そもそも「再生建築」とは何か
神本豊秋さんが率いる再生建築研究所は、建物を壊して建て替えるのではなく、既存の建物を生かして再生する設計事務所です。
神本さんはまず、日本の建築の前提から説明します。今の日本の建築は、30年に1回のペースで更新され続けているといいます。
今日本の建築っていうのは、30年に1回更新され続けてる。
もともとの日本は、ものを残す文化だったと神本さんは指摘します。世界最古の木造建築である法隆寺も日本にあります。
もともとはものを残す文化であったにも関わらず、戦後復興したことが新築で復興してきたが故に、新しいものの方が価値があるっていうジャンルに建築業界っていうのはなってしまってる。
戦後、新しいものを作ることで経済が潤ってきた名残が今も残っている、というのが神本さんの見立てです。だからこそ、令和は「生かす時代」「残す時代」にしていくべきだと話します。
渋谷のビル再生が示した「引き算の補強」
神本さんは具体例として、渋谷区役所前にあるビルの再生を挙げます。地下には、福山雅治さんや桑田佳祐さんがデビューしたライブハウス「エッグマン」がありました。
これ渋谷のオフィスビルの再生です。福山雅治さんとか桑田佳祐さんとかがデビューしたような、伝説的な昭和のライブハウス(エッグマン)が地下1階にある。
この建物は1967年竣工で、当時すでに築45年以上でした。相談内容は、地下のエッグマンを含むテナントを追い出さずに耐震補強したい、というものでした。
通常の耐震補強は、壁を足したり窓を埋めたりする「足し算」になりがちです。飲食店で窓が少なかったこの建物では、補強で窓がさらになくなる問題がありました。
神本さんが提案したのは、逆の発想でした。荷重を減らすことで補強する「減築補強」です。
補強は今、足し算って思われがちなんだけど、引き算の補強で新しいオフィスビルに生まれ変わりましょうと。
人の体と同じで、無駄な荷重を軽くすることが一番の補強になる、と神本さんは説明します。店舗をオフィスに変えて賃料を上げつつ、建物を軽くして地下の補強を抑えました。
壁を足し、窓を埋める。学校のように窓が減り、飲食店では使いづらくなる
無駄な荷重を軽くして補強する。窓を増やしながら強度を上げられる
このビルは2020年2月、コロナの緊急事態宣言のさなかに竣工しました。オフィスが最もいらないと言われた時期で、テナントが入るか神本さんは不安だったといいます。
しかし借り手が現れます。AmazonMusicが、新築の綺麗なビルではなくこの再生型ビルで渋谷の音楽文化を発信したいと、一棟丸ごと借りました。
ものを残すことによって、ただ延命したのではなく、こういう再生で新築よりも価値が上がったっていうようなことを行った。
なぜ「再生」が広がらないのか、金融・不動産・建築の壁
神本さんの事務所は30人規模で、事業としては好調だといいます。違法建築を適法にできる駆け込み寺として、日本中から相談が来る状態です。
ブラックジャック的な、その違法建築を適法にできる人がいるらしいっていうような形で、口コミ的に最終駆け込み寺的に僕らの仕事がある。
それでも今なお、建物の9割は建て替えられているといいます。しかも建築費は高騰しています。
坪単価が20年前、一坪80万円、90万円でできてたものが、今一坪200万円、300万円って言われてて。
建築費は3〜4倍になったのに、賃料は同じようには上がっていません。それでも新築が建ち続ける、異常事態だと神本さんは言います。
儲かっているのは建設会社ではなく、むしろディベロッパーが逼迫しているといいます。物件が止まると困るため、今度は金融が動き、50年ローンのような仕組みが作られていると神本さんは話します。
つまり、新築を作るためのルールはすぐにアジャストされる一方で、ものを残すためのルールはなかなか更新されない、という非対称があるという指摘です。
神本さんはこの構造を、金融・不動産・建築の三位一体で捉えています。建築基準法そのものが新築のルールで、残す場合はその「緩和版」しかない、といいます。
建築
建築基準法は新築のルールが基本で、残す場合は緩和版しかない
不動産
新築なら将来また売れる仕組みがあり、利回りが低くても動く
金融
新築のために50年ローンなど新しい融資が用意される
高木新平さんは、これは建築だけの話ではないと受け止めます。かつてGDPの2割超を支えたエコシステム全体の問題ではないか、と問い返します。
これを問題提起している人は、かみちゃん以外にいないの?
神本さんは、薄々感づきながらも新築を作ってしまっている人が多いと答えます。10年前は「言うのはわかるけれど、確実に売れる新築になった」と言われ、建て替えられてきたといいます。
新築より安く速い、それでも選ばれない理由
高木さんは、新築と再生建築でコストや期間がどれだけ違うのかを尋ねます。神本さんは、新築には作る前段の負担が大きいと説明します。
新築では、まず立ち退き費用と、そのためのスケジュールがかかります。次に建物を解体する除却のコストと時間がかかり、その後にようやく新築を作ります。
新築するんだったら、まず立ち退き費用がとてつもなくかかる。(その後に)除却のコストがかかる。
神本さんによれば、10年前の説明では、再生は新築の6〜7割のコストでできるとしていました。工期は3分の1から半分程度だといいます。
立ち退き、解体、建築と前段が重く、大規模開発になりがち
コストは新築の6〜7割、工期は3分の1〜半分(10年前の目安)
それなら、なぜ再生が選ばれないのか。神本さんは利回りと出口の問題を挙げます。
新築は利回りが3〜5%でも動きます。将来また売れる仕組みがあるからです。一方、再生は利回りが10〜15%と高くても、次に買う人がいないといいます。
次に買う人がいない、というのはどういうこと?
神本さんは、耐用年数という指標を挙げます。建物は50年経つと価値がゼロと言われ、償却が終わって建て替えが前提になっているといいます。車が6年で償却されるのと同じ発想です。
ヨーロッパでは建物自体に価値があるのに対し、日本は土地に価値があり、建物には価値がほぼないという違いがある、と神本さんは整理します。
償却されて建て替えられる、要は建て替えを推進してる法律なの。
高木さんは、これを「新品のiPhoneを買い続けましょう」という発想にたとえます。3年に1回買い替えたほうがメリットがある、という仕組みで経済が回る、という理解です。
今、再生建築を頼む人は誰か
高木さんは、新築が有利な今の時代に、わざわざ再生建築を頼むのはどういう人かと尋ねます。神本さんは大きく2種類あると答えます。
1つは、物理的に建て替えられない人です。出て行かない人がいる、建て替えると床面積が減って収支が合わない、といったケースです。
5000平米のマンションが3000平米になって収支が合わないとか。
もう1つは、法律の変化で建て替えると不利になる建物です。たとえば京都のように、今はホテルが作れないエリアで、元ホテルを建て替えたら二度と作れなくなる、といった場合です。
もう1つの相談は、ディベロッパーや金融など「作りたい側」からのものです。従来のルートでは建て替えにしかならないため、一緒に新しい仕組みを作ろうという依頼だといいます。
- 物理的に建て替えられない、困っている所有者
- 法律変更で建て替えると不利になる建物の所有者
- 新しい残す仕組みを一緒に作りたいディベロッパーや金融
高卒の家系から「日本一の建築家」へ
高木さんは、そもそもなぜ神本さんが建築家になり、再生建築というジャンルをやるようになったのかを尋ねます。神本さんは自身の生い立ちから語り始めます。
神本さんは大分県の生まれで、両親は高卒、家族に大学を出た人が一人もいない環境で育ちました。自分も高校を卒業したら就職するものだと思っていたといいます。
転機は小学6年のとき、田舎の大工をしていたおじさんの姿でした。仕事を取り、図面を描き、自分で建てる姿がスーパーマンのように見えたといいます。
これ何の仕事なの?って言ったら、俺がやってるのは建築家っていう仕事やって言って。
神本さんは卒業文集に「将来は日本一の建築家になりたい」と書きました。言語化することの大切さを、今になって感じているといいます。
ただし進路の助言には行き違いもありました。「建築家になるには工業高校の建築学科へ」と言われ、大分工業高校に進みます。そこでは微分積分ではなく、コンクリートを練り、型枠を組み、測量をする日々でした。
高校の進路相談で、今度は「建築家になるなら大学へ行け」と言われます。近畿大学九州工学部の建築学科に進みますが、図書館で建築雑誌を読むうち、王道の道は自分にはほぼ無理だと感じ始めます。
優秀な大学行って、優秀なデザイン事務所に行って、そういう王道に行かないと建築家になれないんじゃないかっていう不安が、若干、歳ながらに生まれて。
建築の寿命30年に感じた違和感と、再生への着想
神本さんは、建築の歴史や構造を調べるうちに、日本の建築の平均寿命が30年だと知ります。授業の先生に理由を尋ねても、答えは曖昧でした。
建築の平均寿命は30年だって聞いて。先生なんで30年なんですか?って聞いたら、地震が来るからじゃないかみたいな、結構曖昧だった。
ちょうど環境問題が注目される時代で、神本さんは「これからはものを残す分野になる」と直感します。同時に、流行していたリノベーションには物足りなさも感じていました。
リノベーションは模様替えはしても、耐震などの補強はしていない。だからこそ、耐震化して適法化し、新築と同じことができる事務所へ行こうと決めたといいます。
耐震化して適法化して、新築と同じようなことができる事務所に行こうって言って。
神本さんは大学3〜4年のゼミで、デザインではなく耐震工学を学びました。卒業後は再生建築の第一人者の事務所で8年学び、独立します。
独立から13年。神本さんは、建築の課題はこの10年でほぼクリアできたと振り返ります。しかし残ったのは、金融や不動産という別ジャンルの壁でした。
金融とか不動産とか別ジャンルの課題をクリアすることが、僕にはできないなと思って。
「見えている建物」しか評価されないという悩み
神本さんは、建築家の仕事は普通、設計だけを担うと説明します。ディベロッパーがボリューム計算をして商品を決め、建築家は与えられた条件で提案する、というのが通常の流れです。
一方、再生建築では、既存の建物を「適法にできるか」「どんな融資が組めるか」という手前から相談が来ます。だからこそ一緒に考えられるのが強みだといいます。
神本さんは、リノベーションとの違いも整理します。建築基準法では、建物の一部を変えると建物全体の確認が必要になる。だから届け出のない範囲で行うお化粧直しがリノベーションだ、といいます。
これに対し再生は、建物一棟のカルテを読み解く作業から始めると神本さんは言います。人間のカルテのように、過去にさかのぼって何が適法で何が違法かを診断し、処方箋を出すイメージです。
一度過去に遡って、ちょっとね、あの歯が痛いって言ったとしても、実は首からきてたとか。
多くは構造に手を付けず、届け出のない範囲で内装などを変えるお化粧直し
建物一棟のカルテを読み解き、過去・現在・未来にわたって適法化と価値付けを行う
神本さんの悩みは、この手前と未来のプロセスにこそ価値があるのに、今は完成した建物というアウトプットしか評価されないことです。
見えてるものしか、僕らは今評価されてない、建築家としてしか。
高木さんは、再生建築の価値はプロセスにあると受け止めます。どういう建物として残し、生かすかというプランニングから担っている点が、単なる意匠の仕事とは違うと整理します。
目指すのは「都市開発」ではなく「都市再生」
神本さんは理想として、新築が9割の社会を逆転させたいと語ります。ただしヨーロッパのようなレンガ張りの街並みは、地震で崩落する日本では難しいといいます。
そこで、日本らしい残し方のモデルとして京都が挙がります。京都では古民家を残す文化が定着し、府を挙げてルールが作られています。
府を挙げてルールを作ってるの。国を挙げて、行政を挙げて、そのエリアの文化に寄り添ったルールを作ってあげないと残らないんじゃないかな。
ここで高木さんが核心を突きます。建物を一軒一軒やっているから広がらないのではないか、という問いです。
建物を一軒一軒やっているからダメなのでは?
神本さんは、実は今エリア再生に取り組んでいると答えます。ディベロッパーに「エリア再生をしよう」と提案する動きが始まっているといいます。
神本さんは大分・別府の事例を挙げます。駅前に250室のホテルを作る計画で、敷地内にあった約80室の古いホテルを残す提案をしました。
結果、その80室のホテルは、3000円で稼働率が半分ほどだったものが、今は1万円で満室になっているといいます。新しいホテルの宿泊客がその温泉を使えることで、価値が上がったためです。
3000円で稼働率がもう半分ぐらいしかなかったものが、今1万円で満室になってる。
神本さんは、1つの新築の周りに10棟20棟の再生を組み合わせ、街ごと蘇らせるイメージを描きます。地元の商店街とルームキー決済で連携するなど、経済圏をつなぐ試みも始まっています。
新築が敵か、都市開発が敵か
高木さんは、モデルケースとなる象徴的な場所が必要だと迫ります。京都やパリのように、行けば一瞬で価値が伝わる場所です。
高木さんは、富山・岩瀬や直島、倉敷を例に挙げます。一軒一軒の建物ではなく、街全体・通り全体に価値が生まれた事例です。
文化作るとか言いながら、建物勝負してるところがある。
高木さんは、神本さんの仕事の受け方そのものを問い直します。今のやり方は、新築が当たり前の設計事務所の受け方と同じだ、というのです。
(受けている仕事は)この建物どうにかしてください。それがすでに建つか、すでに建ってるものかの差でしかなくて。
建物単体で受けている限り、そのエリアの不動産価値には発展しない。だからディベロッパーや金融、自治体と、エリアごと仕事をすべきではないか、と高木さんは提案します。
さらに高木さんは、本当の対抗軸を言い当てます。敵は新築というより、都市開発なのではないか、というのです。
本当の敵というか、新しいモデル作んなきゃいけないのは、新築というよりは都市開発とかなんじゃないの?
神本さんも、開発という言葉が嫌いだと応じます。二人は、都市開発に代わる「都市再生」というオルタナティブへと言葉を寄せていきます。
神本さんは、事例を見せると皆が驚き仕事は増えるが、それは腕のすごさに向けられたものだと認めます。困っている個別の相談が来るだけで、枠組みとして広がらない、という高木さんの指摘に納得します。
解体費8億円の廃墟ホテルを、減らしながら残す
高木さんは、モデルとなる具体的な場所として茨城・大子町を挙げます。大正・昭和・平成のバラバラな建物が通りに残り、タイムトリップのような風情がある町だといいます。
京都のような時代の統一感はないけれど、それぞれの時代の建物が豊かに残っている。神本さんは、それこそ都市再生の1つの形かもしれないと受け止めます。
時間軸的に、あのものが豊かに残ってて。
神本さんは、防災の観点も加えます。長屋のような通りでも、何棟かにコンクリートの建物を置けば火の回りを止められる。都市スケールでやれば防災拠点になる、といいます。
神本さんは、今まさに取り組む群馬・みなかみの廃墟ホテルの事例を語ります。100年前に約1000平米で始まり、15回ほどの増築を重ねて一時は18000平米まで肥大化した建物です。
温泉レースに負けて寂れ、更新にも解体にも8億円かかる状態になり、担い手がなく行政が引き取りました。国の補助金で全て解体する計画に、神本さんが入りました。
解体するにも8億円かかりますみたいな形で、押すことも引くこともできないみたいな、あのホテルがある。
神本さんの提案は、全て壊すのではなく、減築しながら残すことでした。18000平米を約5000平米まで減らし、次のホテル事業者が引き継げる形にしています。
更地にしなければ誰も来ないと言われた物件が、廃墟として残したことで宿泊事業者が入ってくれたといいます。次はその周辺の商店街の再生にもつなげたいと話します。
「建築の不可能を可能に」から「建てない建築家」へ
高木さんは、神本さんが掲げてきたキャッチコピー「建築の不可能を可能に」に疑問を投げます。それは13年前、実績がゼロの独立時に作った言葉でした。
そのコピーだと、普通の建築家は建て替えるところを、自分たちは建て替えなくてもよい、と聞こえてしまう。みなかみでやろうとしていることとは、少しずれているのではないか、というのです。
その、私はその「建築の」って言ってるのが違う気がするんだよね、どうしても。
高木さんは、建築家の定義そのものを更新するよう促します。かっこいい建物を作って建築雑誌の表紙になる、というサクセスストーリーを書き換えないと、無意識にそちらへ流れてしまう、と指摘します。
その自分の中でのサクセスストーリーを書き換えないと、無意識にそっちの方向に行動しちゃう。
そこで二人がたどり着いたのが「建てない建築家」という言葉です。建物を建てるジャンルではなく、建てずに街を蘇らせるジャンルを切り開く、という発想です。
高木さんは、これから建物をどんどん建てられる地域は減っていくと言います。ほとんどの地域は「建てられない、どうすればいいのか」という状態になる。そこにこそ「建てない建築家」の役割があるという見立てです。
神本さんは、この宣言を受け止めます。
2026年からは建てない建築家、神本豊秋、活動していきます。
神本さんは、平均寿命30年の建物を50年、60年、100年へと延ばしていくのは自分たちの世代の役割だと語ります。昭和や平成の開発を失敗と切り捨てるのではなく、その上で令和はものを残す時代へ変えたい、という決意です。
神本さんは、単なる冷凍保存にも異を唱えます。補助金のために建物を100年前の状態に戻すのではなく、増築やサッシの交換も含めた時間軸ごと未来へつなげることが再生だといいます。
時間軸として入れて、未来につなげるっていうことができたらなと。
まとめ
新築より価値が上がる「再生建築」の実例から始まった対話は、建物単体を残す技術を、都市開発に代わる「都市再生」のモデルへどう広げるかという問いへと発展しました。神本さんは「建てない建築家」「都市再生」という2つの言葉を手に、街ごと蘇らせる試みへ踏み出そうとしています。
- 再生建築は、荷重を減らす「引き算の補強」などで、新築より価値を上げながら建物を残す手法である
- 新築が建ち続ける背景には、建築・不動産・金融が新築前提のルールでできている構造がある
- 再生はコストで新築の6〜7割、工期で3分の1〜半分になりうるが、出口となる買い手や融資の仕組みが弱く選ばれにくい
- 建物単体で受けている限りエリアの価値には発展せず、ディベロッパーや自治体と街ごと取り組む発想が必要になる
- 対話を通じて、対抗軸は「新築」ではなく「都市開発」であり、その代わりに「都市再生」を掲げるという方向が見えた




