食えないとわかっていた事業で、なぜ起業したのか?
ヘラルボニーの出発点は、松田崇弥さんと松田文登さんの双子が「自分たちのクリエイティビティを世に発露させてみたい」という気持ちで始めたプロジェクトでした。高木さんは、そこからギアが変わったきっかけを尋ねます。
本当に元々双子で、将来これで起業したいよなっていうのは喋ってたんですよね。でも売上も利益も含めて、絶対成り立たないっていうこと自体がもう確実にわかってた。
松田崇弥さんによると、双子は「これじゃ食えない」と理解していました。それでも27歳のとき、やはりこれでやりたいと強く思い、会社に辞めると伝えたといいます。
退職の報告では「責任感がないんじゃないか」「今の責任ある仕事をやりきってから辞めたらいいのでは」と最初に言われたそうです。それでも最終的には理解を得て、応援してもらえたと松田崇弥さんは振り返ります。
松田文登さんは、その年に結婚が決まっていたため、松田崇弥さんは最初「難しいだろう」と思ったそうです。それでも二人は、周囲の反対を受けながら起業へ進みました。
父の涙が映した「兄のため」という誤解
双子の起業に、親は反対しました。松田崇弥さんが強く覚えているのは、父親が泣きながら言った言葉です。
(父親が)お前らは兄貴のために頑張んなくていいんだみたいなので、泣いたんですよ。
松田崇弥さんは、泣いた父親に驚いたといいます。親の目には、障害のある兄のことを背負って生きようとする兄弟に見えていたのだと感じたそうです。
一方で、双子自身の見方は少し違いました。兄の存在が起業のきっかけであることは確かです。ただそれ以上に、作品をより良い形で社会に届けること自体が「スタンスとしてかっこいい」と考えていたと語っています。
高木さんはこの話を受けて、ヘラルボニーの姿勢を整理します。できないことがある人でも、作るものが素晴らしいならフェアに扱い、輝ける場と対価を用意する。その環境づくりが、結果として偏見を変えていくのではないか、という見立てです。
松田崇弥さんは、ヘラルボニーは「みんながみんな一緒」という価値観とは逆を行っていると話します。ミッションの「異彩を放つ」には、普通じゃないことは可能性だという考えが込められています。知的障害があるから、こういう作品が生まれると言い切ることで、新しい価値観を生み出そうとしているのです。
高木さんはさらに、配慮を重視しすぎると個性が光らなくなると指摘します。ヘラルボニーは、作品の強さで送り出す「健全な競争」を持ち込んでいるのではないか、とも話しました。平等主義的になりすぎると、ブランドやアートは成り立たないのではないか、という問いかけです。
みんなを一様に大事に取り扱う。結果として、個性が光りにくい
「普通じゃない」ことを可能性と捉える。強い表現を、強いものとして社会に送り出す
福祉に資本主義を持ち込むことは危険なのか?
松田崇弥さんは、福祉の世界にはビジネスへのアレルギーを持つ人が少なくないと認めます。これまでは社会保障の仕組みの中でお金が回ってきました。そこに資本主義が入ると「この子がどんな傷つき方をするのか」と怖さを感じる人がいる、という指摘です。
松田崇弥さんの説明では、就労支援B型 ── 障害などで一般企業での雇用が難しい人が、雇用契約を結ばずに作業を行い、工賃を受け取る福祉サービス。工賃の水準が低いことが課題とされていますなどの月額平均賃金は、1万5000〜6000円ほどにとどまるといいます。ヘラルボニーでは、確定申告をするような作家も次々に現れています。
それでも松田崇弥さんは、金額を指標にしたくないと話します。賃金を上げることを先導する加速装置にはなりたくない、というのです。
ヘラルボニーが見せたいのは、障害のある人たちが資本主義の中で成り立ち、むしろ周りが彼らに「食べさせてもらっている」という逆の構図です。そうすることで、これまで無意識だった層が、障害のある人の得意なことや好きなことに目を向けるようになる。それが、ありのままを肯定する次のステップになると松田崇弥さんは考えています。
障害のある人は社会保障で支えられ、保護される存在。多くの人は彼らの得意や好きに無意識なまま
障害のある人の表現で資本主義が成り立ち、周りがむしろ食べさせてもらう。特性を生かす価値観が広がる
(賃金を)上げていくことが正義であるっていう価値観にはすごいしたくないなっていうのは。
何千万円を稼ぐ作家が注目される瞬間も、いずれ来るかもしれません。ただ、そこにフォーカスしすぎると能力主義を加速させる危険な考え方になる、というのが松田崇弥さんの懸念です。
松田文登さんも、構想を福祉の重鎮に話した際、「解放される権利をもらっている人たちに競争原理を持ち込まない方がいいのでは」と言われた経験を明かします。
私たち双子がやってることって全部めっちゃ正しいと思ってやってるわけではやっぱなくって、8割は賛成だけど、2割はどうかなって思う人もいるかもしれない。
そのうえで双子が一貫して守っているのは、本人が挑戦したいと思ったときに挑戦できる「箱」であることです。松田文登さんによると、ヘラルボニーから作家を勧誘することはほぼありません。基本的には相手側から来てもらう流れを大切にしているといいます。
ヒップホップから受けた「全てを武器にする」影響
対話の中で、ヘラルボニーの姿勢にはヒップホップの影響があるのではないか、という話が出ます。ヒップホップでは、そういう生き方しかできないこと自体が表現になります。価値になっていなかったものから自分たちで舞台を作り、スターが生まれてきた文化だ、という見立てです。
松田崇弥さんも、ヒップホップを全てを武器にできる強い文化だと話します。
片親であるとか、容姿のことも、太ってるラッパーってむしろかっこいいぐらいの感じで、デブって言われて馬鹿にされることないじゃないですか。
松田崇弥さんは、障害のある人の絵を保育園児の絵と横並びに扱うのではなく、「だからできている」と力強く言い切る点に、ヒップホップの影響が出ているだろうと振り返っています。
「漂白」された障害×アートは誰に届くのか?
高木さんは、油断すると骨抜きにされ、綺麗事にされてしまう危うさを指摘します。高木さん自身も手帳を持つ身体障害者です。障害者扱いされて線を引かれることへの違和感を、身をもって知っているといいます。
やっぱりヘラルボニーのこの作家さんとかの持ってる表現っていうのは、もっと(生)臭いものというか、ドロドロしたものだと思うんですよ。だからパワーがあるし。
高木さんは、映画でも音楽でも、ドロドロしたものにこそ人は「自分の物語だ」と反応すると話します。大企業やメディアは綺麗なものとして扱いたがりがちです。しかしそのドロドロさを失えば、目指すところから遠ざかってしまう、という指摘です。
松田崇弥さんも、マスに広がるにつれて大切なものが失われる感覚があると共感します。ヒップホップではアングラが良しとされ、メジャーに行くと「セルアウト」と批判されることがあります。
ヘラルボニーのアートが本当に好きな人たち。攻めた展示や、物議を醸すスタンスの提示で刺し続ける
広く売れる市場。PLを追うほど比重が大きくなり、大切なものが失われる懸念がある
松田崇弥さんが例に挙げたのはKREVA ── 日本のラッパー。MCバトル大会「B-BOY PARK」で3連覇を達成し、のちにメジャーシーンでも活躍しましたです。ヒップホップ層に実力を示してきたから、メジャーに行ってもリスナーから批判されにくい。ヘラルボニーにはまだそうした層が足りず、PLを追うとどうしても手薄になると、双子は感じているそうです。
高木さんは、資本主義的な競争が持ち込まれるリスクよりも、作品が漂白されて流通するリスクのほうが大きいと話します。障害のある人の表現でなくても成立するのでは、と思われてしまう。ビジネスとしてうまくいっても、根っこの部分のやりたいことから遠ざかっていく。そうした事態がすぐに起こりそうだという懸念です。
国枝慎吾さんが語った「障害者という文脈が邪魔になる瞬間」
松田崇弥さんは、DEIやサステナビリティ、SDGsの波に乗せてもらっていることを重々承知していると前置きします。そのうえで、いつかそれらが邪魔になる瞬間が来るだろうと話します。
きっかけは、双子で国枝慎吾 ── 車いすテニスの元選手。パラリンピックで複数の金メダルを獲得し、四大大会でも数多く優勝しましたさんと食事をしたときの話です。国枝さんは、車いすテニスはそもそも面白いスポーツであり、ライバルは普通のテニスや野球、サッカーだと語ったそうです。
一番最初に新聞出たのも福祉欄から出て、俺スポーツやってるのに、なんで福祉欄出てんだと。
松田崇弥さんは、かっこいいというシンプルなことが純度高く伝わればいいと考えています。言葉や枠組みが次々に入ってくると、その波に乗れる一方で、行けるところまで行けなくなる可能性がある、と話します。NIKEやアディダスのようなかっこよさは、そうした文脈とは関係がないはずだという思いです。
実際に、ヘラルボニーに共鳴したある企業の社長から、社会性は打ち出さずシンプルにプロダクトのコラボをやりたいと提案されたことがあったそうです。ところが2週間後にスタッフから上がってきた企画は、漂白されたような社会性重視の内容でした。社長は「そういうのじゃないんだよ」と言ったといいます。
松田崇弥さんは、ヘラルボニーには記号のように見られてしまう面があると認めます。解決策は、ブランドとして強い状態を作りきることに尽きるのかもしれない、と語っています。
20年後、クリスマスに選ばれるブランドへ
高木さんは、いま見えている一番遠いゴールを尋ねます。松田崇弥さんの答えは、ギフト選びの場面でした。
クリスマスプレゼントとか何買う?って時に、ポールスミス買う、マルニ買う、ヘラルボニー買うみたいな、そういうリアル。
松田崇弥さんによると、20年後にはそのくらい自然な選択肢に入り、パリやニューヨークにも店舗がある憧れの存在になっていたい、というのが短期の目標です。
長期で見ると、双子はアートビジネスをやりたい起業家ではないといいます。目指すのは、親亡き後問題 ── 障害のある人を支えてきた親が亡くなったあと、本人の生活や住まい、お金の管理を誰がどう担うのかという課題を解決する業態や、保険ビジネスのようなインフラです。アートに限らず、食や音楽などさまざまな「異彩」がビジネスになるプラットフォームを構想しています。
20年後、ギフトの選択肢に入る憧れのブランドになる。パリやニューヨークにも店舗を持つ
アートに限らない異彩をビジネスにする。親亡き後問題を解決するインフラ的なプラットフォームになる
高木さんはヘラルボニーを、宮崎駿さんの作品を世に届けた鈴木敏夫さんのようなプロデューサー役になぞらえます。そのままでは受け止めにくいものにフィルターを作り、みんなに愛されるものにしていく存在だという見方です。松田崇弥さんも「近いと思います」と応じ、本人たちが愛され、地域で手が差し伸べられる状況をつくることに尽きると話しました。
双子経営の強さと、岩手に愛される理由
高木さんは、何がかっこいいかといった判断は経営会議では決められないのではないか、と問いかけます。松田崇弥さんによると、方針の多くは双子の雑談から生まれているそうです。能登半島地震が起きた1月1日にも、双子で話し合い、「障害者を消さない」という取り組みを社内に出すところから動き始めたといいます。
喧嘩も激しいそうですが、松田崇弥さんは岩手と東京に分かれていることが良いと話します。腹が立てば電話をブチッと切ればいいからです。高木さんも、一人なら東京に行ってしまいかねないところを、二人で役割分担できていると指摘します。松田崇弥さんは「二人いる強さは感じる時が多い」と語りました。
岩手では、地元紙の岩手日報が年始の一面で「ヘラルボニー海外へ進出」と報じたそうです。松田崇弥さんは、まだ全く進出していないのに一面になったと笑います。その愛され方を、大谷翔平選手が岩手から出たときの県民の喜びにたとえています。
高木さんは、スタートアップにも甲子園のような地元の応援の感覚があると話します。松田崇弥さんは、ブランドビジネスでは出自や源泉が唯一無二性をつくり、聖地にもなると語りました。短期的な跳ね返りは少なくても、地元にブランドがあり続けることを見せていくのは大切だと考えています。
高木さんは、ナイキがポートランドに根付いていることにも触れました。そして、5年でここまで来たのだから、2、3年後にまた答え合わせをしたいと締めくくっています。
まとめ
ヘラルボニーの松田兄弟は、障害のある作家を「だから描ける」と言い切り、資本主義の中で成り立つ姿を見せることで価値観を変えようとしています。その一方で、マスに広がるほど表現が漂白され、社会性という記号に回収される危うさとも向き合い続けています。
- 食えないと承知のうえで、双子は27歳のとき起業を決意した。父親の涙には「兄のため」という見え方と、本人たちの視点の違いが表れていた
- 賃金の上昇を正義とはせず、障害のある人に「食べさせてもらう」逆の構図を見せることを目指している
- ヒップホップのように、全てを武器にして力強く言い切る姿勢がヘラルボニーの根にある
- DEIやSDGsの文脈が邪魔になる瞬間を見据え、ブランドとして強い状態を作りきることが課題だと考えている
- 20年後にギフトの選択肢となるブランドを目指し、長期的には親亡き後問題を解決するプラットフォームを構想している





