保健師さんに「恋に近い憧れ」を抱く相談
今夜のお便りは、ペンネーム「カワウソ」さんから。社会人6年目で心を壊し、2度目の休職中だと打ち明けます。
3年ほどお世話になっている人事部の保健師さんに、恋に近い憧れの感情を抱いているといいます。相手は同じ女性で、2回り年上の方です。
今は支援する側とされる側という立場があるため、いつかこの関係がなくなったら職場の人間としてお茶に誘いたい、と考えているそうです。
バタやんさんは人事部にいらっしゃるということで、若手の方の相談を受けることもあると思うのですが、私のような人間がいたら困っちゃいますかね。今の私に寄り添ってくれるような本があれば教えてください。
今夜の一冊『カウンセリングとは何か』
バタやんさんは前振りなく貸し出しカードを出します。選んだのは、臨床心理士・東畑開人さんの『カウンセリングとは何か』(講談社現代新書)です。
この本は、日常の相談を扱ったこれまでの著作とは違い、専門領域であるカウンセリングをかなり体系的にとらえた集大成的な一冊だと紹介します。
カウンセリングを4つの段階に分け、それぞれで何が行われているのかを具体的に解説していく構成です。
新書にしては分厚いのに、先が気になって読むのをやめられなかったといいます。理由は、相談者(ユーザー)の事例が時系列で描かれ、カウンセリングを追体験できる作りだからです。
最初は仕事や子どもを持つかどうか、相続といった悩みだったものが、母親との関係や幼少期の話へと及んでいきます。そうして少しずつ心を開き、自分でも見えていなかったところにたどり着いていくといいます。
良くなってきたと思いきや、突然カウンセラーにブチ切れる場面も出てきて、なかなかリアルだと話します。
似た経験がある人へ、読み方の注意
カワウソさんは2度目の休職中とあったため、バタやんさんは読み方に注意を添えます。
カウンセリングや心療内科の経験を思い出して辛くなるようなら、無理に読まないでほしいと伝えます。それほど臨場感を持って描かれているからです。
バタやんさん自身もカウンセリングと心療内科に通った経験があり、自分と重なりすぎて辛い箇所は読み飛ばした、と明かします。
一方で、専門機関に相談したことがない人にとっては、カウンセリングで何が行われるのかをリハーサルできる良い本だとも話します。
支援する側が相談者に抱く「愛おしさ」
なぜこの本をカワウソさんに勧めたいのか。バタやんさんは、お便りの「私のような人間がいたら困っちゃいますかね」という問いから話を始めます。
人事の相談では、有益なアドバイスより「聞いてほしい」というケースが多く、相談者から好意を寄せられることは残念ながらほとんどない、といいます。だから困ることはない、と答えます。
ただし逆はある、と続けます。相談や面談に来た人に対して、支援する側が好ましさや愛おしさを感じることはある、というのです。
恋愛感情的な好きとまではいかないけど、好ましい人だなとか、愛らしい人だな、愛おしいなと思うことはあるといいますか。
名前しか知らなかった人でも、面談で思いがけず深い話になることがあるといいます。キャリアや将来、仕事上の困り事を通じて、その人が何を大事にし、何に傷ついてきたのかが見えてくるからです。
友達にも親にも話さないような価値観の話にフラッと入り込むと、すごく心を持っていかれることがある、と語ります。
そんなこと考えてたんだ、素敵な人だなとか、魅力的な人だなって思うこともあるし、純粋に怒りの中にユーモラスを感じて、チャーミングな人だなって、そこにちょっと好感を持つみたいなところがあるんですよ。
そうした感情は少し失礼なのだろうかと思っていたところ、この本に響くくだりがあったといいます。
好感は「伝染した希望」という見方
本には、和子さんという相談者の話が出てきます。人間関係の歴史には絶望の成分が多そうだと感じる一方、話しぶりの節々にユーモアがあり、そこに「他者を信頼できる余白」を感じたと書かれています。
簡単に言えば、僕は和子さんに好感を抱いたということです。ユーザーに対する好感とは、ユーザーに備わっている希望がカウンセラーに伝染して生じた希望に他なりません。
バタやんさんは、カウンセラーが好感を抱くことがあってよい、と表明する本は珍しいと感じたといいます。
一般的な専門書では、クライアントがカウンセラーに抱く特別な感情には触れても、カウンセラー側が抱く感情はあまり書かれない、と指摘します。
看護師にだって、好感を持てる患者や、話すのが楽しみな患者はいるはずだ、と例を挙げます。それなのに支援する側の感情は無視されがちだ、というのがバタやんさんの解釈です。
その点で、好感を「2人の希望が影響し合って出てきたもの」ととらえる東畑さんの表現を、素敵だと受け止めます。
カウンセリングという「冒険」と、給水サポート係
本の後半では、カウンセリングは「冒険」だと解説されていくといいます。
安全地帯にいては到達できないところへ、鎧を脱いで進んでいく。見たくなかった自分や感情に遭遇する危険もあるけれど、新しい可能性を見つけることもできる。それが冒険だと紹介します。
カウンセラーはその冒険の同伴者であり、伴走者です。好ましい感情を見出せると、長い旅で2人が一緒に希望を持ちやすいのかもしれない、とバタやんさんは想像します。
そのうえで、カワウソさんの保健師さんは冒険の同伴者というより、「給水所の給水サポート係」のような距離感だったのではないか、と見立てます。
「シェア」と「内緒」、そして生活と人生
ここでバタやんさんは、東畑さんの別の本『なんでも見つかる夜に、こころだけが見つからない』に出てくる「シェア」と「内緒」の話を重ねます。
傷つかないケア。共同体の中で「大変だったね」と苦労を分かち合う関わり。
2人だけの親密なやりとり。心が動き、ぶつかるリスクもあるが、そのぶん深い関わり。
「内緒の好き」という感情はとても尊い宝物のようなもので、リスクがあるからこそ内緒なのだと語ります。
まずはシェアで一旦の安定を得て、危険な状態から脱する。生活が立ち行かない状況を抜けるにはシェアのケアが必要だ、といいます。
その次に、人生をどう動かしていくかというフェーズになると、内緒の関係性が大事になってくる、と2冊を結びつけます。
バタやんさんは、「生活が立ち行かない」ことと「人生に行き詰まっている」ことは別のフェーズだと整理します。衣食住やお金の不安が大丈夫になってはじめて、その先の生き方に進める、というわけです。
神フレーズ「心はあとがきを求める」
最後にバタやんさんは神フレーズを1つ紹介します。本の終盤、カウンセリングの「終わり」を解説した箇所です。
終わり方には、クライアント側が「もう終わりでいい」と思うケース、2人で終わりを話し合うケース、あるいは決別してブチッと切られるケースなどがあるといいます。
そのうえで本には、終わった後に「思い出す」という大事なフェーズがあると書かれています。何年か経ってから、この曜日はカウンセリングに通っていたな、あの頃こんな話を聞いてもらったな、と思い出すのだといいます。
まだ終わりきれていない気持ちがうずき、それでも終わらせていく作業が心の中でゆっくりとなされていく。終わったことを振り返り、何かを付け足したくなる。心はあとがきを求めるということです。
この言葉を受けて、バタやんさんはカワウソさんへの答えを重ねます。
保健師さんとお茶をしたいという気持ちは、トンネルを抜けた後の「あとがき」になるのか、それともこれから始まる物語のプロローグになるのか。今は決められないけれど、いい時間を過ごせるよう願う、と結びます。
まとめ
相談相手に憧れる気持ちを入り口に、支援する側の感情や、カウンセリングという冒険、そして「心はあとがきを求める」という言葉まで、東畑開人さんの本を手がかりに語られた回でした。
- 支援する側が相談者に好感や愛おしさを抱くことはあり、それを「伝染した希望」ととらえる見方が紹介された
- カウンセリングは謎解き・作戦会議・冒険・終わりの4段階で語られ、鎧を脱ぐ「冒険」として描かれる
- 傷つかない「シェア」で生活を立て直し、親密な「内緒」で人生を動かす、という2つのケアの役割分担がある
- 終わった後に思い出す「あとがき」の時間があり、それが次の物語のプロローグになることもある
