてます。
けんすうさんは、防御側に使う分にはいいと考えています。そのうえで紹介したのが、ソーシャルメディア・プリズム ── アメリカの社会学者クリス・ベイルの著書。SNS上の分断や極性化を、調査データをもとに分析していますという本に書かれていた研究です。
多様な意見を聞くことが大事だとよく言われますが、この本によると、反対意見に触れたほうが人はより強固に自分の意見を主張するそうです。自分のアイデンティティが攻撃されていると感じ、喧嘩になるからです。
けんすうさんによれば、この本で一番良かったのは匿名で話し合う方法でした。「そういう意見もあるよね」と、お互いに歩み寄れたといいます。
アイデンティティへの攻撃と感じ、より強固に主張して喧嘩になる
「そういう意見もある」と受け止め、お互いに歩み寄れる
けんすうさんは、そうした研究が進めば、喧嘩ばかりの今のSNSも少し変わるかもしれないと期待を語ります。
高木さんは、SNSではみんなが発信する側で、聞く側があまりにもいない構造に無理があると応じます。話はそこから、CCCの増田さんが代官山 蔦屋書店を作ったときに出した企画の本と、そこに書かれていたアメリカの通販の話へと移り、前編はここまでとなります。
まとめ
けんすうさんは、インターネットの可能性はまだ使い切れていないと考える一方で、SNSが人の心をハックし、依存症ビジネスに近づいている現状に強い警戒を示しました。匿名性やChatGPTのような中立的なまとめ役に、分断をやわらげる手がかりを見ています。
- 年齢や性別が見えない働き方は偏見を減らす一方で、優秀な人への仕事の一極集中を生む可能性がある
- SNSは相互監視が強く、本当に貴重な情報はリアルな場や本に偏っている
- 自分のコンテンツ化や刺激的な発信は、心のハックとして依存を生みやすい
- 見られる工夫はグロースハックの範囲だが、誰かを攻撃して露出を稼ぐのはアウトという線引き
- 反対意見に直接触れるより匿名で話し合うほうが歩み寄れるという研究に、SNSが変わる可能性を見ている




