パスタの次にパンを選んだきっかけは?
ベースフードは、パスタに続いてパンを出したことで事業の規模が大きく変わったように見えます。高木さんのこの問いかけから、後編は始まります。
橋本さんによると、主食をイノベーションすることは創業時からの方針で、将来的にはライスやトルティーヤも視野に入れていたそうです。ただし選択と集中は必要で、麺の品質をどこまで上げてから発酵焼成のパンに進むかが判断のポイントだったといいます。
橋本さんが重視していたのは、売上ではなくプロダクトの品質でした。早くパンに手を出しすぎると、R&D ── Research and Developmentの略で、研究開発のこと。新しい製品や技術を生み出すための活動を指しますが中途半端になるという感覚もあったそうです。
パンへの転機は、会社の飲み会でした。自由なカルチャーのもと、R&Dのメンバーが試作品を持ち込んできたなかにパンがあり、作った本人も周りも「美味しくない」と思っていたといいます。
ところが橋本さんには、そのパンがパスタの最終版よりかなり美味しく感じられました。「これはなかなかいい出来ではないか」と開発を進めることになったそうです。
ベースフードのパンは、次のような順番で展開していきました。
冷凍パン
賞味期限を長くする技術が難しいため、まず冷凍で発売。大きな反響があった
常温パン
冷凍では受け取りづらい、冷凍庫が狭いという声を受けて常温版を開発
チョコパンなど
常温パンに続いてバリエーションが広がり、一気に伸びた
商品開発の期間についても、橋本さんは「ケースバイケースだが1年を超えることはない」と話します。会社も何もない状態から最初のパスタを作ったときでさえ、1年かかっていないからだそうです。
大手メーカーが後追いしてきても勝てた理由
ベースフードのパスタが出たあと、大手企業も似た商品を出してきました。高木さんは、生産が重く量産勝負になりやすいリアルなものづくりの領域で、なぜベースフードが大手に勝てているのかを尋ねます。
橋本さんの答えは、ITでも食品でも構図は同じだというものでした。DeNAでも、GoogleやApple、Amazonが本気で真似してきたら勝てるはずがなく、隙間を縫ってやっていくしかないという考えです。
そのうえで橋本さんは、常にGoogleなどの脅威にさらされ、Z世代の天才が次々に出てくるIT業界と比べると、食品製造は比較的競争環境が穏やかなのではないかとも話しています。
話題はD2C ── Direct to Consumerの略。メーカーが小売店を通さず、自社サイトなどで消費者に直接販売するビジネスモデルですにも広がります。D2Cの会社なのにAmazonやコンビニで売るのかという議論について、橋本さんは、D2Cが目的になっているから起きる議論だと指摘します。D2Cはあくまで何かのための手段だという立場です。
「ベースフードとは何か」を問い続ける理由
高木さんは、自宅での実験からパスタ、パンへと広がってきたベースフードが、自社の定義をいつ更新してきたのかを尋ねます。橋本さんは、ベースフードとは何かを今が創業以来いちばん考えている気がすると答えました。
その理由は、ベースフードという会社の形がどんどん変わっていることです。もともとはD2Cで、デジタルマーケティングの強さが大手食品会社に対する優位性でした。ところがコンビニで売ってもらうようになり、海外展開ではデジタルマーケティング自体を現地の会社に任せる可能性も出てきます。
そうなると「自分たちは研究開発だけの会社なのか」という問いが生まれます。橋本さんはバリューチェーンの中で何を担い、どこで収益を得るかが変わり続けていると話します。
ヒントになったのは、味の素の関係者との会話でした。味の素は調味料そのものの販売から始まり、それを使った消費者向け商品や、企業向けに素材を提供する事業へと自然に広がり、複雑な組織になっています。
橋本さんはこの例から、細かい定義にこだわる必要はないと考えたといいます。ベースフードは、食をイノベーションして健康をあたりまえにする会社であり、その時々でミッションを進めるために最適なことをやり、社会の力を借りられるところは借りればいい、という捉え方です。
社内の議論で「うちって何なんだっけ」となることもあるそうですが、そのたびに目的に対して手段にこだわらないことの大切さを思い返すといいます。手段の目的化は今のところ避けられていて、それは思い返す時間を意識して取っているからだと話しています。
コンビニ進出は「広告」ではなく「説明」だった
今振り返って分岐点だったのは、パンを始めたこととコンビニで売り始めたことだと橋本さんは言います。この2つがここまで未来を開くとは、橋本さん自身は予想していなかったそうです。
時期はパンが先でした。冷凍パンから始まり、定期購入で売れてコンビニでも通用する品質になってから、コンビニでの販売が始まっています。
橋本さんによると、食品メーカーでコンビニに置いてほしくない会社はまずありません。店舗の棚は限られていて、あらゆる商品が奪い合う「決勝戦」のような場所だといいます。創業当初、社員1〜2人の会社のパスタをコンビニが置いてくれるはずもなく、D2Cで売っていたのはそのためでした。
コンビニへのアプローチを続けていたのはマーケティングチームでした。外資系メーカーでコンビニとやり取りした経験のあるメンバーもいて、流通が基本だという業界の常識を理解していたと橋本さんは振り返ります。
一方で橋本さんが懸念していたのは、コンビニで普通のパンより100円高いベースブレッドを手に取った人が「100円分美味しい」と期待して、がっかりしてしまうことでした。オンラインなら栄養バランスの大切さを丁寧に伝えられますが、棚の前ではその場のノリで選ばれます。
そのため橋本さんは、買う人が何の商品かを分かったうえで満足してもらうことが、自社にとってもコンビニにとっても大事だと社内のメンバーに伝えていたそうです。トップ同士の交渉で一気に決まったわけではありません。
ファミマ!!ファミマびっくり
数十店舗規模の新しいタイプの店で販売開始
ファミリーマート関東
売上やPOSデータが良く、関東の店舗へ拡大
ファミリーマート全国
さらに全国へ広がる
セブン-イレブン・ローソン
ファミリーマートでの実績を受けて他チェーンにも展開
橋本さんは、この過程を「広告というよりは説明をした」感覚だと表現しています。新しいカテゴリーを作ったため、商品をまとめた棚も必要になりました。
橋本さんは推測だと断ったうえで、コンビニ側の事情にも触れています。当時のコンビニは、オンラインにいる客層の取り込みと、客層の高齢化・若者離れを課題にしていたと考えられます。テレビCM中心の大手メーカー商品に対して、デジタルで認知を得て若い世代が買いに来るベースフードは、その課題に合っていたのかもしれません。
橋本さんは、後に続くD2Cやフードテックのスタートアップにとって、コンビニへのルートを切り開いたという意味はあると話しています。
日本はなぜ「健康」で世界の友人になれるのか
ベースフードを世界でどんな存在にしたいかと問われ、橋本さんは最近の中国出張で感じたことを話し始めます。日本と中国は隣人であり、まず近所づきあいから友人になったほうがいいという考えです。
橋本さんは、戦争の賠償をめぐる議論について、ダムや道路を造っても、人が亡くなっている以上いくらやっても贖罪にならない感覚は分かると言います。一方で中国には日本より多いくらい糖尿病の患者がいて、今後は少子高齢化も急速に進みます。
その健康課題を日本のヘルスケア産業で救えるなら、日本は尊敬されるはずだと橋本さんは考えます。思想信条や宗教が強くない柔軟な日本人だからこそ、いろいろな国と友人になり、その国の人々の健康と命を救うのが真っ当な貢献だという見方です。
高木さんも強く共感します。独裁的な国が増え、大国同士が牽制し合う殺伐とした国際情勢のなかで、国際カンファレンスの開催地が日本なら各国が参加する、という話を聞いたことがあるそうです。高木さんは、利他的な姿勢こそが日本のポジションになりうると語ります。
橋本さんは「どれだけギブできるか」だと応じます。飢餓を減らし、健康な子どもや高齢者を増やすことは少なくとも敵を作らないとして、その分野で中心的なスタートアップになりたいと話しています。
政府が「やりたいけどやれないこと」を担う
日本では政治とビジネスの距離が遠いと感じる高木さんは、橋本さんがベースフードのミッションと政治をどう結びつけて考えているのかを尋ねます。
橋本さんによると、ベースフード自体は政治や官僚と関わってきたわけではありません。ただ大学のクラスの半分が官僚になり、DeNA時代の最後には伊勢志摩サミットなど政府との仕事もしていたため、政府や自治体が何をやりたくて、何ができないのかをよく分かっていたそうです。
ベースフードの発想も、もともとは厚労省の資料がきっかけでした。橋本さんは、政府の方針は優秀な人たちが知恵を絞ってよいことを書いているが、実行はなかなかできないと話し、彼らがやりたいけどやれないことをやろうとしてきたと振り返ります。
高木さんも、かつて厚労省の「保健医療2035」のビジョン作りに関わり、予防への転換を言語化した経験を明かします。最近は政府側が「スタートアップ5年計画」や補助金でスタートアップに近づいてきており、橋本さんも自分たちにできることを考えているといいます。
DeNA時代の自動運転も、2024年物流問題を自動運転でどう解決するかという話だったと橋本さんは言います。以前、食事の席で難波さんから「橋本のやっていることは社会システムデザインだ」と言われたそうで、本人もそうだと考えています。
橋本さんにとって社会システムデザインとは、社会全体がどういう構造であればよいかを考え、そのために自分たちがどう動くかを決めることです。DeNAが自動運転をすべて自前でやるわけではないのと同じで、あくまで坂本龍馬的な動きだと表現しています。
「決まったことも、ずっと決まっていない」考え続ける代表
高木さんが「考え続ける力が強い」と感想を伝えると、橋本さんは、考え続けないと代表の役割がなくなってしまうと答えます。日々の業務をメンバーが担ってくれているからこそ考えられるのは役得で、会社が大きくなるほど代表は考えることが大事になるという考えです。
それでも現場に入り込みたくなることはあるそうです。自分が見なくてもいいドキュメントも、見せられると直したくなってしまいます。社外の人と話すとアイデアが次々に出て、あれもこれもと言いたくなりますが、メンバーから「それはここで準備している」と返され、実は迷惑なのではと最近気づいたといいます。
そこで今は、任せてよいと思えば自分の発言を取り下げ、本当にやるべきことだけを押し通すようにしているそうです。例として挙げたのが、デジタルとディープテックのために社員数を3倍にした判断でした。人件費は利益を圧迫しますが、その旗は降ろさず、今期の黒字化のために採用を一時減らすなど折り合いをつけています。
考え方の原点は、DeNAでゲームを作っていた時期に読んだ、糸井重里 ── コピーライター。ゲーム『MOTHER』シリーズの企画・シナリオを手がけたことでも知られますさんの「いい企画マンは企画をフィックスしない」という趣旨の記事だといいます。手続き上は決めても、本人はずっと本当かと考え続けているという話です。
橋本さんも、スピードのために「これで決まり」と進めつつ、自分だけは決まったものもずっと疑い続け、違うと思えばすぐ取り下げます。朝令暮改は許してほしいが、ミッションのような本当に大きなところはブレていない、というスタンスです。
最近は、独断や即断即決も控えるようになりました。自分が即決したことにメンバーから決定的なフィードバックがあり、「やっぱ違った、ごめん」となることが何度かあったからだそうです。
自分で考えて即断即決する
メンバーに選択肢や意見を出してもらって最後に決めるか、先に決めた場合も猶予期間を設けて意見を募る
橋本さんは、創業経営者は創造力や決断力に優れる一方で調整力は欠けがちで、創造的な決断には非現実的なものも多いと話します。数日遅れても大きな問題はないので、周りに見てもらい、決定的な指摘がなければ進めるという形にしているそうです。
起業と経営は違う?前提が変わった会社づくり
経営者としてのマインドは変わったかと聞かれ、橋本さんは「結構変わった」と答えます。起業と経営は違うという言葉には以前は疑問を持っていましたが、フェーズごとに経営の仕方は違うと今は考えているそうです。
社員が30人から100人になり、上場し、自社サイトだけでなくコンビニでも売ってもらうようになったことは大きな変化でした。ただ、その瞬間には以前の仕組みが残っていて、変化を実感しているのはむしろ後になってからだといいます。
株主は少数。自分たちで売り、全部自分たちで責任を取る
株主が多数いる。他社も売ってくれる。社員にもいろいろな人がいる
今の前提に合った会社づくりは最近始まったところで、前の仕組みのままの部分は違和感として表に出てきます。橋本さんは、その違和感を見つけて変えていくことが今の仕事だと話しています。
ベースフード1.0を固め、次の時代を切り開く
中長期の展望として、橋本さんはまず今期の黒字化を掲げていると話します。海外展開なども考えていますが、今の事業である「ベースフード1.0」がビジネスとして持続し成長することが、「ベースフード2.0」やグローバル展開の土台になるという考えです。
橋本さんは今のフェーズを、ビジネスモデルを考える段階ではなく、トヨタのように血のにじむような改善を重ねて利益率を上げていく段階だと捉えています。世の中が緩和的な局面に入れば、また風呂敷を広げるかもしれないとも話しました。
目指すのは、最高においしく、最高に簡単で、最高に体にいい食です。この8年間それに近づけてきた食を、今後の8年、10年でさらに高めていき、力を借りるプレイヤーを増やしながら、その輪を世界に広げたいと語ります。
さらに、ITではないスタートアップの形が日本や海外の会社のモデルになり、政府や大企業との提携の仕方がオープンイノベーションの手本になれば、次の時代を切り開けるのではないかと橋本さんは話しています。
最後に高木さんは、スタートアップのフェーズが変わり、国家や社会の課題を直接ビジネスで解決しにいく起業家が増えていくと感じたと振り返ります。国家課題に向き合う事業だからこそ、コンビニのような大きなプレイヤーを巻き込めているのだろうとして、これからは優秀な人が国家公務員ではなく起業家になっていくと締めくくりました。
まとめ
橋本さんの話から見えてくるのは、ミッションを軸に置き、手段や会社の形は状況に応じて柔軟に変えていく経営観です。パンの開発、コンビニへの進出、意思決定の仕方の変化も、その考え方に沿ったものだといえそうです。
- パンは社内の試作品から生まれ、冷凍から常温へと顧客の声に応えて広がった
- コンビニ進出は、限られた店舗での実績を積み上げて段階的に広がった
- 「ベースフードとは何か」の定義より、目的に対して手段にこだわらないことを重視している
- 決めたことも疑い続けつつ、今はメンバーの意見を取り入れてから決めるスタイルに変わった
- 健康という敵を作らない領域で、日本が世界の友人として貢献できると考えている





