国語力で道を切り開いた少年時代とは?
ベースフードは「食をイノベーションし、健康を当たり前にする」を掲げ、完全栄養食のパンやパスタを販売する会社です。ファミリーマートなどのコンビニで商品を見かける人も多いかもしれません。
聞き手の高木真平さんは、橋本舜さんがDeNAにいた頃から一緒に仕事をしており、起業の話も当時から聞いていたといいます。高木さんは橋本さんを「哲学者タイプの経営者」と紹介しています。
橋本さんは熊本で生まれ、大阪の吹田で育ちました。父親は祖父が創業した設計事務所の2代目で、橋本さんが1歳ぐらいのときに事業を継いでいます。そのため橋本さんは、会社員の父ではなく、中小企業の社長としての父を見て育ちました。
少年時代の橋本さんは水泳教室によく通っていましたが、選手を目指していたわけではありません。中学受験を経て入った学校では剣道部に入り、剣道は中学・高校・大学と続けることになります。
橋本さんの勉強の強みは国語でした。父親の友人たちが会話する場にいたことや、母親が図書館に連れて行って本をたくさん読ませてくれたことで、「大人みたいにしゃべる子」と言われていたそうです。
実際大学受験でも国語は模試とかでもすごい点は高くて。なんかその論理力とか文章理解力でここまで来てる感じがしますね。
中学受験では大手の塾についていけずに一度ドロップしたものの、地元の塾に通い、模試では届かないはずだった甲陽学院に合格しました。入学後は周囲の勉強量に苦労し、一浪を経て東京大学に進んでいます。
高木さんがベースフードを「哲学的にやっている」と評すると、橋本さんは、哲学がわかるようになったのは社会人になってからだとしつつ、もともと「ロジックが通っていないと気持ち悪い」という感覚はあったかもしれないと振り返っています。
剣道部で抱いた「努力量で勝つ」への葛藤
橋本さんが大学時代でいちばん記憶に残っているのは、東大の剣道部での経験です。剣道は週5〜6日、朝も練習するほど強くなり、レギュラーにもなれる世界でした。
ただ、剣道でプロになるわけではなく、剣道のために大学に入ったわけでもない、という葛藤が橋本さんにはありました。就職活動の時期には、たくさん練習しないと強くなれない勝負は厳しいかもしれない、と感じていたといいます。
(剣道は)ルール決まっちゃってるわけなんで、その中で努力量結構大事なんですけど、新しいスポーツを作ってしまえばそういうのないじゃないですか。
橋本さんが見ていたのは、ルールが決まった競技と、ルールそのものを作れるベンチャーや起業との違いです。中高や剣道部の友人を見て、正攻法で努力を積み重ねて勝つのは難しいと考えたといいます。
高木さんは、学生時代にそこまでメタ的に自分を見ることはできなかったと驚きます。橋本さん自身も、国語力に加えて「客観視」をよく指摘されると話し、それを強みと認識しているそうです。
例えば僕代表なんですけど、代表である僕をまた別の僕が見てるみたいな。
だから社外取締役みたいな役割とか、投資家みたいな役割とかをなんか脳内に飼ってる感じなんですね。
高木さんによれば、収録前にも橋本さんは、ミッションを追い求めるピュアな起業家としての自分と、上場企業の経営を最適化する経営者としての自分を戦わせている、と話していたそうです。橋本さんは、発言している自分をどこかから見ている自分がいて、ずっと自問自答している感覚だと認めています。
なぜ経営者には一人で考える時間が必要なのか?
高木さんは、ユニクロについての新しいドキュメンタリー本を読み、柳井正さんの強さは自分を客観視する力にあると感じたと話します。本には、柳井さんが仕事を早く終えてずっと読書をし、自分と対話していたことや、山口のオフィスが永平寺のような空間だったことが書かれていたそうです。
高木さんは、柳井さんが自分を冷静に捉えていたからこそ、「服とは何か」「ユニクロとは何か」を問い直し、アップデートし続けられたのではないかと読み取っています。
橋本さんは、スティーブ・ジョブズが京都の禅に触れていた話にも触れつつ、忙しすぎると自分が何を考えているかを考える時間がなくなる、と応じます。
僕も本を読むとかっていうのは、なんかインプットしてるっていうよりは、なんか考える時間を作ってるって感じだと思ってるんで。
橋本さんによると、人と会ってミーティングばかりしていると、言いっぱなしのことが頭の中に溜まり、気持ち悪くなってくるそうです。一人の時間を作らないと、その違和感は解消されないといいます。
働き方の多くはDeNAで学んだと橋本さんは話します。当時のゲーム部門の本部長は、有名なゲームを作ってきた転職組で、朝から晩まで漫画雑誌を読んだりゲームをしたりしていました。自分の役割は「今何が面白いか」を理解することで、それさえわかっていれば提案にイエス・ノーと理由を言える、という考えだったそうです。
その姿を見ていたことから、橋本さんは、おいしいものを食べることや豊かな経験をすることがとても大事だと考えるようになったといいます。
チームスポーツが苦手な二人、それぞれの頭の整え方
高木さんは、水泳や剣道といった経験が、今の橋本さんと無関係ではないように感じると話します。どちらも周りに反応して動くタイプのスポーツではない、という見立てです。
橋本さんは、高校の美術の先生のエピソードを挙げます。その先生はテニス部の顧問で、理由は「チームスポーツじゃないから」でした。橋本さんはそのとき、剣道も同じだと気づいたそうです。
結構会社でバリュー(を)どうする?みたいな議論がある時に、なんかオールフォーワンみたいでいいよねみたいな議論出てくるんですけど、僕それ全然しっくりこないんですよ。
剣道の団体戦は先鋒から大将まで5人が戦い、3勝2敗なら勝ち、2勝3敗なら負けです。橋本さんは、一人ひとりが頑張った結果の積み重ねがチームの結果になっているだけだと説明します。
橋本さんはチームワークを大事にしつつも、ある程度は自分で自分を律して結果を出していく、独立や自立を大切にしていると話しています。
リフレッシュの方法でも二人は対照的です。橋本さんは走る、泳ぐ、歩くことがいちばんのリフレッシュで、人と話すのは楽しいけれど何かが積もっていく感覚があるといいます。一方の高木さんは、人と話すことがリフレッシュだと話します。
歩いたり走ったりしてる時にそれ(積もったもの)が減らされていくって感じで。基本空っぽの方がストレスは感じないんですよね。
橋本さんは、DeNA時代にnendoの佐藤オオキさんがテレビ番組で紹介された際、何もない真っ白な家で「その方が自由に考えられる」と話していたのを見て、自分もこちら側だと感じたそうです。ゲームの作り手にも、おもちゃに囲まれて発想する人と、何もない状態から考える人がいると話します。
高木さんは逆に、机の上を散らかしておき、それをインスピレーションにして編集するタイプだと笑います。
走る・泳ぐ・歩くことでリフレッシュ。家に物を置かず、空っぽの状態からやりたいことを見つける
人と話すことでリフレッシュ。机の上は散らかしたまま、外からの刺激を編集して発想する
橋本さんは、自分の決まっている強みと弱みを理解してそこだけをやり、得意でないことは得意な人に周りにいてもらう、と話しています。
東大剣道部からDeNAへ。ビジネスコンテストで何が起きたか
橋本さんのDeNA入社は2012年です。高木さんは、勢いのある騒がしいイメージのDeNAと、ここまでの橋本さんの話がつながらないと問いかけます。
橋本さんは入学当初、国際系インターンの団体ISEKと剣道部を掛け持ちしようとしていました。ところが剣道部の先輩から「そんなやつ一人もおらん」と言われ、剣道部だけにしたそうです。
一方で、国際系の活動をする友人を見て、「竹刀を振っていて大丈夫なのか」という思いが積もっていきました。そんな中、大学3年の夏に受けたのが、仕事体験ではなくビジネスコンテスト形式だったDeNAのインターンシップです。
選考の場で、橋本さんは当時人事本部長だった中島博さんに引っ張り上げてもらったといいます。中島さんは、現在タクシーアプリ「GO」を運営する会社の代表です。
理想の上司について教えてくださいっていうのが最初の問いで、僕は普通に剣道部の先輩とか見て理想の上司はこういう人ですと発表したら、僕だけ発表した後、みんなシーンってなって。
その後全員でホワイトボードに向かってSWOT分析みたいなのし始めたんですよ。僕、SWOT分析って何?と思いながら見てて。
周りはコンサル対策をしてきた学生ばかりで、橋本さんは「100パー落ちた」と思ったそうです。しかし中島さんから意味深な言葉をかけられ、夏のインターンに参加することになりました。
インターンの参加者は起業経験者や学生団体の代表ばかりで、橋本さんはさらに焦りを感じます。その後、東大剣道部の通例どおり商社や大企業も受けましたが、最終的には一番面白かったDeNAを選びました。
剣道部の先輩からは「DeNAなんて行くとこじゃない」と言われたといいます。橋本さんによれば、東大剣道部は日本で一番古い部活の一つで、とてもクラシカルな組織だったそうです。
ゲームを週10本。DeNAで身につけた「突破力」
橋本さんがDeNAを選んだ理由は、トヨタや商社のように教えてもらうのではなく、第一線でトライアンドエラーをしたほうがいいという仮説でした。とはいえ1年目は学ぶことも意識し、当時最も勢いのあったゲーム事業部を希望しています。
ゲーム事業部での1年目は苦労の連続でした。「ファイナルファンタジー5やったことないの?」と言われるような環境で、橋本さんはゲームづくりの才能は皆無だったと振り返ります。
二年目とかはもう何か金曜日に10本のゲームを中古で買って、土曜日の朝から晩まで全部やってみたいな。
土曜の夜に9本を売り、日曜は残る1本を朝から晩まで遊ぶ。橋本さんは、何が面白いのかを理解するためにそこまでゲームに打ち込んだといいます。
その後、橋本さんはゲーム以外のビジネスも見たいと考え、中島さんがトップを務める新規事業部へ移ります。3〜4年ゲームだけをやると「ゲームの人」になってしまうが、まだその覚悟はなかったからです。縁があって駐車場シェアリングのakippaへ出向し、新規事業との関わりが始まりました。
DeNAで得たものとして、橋本さんは「攻撃力」「突破力」を挙げます。中島さんからは、ブルドーザーのように仕事を進めると言われたこともあるそうです。
高木さんも、自動運転の解禁に向けて過疎地域で映像やキャンペーンを作った仕事を振り返ります。国の方針もほとんど決まっていない中、ロビイングや多くのステークホルダーの整理を、橋本さんがゴリゴリ進めていたといいます。
自動運転の現場で見えた社会保障という課題
橋本さんは、自動運転の仕事がベースフード創業に最も影響していると話します。実は当初、自動運転には反対していました。GoogleやTesla、Uberが取り組む領域でDeNAが戦うのは無理で、もっとニッチなほうがいいと考えていたからです。
しかし実際にやってみると、大きな領域を攻めたことで大きな組織が応援してくれるようになりました。橋本さんはここから、できるかできないかではなく、やるべきことをやればいずれできると考えるようになります。
もう1つの学びは、政府や自治体の首長と話す中で知った、少子高齢化と社会保障負担の増大への強い危機感でした。限界集落では介護や医療に大きなお金がかかっており、自動運転バスへの投資で寝たきりの人が減るだけでも大きい、と言われたといいます。
だから僕にとっては、自動運転バスも、ヘルスケアだったっていうか、社会保障費(の)負担を下げるための知見だった。
ただ、自動運転は社会保障問題に対してやや間接的に感じられました。もっと直接的に過疎地の問題を解決できるものは何かと考えた末、橋本さんは「主食で栄養をとる」という答えにたどり着きます。食品はDeNAではできないため、独立を決めました。
高木さんが論理で導いた答えなのかと尋ねると、橋本さんは「ひらめいたとかは一切なくて、本当にロジック」だと答えています。その筋道は、厚生労働省 ── 医療・介護・年金などの社会保障や、国民の健康づくりを所管する国の行政機関のサイトに書かれた内容から始まります。
課題
国にとって一番の問題は社会保障費
予防
健康寿命と寿命の差を縮めるには、医療だけでなく予防。予防は栄養・睡眠・運動
栄養
栄養とは、主食・主菜・副菜・もう一品を基本としたバランスのよい食事
現実
共働きや一人暮らしが増え、専業主婦が減り、日本的な食生活が減っている
答え
主食で主菜・副菜・もう一品の栄養がとれるようにする
「それではおいしくならない」とよく言われたそうですが、橋本さんは、自動運転に挑もうとしていたのだから、栄養の詰まった主食をおいしくすることはできるはずだと考えたといいます。
家で麺職人を1年。Amazon1位からチームづくりへ
起業の意思を伝えたとき、上司の中島さんの反応は「ピンとこない」というものでした。コンサル時代に外食系の仕事も経験していた中島さんは、難しい領域だと指摘しつつ、納得できる戦略や計画を持ってくれば辞めてもいい、と伝えたそうです。
そのとき橋本さんが考えた計画は、今の事業計画のベースになっています。中島さんは最後まで半信半疑だったようですが、やりたいことはやればいいと送り出してくれました。
最初の一歩は、栄養士の友人に電話し、栄養バランスの基準や計算方法を聞くことでした。そこで知ったのが、今もベースフードが準拠する日本人の食事摂取基準 ── 健康の維持・増進のために、エネルギーや各栄養素をどれだけとればよいかを国が示した基準。定期的に改定されていますや、食品標準成分表 ── 食品ごとに含まれる栄養素の量をまとめた国のデータ集。「ニンジン100グラムにどの栄養素がどれだけ入っているか」などがわかりますです。
パスタにはナスやほうれん草のような生鮮食材は入れにくいため、橋本さんは鰹節や青のりなどの伝統的な乾燥食品に目をつけました。
なので一年目はずっと僕が麺職人をやっていただけですね。
自分ではまだ途上だと思っていた麺も、友人に食べてもらうと「結構うまいじゃん」という反応でした。10人ほど集めて試食してもらうと、合わないソースもあるものの、ソースさえ選べば普通に食べると言われたそうです。
こうして生まれたBASE PASTAの最初のバージョンは、レストランでの試食会をきっかけに話題になります。「世界初の完全栄養のパスタ」を掲げた会には多くのメディアが集まり、特にライフハッカーなど相性のよいメディアを通じてSNSでも広がりました。
「DeNA出身者が作ったパスタ」「世界初」といった強いパンチラインもあり、BASE PASTAはAmazonの食品ランキングで一時1位を獲得し、すぐに在庫切れになりました。
うまくいかない可能性も大きいと考えて一人で起業していた橋本さんは、この反響を受けて社員を集めようと決め、当時のCXOを口説きに行きます。
橋本さんは、ゲーム事業で培った姿勢が創業期に生きたと話します。ゲームの世界では「御託はいいから動くものを持ってこい」が基本で、とにかくプロトタイプを作りに行くという魂が、1年間の麺づくりにつながっていました。
まとめ
前編では、橋本舜さんが国語力と客観視を武器に、剣道部での葛藤やDeNAでの経験を重ね、論理の積み上げで「完全栄養の主食」にたどり着くまでが語られました。自動運転の現場で出会った社会保障の課題が、食の事業へと直結している点が印象的です。
- 剣道部での経験から、決まったルールの中で努力量を競うより、新しいルールを作る起業に惹かれた
- 自分の中に「社外取締役」や「投資家」を飼うように客観視し、読書を考える時間として使っている
- DeNAの自動運転事業で、大きな領域に挑む意味と、社会保障費という国家課題を知った
- 厚生労働省の示す予防と栄養の考え方から、主食で栄養をとるという答えを論理で導いた
- 創業1年目は自宅で一人パスタを試作し続け、Amazon1位の反響を受けてチームづくりに踏み出した





